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黄泉帰りの少年③

少年の頭がずきりと痛み、奇妙な動画が再生された。


かん、かん、かん。


踏切の音。電車がやってくる。そこへ少女が飛び出した。少年が何かを叫ぶがその声は、願いは届かない。悲しそうに笑う少女。「ごめんなさい」少女が言った。電車がやって来て少女は。






「どうかしたのか?」


一朗に肩をゆすられ、少年の脳から映像が消えていき、痛みも和らいでいった。


「いえ、何でもありません。大丈夫です」


少年は小さく笑った。


一朗と少年は公園のベンチに座っていた。公園の中心に噴水つきの円形の池があり、池の周囲にベンチが並んでいた。休日の公園には数多くの家族連れで賑わっていた。


その時、一朗のスマホから着信音が鳴った。一朗が電話に出て、話しているのを少年はボンヤリと見つめていた。


「山崎卓哉。それが君の名前のようだ」


通話を切った後、一朗が少年に言った。少年は「山崎卓哉」と呟き、小首を傾げた。名前に心当たりがなかった。


「今日から俺は君のことを卓哉と呼ばせてもらうよ。名前が無いと不便だからね」


卓哉と呼ばれた少年は曖昧な表情で頷いた。


「今、アパートを管理している不動産屋に連絡してみたけど、随分前に俺の部屋で少年が自殺したらしい。ただ、昔のことらしくて、不動産屋も詳しいことは知らないらしい。大家さんに連絡取ってみるってさ。何か思いだすことはあったかい?」


「いえ」


「まぁ、そうだよねぇ」


一朗が苦笑した。


卓哉が一朗のスマホに目を奪われた。液晶に一朗と女が映っている。二人はピースをしていた。


「あぁ。この子は俺の彼女。薫って言うんだ」


照れくさそうに一朗が言った。


「高校の頃の後輩なんだ。卒業後は全く接点がなかったんだけど、半年前にたまたま会って、意気投合して付き合うことになったんだよ。でも、再開した時はびっくりしたよ。高校の頃はそこそこ可愛いくらいだったんだけど、別人みたいに綺麗になっててさ」


と嬉しそうに語った。


卓哉の興味なさ気な表情に気付き、一朗はコホンと咳払いし、話題をかえた。


「そう言えば、周囲に「黄泉帰り」はいるか分かる?」


「はい。「黄泉帰り」が近づいて来ています」


「そうか」


「あの、どうして僕に協力してくれるんですか? もしかしたら今日、死んでしまうかもしれませんよ?」


卓哉が訊ねた。


「どう説明したもんかねぇ」


一朗は地面に空き缶が転がっているのを見つけた。すくっと立ち上がり、移動し空き缶を拾い戻って来た。


「一日一善。俺が心掛けていることだ。昨日は一つも一善をしていなかったから。つまり、俺の自己満足だ」


「しかし、僕の傍にいるのは危なすぎますよ。現に、安徳という「黄泉帰り」に俺は狙われている」


「いいや、逆だ。昨日の件で俺も安徳に狙われる対象になった。だから「黄泉帰り」の君といる方が安全だよ」


「まぁ、僕なら安徳が近くに来れば分かりますからねぇ」


卓哉は同意したが釈然としない表情をしていた。


その時、卓哉の表情に変化が起こった。


「来ました。「黄泉帰り」が到着しました」


一朗の顔にも緊張が走った。


公園の入り口に安徳が立っていた。


「わざわざ水があるところにいるなんてどういうつもりだ?殺してほしいのか?」


安徳が訊ねた。卓哉は不安な顔付きで一朗を見た。一朗は澄ました笑顔で安徳を見返し言い返した。


「殺される気なんてさらさらありませんよ」


「まさかと思うが、俺に勝つつもりか?」


「ええ」


一朗が頷いた。


「やってみろよ」


安徳が右手を上げた。公園の池から巨大な水蛇が生まれた。

蛇を見て公園で遊んでいた人々が逃げて行った。


その時、公園に武装した集団が現れ、安徳を取り囲んだ。

男が前に出た。


「私達は黄泉帰り管理局の職員です。人間に危害を与える危険な「黄泉帰り」がいると通報がありました。貴方には黄泉に戻って頂きます」


昨日、安徳に襲われた一朗は黄泉帰り管理局に電話し、保護を求めた。そして安徳の危険性を説明したところ、黄泉帰り管理局は安徳の「黄泉戻し」を、つまるところ駆除することになった。そして安徳を呼び出す囮として一朗と卓哉が選ばれたのだ。


