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8

花嫁を抱えたまま、ウォルターは足で扉を蹴って開けた。

 そのまますたすたと中に入り、花嫁を寝室のベッドに放り投げた。

「ちょっと!痛いじゃない!なにするのよ!」

 ブリギッドは近くにあった燭台を思いっきり投げつけた。

 もちろんウォルターは難なくそれを避ける。

「まったく!とんだじゃじゃ馬だ!外見は女神だが、内面は獰猛なキルトの戦士だな!」

「素晴らしい誉め言葉だわ!」

「俺からも礼を言おう。お前のおかげで我が軍の改良点が見つかった。頭と足の甲までいつでも鉄で覆っているべきだということだ。」

 ウォルターは水差しからがぶがぶと水を飲むと、息を整えた。

「さて、俺の今日の役割も終わったことだし、執務室で酒でも飲むか。」

 花嫁をベッドに置き去りにしたままさっさと部屋を出て行こうとする。

「あ、待ちなさいよ!」

「心配するな。ここは今日から我が妻の部屋だ。お前の侍女しか入れないようにしている。俺も入るつもりはない。」

 そういい残すと、扉を壊れそうなほどたたきつけて姿を消した。

 ブリギッドはしばらく呆然としていた。

「なんって勝手な男なの!」

 怒りに任せて、手当たり次第に近くのものを投げ散らかした。

 息が上がってきたころになると、怒りよりも、悲しさが込み上げてきた。

 絶対に、絶対に泣くまいと思っていた。

 だけど、堪えきれずに涙が流れ落ちていく。

 仕方がない。

 こんなことでキルトとの戦いをやめるというのなら、何度だって結婚してやる。

 そう、心に言い聞かせるのに、涙が止まることはなかった。






 結婚式の後、ブリギッド姫が部屋から出てくることはなかった。

 食事も自室で取っているらしい。

 ウォルターも、それに関しては何も改善しようとはしていない。ビビのように、あるいはそれ以上にほったらかしている。

 ブリギッド姫の部屋には、ガウディはもちろん、女性のビビであっても入室することは許されなかった。

 彼女の様子は気になるが、ミュラーに「将軍は今最高に不機嫌ですので、ほとぼりが冷めてからにされたほうがよろしいですよ。」と忠告されたので、とりあえずはふたりの様子を見ていることにした。

 今日の朝食の時にも、ウォルターの不機嫌さといったら、それはすごかった。

 ミュラーや部下たちにいつも以上に、罵詈雑言の雨嵐。

 いったい何人の騎士たちが胃に穴が開き、頭痛に悩まされ、悪夢にうなされているのだろうか。

 そんな雷が毎秒落ちているような時、自身も人質にとられているに等しい状況にあるはずのガウディは何をしていたかといえば、何食わぬ顔で優雅に食事を取っていた。

 まさに、我関せず、対岸の火事、風馬牛も相及ばず。

 ビビでさえ大声や飛び交う食器類を避けるのに大変でゆっくりと食事を取るのに苦労したというのに!

