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ラングドシャ城の中庭には、19世紀の貴族の屋敷のような豪奢な装飾や彫刻や、華美な花々はない。代わりに様々な実のなる木が植えられている。

 非常食の役割を果たしているのだろう。一番多いのは年中実をつける百日林檎だ。

 今まさに非常事態を迎えている者にとって、それは恵みの果実となっていた。

 あのちょっとした確執があったものの、ウォルターやミュラーらの態度が特別に変わることはなかった。

 よく言うと、自由に過ごさせていて、悪く言えば放置されている。

 変な考えをするやつだとは思われているが、たかが小娘ひとりなにかしたところで問題はないということだ。

 彼らには通じないが、ビビの貴族としてのアイデンティティーは、大きく揺らいでいるものの、なんとか心は持ちこたえている。

 そうはみえなくても、ビビの心はびりびりに破れていた。

 一番慕っていた人物にはいらないと言われ、自らの存在意義さえ否定されようとしている。

 今ビビを支えているもの。

 それは自分はどこにいても、誇り高き帝国貴族だという自負と、猛烈な食欲だった。

「はあっ。やっととれたあ。」

 一日に2回用意される食事では全く足りない。

 スープや肉に全く味付けがされていないことが不満なのではない。

 量が足りないのだ。

 食料を求めて彷徨い歩いた結果、中庭の果樹を発見し、今では一日の大半をここで過ごしている。

 背が低いため手を伸ばしても全くとれないため、木をゆすったり、蹴ったりして落ちてくる実を取っている。

 これが結構重労働で、汗だくになってとっている間にされに空腹になるという悪循環も問題だ。

 ビビはやっと手に入れた林檎の実をドレスの裾で拭こうとしたが、その拍子に大事な林檎が手からすべり落ち、転がっていってしまった。

「あーっ!こらっまてまてーーー!!!」

 必死になって林檎を追いかける。

「うぎゃっ!」

 普段穿き慣れない裾の長いドレスに足が絡まり勢いよく地面につっぷしてしまった。

「ううーー。」

 目の前では赤い林檎が逃げるように転がっていく。

「もうっまってってば!!!」

 逃がすものかとすばやく立ち上がる。

 が、またしても裾をふんづけて転んでしまう。

「ああ・・・。起き上がるんじゃなかった・・・。」

 あーもうこのまま昼寝でもしてやろうかなあ・・・。

 うんざりしながら寝そべったまま、顔だけ地面からあげた。

 そこには、離れていく真っ赤な林檎があるはずだった。

 でも実際には、黒い大きな革のブーツがあった。

 そして、つむじ辺りに感じるナイフが突き刺さったような視線。

 あれ、デジャブ。

 前にもこんなことがあった。

 背の高さが窺える大きな足が仁王立ちしている。そして、潰されそうなほどの無言の重圧。

 まさか?

