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第20話 ゲテモノはお好き?

 突然聞こえた声に、侵入者さんは慌てて辺りを見回しました。

「は、え、どこだ!?」

「そへでふ」

 口を片手で押さえながら、瓶を指差します。

「え……はぁ!?」

『ちょっと! 見ないでよ痴漢っ!』

 いつの間にか、その瓶には口がありました。プルプルとした、ピンク色の唇です。その上、聞こえてくる声は女性の口調みたいなのに、どう聞いても男性が無理をして高い声を出しているようにしか聞こえません。

 ようやく気付いた侵入者さんは慌てて飲み物を手放そうとしましたが、途中で思い直してそっと床の上に置きなおしました。

 たとえ呪われていても、いきなり話し始めても、飲み物は飲み物です。高くて珍しくて美味しい飲み物です。乱暴に扱って瓶が割れてしまって飲めなくなったら大変ですもんね。さすがは侵入者さんです。

 私が侵入者さんの行動に感心している間にも、おかしな声は止まりません。

『あたしをどこに連れてく気!? いくらあたしが魅力的だからってあんまりだわっ! あたしは、ここのお部屋の素敵なお金持ちのご主人様に飲んでもらうのよっ!!』

「……え、マジで!? カーティ、ゲテモノ好きだったんだ」

 てっきり、俺用のトラップかと思った、と侵入者さんは驚いた顔でつぶやきます。

『ゲテモノぉ!? エレガントでビューティフルなあたしのどこがゲテモノなのよ!』

「自覚ないのか? こんなに気持ち悪いのに」

『ふざけんじゃないわよ!!』

 話に参加できないので退屈になってコロコロコロコロと口の中の飴玉を一生懸命転がします。だいぶ小さくなったのですが、一個だけなかなかなくなりません。

『ふんだ、あんたなんかご主人さまが来たらぼっこぼこにされちゃうんだから!』

「来たら……って、そうか。早いとこ引き上げないと」

 そうです。そろそろ私の腹時計がお昼の時間を告げています。お昼となると、狼さんとお客様が帰ってくるかもしれません。憂鬱です。

 侵入者さんは、床に置いたままのゲテモノさんを眺めて、さてどうするかと悩み、「あきらめるか」と息を吐きました。

「こんなにうるさくて呪われた飲み物、どこにも隠せねーしな」

 それは仕方がありません。

 私はコクコク頷き、侵入者さんと一緒に扉へと向かいます。

『はん、もう手遅れよ! あたしが目を覚ました時点で、ご主人さまに伝わるんだから。きっとすぐに駆けつけてくれるわ……そう、あたしをあんたたちの手から救い出すためにっ……!』

 救い出すも何も、あきらめると侵入者さんは言っているのですが。

 ゲテモノさんが恍惚と叫んでいる間にも、私も侵入者さんもすたすたと距離を取りました。

『ちょっと、どこに行くのよっ!!』

 ゲテモノさんの言葉を無視して、侵入者さんが扉を開け放ちます。そしてその瞬間、ガン! となにやら音が響きました。扉の向こう側で顔を抑えて悶絶しています。どうやら正面衝突してしまったようです。いつからいたのでしょうか。まったく気が付きませんでした。

「あ、カーティ」

『あ、ご主人さまっ!』

 きゃあ、とゲテモノさんが歓声をあげました。

『あたしを助けに来てくれたのね!?』

 痛みに悶えていた狼さんの体が急にぴたっと動かなくなりました。かと思えば顔を覆う手を少しだけずらし、そーっと部屋の中を覗き込みます。

『あたしよ、来てくれるって信じてたわ!』

 ピンクの唇が感動でプルプル震えています。

 狼さんは素早い動きで扉の向こうに姿を隠しました。そしてびっくりするくらいきれいに気配を消します。でも、私と侵入者さんの目にはばっちり見えている上にゲテモノさんも狼さんに気づいているのでまるで意味がありません。

