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お嬢様が姿を消して10日がたった。

 最初は厄介者がいなくなってよかったと思っていたが、次の日には気が付いたら彼女を探し回っていた。

 考えられるところはしらみ潰しに探したし、キルトの人々にも手伝ってもらい、広範囲に捜索している。

「っつうっ。」

 まただ。あまりに神経を使いすぎて胃が痛い。

 夏場とはいえ、夜は冷える。

 それにこんな治安も悪い見ず知らずの土地だ。

 寒い思いはしていないだろうか、お腹を空かせていないだろうか。

 泣いてはいないだろうか、危険な目にあっていないだろうか。

 これだけ探しても見つからないのだ、もしかしたら、すでにもう・・・・。

「くそっ!」

 ガウディは近くにあった巨大な石の柱に拳をぶつけた。

 あんな事を、いうべきではなかったのだ。

 冷たい態度で接するべきではなかった。

 彼女なら傷つかないと、勝手に思い込んでいた。

 しばらくは落ち込んでも、またいつものようにあの気の抜けた笑顔で目の前に現れると。

 彼女の寛容さに甘えていたのだ。いままでずっと。

 あの日食パーティーの日だってそうだ。自分で上流社会にコネを作るために入り込んだのに、それに嫌気がさして彼女の元へ逃げ込んだ。

 いままでのツケがこんなところでまわって

「大馬鹿者だ、私は。」

 近くにあった岩にすわり、両手で頭を抱える。

 ふと、足元に何か柔らかいものがあたった。

「これは、お嬢様の帽子・・・。」

 あのちっとも似合っていなかった真っ赤なビロードの帽子だった。

 中にはまだ多くの菓子が入っている。

 拾い上げて、埃をやさしく掃う。

 彼女を見つけて、自分の非礼を謝りたい。

 いや、許してくれなくていい。

 ただ、もう一度会いたい。

「ガーディア、こんなところにいたの?」

「ブリギッド様・・・。」

「また夜中に祭壇に座っていたら、神官に捕まるわよ?」

 あたりを見回すと、たしかにここは最初にいたあのキルトの神聖な場所だった。

「それ、あの子の持ち物なの?」

「ええ、ここに落ちていました。恐らく、ここへやってきたときに落としたままになっていたんでしょう。」

 ガウディは知らず、その帽子を強く握り締めていた。

「私も、そんな顔をしていたのね。」

「・・・・はい?」

「今にも死にそうな顔。あなたの気持ちは痛いほどわかるわ。」

 ブリギッドは、寂しそうに微笑んだ。

「申し訳ない。」

 彼女も大切な人がいなくなったつらさを知っているのだ。

「いいえ、私の方こそごめんなさい。あなたがやってきたときにあんなふうにはしゃいでいなければ、あのこがいなくなることもなかったのに。」

「それは違います。私がいけないんです。」

 ガウディはまた、苦悩に顔を歪めた。

「ドルイドともあろうものが、そんなに弱気でどうするのです。」

 この場には合わない、明るい声だった。

 実は、ガウディはすでにドルイドではないことを彼女には言っていた。その時は、

「そうじゃないかと思ってたの。ドルイドが祭壇に寝そべっているわけないものね。」

 と、あっさりした反応だった。しかしその後も彼女の相談役として一応ドルイドで通している。

「大丈夫、彼女は見つかるわ。いいえ、見つけてみせます。私はキルトの姫よ。信じなさい。」

 静に微笑むその姿はまさに月の女神そのものだった。

 月の女神を奉ったことはないが、どこか惹きつけられるところがある。

 もしかしたら、自分はキルトの血を引いているのかもしれない。

 最初に会ったときに感じた気持ちは、どこか懐かしさにも似ていた気がする。

「ありがとうございます。姫君。」

 ガウディは帝国紳士式にお辞儀をした。

「実は今日、占いで行方を捜してみたの。そうしたら、いやだ、占いなんて信じられないって顔をしているわね、ドルイドともあろうものが。まあいいわ。とにかく、占いの結果は、南の城、高い塀の中、と出たのよ。」