 おそるおそる顔をあげる。

 息が詰まった。

 たしかにそこには、今一番会いたくない男が立っていた。

 全部垂らされた黒い髪も、突き刺さるような黒い瞳も、たしかにガウディだった。

 ただでさえ髪や瞳が漆黒なのに、全身黒ずくめの服に、マントも真っ黒。

 いつもしていた銀縁のメガネが外されていて、知的で鋭利な感じは薄れているが、かえって野生的な印象が強まっている。

 あやしい、あやしすぎる。

 そして、ダメ押しの黒い皮の手袋には、追いかけていた林檎が握られていた。

 突然の再会に心が悲鳴をあげている。

 会いたくなかった。

 会いたくなかったのに、胸の深いところが熱くなる。

 悔しくて、つらいのに、心臓が激しく脈をうつ。

 頭が真っ白になって、体が動かない。緊張して全身の筋肉がこわばる。

 それは相手も同じのようだ。

 さっきから林檎を抱えたまま、微動だにしない。

 まばたきもしない顔からはただでさえ分かりにくいのに、表情が消えている。

 いつもなら彼のほうからお説教や皮肉が飛んでくるころなのだが、そんな気配はまったくない。

 彼も相当驚いているようだ。

 無理もない。

 やっといなくなったと思っていたのに、こんなにも早く出会うことになったのだから。

 こんなに嫌われているのに、私はまだなにか期待している。

 ふいに、涙がこみ上げてきた。

 彼から視線をそらし、すばやく立ち上がると、逃げるように傍をすり抜ける。

「お嬢様!」

「いたいっ!」

 とたんに、腕をつかまれた。

 ガウディは、これまで見たこともないくらい怖い顔をしていた。

 まるで、追い詰められた獣のようだった。

「は、はなして・・・。」

 精一杯の声も聞こえていないように、一向に腕を離さない。

 あの紳士的で優雅でクールな彼が、まるで別人だった。

 もしかしたら、別人なのだろうか?

 まさか。

 こんな人間、そうそういやしない。

 こんなに存在感があって、自分の心臓を苦しくさせる人間が彼以外いるはずがない。

「はなして・・・。」

 怯えたビビの表情に、ふと彼の腕を掴む力がゆるんだ。

「おいおい、俺の花嫁の後見人とはいえ、到着そうそう我が妹を誘惑するのはやめてくれ。」

「お兄様!」

 ふらりとやってきたウォルターの元へ、腕を振り切り走り寄った。

 いつものように飛びつくと、軽々と抱きかかえてくれた。

 今はその腕の中が、ひどく安心できる。

 ウォルターの首に抱きついて、恐る恐るガウディを見てみたら、一瞬だけ傷ついたような色が浮かんだ。

 もしかしたら、見間違いだったのかもしれない。すぐに刺し殺せそうなほどの視線でこちらを見てきた。

 その瞳の強さに、思わず体が震える。

「敵国とはいえ、主君の夫に対して礼儀がなってないんじゃないのか?」

「お嬢様を離してくだされば、それなりの態度をしますが?」

「お前、私の妹を知っているのか?」

「その方は、あなたの妹ではなく、私のお嬢様です。」

「ふーん。」

 緊迫したビビとガウディの様子をおもしろそうに見比べると、ウォルターはわざと優しくビビに話しかけた。

「あいつはああいっているが、お前はあいつのことを知っているか?我が妹よ。」

 困惑して固まっているビビの髪を優しく何度も撫でてくる。

 ビビは思わず、首を横にふってしまった。

 こんなに混乱したのは初めてだ。

 ただ、とにかくこの場所から一刻も早く逃げ出したかった。

「なるほどね。まあ、そういうことだ。こいつはお前が知っているお嬢様とやらじゃなく、我が妹のビビアン・ミネラルだ。今回のことはキルトの姫君に免じて許してやる。だが、またこいつを怖がらせるようなことをすれば、お前の命は保障しないぞ。」

 そういい捨てると、ウォルターはビビを抱えたままその場から立ち去った。

 しばらくは平然とした様子ですたすたと歩いていたが、城内に入ると、体の力を抜いて片手で荷物のようにビビを抱えなおしてつぶやいた。

「おーこわいこわい。」

 まったく怖がっていない、むしろおもしろがっているような口ぶりだった。

 ビビを子猫を降ろすように立たせると、すたすたと歩きはじめた。

 ビビはあわててその後を追う。

「なんであいつがここにいるのか?という顔をしているな。」

 すれ違いざまに敬礼で挨拶してくる兵士たちに片手をあげて応えながら、未だに呆然としているビビに話しかけてきた。

「キルトの姫君を妻に迎えるという話をお前にはしていなかったな。」

「え?結婚するの?」

 突然の報告に、つい大声をあげた。

「そこまで驚くな。俺が一番驚いてるんだぞ、実は。」

 とほほ、と肩をすくめる。

 部下の前ではけして見せない情けない顔をしている。

 キルトの姫君とね。

 だからガウディも来ていたのか。

 彼は随分ブリギッド姫に気に入られていたもんね!

