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第12話 朝一番のお説教

 朝の目覚めは最悪でした。

 まだ外も明るくならないうちにいきなり狼さんが部屋に怒鳴り込んできたのです。しかも窓から。人にはマナーとかうるさいくせに、窓から入ってくるなんてひじょーしきです。そして眠いです。

 狼さんはまだ寝こけている侵入者さんの襟首をつかみ揺さぶりつつ色んな事を怒鳴っていました。ぼーっとそれを見ていると、矛先は私の方にも向いてきます。私は侵入者さんともどもベットの上に座らされて色々言われました。が、何を言われていたか覚えていません。

 メイドキャサリンが現れ、狼さんと何か話した後、いつもお茶を飲む部屋に連れて行かれてそこでおいしいお茶を飲まされた辺りでようやく目が覚めました。

 そして、狼さんの眉間に深く刻み込まれたを認識した次第です。はい。

「君が礼儀知らずだということは知っていたがさすがにここまでだとは思わなかった。人の家を訪ねて来て、寝静まっているようだったから窓を割って入るなんて……常識的にありえないだろう」

 狼さんが眉間にしわを寄せて完全お説教モードに突入しています。

 でも、侵入者さんはびくともしていません。

「なーなー、俺、ジグザ。赤ずきんは?」

「赤ずきんです」

「俺、ワーウルフ。赤ずきんは?」

「赤ずきんです」

 それにしてもなんて、マイペースな人でしょうか。狼さんを完全シカトするなんて。

「赤ずきん、何か好きなもんある?」

「食べれるものが好きです」

「俺も好き。同じだな。あと、面白いのも好きだ」

 侵入者さんはにっと笑いました。あ、狼さんの額に青筋が。

「……君もだ。真夜中に窓を割って見知らぬ者が入ってくれば、いくら君でも変だとわかっただろう。その時点で私かキャサリンに報告するべきだったのに、そのままそんな不審者と同じベットで朝まで寝こけているなんて」

「眠かったんです」

「眠かったって……!」

 狼さんが目を剥いて頭を抑えました。侵入者さんがソファの上でふんぞり返って大きく欠伸をしました。開いた口から、人には不似合いな鋭い牙が見え隠れします。

「もういいだろ? 窓はちゃんと弁償するって。でもお前だって悪いんだぞ。せっかく俺が訪ねてきたのに出てこないんだもんなー」

「しょうがないだろう雨のせいで音も匂いも分からなかったんだ! だいたい空き部屋はいくらでもあったのにどうしてよりにもよって赤ずきんのいる部屋を狙って侵入したんだっ!」

「お前なら俺が来たことに気づいてくれると信じてたのに全然でムカついたから。傷ついてついついぬくもりを求めたんだよ。わかるだろ、この気持ち」

「全然わからない! だいたい、なんでこんなに急に訪ねてくるんだ! 君が来るなんて聞いてない!」

 あれ、と首を傾げました。この侵入者さんが狼さんと仲良しなようなのでてっきり今日来る人はこの人なんだと思ってました。どうやら別口のようです。

「いや本当はファーと一緒に来ようと思ってたんだよ。でも、あいつ俺のこと連れて行かないとか言いやがってさ―。仕方ないからあいつよりも早めに出てきたってわけ」

「なんでそうなるんだ……私が招待したのはファラだけだ。君を迎える準備なんかまったくしていない」

「寝るところは赤ずきんと一緒でいいし、食いもんはお前の分をくれれば十分だから気にすんな」

「君は何様だ!」

 狼さん、いつもよりもだいぶ機嫌が悪そうです。でも楽しそうにも見えます。

「カーティム様」

 メイドキャサリンがいつの間にか部屋に現われていました。

「お客様がお見えです」

「ああ、通してくれ」

 狼さんは疲れ果てたように椅子にどさりと腰をおろしました。メイドキャサリンが部屋を出ると、侵入者さんはそろっと窓に近づきました。

「どこへ行く」

 すかさず狼さんが引きとめます。

「俺、怒られるの嫌いだ」

「だったら怒られるようなことをするな」

 もっともなことを言いつつ、俊敏な動作で立ち上がり、侵入者さんをつかまえようと手を伸ばします。しかし、侵入者さんは目にもとまらぬ速さで窓を開け放ちそのまま飛び出していきました。人間とは思えない早業です。あ、人間じゃありませんでした。さすが魔物な速さです。