「おい、カーティ……」

「あれはなんだあれはなんだあれはなんだっ!!!」

 狼さんは近づいた侵入者さんに押し殺した声で詰め寄ります。なんだか泣きそうな顔をしています。どうしたのでしょう。

「いや、お前のだろ? お前が本棚の中に隠してた……」

 狼さんは顔を思い切りひきつらせました。

「じゃ、じゃあ、あれはやっぱり……」

「なんだ、やっぱり心当たりあるんだな」

「あんな不気味な呪いだなんて知らなかったんだ!」

 こそこそとドアの後ろで話す狼さんと侵入者さんに、ゲテモノさんは分厚い唇をとがらせました。

『ご主人さまぁ、なんでそんな奴と仲良く話してるのよー! そいつ、あたしを盗もうとしたのよ?』

 え、と狼さんは侵入者さんを見て、その肩をがっちりと掴みました。

「あれをもらってくれるのか!?」

「………」

 この上なく真剣な狼さんを、侵入者さんは無言で見つめました。そして、悩むなーと首を傾げます。

「どうしようかなー」

「頼むっ、私の部屋に勝手に入ったことも、物を持って行こうとしたことも見逃すから!!」

 狼さん、必死です。そうする間も、ゲテモノさんを刺激しないようにか、ひそひそと声を小さくすることを忘れません。

『ご主人さまってばぁ!』

 ゲテモノさんの声が聞こえるたびにびくりと狼さんは体を震わせます。

「あんな変な呪いが掛かってるんじゃ、中身の味も変わってる気がするしー」

「大丈夫だ、それは買う時に問題ないことを確認してある」

「でも、わかんないだろ? それともお前が先に飲んで確認してみるか?」

 狼さんはとんでもないと首を振りました。

「それにあの調子だと、お前が俺に譲ったって言っても納得しないでうるさく言ってきそうだし。解呪する方法はないのか?」

「解呪……」

 狼さんはハッ、と部屋の方へと顔を向けました。

「そういえば……一緒に飴玉も付いてきて、これが解呪の鍵だとか言われたような……」

「飴玉?」

「ああ、だけど部屋の中で……寝台の横の机の引出しに入っているんだが」

 部屋の中に入るなんてとんでもないと狼さんの顔が言っています。そんなにゲテモノさんが苦手なのでしょうか。

『もぅ、何話してるのよ!』

 焦れたような声に、狼さんはますますドアに体をひっつけるように身を隠します。侵入者さんはそんな狼さんに、笑いをこらえるような顔をしました。

「引き出しに入ってたってことは、あの奥の方に入っていた缶入りの飴玉だよな」

「君たちはそこまで漁ったのか」

「漁ったな、しかもいくつか食べた」

 君ね、と狼さんは顔をしかめながらも首を振ります。

「確か……飴玉といっても、それ自体は飴玉を模倣した魔力石らしいから、舐めても減らないし、君の牙でも砕けないはずだ。食べることができたなら、それは違うものだろう」

「つまり、つまり本物の飴玉っていうダミーの中に、偽物の飴玉っていう本物の鍵がまぎれていたってわけか」

 なるほどと頷く侵入者さんと、その通りという狼さん。そして考え込む私。

 舐めても減らない。砕けない。はい、減りません。砕けません。ということはもしかして。

 私は狼さんの服の裾をくい、と引きました。

「ほれって、もひかひてこへでふか?」

 私は口をあーん、と開けました。

「………」

「………」

 沈黙が流れました。

「あー」

 見えないのかとさらに大きく口を開ける私の顔を、狼さんがしっと掴み、叫びます。

「赤ずきん、君は、またっ、また変なものを口に入れてっ!!」

 わざとではないのです。

「おい、そんな揺さぶって飲みこんだらどうするんだよ」

 侵入者さんの静止で狼さんの動きがぴたっと止まりますが、時すでに遅く、飴玉もどきは私の喉を通りかけていました。慌てて狼さんが私の背中を叩きますが、ごくりと飲み込んでしまったものは戻りません。

 ようやく喋れない不便さから解放された私は、ちょっとごきげんです。狼さんにも素直に謝ります。

「ごめんなさい」

 てへ。

 狼さんはまるでこの世の終わりのように項垂れました。

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