 まあ、そんなわけで早々に食堂を逃げ出し、散歩に出かけたのだが。

「ああ、おなかすいた、、、。」

 無意識にふらふらと中庭の林檎の木の元へやってきていた。

「おお、神の恵みじゃ。」

 さっそく林檎狩りに挑むのだが、すでにビビの背丈で届く高さになっている実は食べつくしてしまっていた。

「だれよっ!あたしの大事な食料を食べたやつはっ!」

 その犯人はもちろんビビ自身なのだが、怒りにまかせて両手で木を何度も打ち叩いた。

 しかしそれくらいで林檎が落ちてくるはずもない。

 今度は鮮やかな藍色のスカートを掴み、足をひざ辺りまで露出させて、ガンガンと足を木の幹に打ちつけた。

 その姿は、19世紀はもちろん、この食事のマナーもない時代においても、身分の高い女性がするような行為ではなかった。

 その異様な様子を数人の騎士が目撃していたのだが、もちろん見て見ぬふりをすることにして、足早にその場を立ち去っていった。

「もうっぜんっぜん取れないじゃない!」

 汗を拭いながら、林檎の木を恨めしそうに見上げる。

 そこには緑の中に、赤い点がまだまだ残っている。

「おなかすいたよーっひもじいよーっしんじゃうよー。」

 子供のように地団駄を踏みながら泣きそうに木に訴えたところで、林檎が落ちてくることはない。

 そこに突然手が伸びてきて、ビビでは届かなかった高さの林檎をひとつもぎ取ると、すっと差し出してきた。

「わあっありがとう!」

 林檎を受け取り、満面の笑みで振り返る。

 その瞬間笑顔が凍りついた。

 そこには無表情のガウディが立っていた。

「どうぞ。」

 召し上がってください、とビビを促すと、何を思ったのかカラスの羽のようなマントを外すと、林檎の木の木陰にそれを敷いた。

 そしてそこに困惑しているビビを座らせると、また数個の林檎を取って、当然のように隣に座ってきた。

 突然の出来事に空腹も忘れて、両手で林檎をもてあそんでいると、ガウディは隠し持っていた小型の折りたたみ式のナイフを取り出した。

 ぎょっとしているビビをよそに、黒い革の手袋を外すと、器用に林檎の皮を剥き始めた。

 そしてあっという間に一口サイズの林檎をを8個作りあげると、そのひとつをビビに差し出してきた。

「どうぞ。」

 今度も有無を言わせず手に握らせられる。

 ビビが受け取ったのを確認すると、またもくもくと次の林檎を剥き始める。

 なんなの!これは一体!!

 全くの意味不明な行為だ。

 手渡された林檎を見ると、うさちゃんりんごだった。

 だからなんなのーーー!!!

 うさちゃんりんごはかわいい。

 かわいくて大好きだが、ガウディがそれを作り出したというのが摩訶不思議だった。

 いつもの帝国紳士の服装ではないのに、今にも世界情勢と天下国家について論じはじめそうな顔をしながら、せっせとうさちゃんりんごを量産している。

 そして、うさちゃんりんごを手にしたまま固まっているビビに、自然な様子で尋ねてきた。

「皮を剥かないほうがよろしかったですか?」

「え?ううん、そんなことはないけど。」

「林檎は栄養価の大変高い果物です。特に実と皮の間に多く含まれているので、できれば皮ごと食べるのが理想的です。しかし百日林檎は皮に渋みもあるのでこのように少し皮を残した状態で食べていただくのが一番よろしいかと。」

「へ、へえーーー。」

 相変わらずうんちくが多い。

 まだガウディとうさちゃんりんごの奇跡のコラボレーションに、思考回路が途絶えてしまっている。

 なかなか林檎を口にしないビビに、ガウディは珍しく困った顔をしている。

「それとも、この形がお気に召しませんでしたか?」

「まさか!すごくかわいいよ!うさちゃんりんごはかわいすぎて食べれないぐらいだもん。」

「食べれませんか。それはいけませんね。」

 そういうと、ナイフで耳の部分を切り落とそうとする。

「ぎゃーーー!なんてことすんの!もうっ!このままでいいってば!このままで最高!満点!」

「そうですか?」

「そう!かわいくても食べれるの!それが女ってもんなの!都名物ひよこビスケットとかもよく綺麗な人でもぼりぼり食べてるでしょ?パーティーでも、かわいいーーっていいながらケーキとかドーナツとかむさぼるじゃない?」

「そうですか。」

「そうなの!」

 とか言いながら食べないんでは。という顔でじーっと見てくる。

「もう!食べればいいんでしょ?食べれば!」

 ガウディの見ている前で、一口で食べてやった。

「どう?」

 ビビは自慢げに胸を張ってみせるが、ガウディは、よし、といった感じで頷くと、また林檎剥きマシーンに戻った。

「まだたくさんありますからね。」

 とかいっている。

 だからいったい何がしたいんだか、、、。

 なんだかわからないけど、対抗意識が芽生えてきた。

 剥き終わる前に全部食べきってやる!

 今までに剥いてあった大量のうさちゃんりんごを全部奪うとあっというまに平らげてやった。

 ふふん。どんなに早く剥いたって、あたしの食べるスピードには敵わないよ!