武装した黄泉帰り管理局を前にして、安徳が馬鹿にしたように笑った。


「ひひひひ。一般人が俺を殺せると思っているのか?」


「これでも私達は多くの「黄泉帰り」を黄泉に戻しています。それに貴女への対策もお二人から聞きました」


職員の多くは消防車に備え付けられている消火ホースを手にしていた。ホースの先端から液体が一斉に噴き出した。瞬間、あたり一面、アルコールの匂いが充満した。


「八岐大蛇」が口を閉じた。


「酒は俺の弱点ではある。でも、「八岐大蛇」の本体がその口を通して酒を摂取しない限り「八岐大蛇」が酔うことはねぇ。だって本体の頭に俺の紋様があるんだからな。そんなことも知らされていないのか?」


安徳がせせら笑った。


残りの職員は拳銃を構え、安徳本人に向けて発砲した。


水蛇が安徳を中心にとぐろを巻いた。拳銃は蛇の鱗によって撥ね返された。


「そんな拳銃じゃ俺を殺せねぇよ。もう一度言うぜ。そんなことも知らされていないのか? そもそも俺のことを知らない時点でお前達は管理局の末端で、使い捨て以下の駒なんだよ」


水蛇の一匹の頭が突然、弾丸のような速さで管理局の職員に突進した。蛇の口が職員の胴体にぶつかり、職員が吹き飛んだ。


上半身と下半身に分断され、地面に転がる身体を見ながら、卓哉は新幹線に吹き飛ばされたような威力だなぁと思った。


その時、卓哉の頭がずきりと痛み、よろめいた。


「ひひひひ。やっぱ、弱い者イジメは最高だよなぁ」


安徳の叫び声がした。


他の七匹の水蛇も職員に突進していた。瞬く間に職員達が死骸へと変わっていった。


未だに頭痛は治らない。


「あ」


としか卓哉は喋れなかった。いつの間にか目の前に巨大な水蛇の頭があり、卓哉は新幹線の如く突進するそれに吹き飛ばされた。


(あれ? 前にもこんなこと、あったような)


吹き飛ばされながら、卓哉はそんなことを思った。だが、どうしてそんなことを思ったのか記憶をたどることはできなかった。


意識がどんどん遠ざかっていくのだ。


「ひひひひひ。馬鹿な人間たちだなぁ。どれだけ雑魚の「黄泉帰り」を殺せても、俺みたいなレベル高い「黄泉帰り」には勝てねぇよ」


最後に安徳の勝ち誇った声が卓哉の耳に届き、卓哉は意識を失い、闇に堕ちていった。










「間違っている。間違っている。間違っている」


闇の中を少年は彷徨っていた。空からはヌメヌメとした雨が降り続いていた。時折、口の中に入るそれは鉄っぽい味がした。歩く度に足元でグチャグチャと音が上がった。地面は腐敗した死体で埋め尽くされていた。


棒きれをつき、少年はボロボロの身体でよろよろと前に進む。どこに向かっているのか、何故歩き続けているのか覚えていなかった。


「間違っている。間違っている。間違っている」


ブツブツと呟きながら足を前に出した。


ここには時間の感覚は無かった。何時間、何日、何年か分からないがとにかく歩き続けた。


歩けば激痛が走り、足を止め休んでもズキズキと身体の芯から痛みが走った。喉が渇き、腹も減っていたがどこにも飲食物などなく、仕方無く死体を喰った。最初は吐いたが慣れれば、何とか腹に流しこめるようになった。


死体に足をとられ転ぶこともあった。鬼に襲われ腕を噛まれつつも、棒きれを振りまわし追い払うこともあった。


「あぁ。まさかこんな所まで人がやって来ようとは。歓迎しよう。愛しく、憎き我が子孫よ」


ある日、声が聞こえた。


そこには首があった。美しい女の顔だ。


女は含みのある笑みを浮かべていた。少年は疲労しきった顔で女の顔を見返した。女の額には角が生えていた。


「この身体故、茶を出すこともできんがね。それよりも教えておくれよ。哀れな子孫よ。お主は何を求め私に会いに来た?」


「分からない」


「ひひひひ。何の願いも持たない者が私のもとまでやって来れるわけがなかろう。死してなお、鬼の拷問を受けてなお消しきれぬ憎悪があるのだろう? だから私に引き寄せられここまでやって来たのだ。さぁ、教えておくれ狂った我が子孫」


