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第18話 遊ぶ前に、お約束

 はた、と目が覚めました。横に眠るは狼さん。すやすやと安らかな寝息を立てています。それはいいのです。それはいいのですが……なにやら鳥肌が。嫌な気配が嫌な予感が。むしろ殺気が……いえ、それともまた違うような、とにかく嫌な感じです。たぶん、あの方です。

「………」

 だらっと冷や汗が流れます。身動きをしないように、目と感覚だけで周囲を探ります。……この部屋の中ではありません。外、です。たぶん、扉の向こうです。

 どうしてこの嫌な気配の中で狼さんは眠れるのでしょうか。理解に苦しみます。とにかくこっそりと狼さんの方に手を伸ばし――。

「……っぐぇ」

 拳を握って力いっぱいお腹のあたりを突きました。うまい具合に鳩尾に入ったようです。さすがに狼さんも目をパチリと開きました。

「あ、赤ずきん、何、を……」

 狼さんが声を出すと同時に気配がぱっと消えました。なんという鮮やかさでしょう。とにかくほっと息を吐きました。

「ああ、最悪の目覚めでした」

「それは私の台詞だっ!」

 朝早くから、狼さんは今日も元気いっぱいです。



 お客様と一緒のお食事をこわごわ終えて、侵入者さんとお茶をします。狼さんはお客様とどこかに行きました。狼さんが連れて行かれてさびしいような、お客様がいなくてうれしいような……複雑な気持ちです。乙女心は複雑というやつです。そう言ったらメイドキャサリンがおいしいお菓子をたくさん用意してくれました。

 はい、うれしさ120ぱーせんとです。

「ああ、慣れって怖いよな」

 一緒に食べている侵入者さんもご機嫌です。ついでに朝の話をすると、侵入者さんは笑いをこらえるような顔をしました。

「あいつ、すげぇ小さいころからファーに付け回されてるから、慣れちまってるんだよ。最初こそ怯えてたけどな。あいつお坊ちゃまのくせに妙に順応性が高いから」

「はぁ……」

 私は慣れそうもないです。慣れるまであんな感覚を感じ続けるなんてごめんです。狼さんを図太い神経を尊敬します。……そういえば先生も時々怖い気配を出すことがありました。

 ――ああまったく、危険を察知する能力を失った動物ほど愚かな生き物はいないね、その筆頭が人間だけど時々それを順応性と勘違いしている馬鹿がいて本当に困るよ。まぁ君は違うと信じてるよ? 本当に危ない気配と冗談も見分けられないような馬鹿が私の生徒だなんて……まさかそんなことあるはずないよね?――

 あまりにもはっきりとよみがえった記憶にみぶるいします。

 そうです、そういえばそんな夢を今日見たのです。機嫌の悪い時の先生は本当に怖かったです。あれは確か村にどっかのお偉い人が来て先生のことを確か……田舎に引っこんでるなんとか魔法使いとか悪口を言ったのです。それで機嫌が悪かった先生が……いえ、もう思い出すのはやめましょう。夢の中のこと、もとい過去のことなのです。

「おい、赤ずきん顔が青くないか? 今、ファーはいないから大丈夫だぞ?」

 いえ、今恐れていたのはお客様ではないのですが。

「ま、あいつ、今日中に帰るはずだから今日さえ耐えれば安心だろ。つーかカーティが連れ出して……つーか連れ出されたおかげで顔合わせなくていいし、俺としても万々歳」

「侵入者さんもお客様が苦手なのですか?」

「口うるさいし、それに昨日あいつ失神させたの俺だし。怒られるの嫌だし、あいつと喧嘩しても楽しくないし。カーティと遊んでると時々睨んでくるし……俺はあのヤな感じ、今だに慣れらんねー」

 うんざりしたように溜息を吐く侵入者さんは、喋りながらもひょいぱくひょいぱくとお菓子を食べていきます。もちろん私も負けていません。そしてお菓子を補充するメイドキャサリンも負けていません。

