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「いやー。うまくいったうまくいった。ホント前から馬鹿な奴らだと思ってたが、あんなにあっさり騙されるとはなー。」

「私もまさかこんなにうまくいくとは思っていませんでしたよ。」

 再び、ウォルターの執務室にて。

 その後も、いつも通りにウォルターが延々と兵士たちにどれだけ我が王は素晴らしいか、我らノーマン人が素晴らしいかを9割嘘で演説をして、彼らの士気を10割増しにしたのち、平然とした顔で部屋へと戻ってきた。

「ほんっと、馬鹿だ。ナイトの称号を持つやつらもまんまと騙されやがって。馬鹿な部下どもだ。略してぶぅあか。」

「私は誰かが、将軍に妹君がいらっしゃったことなど存じ上げませんでしたが、といいだすのではないかと冷や冷やしていましたよ。」

 ミュラーは胃の辺りを押さえている。

 苦労多き人だ。

「でもほら、敵を騙すなら、まず味方からっていうじゃない?」

「おう、良いこと言うじゃねーか。」

 ウォルターは、渋そうな色のワインを一気に飲み干した。

「私も何度騙されてきたことか。」

「まあ、いーじゃねーか。うまくいったんだし。」

「そうそう。」

 ミュラーは大きくため息をついた。

 これからはこの二人を相手にしていかないといけないのかと思うと、どっと疲れが出てきた。

 ミュラーは、将軍については、戦士として憧れているし尊敬している。彼の普段の傲慢で大雑把で大胆な行動は、大変困るのだが、反面、将軍としてはやはりこれくらいどっしりとかまえていられるような精神の強さも必要なのだとも納得している。この人についていけば大丈夫だという安心感があるのだ。だから、寄せ集めの兵士たちもなんとかまとまっている。

 しかし、この乙女を連れ帰ってきたときは、さすがにどうなるものかと不安を感じていた。今は休戦中とはいえ、いつ戦闘体制に入るかわからないのだ。そんなところに女性がいるべきでないし、酷いようだが足手まといだ。

 今のところ、将軍の睨んだとおり兵士たちの士気は上がってきている。

 とはいえその効果もいつまでもつことか。

 我々や騎士たちはまだしも、各地から集まってきている兵士たちの中には、盗賊や荒くれ者のような者たちもいるのが事実。

 差し迫った状態になった場合、彼らに誰かを庇護するという考えは起きない。

 もしそのような状態になった場合、誰が彼女の身の安全を保障できるだろうか。

 将軍がそこまで考えずに事を起こすとは考えられない。ああしているが、私はあんなに頭の切れる人物に出会ったことがない。

 つまり、この乙女は将軍にとっては、都合のいい道具を拾ってきたといった程度のことなのだ。

 可哀相だとは思うが、しかたがない。

 どんなに可哀相だと思っていても、いざとなれば切り捨ててもいかなければ、この世の中は生きてはいけないのだ。

 天におわす光り輝く神は、生きてゆく厳しさから我々を救ってくれることはない。ただ、誰にでも平等に光を与えてはくれるのだが。

 自分が置かれている状況がわかっているのだろうか、と将軍の妹となった乙女を見やった。

 せっかく綺麗に仕上げられている髪を、全く気にすることなく右手でぼりぼり、とかきむしっている。

 まるで蚤を痒がる大型犬のようだ。

 さきほどとても成人女性の食事量とは思えない量の昼食をとったばかりだというのに、

「おなかすいた、水でおなかを膨らませよう。」

 といって、水差しの水を飲み干してしまった。

 全く、なんという警戒心のなさ!!

 そうだ、これは彼女の性格もあるのだろうが、この警戒心のなさは致命的だ。

 最初は緊張感がないのだと思っていたが、まるで生まれたばかりの赤子のような無防備な状態だ。

 彼女は今までどうやってこの乱世を生き抜いてきたのだろうか?

 本当に天上からやってきたんだろうか?

 それとも、彼女がいっていたように、800年後の未来からやって来たとでも?

 まさか!