「なんだ、すねた顔をして。俺が妻を迎えるのがそんなに寂しいか?」

「いや、べつにそんなことは全然ないけど。」

「なあーに、安心しろ。お前は今まで通りにかまってやるから。」

 ただでさえふわふわで広がっている髪を、大きな手で頭をくしゃくしゃとされ、ぼさぼさになってしまった。

「明日の朝に近くの教会から司祭を呼んで式を執り行う予定だ。お前も忙しいぞ。」

「お姫様にはもうあったの?」

「いいや、まだ会っていない。」

「でもガウディ・・・、じゃなくて、黒ずくめのドルイドが庭をうろうろしてたよ。」

「ああ、あいつはキルトの使節と共にさっき会ったからな。どうせ城内ではなにもできないだろうから自由にしろといってあるんだ。たとえキルトの魔術師とはいえ、ここではその魔力も及ばんだろうな。太陽神が許さんよ。いや、神が許しても俺は許さん。」

 ガウディが城内をうろうろしているということは、これから会う機会も増える可能性があるのだ。

 気が重いな・・・。

「しかし、あのドルイド、どうもいけ好かん。先ほど挨拶に来たときも一人だけこちらのことを観察するようにじろじろみていたし。妙に落ち着いていて気持ちが悪い。」

 いつもの執務室にさしかかると、にやにやしながらつぶやいていた。

「まあ、さっきお前に会っていたときは随分取り乱していたみたいだがな。」

 それはそうだ。どこかへ行ってしまったと思っていた厄介者がまた目の前に現れたんだもんね。

 でも、取り乱していたようには思えないけど。どちらかというと、怒っていたような。

「さあ、お前も明日にそなえて自室でゆっくりと休むといい。」

 じゃあな、とビビの頭をひと撫ですると、ウォルターは扉を閉めてしまった。

 ビビは昼間でも薄暗い廊下にひとり残されてしまった。

 遠くからお付のメイドがやってきていた。

 数日前に兵士から助けたメイドだ。

 あれから彼女の態度は変わることはなかった。

 ビビは珍しく、ため息をついた。





 今日はウォルターとブリギッド姫の婚礼の式が執り行われる。

 ビビも夜が明ける前にたたき起こされ、まるで自分が結婚するのではないかとおもわれるほど飾りたてられた。

 その所要時間は3時間はあったのではないだろうか。すべてが終わったときには、すでに太陽が高く登り始めていた。

 おかげですっかりくたびれてしまった。

 ふらふらしながら、大広間へと連れてこられる。

 そこはいつもの通り殺風景だったが、中央の通り道には赤い絨毯が敷かれ、上段には太陽の姿が金糸で刺繍された大きな垂れ幕が掛けられている。

 兵士たちはすでにいつものように整列して立っている。

 彼らの敬礼を受けながら、重いドレスを引きずってやっと上段にたどりつくと、正装をした騎士たちに囲まれて、金色に輝く甲冑に身を包み、深紅のマントをなびかせて仁王立ちしているウォルターが立っていた。

「うわあーーー。」

 それは祖父に読んでもらった英雄伝説に出てくる騎士そのものだった。

 ビビが目と口とをこれでもかと開けて見入っているので、ウォルターが照れたように頭をかいている。

 みかねてミュラーがビビに耳打ちしてきた。

「ビビアン様、将軍に喜びの挨拶をされてください。」

「えっ?あ、うん。」

 今日は参謀のミュラーも珍しく正装の騎士の格好をしている。ウォルターとは対照的に、全体的に落ち着いた青い色の服装でまとめられていて、よく似合っている。

「えーっと、、、。」

 会場の全員が、ビビの言葉が発せられるのを待っている。

 こういう時って、どんなことをいえばいいんだろう?