「侵入者さんも狼さんもお客様も、知り合ってから長いんですか?」

「まー、お前の人生よりは遥かにな。つーか、ファーに関しては生まれたときからだし。姉弟だからな」

 言われた言葉に侵入者さんの顔をまじまじと見つめてしまいます。

「……言われてみれば似ているような気がしなくもないような気がしなくもないような気が……」

「わけがわからん」

 ちょっと混乱してしまいました。はい、確かにまじまじと見てみるとフラッシュバックする記憶と重なる部分があるようなないようなあるようなないような……。

 ううーん。納得できるようなできないような……。

「ま、あいつに関してはさっぱり理解できないけどな。ここ数十年は俺もあっちこっち行っててあんまり会ってないし、会ってもだいたいカーティ絡みだし」

 狼さんで繋がる姉弟愛ですか。狼さん、愛されています。大人気です。

「んーしかし暇だ。腹も膨れたし、どっか遊びにいかないか?」

 どっかと言われましても、私の行動範囲はこの屋敷の敷地内といちおー決められていた気がします。昨日の今日で狼さんを怒らせるのは得策ではないのです。

「屋敷の中を探検とかいかがでしょう」

 私はまだ把握し切れていない場所がたくさんあるのです。でもうっかり一人で探検すると迷子になるのでついてきてもらえたりするとラッキーです。

「屋敷内を?」

 背もたれにもたれかかっていた体を身軽に起こし、侵入者さんの顔が近付いてきました。その目はとてもキラキラしています。

「いいな、面白そうだ。探検しようぜ、カーティの仕事部屋とかカーティの書斎とかカーティの寝室とか」

 話しながらもどんどん顔が近付いてきます。侵入者さんは、本当に狼さんが大好きです。

「赤ずきん様、ジグザ様。お願いしたいことがあります」

 控えていたメイドキャサリンが、今にもくっつきそうな私と侵入者さんの顔の間にクッキーのいっぱい入ったお皿を置きながら言いました。

「まず一つ、鍵のかかっている部屋には入らないこと」

 その言葉に侵入者さんは顔をしかめて何か言いかけましたがメイドキャサリンの「カーティム様はご自分の部屋に鍵を掛けません」という言葉にあっさり口を閉じました。

「そして二つ目、地下へは行かないこと」

 メイドキャサリンは心配そうに私の顔を見ました。そして、少しのためらいの後、続けます。

「以前、赤ずきん様が入られたところです。あそこは、メリナス様――カーティム様のお婆様の使ってらっしゃったお部屋で、その……とても危ないのです」

 狼さんのお婆様――ということは、もともと私を食べるはずだった方です。そして、以前私が入った部屋ということは……もしかして、夕食がクッキー1枚になったあの日に入った部屋でしょうか。

 もぐもぐとクッキーを食べながら思い出しました。1枚だけのクッキーは格別に美味しく、切なかったことをよく覚えているのです。

「……婆様の部屋」

 侵入者さんはまるで噛み砕けない種入りの果物を口に入れてしまったときのような顔をしました。飲みこむこともできなくて、でも吐きだすのももったいない。いっそ飲み込んでしまおうか、でもお腹から芽がでたらどうしよう……そのジレンマ、わかります。

「赤ずきん様には特に危ない部屋ですので――お願いします」

 メイドキャサリンは侵入者さんに向かって頭を下げました。

「……わかった」

 侵入者さんは珍しく真面目な顔をして頷きました。頭の上で交わされる会話。おいてけぼりです。寂しいです。

「わかりました!」

 寂しかったので、シュタッと手を挙げて自己主張です。はい、私はメイドキャサリンを困らせるようなまねはしないのです。それに、自分の身はできる限り自分で守る努力をしなきゃいけないのです。そんなことは、私みたいな小さな子供でも知っていることなのです。

 メイドキャサリンは安心したように微笑みました。

「では、最後に――お昼には、ちゃんと食堂までいらしてくださいね」

 それはもちろんです。当然です。

 私と侵入者さんは元気よくメイドキャサリンに返事をして、さっそく屋敷内の探検を開始しました。

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