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第10話 開いた扉にご用心

 お腹いっぱい大満足でマナー特訓もひとまずお休みです。

 さて、と困りました。

 ヒマです。

 やることがありません。

 ヒマです。

 メイドキャサリンにお手伝いを申し出ました。皿洗いとかできます。

「赤ずきん様はゆっくりなさっていてください」

 断られました。

 庭師さんに食べられる雑草とか教えてくださいと頼みました。草むしり手伝います。

「あー、食べたら死にそうなものしかないッスね」

 がっかりです。

 狼さんにヒマですと訴えました。遊んでください。

「変なものを食べず、大人しくしてなさい」

 逃げられました。

 ヒマです。

 ヒマなので、探検することにしました。この家は広いです。だだっ広いのです。言ったことのない場所がたくさんあります。きっといいヒマつぶしになります。

 れっつごーです。



 迷いました。



 同じようなドアが並んでいるのがいけないんです。階段がたくさんあるのがいけないんです。人がいないのがいけないんです。わかりやすい目印がないのがいけないんです。

 迷いました。

 まあ、上に登れば屋上に出ます。窓から下りれば庭に出ます。この二つが分かっていればどうにかなる気がします。不安はありません。でも、ご飯までに食堂に戻れるかどうかが心配です。私の腹時計は、そろそろ引き返した方がいいと告げています。引き返すにはどっちへ行ったらいいのでしょうか。困りました。

 とりあえず、歩きまわってみます。色んな部屋がありました。絵とか飾ってありました。私の部屋とほとんど同じ部屋がありました。鍵がかかっていて開かない部屋もたくさんありました。本がたくさんある部屋がありました。ためしに何冊か開いてみたら結構読めました。またヒマになったら、狼さんに頼んで読ませてもらおうと思いました。歩きまわっているうちに、目的地である食堂は一階にあるのだから、つまり下へ行けばいいんだと気付きました。今何階にいるのかはわかりませんが、とりあえず下へ下へと降りていきます。

 さて、一番下へ到着です。なんだか薄暗いです。今日は曇り空なのでしょうか。

 とにかく歩きます。今どこかわかりませんけど、とりあえず歩きます。暗いです。どんどん暗くなっているのは気のせいでしょうか。心なしか空気も重苦しいです。そういえばさっきから窓を見かけません。

 歩いているうちに行き止まりについてしまいました。ドアがあります。なんだか入りたくないです。引き返すべきでしょうか。でももしかしたらこのドアの向こう側に新たな道があるのかもしれません。

 迷った時はチャレンジです。どんなに不味そうなものでも食べてみたら意外とイケるなんてよくあることです。まずは挑戦してみることから始まるのです。

 意を決してドアに手を掛けてみました。ガチャ。ガチャガチャ。鍵がかかっているようです。残念!

 これはもう戻るしかありません。それにしてもちょっと疲れました。そんなに動いていないのに、年でしょうか。先生がよく言っていました。僕はもう年だから少し動くとすぐ疲れてしまうんだ。だから、若い君がその分動くべきだよ、と。私もどうやら年のようです、先生。だって、そんなに動いていないはずなのに疲れてしまったんです。まるで体中から力が吸い取られているようです。

 なんだかグタっとドアにもたれかかって座り込んでしまいました。本当に力が入りません。なんででしょうか。頭がくらくらしています。

 あきらめて体から力を抜くと、ばたっと、後ろに倒れてしまいました。

 ……あれ? ドア、開いてしまったようです。

 重い体を起こして中を覗き込みました。薄暗い部屋に、ぼんやりとした明かりが灯っています。部屋の中心にあるのは魔方陣でしょうか。うっすらとほこりを被った家具の中で、部屋の奥に飾られた絵だけが異彩を放つように鮮やかな色をしています。人が描かれているようですが、光が届いていないようで誰だかわかりません。

 とにかく、私はこの場を立ち去ろうと体を起こしました。ここにいるのは嫌だと思いました。なぜかはわかりませんが、嫌でした。恐ろしいような、悲しいような、そんな感情が自分の中に渦巻いているのがわかるのです。

 ふらふらと来た道を歩きます。背後の明かりが消えて、廊下はまた暗くなりました。パタンとドアがしまる音がしました。でも振り返る気にはなりませんでした。

 カタツムリよりも遅い歩みで歩いていると、正面から、バタバタと足音が聞こえてきました。ほっとすると同時に膝をついてしまいました。駆け寄ってきた人に手をのばして、そのまま私は気を失いました。



 目を開けると、もう見慣れた部屋でした。ふわふわのベットが気持ちいいです。

「大人しくしていろと言っただろう」

 ベットの脇に座っていた狼さんはしかめっ面で腕を組んでいます。怒っているようです。

「それにしてもいったい何があったんだ。そんなに衰弱して……とにかく、今日はゆっくり休みなさい。キャサリンがおかゆをもってくるから、それを食べたらすぐに寝ること。いいね」

