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第13話 譲れないものがある

 しっかり二人分あった朝食を侵入者さんと熾烈な争いを繰り広げながら食べた後、ごろりとそのまま横になろうとした侵入者さんをメイドキャサリンが追い出し、そのままお着替えタイムとなりました。

 本当ならお風呂の用意もしてあったんですけど時間がないので、とメイドキャサリンはちゃくちゃくと私の身支度を整えていきます。自分でするべきなのでしょうが、準備された服は私が一人で頑張るのは無謀だとしか思えないほどリボンとかボタンとかいろいろなものがくっついているのです。

 しばらく案山子のようにじっとしているとようやく着替えが終了しました。

 準備完了です。

 完了です。

 完了なのです。

 完了ったら完了なのです。準備カンペキおーけーなのです。

「赤ずきん様……」

「では、行きましょうか」

 ドアへ向かおうとするとメイドキャサリンが立ちふさがります。

 ……メイドキャサリンの必殺技、無言の圧力、発動です。けれど、私も負けません。

 


 どれほどの時がたったのでしょうか。ほんの数秒だった気もしますし、丸一日ほども経っていたような気もします。ともかく、私とメイドキャサリンの一騎打ちに終止符が打たれました。

「まだ準備できていないのか」

 ドアの向こう側から狼さんの声です。メイドキャサリンは困った顔をしつつドアを開けました。狼さんは私を見て一言。

「なんだ、もうできてるじゃないか」

 ………。

 思わず無言になるメイドキャサリンと私です。

「ほら、あまり客を待たせたくない。キャサリン、早く連れてきなさい」

 狼さんは、そう言ってまた戻ろうとします。その後ろ姿にメイドキャサリンが声をかけました。

「このままでよろしいのですか?」

「何を言っているんだ。ああ、あと、お茶の追加も早くしてくれ」

 狼さんは振り返りもしません。

 メイドキャサリンと私は顔を見合わせました。

「……このままで」

 メイドキャサリンはちょっと首を傾げた後、では行きましょうかといつもの微笑みを浮かべました。

 ところで、慣れる、というのは恐ろしいことです。偉い人は毒殺されるのを避けるために日常的に毒に体を慣らすこともあるそうですが、それにより寿命が縮むこともあるそうです。慣れによって死に至ることは避けられても、毒はじわじわと体を弱らせてしまうそうです。だから、いつかは普通に食べれるようになると信じて毒性のあるものを食べるのは絶対にやめなさいと先生は言っていました。

 そう、慣れるということは、とても便利なことですが、恐ろしいことでもあるのです。

 と、いうわけでお客様とご対面です。

 狼さんの入りなさい、という言葉ともにドアを開けた途端、思いっきり目が合いました。

 長い髪の綺麗な女の人です。お洒落です。じょうりゅうかいきゅうの匂いがします。狼さんと同じ金色の瞳の美人さんです。

「ファラ、見たがっていただろう。それが赤ずきんだ」

 それ呼ばわりされました。傷つきました。甘いお菓子を食べずしてこの傷はふさがりません。

 お客様のカップは空ですが、お茶菓子はまだ残っています。おいしそうです。じゅるり。

 私の視線がどこへ向かっているか気づかないまま、お客様は私を見つめています。じぃっと見つめています。そして、戸惑ったように首を傾げました。

「え、ええっと……」

 お客様は目をぱちぱちさせてから、目をこすり、私を再び見ました。

「……あの、私、流行に疎いから分からないんだけど……頭巾とドレスの組み合わせが、最近の流行りなの?」

 狼さんは一瞬止まり、それからギギギ、と音のしそうな動作で私の方を見ました。そして、顔をものすごい勢いでひきつらせました。

「……っ、キャ、キャサリン、キャサリン!」

「はい、なんでしょうか」

 メイドキャサリンはいつものごとく、どこからともなく現れました。手には準備完了の追加お茶セットがしっかり装備されています。お菓子の追加もばっちりです。でも、今の狼さんの目には入らないようです。

「どうして頭巾を……っ」

「カーティム様がこのままでよいと」

 狼さんは口をぱくぱくと開けたり閉めたりしています。でもそこから言葉は出てきません。そしてついにメイドキャサリンのパーフェクトな笑顔の前に敗北しました。

「見慣れていて気付かなかったっ……!」

 一生の不覚と狼さんは顔を手で覆います。最初の数日は頭巾にさんざん突っ込みを入れていた狼さんですが、ここしばらくはまったく何も言ってきていませんでした。やはり慣れてしまっていたようです。慣れとは恐ろしいものです。はい。

「カ、カーティ?」

 お客様はうろたえたように狼さんの肩に手をかけます。しかし、狼さんは顔を上げようとしません。

「あ、赤ずきんだものね、頭巾を被ってるのは当たり前よね!」

「はい。当たり前です」

 全面的に肯定です。お客様、わかってますね。

 わかっていない狼さんはお客様の言葉にさらに肩を落としています。まるで追い打ちをかけられたように、空気の重さが増しています。何をそんなに落ち込むことがあるのでしょうか。お客様は納得してくださったというのに。

「ほ、ほらおいで、赤ずきんちゃん、お菓子食べる?」

「食べます」

 なんていい人! いえ、魔物でしょうか。とにかく素晴らしい方です。

 お客様がお皿ごと差し出してくれたお菓子に、私は手を伸ばしました。けれど、その手は届きませんでした。

「……狼さん」

 がっしりと掴まれた手首はどうがんばってもびくともしません。

「……頭巾を取りなさい」

「お断りします」

 即答です。考える必要なしです。

「私としたことが、不覚だった。ドレスに頭巾なんてありえないんだ。ありえるわけがないんだよ……」

 狼さん、ぶつぶつとちょっと怖いです。ホラーです。狼さん、いつもの紳士ぶったさわやかさはどこで落としてきたのですか。

 それにしてもここまで追い詰められている狼さんを見るのは初めてです。ここは私が妥協すべきでしょう。

「わかりました。ドレスを脱ぎます」

 有言実行です。とりあえず手に届くところのリボンから外しはじめます。

 ……でも一人で脱げるでしょうか。

 がんばります。

 結び方が複雑すぎてなかなかほどけません。ボタンもいくら外してもきりがありません。

 でも、がんばります。

「……って脱ぐな!」

 それなのに狼さんはせっかく外したボタンやリボンをどんどん戻していきます。なんて手際の良さ。私の努力があっという間に水の泡です。どうしてくれるんですか。

「なにするんですか。狼さんが言うから頑張って脱いでいたのに」

「誤解を招くことを言うな! ドレスを脱げなんて一言も言ってない。頭巾を取れと言ったんだ!」

「頭巾は私の一部です。狼さんは私の一部をはぎとろうというんですか、はぎとって食べるんですか」

「食べてたまるか! ……ああもう、わかった。君がそのつもりなら仕方ない」

 ひーとあっぷしていた狼さんが突然冷静な口調になりました。でも目はまだ怒っています。ものすごく怒っています。

 しかし、まだ私は狼さんの怒りを甘く見ていたのです。

 狼さんの瞳がギラッと光りました。


「頭巾を脱ぐまで、食事は抜きだ!!」


 ガーン! と頭に石をぶつけられた時のような衝撃が走りました。

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