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「将軍。どこかへふらりといなくなったと思ったら、こんないたいけな乙女をかどわかしてきて。仕事は死ぬほどたまってるんですよ。」

「あー、ミュラーは口うるさい。だから女にもてんのだ。もっと余裕を持て、大人の余裕を。俺のようにな。」

「誰かさんのおかげで私はいつも寝る暇もないんですがね。」

「それに、かどわかしたんじゃない。釣れたんだ。自分から罠にかかってきた。キルトの奴らの様子を見に死の森に行ったんだが、暇だったから野獣用の罠を仕掛けてたんだが、それに。」

「同じようなことです。全く。」

 心優しき参謀はため息をついて、机に突っ伏しているビビをみやった。

「それにしても、この方はどこのどなたなんです。見たところ、とても単なる民には見えないですね。着ているものも珍しい素材に、風変わりなデザインですし。」

 綿毛のような金の髪に、朝焼けの瞳。

 まさに伝え聞く太陽におわす神と同じ姿。

 なのに、すごい食欲。糸が切れたマリオネットのような緊張感の無さ。

 ただ者とは思えない。

「まさか、キルトの間者ではないでしょうね?」

「ふん。ありえん。訓練された間者が敵に与えられたものを口にするか。しかもこんな大量に。」

 将軍の部屋には、ビビのために信じられないほどの食事が用意された。

 ざっと、兵士の10人前分。

 ミュラーは驚くのを通り越して、呆れていた。

 あの小さな体にどうやったら大の男の10人前が流しこまれるんだ?

 死んだように眠りこけている奇妙な生き物を呆然と眺める。

 一方、ビビを城に連れてきた張本人は豪奢な執務用の机に長い足を投げ出し、その光景をにやにやしながら見ていた。

「一体どうするおつもりなんです?」

 腰に手をあててこの城の主に問いかけた。

「足を見てみろ。ずいぶんと歩いてきたんだろう。しかも裸足で、傷だらけだ。服は上等なのに、おかしいだろう。髪もぼさぼさだし。」

「ええ、お可哀想に。」

「しかも死の森をうろついているとは。少なくともこのあたりの人間ではない。もしくは、ものすごく世間知らずなのか。」

 ミュラーは、そっとビビに上着をかけてやった。

「ま、どちらにせよ、今夜はゆっくり休ませてやれ。お前の部屋が一番近いだろう。連れて行ってやるといい。」

「私に未婚の歳若い乙女と一緒に床につけとおっしゃるのですか。」

「なんだ。そんなことがしたいのか。お前も一応男だったのだな。どうしてもというなら、目をつぶってやらんこともないが?」

「私は貴方と違って、女性に対して誠実なんです。」

「お前みたいな堅物のベッドで眠るとカビがうつされそうだな。」

「では、貴方の寝室をお貸しください。」

「いやだ、俺は自分のベッドで一人でしか眠れない、繊細かつ神経質な人間なのだ、お前と違って。それに、別にお前はどこでも好きなところで眠っていいんだぞ。廊下でも、台所でも、便所でも、庭の木の上でもな。特別に許可してやる。」