 一言言ってやろうと隣を見ると、ビビが食べ終わったのを確認し、また木から数個の林檎をもいで、またもくもくと皮を剥き始めた。

 つ、つかれる、、、。

 げっそりしながらその様子を見ていると、また何か言ってきた。

「ちなみに、前側と後ろ側のどちらから召し上がってらっしゃいます?」

「え?いきなりそんなこといわれても。まあ、どっちかといえば、顔の方から食べるかな。」

「お嬢様は、現実主義者ですね。」

「、、、?なにそれ?」

「心理テストです。」

「しんりてすとぉー?そんなの好きなの?」

「別に、好きでも嫌いでもありません。ちなみに私は後ろ側から食べるだろうから、ロマンチストです。」

「そ、そう、、、。」

 それ、絶対、当たってない。

 と言ってやる勇気はなかったのでそのまま黙ってしまった。

 ガウディが心理テスト?!

 いつもだったら、そんな非科学的なものが我が帝国でも横行しているのは非常に嘆かわしい。とか言いそうなのに。

 この人やっぱり別人なんじゃ、、、。

 それとも、どこかで頭でも打って、ちょっとおかしくなっちゃったとか?

 急に隣に座っている男の体調が心配になってくる。

 そうこうしているうちに、また大量のうさちゃんりんごが目の前に食べて食べて、とばかりに整列している。

 それを無言でシャリシャリ食べる。

 いい加減、あたしでも顎が疲れてきたよ。

「まあ、男の場合は可愛いと食べたくなりますがね。」

「ぶはっごほっごほっ。な、なんの話それっ。いきなりだしっ。」

「先ほどの、可愛いと食べられないという話の続きですが。」

「あ、そう。」

 やっぱりおかしい!

 今の一言は、なにやら含むところがあるような感じだったけど、冗談よね。

 いや、ガウディが冗談なんかいってるの、聞いたことない。

 これはもう無視!

 無視するしかありません!

 当の本人はといえば、何事もなかったような涼しい顔で未だに林檎を剥いている。

「ねえ、もうギブアップ。」

 左手でお腹を押さえながら、右手でナイフを止めさせた。

「おや、もうよろしいのですか?」

「もういいっおなかいっぱいで死にそう。一生分の林檎を食べたよ。ナイト・メア見そう。」

「お嬢様がこれしきの食料で満足されるとは。どこかお加減でも悪いのでは?」

「なにそれ。いーやーみーでしょー。」

「嫌味とは心外ですね。私は本気でお嬢様の心配をしているのですが?」

「嘘ばっかり。それに、あたしはお嬢様じゃなくて、ビビアン・ミネラルよ。将軍の妹なの!」

「あなたが何者であっても、私にとってはビビお嬢様ですよ。」

「もういいっあんたと話してると頭がおかしくなっちゃいそうだよ!」

 その場の勢いで立ち上がり、走って去っていく。

「お嬢様!」

 慌ててガウディが追いかけてきた。

 もうっなんなのよ!自分からどこかへ行けっていっておきながら、今さらどうしてこんなにも構ってくるのよ!