少年の頭がずきりと痛み、映像が流れた。


かん、かん、かん。


踏切の音が鳴る。電車がやって来る音だ。そこへ少女が飛び出した。

「薫!」


少年が叫んだ。


そこで映像が途切れた。


ふらりとよろめく少年を女は愉しげに見つめていた。


「ふふふ。裡にある憎しみに気付けぬのか。まぁ良い。ここまで辿り着けた人間などお主が初めてだ。先祖の怨恨で満たされた黄泉路を乗り越えたその魂、十分に資格はある。私の力を、名を貸してやろう。そのかわり私の悲願を果たしておくれ。私の悲願は桃より生れし異端児への復讐」


ここで少年は気付いた。これは夢だ。いや、過去の記憶だ。


気付いた途端、目の前が真っ白に染まっていった。


消えいく視界の中で、女の声が届いた。


「思うがままに使うが良い。私は鬼神。鬼の王。私の名は」








ゆっくりと目を開くと、たくさんの人間がそこに倒れていた。


くちゃくちゃと音を立て、男が何かを食べていた。男は安徳だ。安徳は倒れた人間達の肉を喰っているようだった。安徳以外生きている人間はそこにいなかった。


「あぁ。食べた食べた。満腹だ」安徳が立ちあがった。振り向いた安徳と卓哉の瞳が交差した。


「何だ生きていたのか?殺したと思ったんだがなぁ。まぁ、良い。お前が寝ている間に、もう数え切れないほど人を喰った。多分ちょっとはレベルアップしたと思うぜ。ちょっと練習台になってくれよ」


安徳が高笑いを上げた。


卓哉は喰い散らかされた人間の屍を見渡した。


「何故、そんなに簡単に人を殺せるんですか?理由なく人を殺めることは間違っていると思いませんか?」


「間違っているわけねぇだろ。人間だって下等な動物を殺して腹を満たしているんだろ?俺のしていることも同じだ。下等な人間を殺して俺の腹と「呪い」を満たしているんだ」


「「黄泉帰り」とはそう言う生き物なんですか?」


「くくく。その通りだ。にしても、生き物ねぇ。俺達は死者だが、確かに生きていることには違いねぇなぁ。俺達はどういう理屈かしらねぇが蘇って生きた肉体を得た。そう言えば知っているか?「黄泉帰り」は子を成すこともできるらしいぜ」


「アンタも元は人間のはずだ。罪悪感は無いんですか?」


「そんなものねぇよ」


安徳が目を剥いた。


「この世はクソゲーだ。くだらねぇ弱肉強食っていうルールのある世界だ。俺は生前、弱者だった。強者は弱者である俺を無邪気に、無自覚に虐げていた。俺はこの世に恨みしかねぇよ。お前だってそうだろ?腸が煮えくりかえるほどこの世を恨んでいるんだろ?復讐したいんだろ?だから蘇ったんだろ?」


「間違っている」


卓哉が静かに言った。


安徳はギリギリと歯ぎしりした。


「気にくわねぇ。気にくわねぇよ、お前。お前もアイツ達と、昔、俺を苛めていた奴らと同じだ。ただただ俺を否定するだけ否定しやがって。だったら何が正解なんだ?」


池から8匹の巨大な水蛇が生まれた。


一匹の水蛇が卓哉に襲いかかった。巨大な口を開く。剣のような牙がずらりと並んでいた。


卓哉が目を閉じた。頭の中に屍に満たされた世界と、そこに君臨する鬼の王の首を思い浮かべた。


「遠き祖よ。貴方の名を使わせてもらいます」


小さく呟き、目を開いた。その瞳は赤く輝いていた。


「鬼神、「温羅<うら>」」


卓哉の額に赤い紋様が浮かび上がった。一瞬、大地が揺れた。揺れる大地から、黒く小さな光が浮かび上がった。光は蛍のように舞い、卓哉の額の紋様に吸い込まれていった。ドクンと身体が脈打ち、卓哉の周囲から黄金の光が現れた。