 狼さんには私に布団をかけ直してくれました。そして、そのまま腕を組み直し私をじっと見ています。落ち着きません。

「………」

「………」

 無言です。観察でもされている気分です。私なんか観察しても面白くないこと請け合いです。

 でも、狼さんはじっと見ています。落ち着きません。

 見られているから落ち着かないのなら、見ている側なら落ち着くのでしょうか。

 私は狼さんをじっと見つめました。目が合います。見つめます。狼さんのこげ茶色の髪とか、鋭い金色の眼とかをじっと見つめます。

「……なんでそんなに私を凝視するんだ」

「狼さんが私を見るからです。でもせっかくならあの眼福な狼の姿をした狼さんを見たいです」

「あっちの姿、ねぇ」

 狼さんはちょっと考え込んで私から視線をそらしました。私はそんな狼さんを見続けます。

「私のあちらの姿、そんなに好きかい?」

「大好きです」

 即答しました。悩む余地もありません。今も夜になると狼さんの姿をしていないかと時々突撃するのですが、いつも人の姿です。悲しいです。何度も頼んだりしてみましたが、すげなく断られてばかりだったのです。

 もしかして、脈ありなのでしょうか。

「そうだな……」

 狼さんが考え込みます。期待に胸が高鳴ります。わくわくのドキドキです。

「いけません」

 しかしそこにばっどたいみんぐ。メイドキャサリンがおかゆを持って現れました。そういえば、今はいつでしょうか。部屋の中は明かりがついていますが、外はもう暗いようです。……ご飯、おかゆだけなのですね。

「赤ずきん様はとても弱っていらっしゃいます。カーティム様が魔素を動かすことでどんな悪影響が出るかわかりません。今はとにかく休息が必要なのです」

 いつもの笑顔でメイドキャサリンはさりげなく狼さんを追い立てます。

「カーティム様がそばにいらっしゃるだけでも、弱っている赤ずきん様には負担になるかもしれません」

「そ、そうなのか?」

「そうなのです。今日はカーティム様も、もうお休みになられるのがよろしいかと」

 ほんのりと混ぜられたやや強めの口調は提案というよりも強制しているようでした。メイドキャサリン、なんだか少し怖いです。

 狼さんが部屋を出て行くとメイドキャサリンは私に声をかけました。

「起きあがれますか?」

 その言葉に体を起こそうと力を入れます。ちょっとへなっとなりかけましたが大丈夫です。メイドキャサリンが手を貸してくれて、背もたれも作ってくれました。いたれりつくせりです。

「どうぞ」

 差し出されたおかゆを受け取って、食べます。おいしいです。食べはじめると、お腹がどんどんすいてきました。差し出された分はあっという間に空になりました。足りません。

「……おかわりは」

「そのような状態では食べすぎるのはよくありません」

 食べすぎなんてとんでもないです。足りません。

 視線で訴えますが、メイドキャサリンはさらっとシカトです。にっこり笑って、お薬ですといかにも美味しくなさそうな液体を差し出してきました。不味そうです。臭いもヤバい感じです。飲みたくありません。だってお薬です。私の経験的に、お薬ですと差し出されたものが美味しかったためしがないのです。でも、お腹がすいています。お腹の足しがほしいです。液体でもほしいです。でもすごく不味そうです。

「………」

「………」

 葛藤の末、メイドキャサリンの圧力、そして空腹に敗北です。私はその液体を飲み干しました。すぐに吐きたくなりました。もちろん吐きません。もったいないです。でも不味いです。先生が作ってくれた薬並みに不味いです。泣きそうになる私にすかさずメイドキャサリンが「どうぞ」とクッキーをさしだしてきました。口に入れます。おいしいです。

「もう一枚……」

「だめです」

 ぴしゃりと取り付くしまもありません。メイドキャサリン、意外と厳しいです。

 クッキークッキークッキーと未練たらたらでメイドキャサリンの顔を見つめます。メイドキャサリンはそんな私の心の声を無視して私をベットに横たえました。横になるとあっという間に眠くなってきました。

「赤ずきん様、もうあの部屋へ行ってはいけませんよ」

 子供に言い聞かせる口調です。でも、怖いほど真剣な声でした。

「あの部屋は、終わりの部屋。近づいてはいけません」

 優しい手が、赤ずきんの中に入り込んで、私の髪を直接撫でました。

「ゆっくり眠って、明日にはまたご飯をお腹いっぱい食べてください。それが、今のあなたの役目」

 静かな声が心地よく私は夢の中でその声を聞いていました。

「おやすみなさい。どうか、あなたが悪い夢につかまりませんように――」

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