「特別のご配慮、痛み入ります。」

「よい。上に立つものとして当然のことをしたまでだ。お前も遠慮せず、何でも意見していいんだぞ。」

「そうですか。では、たまりにたまった書類の山を。」

「おい、天使が今にも椅子から転げ落ちそうだ。」

 軟体動物のようになっているビビは、ずるずるとずり落ちていた。

 ミュラーはあわてて、ビビを座りなおさせた。

「さて、今日ももう遅い。明日に備えて休むとするか。お前も下がっていいぞ。」

 将軍は大きく伸びをすると、さっさと寝室へ消えていった。

「あ、はい。お休みなさいませ。」

 条件反射で、深くお辞儀をする。

「って、お待ちください!」

 慌てて寝室の扉を開けようとするが、時すでに遅し。中からしっかりと鍵がかけられている。

 睡眠中の侵入者を防ぐために、寝室には中から鍵がかけられるようになっているのが一般的だ。

 開かないとわかると、扉をドンドン叩いた。

「ちょっと!将軍!今日中に目を通していただかないといけない書類が山のようにたまってるんです!将軍!開けてください!」

「そんな大声を出すな。か弱い天使が目を覚ますだろう、ばかもの。」

 しまった、と手で口を押さえて、乙女を振り返る。

 か弱い天使は椅子からとうとう落ちて、死んだように大の字になって寝ていた。

 よく考えてみれば、こんなところにのこのことついてきて、腹いっぱい食べて、爆睡しているほどの剛毛の生えた心臓の持ち主だ。

 大声ぐらいで驚いて起きるわけがない。

 だが、一応囁き声で呼びかけた。

「将軍、都からの使者や指示を待っている兵士たちがもう何日も城に滞在しているんです。時間がないんですよ。」

 返事が無い。

「将軍?」

 扉に呼びかける。

 返事は無かった。

 代わりに地響きのようないびきが聞こえてきた。

 やれやれ、まあ、これくらいのことはいつものことだ。

 ミュラーは諦めて、赤子のように眠りこけるか弱い天使(・・・・・)をちゃんとした寝床へ連れて行くことにした。





 ここラングドシャ城は、対キルト勢力に睨みをきかせるために築かれた、前線の要塞であった。

 小高い岩山の上に築城されており、上へ上へと太陽にと届くようなつくりとなっている。

 その城主はミネラル公ウォルター。国王ウィルハムに仕える将軍である。

 2年前にウィルハムが、エウロパ大陸の中堅国フランシェから自分にも王位継承権があるといって、様々な勢力が乱立する中、一応国王となっていた先王を倒し王位を継承すると、抵抗を示した諸侯を数ヶ月で制圧し、キルト族たちをも北に追いやってしまった。

 これが、世に言うヘルスライディングの戦いだ。今では大きな混乱もなく、暫定的平和を楽しんでいる状態だ。

「つーのが、まあ、今俺たちが置かれている状態だな。」

 幾多の戦いを勝ち抜いてきた将軍ミネラル公は、ぼけっとしているビビに説明をしてくれている。

「俺も元々はもっと南のほうの領主だったんだがな。あのたぬきじじいに騙されて今ではなく子も黙る将軍様ってわけだ。」

 朝食兼会議を速やかに終わらせたウォルターは、自室にビビを呼びつけるとぺらぺらとしゃべり続けた。

「そして私は、将軍様の尻拭いとたまに参謀として日々身を粉にして働いております。」

 つけたしたのは、ミュラー・ミンティア。濃い黄土色の髪に優しい青い瞳。ウォルターほどがっちりとはしていないが、鍛えられた体躯の持ち主だ。しかし軍人というよりも、教壇に立っているほうが似合う。

 彼は昨夜結局眠らなかったらしい。曰く、自室以外で眠れとの仰せは、私にはあまりにももったいないお言葉でしたので。とのことだ。

 しかしこの皮肉もウォルターには痛くも痒くもなかったようで、「ならば眠るのをやめてしまえ。お前ならできるだろう?参謀どの。」と軽口をたたいていた。

「で?知りたいのはそれだけか?」

「えーと。今は、聖暦何年なのかな?」

「せいれき?なんだそれは。おい、お前は知っているか?」

「いえ、私も存知あげませんが。」

 本当なのだ。

 本当にタイムスリップしてるよ!

 今までのウォルターの話を聞いていると、どうやらあのタピストリーの時代、つまり800年前にやってきたことになる。

 800年前!!!

「おい、どうした?100年ぐらい便秘中みたいな顔になってるぞ?」

「いや、ちょっと、、、。驚きをかみしめてて。」

 ビビは目の前のコップを口につけた。

 それはただの水だった。茶の類はまだここには存在しないのだろう。

「それで、お前は何者だ?というナンセンスな質問をしてもいいか?」

 さほど重要でもなさそうに尋ねられた。

 あたし?あたしは・・・。

 ビタミン家の長女。ビタミン伯爵令嬢。その位置づけはここでは通用しない。

 だったら、ここにいる自分は一体なにものなんだろうか?

「自分が何なのか、そんなに思い悩むのか?本当に変わってるな、お前は。やっぱり、天上からやってきたのか?」

 ガウディのように、その場その場で、自分を簡単に切り替えることなんてできない。

「えっと、ビビっていうんだけど、、、。」

「それが名前か?女にしては変な名前だな。」

「そう?自分では結構気に入ってるんだけど。」

 どうぞ、と続きを促される。

 どうしよう。何にも思いつかない。

 えーい!めんどくさい!