「間違っている。間違っている。間違っている」


そう呟きながら卓哉が右手を水平に振った。指先が迫りくる水蛇に当たった。水蛇の頭が吹き飛んだ。


一匹の蛇が壊れゆく様を見て、安徳の顔が引きつった。


「はっ。これでレベル1かよ。有りえねぇ強さだろ。チートじゃねぇか。卑怯だろ。理不尽だろ。やっぱこの世はクソゲーだわなぁ。でもよぉどんなクソゲーでも」


安徳は叫んだ。


「レベル30の俺にレベル1が勝てるわけねぇ」


七匹の蛇が卓哉を襲った。卓哉は躊躇なく蛇の群れに突撃した。拳、蹴り、頭突き。それらを繰り返し、蛇を全て消し飛ばした。


卓哉の身体から黄金の光が薄くなっていった。ぜぇぜぇと息を切らせ、卓哉が膝をついた。


安徳は歪んだ笑みを浮かべた。


「八岐大蛇」が造り出されている池に波紋が生まれた。卓哉は池の中に勾玉があるのに気付いた。勾玉を中心にして、再び八匹の水蛇が誕生した。


ふと、卓哉の脳裏に安徳が「八岐大蛇」の本体について喋っていたことを思い出した。


「俺の「八岐大蛇」は水を蛇に変化させる能力だ。水さえあれば無限に蛇を造ることができるんだよ」


今度は八匹の蛇が卓哉を襲った。


「僕の、「温羅」は」


拳で一匹の蛇の頭を吹き飛ばした。だが、消滅させることはできなかった。


残りの蛇が卓哉に飛び付いた。卓哉は必死で蛇の突進を避け続けた。


「お前の「呪い」は長時間発動できないみたいだなぁ。そんなんで無限に生まれる水蛇に対応できるのか?」


安徳の勝ち誇った声が聞こえた。


「僕の」卓哉がぼそりとした声で何かを言った。だが、その声は安徳には届かなかった。


「そう言えばお前、人間を喰うことに罪悪感が無いかって訊いたな。お前は勘違いしている。「黄泉帰り」が人間を食べるのは生き残るためだ。人間を喰ってレベルアップし続けないと、他の「黄泉帰り」に殺されちまう。俺達「黄泉帰り」はそう言う世界で生きているんだよ。罪悪感なんて感じていたら生き残れねぇ。お前みたいになぁ」


安徳が芝居がかった様子で両手を虚空に伸ばしながら言った。


卓哉は赤く輝く瞳で安徳を睨みつけた。


「僕の、「温羅」はこの世に蔓延する怨恨を吸って力に変える」


卓哉が呟いた瞬間、再び大地が揺れ、黒い光が現れ、卓哉の中へ入っていった。卓哉の身体が黄金に輝いた。


空を揺らすような咆哮を卓哉が上げた。そして拳を使って水蛇を全て叩きつぶした。新しい蛇が生まれる前に、大地を蹴り池へと走った。池の中に勾玉が浮かんでいた。卓哉はそれを拾い上げた。


「やめろぉ」


安徳が叫んだ。


卓哉は勾玉を握りつぶした。


安徳は口から泡を吐きながら地面に崩れ落ちた。


ぜぇぜぇと卓哉は息を切らしていた。黄金の光も薄まっていった。


「倒したみたいだね」


背後から声がした。卓哉が振り向くと一朗が立っていた。一朗は右腕を空に向けて、少し斜めに傾けながら伸ばしていた。その手には剣が握られていた。おそらく職員が所持していた物だろうと卓哉は思った。


途端、剣が振り下ろされた。卓哉に。首に熱い物が走った。視界が回転した。


(いや、これは)


回転しているのは己の頭だと卓哉は気付いた。卓哉の首は切断され、彼の頭は空中で回転しながら落ちて行った。


「最初からこうしておけばよかった」


一朗は醒めた声で言った。


卓哉の頭の中に映像が流れた。


とある少年の学生時代の映像だ。少年には付き合っていた彼女がいて、その名を薫と言った。幸せな青春時代は唐突に終わった。薫が先輩から乱暴されたと泣きながら訴えてきた。詳しいことは訊けなかったが、それが薫にとっても少年にとっても許されない行為であることは分かった。ある日、薫は走行する電車へと飛び出し、自殺しようとした。「貴方の所為よ」少女が言った。少年は飛び出し、少女を付き飛ばした。甲高いブレーキ音が少年に近付いてきた。少年は動けず、どんどん大きくなる電車を凝視していた。「間違っている」最後にそう呟き、少年は電車に踏みつぶされた。死ぬ時、少年の脳裏に浮かんだのは、薫に乱暴をした先輩の顔だった。そしてその顔こそ、一朗の顔だった。