 あ、林檎置いてきちゃった。

 まだ大量に並んでいたうさちゃんりんごが急に惜しくなる。

 とはいえこれ以上今は食べれない。

 甘いものが好きじゃないガウディが、これはもったいない、とかいって食べるわけないし。

 くるりときびすを返し、駆け寄ってきたガウディに向かい合う。 

 立っていると首を思いっきり傾けて見上げなければいけないのが悔しい。

「突然どうされたんです。逃げるように去っていかれなくてもいいではありませんか。」

「あたしたち、一時休戦よ!それよりも今しなくてはいけないことがあるの!」

「と、いわれますと?」

「あのうさちゃんりんごを、お姫様に持っていってあげなくちゃ!」

 林檎の木の元へ戻り、置き去りにされていた林檎たちを指差す。

「あの人いままで一度も部屋から出てきてないでしょう?ご飯も食べに来ないし。この林檎を持っていってあげようよ。」

「しかし、奥方の部屋には入室を禁止されておりますよ。」

「なによー、好きな人のこと、心配じゃないの?結婚するところにまでついてきてるくせに。」

 思わぬ非難にガウディは憮然としている。

「心配はしていますが、別に彼女のことを一人の女性としてお慕いしているわけではありませんよ。」

「また嘘ついてる。あんなにでれでれしてたくせに。」

「あのように美しい女性を見て何とも思わない男なんかいるわけありませんよ。それに、美しいからといって、その人物のことを好きになるわけではありません。」

 ずいっと顔を近づけられ、思わず後ずさる。

「ここへやってきたのは、彼女についてきてほしいと依頼されたこともあるんですが、あなたを会いに来たんです。」

「え?あたしを?」

「そうです。」

 そんなの嘘に決まってる。

 やけに真剣な顔で言ってくるので信じてしまいそうだ。

 いけない。またこの男のペースにのまれてる。

「うん、もうっ。いまはその話は置いといて。部屋に入っちゃいけないなら、入らないで渡せばいいでしょう?」

 話の腰を折られてふてくされているガウディは、どうでもよさそうに応えた。

「では、どうするんです?言っておきますが、扉の前には護衛の兵士が立っていますよ。そんなことのために私は銃を抜きませんからね。」

「だから、要は入らなきゃいいのよ、入らなきゃ。」

 眉間にしわを寄せたままのガウディに林檎を持たせ、背中を押して城内に入っていく。そのまま彼女がいる部屋へと続く階段を登っていく。

 ガウディが言ったとおり、部屋の前には精鋭の部隊が仁王立ちしていた。

「御覧なさい。一体どうされるんです?」

「そっちじゃなくて、こっちこっち。」

 ビビは隣の部屋にすたすたと入っていく。

 そこは空き部屋になっていてもちろん誰もいなかった。

 そのまま部屋を横切ると、バルコニーへと繋がっている大きな窓を開け、外へ出た。

「お嬢様、まさかとは思いますが、、、。」

「そ、ここから隣のバルコニーへ飛び移るの。あたしって天才!」

「バルコニーも充分部屋の一部ですよ。」

「そんなの誰が決めたの?法律で決まってる?それとも、聖書にでも書いてあったっけ?汝、バルコニーを部屋の一部と思わぬことなかれって?」

「常識です、一般常識です。第一、どうやってあちらへ移動するんです?少なくとも1メートルは間が空いてますが。」

 ビビは、ちっちっち、と人差し指を横に振ると、重厚なテーブルクロスを引きずってきた。

「あたしが子供の頃、なんて呼ばれてたか知ってる?」

「、、、、欠食児童、ですか?いや、暴飲暴食モンスター、、、。」

「ちがーうっ!ターザンよ!大都会のターザンって言われてたの!」

 その後、ガウディが危ないのでおやめください、という前に、普段の行動からは想像がつかないほどのすばやさで、ビビは向こう岸へ渡っていってしまっていた。

 あろうことか、テーブルクロスを上の階のバルコニーに繋ぎ止め振り子の原理を使って、だ。

 やれやれとため息をつき、ガウディも同じ方法で飛び移った。まるで盗人にでもなった気分だ。せめて義賊にでもなったつもりでいたい。

「驚いた。運動神経いいのねー。いがーい。」

「十代のときに、1年ほど軍に在籍していたことがありましたので。」

「へえー。知らなかった。」

「お嬢様こそ、幼少の頃以来にしては随分と手馴れてらっしゃいましたが。」

「とーぜんでしょ。だって、今でもしょっちゅうあわわ。」

 慌てて両手で息ができないほど口を塞ぐが、時すでに遅し。

「ほう、今でもしょっちゅう。そうでしたか。その件に関しましては、後ほどゆっくりとお話を聞かせていただきたいものですねえ。」

 久々にお説教をされそうな雰囲気になり、話題をそらす。

