第15話 赤ずきんとお客様
「どうしたの、こんなところで」
お客様は座り込んでいる私の前にしゃがみこんで、ん? と首をかしげます。
「……狼さんは」
「狼?」
お客様は首を傾げました。通じていないようです。私は記憶の底をさぐりさぐりさぐり。
「……カティームさん?」
「カーティムのこと?」
惜しいです。
「はい。カーティムさんは、その……怒ってましたか?」
先ほどの様子を見れば聞くまでもないのですが、見間違いだったりしてほしいという願望から聞いてみたりしました。
お客様は困った笑いを浮かべました。
「あー、そうね。怒って、た、かも?」
お客様、笑顔がひきつっています。優しさはときに痛いのです。
狼さん、まだ怒ってるみたいです。潔く出頭するべきでしょうか。その方がご飯を食べられる可能性は高くなるでしょうか。
「で、でも大丈夫! カーティは優しいから!」
お客様、とっても意気込んでいます。力いっぱい力説です。
「私ね、カーティと幼馴染で昔はよく一緒に遊んだの。ちょっと怒りっぽいところもあるけど、いつだってちゃんと理由があるし、謝ったらすぐ許してくれるの。それに、とっても優しいの。小さい頃なんてね、私がちょっと危険な場所にある花を取りに行こうとして失敗して怪我しちゃったときなんか、ジグザは自業自得、なんて笑うだけだったのにカーティはそんなジグザを怒って私の怪我の手当てしてくれたし、自分にも取りに行くのはちょっと無理そうだからごめんって謝ってくれたの! 私それを聞いて花をほしがってたことなんてどうでもよくなっちゃった! だって私、花なんかよりもカーティの方がずっと……ってキャー! そ、そんなことは思っただけで言えなかったんだけどとにかくね、カーティはすっごく優しいから大丈夫よ!」
お客様、いきなりハイテンションです。正直ついていけません。
「ね?」
にっこり、とお客様は微笑みました。魔素が集まり、空気がピンク色に染まっています。無意識に魔力を発動させているのです。空気の色を変えるほどの魔力を。
村にも感情が高ぶると魔力を暴走させてしまう人がたまにいました。未熟だということでもありますが、明らかにここまで魔素が色を変えるほどの魔力を無意識に、というのはなかなかありません。恐るべし、お客様。
それにしても。
「大好きなんですね」
お客様は、狼さんのことが。
言葉にしなかった部分は間違いなくお客様に伝わったようで、お客様は顔を真っ赤にしました。ピンク色が強まります。目に毒です。
「う、うん。なんていうか、初恋? でも、初恋は実らないっていうけど、そんなことないよねって思ったり、思わなかったり……」
きゃーと、何の前触れもなく声を上げるお客様をぼーっと眺めます。
好き。大好き。
私も、狼さんが好きです。狼姿の狼さん、大好きです。
でも、この方は、狼さんが好きらしいです。
きっと、狼姿じゃない方の狼さんも。
「……狼さんも、きっとあなたのことが好きです」
「そ、そうかなっ!?」
きゃーっ! とまた声を上げるお客様。空気はもうピンクを通り越してドピンクとしか形容できません。むしろ毒々しいほどになっています。毒ピンクです。
「でもでも、私、あんまり血筋よくないし、カーティはあの方の直系だし。結構頑張って強くなったつもりだけど、ワーウルフにとっては強さと同じくらい血統も重視されるし、でも、そんなのどうしようもないから、もっともっと強くならなきゃって思ってるの。もっと、もっと、もっと――もっと」
「もっと、ですか」
すでに十分すぎるほどな気がします。
そう言おうとしたとき、お客様のまとう空気が変わっていることに気が付きました。
「そう、もっと。もっとなの、赤ずきんちゃん」
すっと、お客様の手が私の顔に伸びてきました。頬を包み込むようになでられます。
なぜか、ぞっと背筋に冷たいものが走りました。咄嗟に飛びのきますが、それよりも早く動いた手が私の腕を掴みます。長く整えられた爪が肌に突き刺さりました。
「細い手ね。でも、とても柔らかい。ねぇ……少しだけなら、いいかな?」
食べても。
先ほどの狼さんのことを語っていた時の幸せそうな顔のまま、けれど何かが違う顔でお客様は私の腕を引きます。私はとっさに魔力を強め、魔素を集めて抵抗しようとしますが、すでに辺りの魔素はお客様に引き寄せられていて、なかなか私の元に来てくれません。
お客様の目が、もうなんと言いますか、危ない感じです。
「よくありません、離してください」
「いいじゃない、ちょっとだけ。ね、私、知ってるのよ。『赤ずきん』のこと」
赤く染まった唇から、鋭い牙が覗きます。人ではありえない、鋭い牙。
「私、強くなりたいの。少しでも、もっともっとたくさん。カーティに釣り合うようになりたいの。ふさわしくなりたいの。ねぇ、いいでしょう――?」
焦りながら、魔力を高めていきます。
間に合うでしょうか――ああ、間に合わない。油断、です。油断しました。
必死で抵抗します。でもまったく歯牙にもかけられません。相手は細身の女性に見えても魔物で、私は赤ずきんとはいえただの人間の子供です。あまりにも差が歴然としています。
血のにじむ腕にお客様が顔を寄せて、ぺろり、となめました。うふふ、と無邪気に顔をほころばせるお客様は、きっととてもおいしいものを食べたときも同じ顔をするのでしょう。
「――離してください」
私は、赤ずきんです。
魔物さんに食べられるための、赤ずきんです。
村を守ってもらう代わりに、食べられる、赤ずきん、です。
だから、私は。
「あなたに食べられるわけには――いきませんっ!」
集めた魔素をそのまま力の限りぶつけました。反動で私も後ろに飛ばされます。本当なら魔術として組み上げるものなのですが、そんな余裕はどこを探してもないのです。痛みをこらえて立ち上がると、お客様は顔をしかめて私を見ていました。
「痛いじゃな――っ」
お客様が何かを言いかけたその瞬間、空から人が降ってきました。
お客様の、真上に。
高い所から人が落ちてきたとき、犠牲になるのは下の人なんだよ。だから受け止める準備のない相手めがけて落ちてくるなんて絶対にいけないことなんだよ、とうっかり木から落ちた時に下敷きにしてしまった先生から言われたことを思い出しました。
お客様、下敷きです。
「っつー、着地失敗したー。って、赤ずきんじゃん、やべ、大丈夫だったか?」
「全然大丈夫です」
むしろナイスです。
ぐっと親指を立てる私に、侵入者さんはキョトンと首を傾げました。