映像が途切れた。


「それにしてもラッキーだった。こいつが化けて出てきたときはビビったが、記憶を失っていたのはラッキーだったな。というか、「黄泉帰り」は死んだ場所で蘇るんじゃねぇのかよ。まさか俺のところで蘇るなんて」


一朗は己が斬り落とした首を見つめながら言った。


力無い足どりで一朗は卓哉の首に背を向けた。引きつった顔で溜息をした。


「あぁ、また、悪いことをしてしまった。酷いことをしてしまった。でも、仕方がなかったんだ。アイツはきっと俺に復讐するために蘇ったんだ。俺がアイツから薫を奪ったことを恨んでいるに違いない。殺さなければ、俺が殺されていた。そう、俺は悪くない。悪くない。それにアイツは死人だ。だが、罪を犯したのは事実だ。何か善いことをして罪を帳消しにしないと。もっと善いことをしないと。そうしないと俺の精神がもたない。あぁ、ダメだ罪の意識に押しつぶされそうだ。こうなったら酒、酒、酒、酒。酒が欲しい」


うわ言のように一朗は呟いていた。


一朗の肩が叩かれた。


「鬼神温羅は古代の鬼の名だ。お伽噺の桃太郎のモチーフとなったと言われる吉備津命に退治されたことで有名な鬼だ」


一朗が振り向くと、そこには首の無い卓哉の身体が立っていた。卓哉の身体はわずかだが黄金の光を纏っていた。右手で一朗の肩を掴み、左手は己の切り離された頭を抱えていた。卓哉の瞳は赤く輝き、額には赤い紋様が浮かんでいた。