「じゃあ、さっそくお姫様にご対面といきましょう!」

 外からは中の様子は全く分からない。

 なんのためらいもなく、窓枠をどんどん叩くと、侍女が急いで駆け寄ってきた。

 両生類のような笑顔で手を振ると、困ったような顔をしている。

「あのー、あけてほしいんですけどー。」

 大きな声でいうと、勢いよく扉が開いた。

「おまえたち、ここでなにをしている。」

「げえっお兄様!」

 そこには美しい姫君ではなく、不機嫌な将軍が立っていた。

「なんでお兄様が部屋にいるの?」

 怒鳴られても何ともないビビに調子を崩されつつも、なんとか威厳を保っている。

「妻の部屋に夫がいて何がおかしい。それより、俺の質問に答えろ。」

 不穏な空気に、ガウディはビビを背後にかばった。

 しかし、その背後から身を乗り出して、大量の林檎を指差した。

「お姫様にうさちゃんりんごを持ってきたんだよ。」

「りんごだあ?全く、そんなもんのためにわざわざ来たのか?」

「おなかすいてるだろうと思って。」

「必要ない。それに、勝手に我が妻の部屋に入るなと言ったはずだが?」

 これにはガウディが平然とした対応を崩さないまま応えた。

「バルコニーは、部屋自体ではなくその付属物ですが。」

「屁理屈をこねおって。とにかく、そんなものは必要ない。さっさと立ち去れ。」

「えー。りんご食べてほしいよ。」

「お嬢様、とりあえず将軍に林檎をわたしておいたらどうです?」

「やだよ。うさちゃんりんごをちゃんと渡したい。」

 親密な様子の二人に、ウォルターは眉をひそめる。

「お前たち、いつのまにそんなに親しくなったんだ?知り合いか?」

「知らないよ!」

「一緒にタイムスリップしてきたんですよ。」

 同時に話した二人の顔を交互に見比べる。

「たいむすり、、、、?」

 ウォルターは大きくため息をつくと、右手でしっしっと二人を追いやろうとした。

「ああ、まあそのことは後で聞こう。とにかく、早くここから立ち去れ。」

「将軍もこうおっしゃられてますし、行きましょう。」

 むっつりとしてうつむいているビビの手をひこうとする。

「将軍と姫君は新婚なんです。邪魔するのは野暮ですよ。」

「あ、そっかそっか。こりゃまたしつれい。」

 ビビはひやかすように敬礼をした。

「なっ俺は別にそういった用事でここへきたわけではない!」

「どうしたのです。」

 そこへブリギッド姫がやってきた。

「まあ、ガーディア!それにあなたは、確かガーディアと一緒にいた、、、。」

 一瞬驚いた顔をした後、すぐに笑顔を輝かせた。

「そんなところで何をしてらっしゃるの?さあ、早く中へ入って。」

「だめだ!勝手に人を入れることは許さんぞ!」

「それならば、私は持ってこられた食事を一切口にしません。」

 苦虫を潰したような顔をした将軍は、

「勝手にしろ!」

 というと、ドスドスと足音を立てて、中央のテーブルの元へ歩いていくとドスンと座った。

「ふん、この暴君!さ、入ってちょうだい。」

 姫に促されて中に入ると、将軍が座っているテーブルにはたくさんの料理が並んでいた。

「うわー、おいしそうー。いいなーいいなー。今からご飯食べるところだったの?」

「いいえ。私はこんな失礼な男が持ってきたものなど、絶対に口にしません。」

「人がせっかく持ってきたのに、何だその言い草は!いいから食べろ!」

「いいえ、絶対に食べません!」

 言い合う二人にビビとガウディは思わず体の力が抜けた。

「この人たち、何してるの?」

「まあ、おそらく夫婦喧嘩でしょう。意地を張り合ってらっしゃるんですよ。ほおっておきましょう。」

「ああ、夫婦喧嘩はゴキブリも食わないっていうもんね!」

「お嬢様、それを言うなら犬も食わない、ですよ。しかし、犬よりのそっちのほうが遥かに雑食性が強いので、なかなか言いえて妙ですね。」

 しばらく言い争っている夫婦を眺めていた。

 やがて二人とも声をあげすぎて疲れたのか、肩で息をしながら睨み合い始めた。

「喧嘩するほど仲が良いってことだよね!」

「似たもの同士なんでしょうね、お二人は。」

 険悪なムードなど全く気にせずに、ビビは林檎を皿に載せて姫に差し出した。

「あ、あの、、これは何かしら?」

「中庭にある非常食だよ。ガウディが剥いてくれたんだ。食べない?」

 おそるおそる手には取ってみるものの、口にするのはためらっていた。

「奥方殿、これは林檎という果実です。プラムほど甘みはありませんが、爽やかな味わいでおいしいですよ。」

「は、はあ、、、。」

 ガウディに促され、小さく一口齧った。