 親族の結婚式に出席したことはあるが、挨拶を述べた経験がない。

 ちらりとミュラーを見ると、優しく教えてくれた。

「形式にこだわる必要はありませんよ。あなたの正直な気持ちをおっしゃってくださればよいのです。」

 ビビは大きくうなずいて、空気をいっぱい吸い込んだ。

「お兄様、本日はこのような素晴らしい日を迎えることができ、私も大変嬉しく思います。、、、えっと、とにかく、おめでとう!」

 握りこぶしを大きく振り上げ叫んだら、騎士たちや兵士たちはきょとん、としていた。

 しばらくの沈黙の後、突然ウォルターが大声で笑い出した。

「そーか、お前にそういってもらえると、おれも喜ばしい。ありがとうな。」

 そういってまたいつものように、頭をぐりぐりと撫でられた。

 せっかく長い時間をかけて整えた髪形が台無しになってしましそうだ。

 そして、ビビの肩を抱いて兵士たちを見下ろすと、大きな歓声に包まれた。

「本当にお前は、緊張感というものがないな。まあ、おかげでこっちの緊張がすっかりとけてしまった。」

「お兄様も、緊張してるの?」

「当たり前だろう。」

 疑わしい。疑惑の目で見上げていると、ミュラーが横から厳しい声をあげた。

「将軍が緊張などされているのを私は今まで一度も見たことがございませんよ。」

「俺はお前ほど小心者ではないからな。」

「将軍が特別肝が据わってらしゃるんですよ。おかげでこちらの寿命が何年縮んだことか。」

「肝が据わってるのはこいつのほうだよ。」

 鉄の手袋をはめている手で、ビビの鼻の辺りをびしっと指した。

「えっ?あ、あたし?」

 突然話が自分に向いてきたので、慌てて首を横に振った。

「そのことに関しては、私も賛同いたします。」

「ミュラーまで!あたしはか弱い乙女だよ!」

 それを珍獣を見るような眼でみられる。

「か弱い乙女は一食に肉3枚食べてもまだ足りんなどといわん。自覚がないのがまた恐ろしいだよ。お前は。」

 ビビは頬を膨らませ、そっぽを向いた。

 そうしていると、召使が何かをミュラーにつげに来た。

「いよいよ花嫁が入場してくるそうです。」

「そうか。」

 ビビもどきどきしながらそのときを待った。

 ラッパ隊が入場を知らせる曲を鳴らすと、大きな扉が開いた。

 入場の曲に合わせて、まず白い絹地に金糸の豪奢な刺繍を施されたローブを身にまとった、太った司祭が入ってきた。

 続いて、花嫁が入場してきた。

 とたんに、大きなどよめきがおこった。

 それは感嘆と畏怖と少しの蔑みが混ざったものだった。

 誰もが、花嫁に目を奪われていた。

 その姿はまさに月の女神そのものだった。

 漆黒のつややかな髪。見たこともないような美しい顔立ち。均整のとれた体躯。

 それを包むきらびやかな深紅のドレスも、色あせてしまうほどだった。

 そして、幾人かは彼女の手を引いている黒ずくめの怪しい男にも目をやっていた。

 ビビももちろん、二人を見ていた。

 司祭が壇上にあがり、花嫁を将軍の隣に立たせる。

 ウォルターは、馬鹿みたいに口をぽかんとあけているミュラー以下部下達とは違い、不機嫌そうに口を硬く結んでいた。

 久しぶりに見たブリギッド姫は、相変わらずの美しさだった。

 ビビも一度会っていなかったら、「お姫様みたい!」と大声を上げていただろう。

 ふと、視線を感じてそちらを見ると、一緒に壇上に上がってきていた黒ずくめの男が、じっとビビを見つめていた。

 慌てて目をそらし、ミュラーの陰に隠れる。

 なんであたしを見るのよー!!!