卓哉の口が開いた。


「吉備津命に首を斬られた後も温羅の首には生気があり、何年も唸り声を上げていたという逸話を持っている」


卓哉の右手が一朗の首を掴んだ。


鬼の如き力によって首を絞められ、一朗は呻き声を上げた。


それを卓哉はつまらなさそうな表情で見つめていた。


「思い出しましたよ。一朗先輩。俺はアンタへの恨みを晴らすため蘇った」


卓哉は己の頭を切断された箇所へとのっけた。すると頭が胴体へとくっつき始めた。


「あ、あ、あああああああ」


一朗の顔が醜く歪んだ。


卓哉は右手の力を緩めた。


「一朗先輩。どうして薫に乱暴したんですか? 別段、薫のことが好きだったわけじゃないですよね?」


「す、好きだったさ。外見はともかく、俺は薫のことがきっと好きだった。なのに、お前が薫と付き合い始めたから、我慢できなかった」


一朗が引きつった目で卓哉を見つめた。


「そうだよ。全部、お前が悪いんだ。俺は悪くない」


卓哉はぼんやりした、どこか眠そうな瞳で一朗を見た後、訊いた。


「薫は生きているんですよね?」


「え?」


「薫は生きているんですよね?」


「あぁ」


「そうですか」


「俺を殺すのか?」


「今日は止めておきます。いろいろ頭の中がごちゃごちゃなので。覚えておいてください。僕はアンタに復讐するために蘇った。次会った時は殺しますから」


低い声で卓哉は脅してから、首を絞めている力を強めた。一朗は気を失い倒れた。


「お前は甘いなぁ」


嘲るような声に振り向くとそこには安徳がいた。


「復讐対象を逃すなんて、それでも「黄泉帰り」かよ」


「喧嘩を売っているんですか? 今度こそ殺しますよ?」


「そんな怖い顔するなよ。俺は当分「呪い」を発動できない。お前が壊した勾玉が俺の力の源だったからな。再生するまでには数日かかる。俺は無力だ」


ひひひ。安徳が笑った。


「それに、お前はここから出て行くんだろ?目を見れば分かる。お前がここに留まる理由は無くなった。違うか?」


「ええ。そうですね」


「それならば俺達が敵対する理由は無い。だから少し話をしようぜ」


「話?」


「あぁ、せっかくだから俺の話を聞いてくれ」


「まぁいいですけど」


「俺は生前、苛められていてなぁ。不登校になっちまって、自殺しちまったんだよ。浴槽で腕切って、さ」


自殺という単語を聞いて卓哉は何か引っかかるのを感じた。安徳が朗らかに笑った。


「そうだよ。俺が山崎卓哉だ。一朗が住んでいた部屋で自殺を決行した。だけど通報されてさ、息を引き取ったのは病院だったんだよ。だから蘇ったのも病室だったんだ」


「そうなんですか」


「あぁ、そうだよ。驚いたか?」


「はい。でも、それなら」


「うん?」


「僕は、どうしてあの部屋で蘇ったのでしょうか?」


「一朗を深く恨んでいたんじゃねぇの?」


「そういうケースもあるんですか?」


「よく聞くよ。恨んでいた奴の周囲で蘇るってのは」


「そうですか」


「それで、お前はどこに行くつもりだ? まさか生前の家族のところに戻るとか言い出さないよなぁ?」


「そんなこと言えませんよ。家族を危険な目には会わせられません。会うのはやめておきます。それに行く宛などありませんが、僕にはしなければならないことがあります」


「しなければならないこと?」


「温羅の悲願を果たさなければならないんですよ。悲願を果たすために僕は旅をします。お金はありませんが、死体でも食べて生きることにします。幸い、死体を食べるのには慣れていますから」


「おいおい。冗談だろ? 折角、蘇ったのに自分のために生きないのかよ?」


「そういう契約なんです」


「ふーん。大変だねぇ。ま、何かあったら俺のとこに来な。俺はお前に負けたからな。お前の命令だったら何でも言うことをきくぜ」


「でしたら、一つ頼みごとをしても良いですか?」


「何だ?」


「山崎卓哉。この名を僕にください」


「おいおい。そんなでいいのかよ。苛められっ子の名前だぜ?」


「そうでしょうか? 素敵な名前だと思いますけど」


「ふん。変わってるなお前。ま、欲しいならくれてやるよ」

「ありがとうございます」


卓哉は安徳に一礼してから、一朗のポケットに手を突っ込んだ。スマフォを取り出した。液晶に映っている薫は卓哉の記憶のものとは随分違っていた。高校の時は清楚な少女だったが、今はどこかギャルのようなファッションで装っていた。連絡先の中から薫の名前を探した。少しためらった後、薫に電話をした。薫はすぐにでた。


「初めまして。こちらは薫さんの番号でしょうか? 僕は山崎卓哉と申します。一朗さんの知り合いです」


「・・・・・・」


「一つ薫さんに伺いたいことがあって電話させていただきました」


「・・・・・・」


「どうして一朗さんと付き合おうと思ったんですか? 薫さんは高校の時に一朗さんから乱暴されたと訊いていましたから、少し疑問に思ったんです」


「復讐するためだよ」


電話の向こうで薫が言った。その声だけは懐かしいものだった。


「アタシの所為でヒデちゃんが死んで、アタシも死のうと思ったけど、できなかった。自分勝手かもしれないけど、ヒデちゃんがアタシを付きとばして、電車にぐしゃって潰されるのを見て、死ぬのが怖くなったの」


ヒデちゃん。薫には生前そう呼ばれていた。岡田英俊。それが生前の名前だった。


電話の向こうで薫が絞り出すように告げた。


「アタシの所為でヒデちゃんが死んで、すごく辛かった。生きているのが辛かった。真綿でしめられているような感覚だった。でも、死ねなくて、それがすごく辛いの。この苦しみから逃れるために復讐しかないって思った。ごめんなさい。アタシ、自分のことしか考えていない」


薫はうわ言のように「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し続けた。


「もう、貴方が復讐する必要はないですよ。僕が岡田英俊のかわりに復讐しましたから」


「?」


「薫さん。過去に縛られてはいけません。貴女に酷いことをした一朗さんは、僕が復讐しておきました。そして岡田英俊も貴女のことを恨んでいません。前を向いて生きてください」


「でも、アタシは間違いばかりしてきた。自殺しようとして、ヒデちゃんが死んじゃって。それだけじゃなくって一朗と付き合って、ヒデちゃんを裏切って。今も、昔も間違いばかり。アタシ、死にたいよぉ」


「死んでもろくなことはありません。それは保証します」


「でも」


「どれだけ間違っても人間はやり直せます。死人だってやり直せる世の中なんですから。それではさようなら。元気で」


そう言って卓哉は電話をきった。


スマフォを振りあげ、地面に叩きつけた。粉々に砕け散った部品を眺めた後、卓哉は歩き出した。


「間違っている、間違っている、間違っている」そう呟きながら。





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