「くっ、逃げられた」

 狼さんは悔しそうに窓の外に目をやります。私もその後ろから覗き込みましたが、侵入者さんの後姿すら見えません。本当に素早いです。狼さんは後を追うか迷っていましたが、諦めて深く深くため息をつきました。

「赤ずきん」

「はい」

「君は部屋に戻りなさい。後でキャサリンを寄こすから、身支度を」

 そういえば朝に狼さんが怒鳴り込んできてからずっと説教をされていたので寝巻のままです。朝ごはんも食べていません。お腹すきました。

「ご飯は……」

「あっ……」

 しまったと狼さんが顔を歪ませます。そういえば昨日、お客様が来る前になんか食べさせとけみたいなことをキャサリンに言ってました。お腹がすいていると変な行動をしかねないとかなんとか。

 別に変なことなんてしません。ただ、部屋の隅に飾ってある綺麗な花が気になります。あと、台所を探検したい気分です。

 狼さんはさまよう私の視線を遮るように前に立ちました。なにか、と問いかける間もなくひょいと抱き上げられます。

「……準備はしてあると思うんだ。後でそれも持って行かせるから、とにかく部屋に。キャサリンが客を連れて戻ってくる」

 すたすたとドアの外まで連れて行かれて廊下に押し出されました。仕方ありません。戻るとしましょう。

 部屋に戻る道はもう覚えています。一人でも大丈夫なのです。それにしても力が出ません。最近、一日三食おやつ付きの生活なので体もそれに慣れてしまっています。贅沢三昧です。狼さんはいい人です。あれ、人でよかったですっけ。いい魔物というべきでしょうか。ワーウルフとか言ってたので、いいワーウルフですというべきでしょうか。でもワーウルフは人狼のことだとか言ってました。見た目は狼でした。……じゃあ、狼さんはいい狼さんですということで。

 ……なんか変です。やっぱりいい人です、でいいです。わかりやすいのが一番です。

 そんなことを考えながらとことこと部屋まで戻ると、なんと侵入者さんがいました。

「よぉ」

 片手を挙げて挨拶されます。ぺこりとお辞儀をして挨拶を返しました。

「おはようございます」

「なんか違わないか?」

 間違っていません。今は朝です。狼さんが侵入者さんに気づいて乗り込んできたのは早朝でした。とても早朝でした。なので狼さんのお説教を聞いてなお、まだ朝です。まだまだ眠いです。侵入者さんが寝そべっているベットにふらふらと引き寄せられてしまいます。

「お前も寝るか? 俺は寝るけど」

「……朝ごはんを食べるまで寝ません」

 むしろ寝れません。今の私には睡眠よりも食事が必要なのです。

「そうか。俺も腹減ったな。この部屋には何かないのか」

「ありません」

 断言です。あったらとっくに私が食べ尽くしています。隠されていたとしても今の私の鼻なら見つけ出せるはずなのです。

「じゃあ、お前食べていい?」

 一瞬思考が止まりました。不覚です。

「ダメです」

 私は狼さんに食べられるのです。侵入者さんに食べられるわけにはいかないのです。

「ケチ。ま、いーけどな。お前割と気に入ったし。食べるよりは遊びたい」

 そうしてください。

「というわけで優しい優しい俺からの忠告だ。ファーに気をつけろ。あいつえげつないから」

 ふぁー?

 どういうことですか、そもそもふぁーってなんですか、と聞く前にドアがノックされました。

「赤ずきん様、お着替えと食事を持ってきました」

「はい!」

 待ってましたと扉に向かいます。

 ようやくご飯の時間です。

 そんな私の頭から、つい今しがたの侵入者さんの忠告はスポーンと抜けてしまっていたのでした。

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