 ミュラーは珍しく自嘲気味に微笑むと、うとうととし始めている乙女を見つめていた。





 ミュラーの感じていた不安は、思いがけず、しかも考えていたこととは違った形で現実のこととなった。

 それはビビがこの城にやって来て、1週間ほどたった、ある昼下がりの出来事だった。

 彼女もこの城に慣れ、ウォルターやミュラーとは別に行動するようになっていた。

 城壁で囲まれた城の中には、小さいながらも庭のようなものがあり、様々な果実のなっている木々や小さな水路があり、ビビの散歩コースとなっていた。

 その時は必ず召使の女を連れて歩くようにさせていた。

 将軍の妹というならば、領主の姫君、立派な貴婦人だ。たったひとりで出歩くことなど絶対にない。

 その日も、ビビは小さな水路で小魚が泳いでいるのをぼんやりとみつめていた。

 そして、少し離れた城門の近くの場所に最初の日からビビの世話をしていた侍女が控えていた。

 ビビとしては、仲良くなって一緒に色んな話をしたりしたかったのだが、侍女は必要最低限の事しか口にしなかった。

 突然、男の野太い怒鳴り声が響いた。

 驚いて振り返ると、侍女が数人の兵士に取り囲まれ、その内の一人に腕を掴まれていた。

 薄い胸当てだけを身に着けているところをみると、正式な場には出席できない下級の兵士なのだろう。

「お前!女の分際でぶつかっておきながらあやまらねえなんて!ああ!」

「ぶ、ぶつかってきたのはあなたでしょう!」

「おい!俺様にいいがかりつけようってのか?」

 男はさらに腕を強く掴むと、彼女をやすやすと持ち上げた。

「いたい!はなして!」

「さあ!あやまれ!」

 周りの男たちは、それをにやにやしながら見ている。

 なんてこと!

 ビビは今自分が目にしている光景が信じられなかった。

 アンガリア帝国の男性が女性を乱暴に扱うようなことは、絶対になかったからだ。

 最初は、恐怖を感じてぶるり、と震えた。

 しかし、次の瞬間には体が勝手に動いていた。

 走って男たちの輪の中に入っていく。

「彼女を放しなさい!」

 男は突然現れた小さな貴婦人に驚いたが、すぐにへらへらと笑い出した。

「お姫様。この女は自分でぶつかってきたんですぜ?おかげで骨が折れちまった。」

「女性がぶつかったぐらいで折れるようなやわな体なら、兵士などやめておしまいなさい!」

「おおこわい。でも、このおとしまえはつけさせてもらうぜ?俺と同じように腕の一本でもおってやらなきゃ、こっちの気がすまないもんでねぇ!なあに、こんな卑しい女の腕の一本や二本。」