「南の城、高い塀の中…。」

 姫君は深くうなずいた。

「この一帯でそのような城があるのは一か所だけ。死の森を抜けた先のノーマン人の将軍が構えているブルディ城だけだわ。あそこは高い城壁で守られているし。」

「ブルディ城ですか。」

「でも、近づくのは非常に危険だわ。ノーマンの兵士が周囲を固く守っているし、あそこにいる将軍は悪魔のような男だと言われているから。」

 ガウディは立ち上がった。

「ガーディア、まさか。」

「様子を見てきます。」

「行くなと言っても、行くんでしょうね。でも、待ってちょうだい、何人か同行させるようにするから。」

「明日中には戻ります。」

「あなたは無理よ!どう見ても兵士ではないし、武器も持たずに行くなんて!。」

それにガウディはにこりとすると、

「大丈夫です、腕には覚えがありますので。」

と言って、黒い小さな塊をみせると、すたすたと歩いて行ってしまった。

 そこへ、ブリギッドについてきていた侍女たちの間をぬって、兵士のひとりがやってきた。

「姫!急ぎ、申し上げたいことがございます!」

「なんです、そんなに息を切らせて。」

「たった今、ノーマンの王からの、使者がやってきまして、なにやら申し伝えたいことがあるようです。」

「ノーマンの王が・・・・?」

 誰もが怪訝な顔をした。

 そんなことはこの1年間一度もなかった。

「わかりました。すぐに行きます。」

 ブリギッドは、何かが大きく変わろうとしているような胸騒ぎを感じた。



国王からの突然の使者を迎えていた将軍が戻ってきた。とても国王からのありがたい言葉を代弁する使者を迎えていたとは思えないほどいつもと変わらない様子だった。

 他の領主達だったら震え上がったり、緊張のあまり倒れていたりしていただろう。

 参謀のミュラー以下騎士達が執務を行っていた会議室に、まるで暇つぶしのようにふらりと入ってきた。

 将軍の姿に気付いた騎士たちが慌てて居住まいを正し、敬礼で迎える。

 ミュラーも急いで走り寄っていく。

「将軍、ずいぶんとお早いお戻りでしたね。」

 ウォルターはミュラーをちらりと見やると、すたすたと歩いて重要書類が散らばっている中央のテーブルに、どかりと腰掛けた。

 胸の前で組まれた両腕にはどうでもよさそうに一枚の神が握られている。

 恐らく、国王からの書状だろう。

 部屋中に緊張が走った。

 いよいよ北に向けて出陣の命令だろうか。

 将軍は天井を見上げると、どうでもよさそうに口を開いた。

「良い話と悪い話がある。どちらから聞きたいか?」

 とたんに、部屋の中がざわめきだす。

 緊張と興奮が入り混じる気持ちを抑えながら、話を促した。

「どちらでも、将軍のよろしいほうからお願いいたします。」

「そうか、では良い話からしよう。この度俺は結婚することと相成った。」

「ご結婚されるのですか!それはおめでとうございます!」

 将軍がどこかの領主の姫君と結婚すれば、それだけ領地同士のつながりも強まり、この国の安定につながる。

 誰もが思ってもいなかったことなので、驚きの声の後、祝福の言葉をあげている。

「そこまで喜んでもらえると俺も嬉しい。・・・が、悪い話もせねばなならない。その結婚相手だが、キルトの姫君だ。」

 とたんに静まり返った。

「キルトの?ということは、事実上の休戦ということになるのでしょうか?」

「そうだな。あのたぬきじじい、どうやらやつらとの戦いを長期戦に持ち込むつもりらしい。姫君は、その人質ということだ。」

「そんな、、、。」

 そこにいた誰もが絶句した。

 国王はこのたった数年で大陸からやってきて、電光石火のごとく反発する様々な勢力を制圧して国を作り上げてきた。

 それをここにきてなぜすぐにでもキルト族を討伐してしまわないのだろうか。しかも、有力者であるウォルター・ミネラル将軍とまで血縁関係を結んでまで。

 ノーマン人にとって、婚姻関係による親族関係はとても重要視される。義理の親子や兄弟関係も本当の血縁関係と同等の存在となる。

 敵であるキルト人との婚姻は、敵が強い絆をもつ仲間になるということになるのだ。

 昨日まで殺しあっていた相手を今日から大切な仲間と扱うことなどとてもできない。

 それに、感情だってそんなに単純なものではない。