 彼の視線におびえているうちに、式は始まり、着々と進んでいった。

 式の行い方は、19世紀に比べるととてもシンプルだった。

 指輪をはめ合う事もしないらしい。

 司祭が一人で延々と話している。

「では、ここに天におられる神のもとに、一組の対なる者たちが生まれることを感謝する。」

 もったいぶった言い方で司祭が叫んだ。

「では、夫から妻へその証を示したまえ。」

 静まり返る場内の中、将軍は小さく舌打ちをした。

 ウォルターは始終固まっていた美しい花嫁を自分の方へ向けると、乱暴にその唇に自分のそれを押し付けた。

 それに対して、花嫁は目を見開いて固まってしまった。

 そろそろ唇が離れるころかと思われたとき、広間中に火薬が爆発したような激しい音が響いた。

 花嫁が真っ赤な顔をして、肩を怒らせている。

 一方で、花婿が真っ赤に腫れ、手形のついた左頬をむっすりとしながらさすっていた。

 司祭は青ざめ、騎士たちは剣を抜き、兵士たちはどよめいている。

 ミュラーはおろおろし、ふたりの顔を交互に見比べている。

 黒ずくめの花嫁の後見人は、頭を抱えていた。

「この、無礼者!将軍になんたることを!」

 中でも一際血気盛んな騎士が、剣を構えて今にも花嫁に切りかかろうとした。

「ばか者、私の花嫁に何をする。」

 ウォルターは右手で彼を抑えた。

「しかし!」

「よい、これからは接吻をするときは兜をかぶっておくとしよう。」

 いつもの冗談を飛ばしているが、その声には怒気がはらんでいた。

 花嫁はといえば、後見人になだめられながらもなお、怒りが収まらないようだった。

「よくも私に恥をかかせたわね!人前で、く、く、口付けるなど!」

 この広間に、初めて花嫁の声が響いた。

 鈴が鳴るようなとても美しい響きだった。

 怒りに任せて発せられた声でありながらもなお、威厳と誇りに満ちていた。

「キルトでは誓いの接吻はしないのか?」

「あたりまえです!このような汚らわしいことを、人前でなど!」

「そうか、しかし、ここはノーマンの地。ノーマンのやり方でするのが当然だろう。」

 馬鹿にするような言い方に、ますます花嫁は激昂する。

 今にも二発目をお見舞いしそうな雰囲気を、必死で後見人に抑えられている。

「このくらいで恥ずかしがっていてはノーマンの妻は勤められんぞ。正式に婚姻を結ぶには、たくさんの見届け人がいる前で本当のふ、、。」

「あーーーあーーー。えー、ごほん。痴話げんかは後ほど存分におやり下さい。ともかく、式のほうを進めていただかなくては、日が暮れてしまいますので。」

 将軍が花嫁を卒倒させるような言葉を吐く前に、ミュラーの助け舟が出た。

「、、、わかっている。おい、坊主、さっさと続きをやれ。」

 いままでは取り澄ましていた司祭も、イライラしている将軍に睨まれると、震えて手に持っていた聖書を落としてしまった。

「え、ええ、今すぐに。では、妻から夫へ、その愛の証を示したまえ。」

 その言葉に、今度は花嫁がぎろりと司祭を睨んだ。

 怒っていても美しい花嫁に見られ、今度は顔を真っ赤にしている。

「さ、先ほど、将軍がなされたように、、、。」

「私のどこかをこの人のどこかにくっつければいいのね?」

「え、ええ、まあ、そういうことでして、、、。」

「うん、その言葉、なかなかいいぞ。できれば暗くなってから聞きたい。」

 花嫁はちゃかす花婿を、体をわなつかせながら睨むと、ずいっと距離を縮めた。

「さて、恥ずかしがりやのお嬢ちゃんにできるかな?なんなら跪いて、マントに口付けてもいいぞ?」

 顔が、ぎりぎりのところまで近づく。

 誰もが息を飲んだ。

 ダンッ。

「っっつうっ!!」

 地響きのような音が響き、花婿がしゃがみこんだ。

「これが私の愛の証よ、愛しの旦那様!」

 唯一甲冑を着けていない足の甲をこれでもかと踏まれ、将軍は未だ立ち上がれずにいた。