「まあ、美味しい。」

 そのままひとつぺろりと食べてしまった。

 その様子をビビはにこにこしながら眺めていた。

「ほら、やっぱり持ってきてよかったね!」

「ええ、そうですね。」

 ビビは二個目の林檎を手渡して、うさちゃんりんごについて説明しだした。

「おい、そんな果実よりも俺がちゃんと食事を用意してやってるだろう!」

 ウォルターが再び怒り出したが、完全に無視をされている。

「くそっ。どいつもこいつもっ。」

 盛り上がっている女性達から視線をそらすと、さも当然のように椅子に座っているガウディに問いかけた。

「それで、お前はいったい何者なんだ?」

「私ですか?私は一応奥方殿の後見人ということになっていますが。」

「俺はそういう上辺の話は嫌いだ。本当のことを話せ。言っておくが、お前を生かすも殺すも俺次第なんだからな。」

「私はお嬢様と共に約800年前から来ました。」

 二人の男の間に重い沈黙が落ちた。

「それと同じおかしなことをいっていたやつがいるが、お前の知り合いか?」

「はあ、まったく。簡単に人にぺらぺらとしゃべってたんですね。」

 ここにきて始めてガウディが困った顔をしたので、ウォルターは

「こいつにも人間らしい顔ができるんだな。」

 と思っていた。 

「それで、そのおかしなやつは何といっていたんです?」

「自分は800年後からやってきていて、家来とはぐれた、みたいなことを言っていたが。まあ、どこから来ようと関係ないがな。女というだけで兵士の戦意高揚には役立つ。」

「お嬢様がねえ、、、。まあ、大体のことはわかりました。私と別れた後にあなたに食べ物に釣られてここに連れてこられたんでしょう。」

「お前もはぐれドルイドだったと聞いているが、それもどうせ嘘だろう。ああいう呪術をやるような輩は、そんな獣みたいな目をしちゃいない。」

「獣とは心外ですね。私はいつも鳩のような穏やかな紳士だといわれてるんですが。」

 ウォルターは、ふんっ、と笑うと水を一口飲んだ。

「まあ、お前たちの処遇はおいおい考えておく。それよりも、我が奥方の機嫌の取り方を伝授してもらいたいものだ。お前は随分信頼されているようだからな。」

 ウォルターは、彼なりに妻の機嫌を取ることにしたらしいが、うまくいっていないのは火を見るよりも明らかだ。

「食べ物では女性の機嫌は取れませんよ。お嬢様じゃあるまいし。」

「俺は食事を取っていないからわざわざもってきてやったんだぞ。それをいらんとは、無礼なやつだ。」

「そういう態度がいけないんだと思いますが。」

「なんだと?」

 ウォルターは、部下たちが震え上がるような目つきでガウディを睨んだ。

「女性は、男性に優しさと誠意を求めます。そのように高圧的では、反発するに決まってますよ。」

「優しさと誠意?ふん。そんなものはあいにくもちあわせちゃいない。」

「あの方は、この先の戦いで婚約者を亡くされています。ノーマン側に対する敵意というものは人一倍大きいのです。それを汲み取って差し上げるべきです。」

 その言葉にウォルターは黙ってしまった。

「まあ、私も人のことは言えませんが。」

 独り言のようにつぶやいた言葉に、人が悪い笑顔で言ってきた。

「そういえば、ビビアンは家臣にお前はいらないと言われて随分と傷ついていたようだったな。」

 ガウディは思わず苦悶の色を浮かべた。

「許してほしいとは思いません。ただ、側にはいさせて欲しいとは思っています。」

 あの時は、本当にどこかへ行って欲しいと思ったし、起こってしまったことをいまさらとやかく言ったところでどうこうなるわけではない。

 今回のことで、自分がどれだけ思い上がっていたかが分かった。

 自分にはなんでもできる力があると思っていたが、思い上がりすぎていた。

 本当に、愚かな男だ。

 この世界でもう一度会えたことは、チャンスだ。

 なんとか彼女に認めてもらえる人間になりたい。

 しかしこれがなかなか難しい。

 いまさら謝罪の言葉を述べたところで、信じてもらえまい。

 ならばあえて何もなかったように振る舞い、行動で示そうとしているがうまく伝わらない。

 あからさまに避けられると、さすがの自分でもかなり落ち込んでしまう。

「あー、やめやめ。お互いの傷を求めるのはやめだ。虚しくなる。」

「そうですね。」

 ふと女性たちに視線を戻すと、ビビが卓上の料理に手をつけていた。

「おい、ビービーアーンー。」

 ウォルターに肉を奪われ慌てているビビを見て、ガウディはそっとため息をついた。


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