 もっと根深く、複雑で、頭では分かっていても心が拒否をしてしまうのだ。

 なにより、キルト人は我々ノーマン人にとっては、異端の神を祀る蔑みの対象だ。

 そんな者たちと同等になることなど、絶対にありえない。

「国王はいったい何をお考えなのだ!」

「そうだ!キルトの女なんぞを将軍に娶らせるなど!」

「そこらの兵士にならまだしも、将軍の妻になどするべきではない!」

 騎士たちは怒りを抑えられず大声で怒鳴り始めた。

「異議あるものは、直接国王に訴えるがよい。首が飛ぶのがおそろしくないのであればな。」

 将軍の一言で、ぴたりと抗議の声がやんだ。

「キルトの方はすでにこのことに同意しているらしい。まったく、どうやって脅したことやら。いや、まんまと騙されたのかもな。」

 ウォルターは口元を歪め、ふん、と鼻を鳴らした。

「ま、そういうことだ。2日後にはこの城にやってくるだろう。姫君と数人の従者のみだ。これは戦闘ではないからな。剣を決して抜くなよ。」

 それだけ伝えると、ひとつ背伸びをして部屋をあとにした。



将軍がキルトの姫君を妻に迎えることになったことは、その日のうちに城内と、場外を守っている兵士たち隅々にまで伝わった。

 このことに関して異議あるものは直接国王に抗議しろ、という将軍の言葉も共に伝えられたので、大きな騒ぎは起こらなかった。

「やれ、やっと一息つけるな。」

 ウォルターはいつものように机に足をのせて、どかりと座った。

 今日はあれから姫君を迎える準備と、将軍の婚礼の準備で慌ただしかった。

「では、予定通りにそれぞれに指示を与えておきます。」

「そうしてくれ、あとは頼んだ。」

「承知いたしました。」

 ウォルターは一口水を口にすると、書類を見直していたミュラーに秘密話をするように話しかけてきた。

「で、実際お前はどう思うか?国王はなぜこんなことをさせるのだろうか?」

「は、はあ・・・。そうですね、実際の真意は測りかねますが、やはり人質を取っておいたほうが突然の襲撃を避けることはできますね。それに、姫君からキルトの情報が得ることができますし。」

「俺はキルトのやつらがこんなにあっさりと姫君を差し出すとは思わなかった。」

「それは確かにおかしいですね。獰猛な彼らならこちらの使者の首を送り返していたかもしれませんし。」

 ウォルターは久々に、真剣な面持ちで話している。

「相手の状況も変わってきているのかもしれないな、、、。」

「と、いいますと?」

「仲間割れが生じているのかもしれない。もしくは、キルトの王の求心力が落ちているのか。」

 もしもそうだとすれば、ただやみくもに死の森を越えて攻撃を仕掛けるよりも、

その状態を利用したほうが効果的に、かつ確実にキルトを侵攻することができる。

 ただ剣と暴力だけが力ではない。

 罠を仕掛けることも、時には必要なことだ。

「まあ、どちらにせよ姫君が来てからだな。」

「そうですね。それにしても、月の女神の化身と言われているキルトの姫君とはどんな人物なのか、少し楽しみですよ。」

 ちょっとした好奇心だったのだが、ウォルターがいじわるそうににやにやしている。

「全く、お前は女のこととなるとすぐにそれだ。」

「変な言い方をなさらないでください。私はただ、ちょっと気になるだけです。」

 実際、キルトの屈強な兵士と戦ったことはあるが、女性を見たことはない。

「あの槍やら斧を振り回しているキルトの兵士に胸がついたようなもんだろ。」

 将軍の言葉に思わず想像してしまう。

 げっそり。

 嫌だ。

 嫌過ぎる。

 野獣のような女性を奥方と呼ばなければならないのか?

「そんなこの世の終わりみたいな顔をするな。どんな女がきたところでただの人質には変わりはないさ。それに、女なんてどれもたいして変わりはない。」

「そんなことはございませんよ。」

 ミュラーの返答が気に入らなかったのか、憮然とした態度の将軍を複雑な気持ちで見やる。

 平然としているが、彼のほうがもっと複雑な気持ちのはずだ。

 これからどうなるのか。

 思わぬ方向に転がり始めた事態に、そっとため息をついた。




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