 男は侍女の腕をぶらぶらと揺らした。

「いやあ!」

 侍女は恐怖で泣き出している。

「離しなさいといっているでしょう!この恥知らず!」

 ビビは男の脛を思いっきり蹴り上げた。

「ぐお!」

 蹴られた痛さに侍女を突き放すと、うずくまってしまった。

 尻餅をついて倒れた侍女のもとへ行き声をかける。

「大丈夫?」

 侍女はうずくまり泣きじゃくっていた。

 今までこれほどまでに激しい怒りを感じたことはなかった。あまりの怒りに、手は震え、頭に血が上りかっとなる。

 それは相手の男も同じだったようだ。

「このやろう!許さねえ!」

 仲間の間で恥を掻かされたと思ったのか、男は逆上し、拳を振り下ろした。

 それはとっさに避けようとしたにも関わらず、ビビの頬に直撃した。

 ぼすっと鈍い音がし、ビビは土の上に倒れてしまう。

 痛かった。

 こんなに痛い思いをしたことはない。

 だけど、こんなものなんともなかった。

 自分でも信じられないが、痛い目にあうほど冷静になっていく。

 血がにじむ口元を押さえ、男を静に見据えた、すっくと立ち上がった。

「な、なんだ?」

 兵士は予想していなかった反応に顔をしかめている。

「謝りなさい。」

「なんだって?」

「彼女に謝りなさい。いいがかりをつけているのは、あなたのほうでしょう。」

 毅然とした態度に、一瞬たじろぐが、もう後に引けなくなった男は錆びついた長剣をビビに向けた。

「お、おい。そのへんにしとけ。」

 さすがにまずいと思ったのか仲間が止めに入る。

「うるさい!俺をばかにしやがって!」

「やめろって!」

 男がビビに剣を振り下ろす。

 不思議と全く怖くなかった。

 ああ、そうだった。

 私は、ビタミン家の長女。誇り高きアンガリア帝国の貴族。いつもうやまってくれる民に喜んでその首を差し出す高貴な生け贄。

 たとえ世界がそれを否定しても、それが「私」なのだ。

 この首ひとつで、いつも私のために働いてくれる彼女が助かるのなら、いくらだって差し出そう。

「彼女の代わりに、私の首を受け取りなさい。それであなたの気が済むのなら。」

「な、なんなんだ、おまえ!」

 微笑みながら静かに語りかけてくるビビに、男はビクリ、と肩をふるわせた。

「くそっ!」

 男は剣を高々と振り上げた。

 だが、その剣がビビの柔肌に触れることはなかった。

「貴様、城内で姫君に剣を振り下ろすとは、どういうことだ!」

 見回りをしていた上級の兵士が、男の腕を掴んでいた。

「ち、ちがいます!この女が!」

「お前は自分の立場がわかっていないようだな。問答無用だ。連れて行け。一緒にいた者たちも同罪だ。」

 男たちは慌ててやってきた他の兵士たちによって城外へと連れ出されていった。

「さあ、もう大丈夫ですよ。」

 上級兵士が優しく手を差し伸べてきた。

 しかし、それは受けなかった。

「いいえ。私はなんともありません。それよりも、私の侍女が傷ついています。早く治療しないと。」

 あっけに取られる兵士たちを尻目に、ビビは侍女を支えながら、城内へと向かっていく。

「おい。なにごとだ。」

 いつの間にかウォルターとミュラーが目の前に立っていた。見回りから帰ってきたところだったのだろう。

 あわてて後を追いかけてきていた者たちが緊張気味に敬礼をする。

 ミュラーが珍しく厳しい声で言った。

「状況を説明せよ。」

「はっ。」

 助けてくれた兵士が一部始終を簡潔に報告すると、ウォルターはビビを見ようともせず、眉間にシワを寄せた。

「我が妹を馬鹿どもから救出したことは誉めてやる。だが、あいつらをのさばらせていたということは、お前たちも気が緩んでいる。お前たちにも沙汰あるものと覚えておけ。もういいぞ。」

 兵士たちは深々と一礼すると立ち去って行った。

 一息置いて、ウォルターはビビを見やった。

「この、大馬鹿者!こんなとるにたらん小娘のためにわが身を危険にさらすとは!お前は自分の立場がわかっていないのか!」

 地面が割れるような怒声だった。

「お前がすでに怪我をしていなければ、一発殴ってやるのにな!ええいっ腹立たしい!」

 完全に激昂しているウォルターは拳を震わせている。

 そのあまりの恐ろしさに、侍女のみならず、ミュラーまでも青い顔になっていた。

「国民を守ることが、上に立つものの役割でしょ。」

 それとは反対に妙に冷静なビビがぽつりとつぶやいた。

「だからといって自分が死んでは意味がないだろう!何のためにお前を拾ってやったと思ってるんだ!それに、国を守るためには多少の犠牲も必要だ。」

「誰かを犠牲にしないと成り立たない国なんか、国じゃないよ。」

「それがお前の国の信条か?ばかばかしい!大事を成し遂げるには目先の小さなことになど・・・・・。ええいっお前と話してると頭がおかしくなりそうだ!ミュラー!」

「はっはいいっ!」

「勝手なことをした罰としてこいつには一週間飯を与えるな!」

「し、しかし・・・。」

 ミュラーはちらりとビビを見やった。

 それはやめて!と言うかと思えば、平然とした顔をしている。

「・・・・かしこまりました。」

 ウォルターはドスドスと城内へ入っていってしまった。

「あ、将軍!待ってください!えーっと、ビビアン様、あなたのお気持ちもわからないわけでもないんですが、将軍が言われた通りにされてください。決して悪いようにはしませんから。」

 ビビは、ミュラーから視線を逸らし、うつむいた。

 彼はそれを了解のサインと思ったのか、では、私もこれで。と城内へと向かっていった。

 ビビは、怖かった。

 確かにこの混乱した世界で生きていくには、ウォルターの言うとおり、多少の犠牲を生んでも力があるものが生き残らないといけないのかもしれない。

 まずは国を安定したものにすること、それが王と領主たちの役割だ。

 だけど、そこにどっぷりつかってしまったら?

 自分が生き残るために弱いものを犠牲にしないといけないとしたら?

 それをすることが平気になってしまったら?

「あたしはあたしじゃなくなっちゃうよ・・・・。」

 そのつぶやきは、彼らには届かなかった。


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