「これほど痛烈な愛の証を受けることができる男も、大陸にさえいないだろうな!」

 涙声で苦し紛れに叫んでも、あまり威力はないようだ。

 またしても一戦始まりそうな様子に、ミュラーが司祭を無理やり促す。

「司祭様、とにかく締めの言葉をお願いします。それさえすめば、後はどうにでもなりますので。」

「あ、ああ。では、ここに一組の命を共にすることとなったふたりに、神の加護のあらんことを。」

 司祭は両手を組んで、天を仰いだ。

 両腕を組んで花婿を見下ろしていた花嫁は、突然花婿に抱えあげられた。

「ちょっと!なにをするの!離しなさい!離しなさいったら!」

「さて、同志諸君!我が花嫁はこのような将軍にぴったりの気性を持ち合わせている。気をつけろ。やればやりかえされるぞ、俺のようにな!」

 この一言で、今まで張り詰めていた空気が弾け、どっと笑い声が起きた。

「離しなさいってば!」

 姫君はじたばたと腕の中で暴れているが、将軍はびくともしない。

「お前たちも俺にするように、我が妻にも敬意を払え。そうすれば、怒声ではなく優しい労いの言葉が聞けるだろう。俺よりも先にな!」

 そういうと、花嫁を丸太を抱えるように担いだまま、花婿は赤い絨毯の上をずんずんと進んでいった。

 兵士たちは、笑い声、拍手でそれを見送った。

 壇上に残されたものたちは、といえば。

 司祭はやれやれと汗をふいて大きなため息をついている。そのハンカチをしぼると、大量の汗が滴り落ちていた。

 騎士たちは、唖然としたまま未だ棒立ちしている。

 ミュラーは、さすがに将軍になれているからか、やれやれ、といった様子で、召使たちに指示を出し始めていた。

 ビビはといえば。

 目をきらきらと輝かせていた。

 両手を胸の前で組んで、うっとりとふたりが出て行くのを見つめていた。

 そう、ふたりはまるで、少女が憧れるような騎士と姫君そのものだった。

 ふたりとも見目麗しい、お似合いの夫婦だ。

 ガウディは、両腕を組んでただ二人を見つめていた。

 そんな冷静な様子の彼に、ミュラーが声をかけた。

「あなたがいてくださって助かりました。我々だけでは、おふたりを押さえることができませんでしたから。」

 とても参謀とは思えない気安さなので、ガウディも特に警戒するようすもなく応えている。

「いえ、こちらこそ申し訳ない。まさか姫君があそこまで激昂されるとは私も夢にも思わなかったもので。」

 怪しげな風貌ではあるものの、以外に友好的な態度に、ミュラーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにまた話しかけた。

「いえいえ、うちの将軍があれでしょう?女性の敵が服を着て歩いてるんですよ?私はむしろ姫君のようなしっかりとした方が奥方となられて良かったと思っているんですよ。」

 両手の拳を握り締めながら力説している。

「私も、お似合いのおふたりだと思いますよ。」

 あの人が怒ってたのって、ガウディと結婚できなかったからじゃないの?

 それより、ガウディだってあのお姫様のことが好きなくせに、なんでそんなに余裕綽々なのよ!

 お気楽な会話を楽しんでいる二人をちらりとみると、またしてもガウディと視線がぶつかった。

 あわててミュラーの側に駆け寄る。

「それにしても、なんだか後世に残るような結婚式でしたねえ。」

 しみじみとミュラーがいった。

「まるでシェイクスピーアのどたばた喜劇を見ているようだったな。」

 ガウディが、ぽつりと呟く。

「しぇいくす、、、?」

 ミュラーが頭をかしげている後ろで、ビビはこっそり笑いをかみ締めていた。

 ガウディにしては、気の利いた言葉だった。



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