「あたしは19世紀からここに来たの。日食があって、気がついたらこの世界にいたんだよ。」

「、、、、、、へ?意味がわからん。」

「だーかーらー、800年後からなんでかここにきちゃったの!4日前に!」

 ・・・。

 しばしの沈黙。

「でゅあっはっはっはっはっ。」

「ぷっ。あ、ごほん。失礼。」

 椅子から転げ落ちそうになって笑うウォルター。必死で笑いを堪えているミュラー。

「いいもん。べつに信じてくれなくて。あたしだって急にそんなこと言われたら頭がおかしいんじゃないかと思うもん。」

 でも、そこまで笑わなくてもいいじゃない。

 ビビは口を尖らせてふくれた。

「あー笑った笑った。こんなに笑ったのは親父が崖から滑り落ちて熊の洞穴に落ちたのを見たとき以来だ。」

 といいながら、またぶふっと吹き出している。

 それに対し、すでに冷静さを取りもどしていたミュラーが心配そうに言う。

「ではもし、そのお話が本当だとしたら、あなたは今行くべきところがないのではないのですか?」

「そうなんだよ、ミュラー!あたしは今日から何を食べて生きていけばいいの?」

「そ、そうですね。それはとても重要な課題です。」

 ミュラーは困って主を見やる。

 まだ腹をかかえて笑い転げている。

 やれやれ、とビビに向きなおした。

「しかし、昨日までの3日間は大変だったでしょう。あなたおひとりで。」

「ううん。執事、えーっと、臣下みたいなのと一緒に来たんだけど、見捨てられちゃった。私はここで生きていくからあなたも勝手に生きていけだって。ほんと、冷たい男だとは思ってたけど、あそこまでとは思わなかったよ!」

 ビビは珍しく怒りに震えていた。

 もう、あんな奴のこと思い出したくなかったのに!

「そうか、勝手に生きていけと言われたか。」

 やっと笑いがおさまったウォルターはいつの間にかビビの隣に立っていた。

「そうなんだよ、あたしだってあんな心のない男と別れられてせいせいするよ。」

「では、ここで暮らさぬか、ビビ。」

「、、、、、、え?」

「将軍!何を仰ってるんですか!」

「ここにいれば、腹いっぱい食べられるし、寝床もある。城の中なら、どこへいったっていいぞ。どうだ?死の森をうろうろするより、よっぽど快適だし、安全だ。」

 突然の提案に、うまく言葉が出てこない。

「見たところ、同じノーマン人のようだしな。

我々の子孫様を無下にはできまい。それとも、ミュラーが気に入らんか?」

 ビビは慌てて首を横に降った。

「なに、遠慮することはないぞ。どうだ?」

「えーと、、。ここにいてもいい?」

 ここは、ひどく居心地がいい。

 できるならここで暮らしたい。

「決まりだな。ただし、条件がある。」

「あ、あたし、なんでもするよ!今は何にもできないけど、覚える機会をくれれば。」

「そうか、では、俺の妹になってくれ。」

「いもうと?」

「そうだ、ミネラル公の腹違いの妹、とでもいうことにするか。名はビビ、、、うーん、いまいちだな。よし、ビビアン・ミネラルだ。」

 なにやら得意げに言い放つ。

 ミュラーはといえば、呆れてものも言えない、という顔をしていた。

「最近兵士どもの士気が落ちていて、どうもいかん。お前のような若い娘、しかも将軍の妹がいるとなれば、無能なやつらもお守りせねば、とやる気になるだろう。」

「将軍、しかし。」

「なにを言っても無駄だぞ。それに、ビビも未来でそれなりの出ではあるようだしな。証拠に俺たちと面していても、全く臆することもない。」

 ミュラーは、それだけではないはずだ。ほとんどは彼女の性格がなせる業だ。心の臓に剛毛が生えているんだ、と心の中でつぶやいた。

 しかし、人を従わせる者の雰囲気を密かに感じ取っていたのも事実だ。元同行者も臣下だと言っていたことだし。

「う、うん。わかった。よろしくね、お兄様。」

 突然できた兄に、にぱっと微笑んだ。

 お兄様かー。なんだか面映い感じ。

「よし、きまりだな。」

 ウォルターはそう言うと、ビビを抱き上げた。

「では、わが妹ビビアン。お前のために上等の服と部屋を用意してやろう。召使もつけてやらねばな。」

「食事も忘れないで、お兄様。」

「ああ、もちろんだ。」

 そういうと、また豪快に笑い出した。

 ビビもつられて笑い出す。

 ミュラーは、やれやれ、と肩をすくめた。

 確かに、兵士の士気は落ちていた。

 それに、彼女なら将軍の妹といわれれば疑うものはいないだろう。容姿も、雰囲気もどこか似ている。ミュラーは一礼すると、新しくやってきた貴人のための準備を指示すために退室した。





 この時代の姫君の衣服というのは、非常に快適ではない。襟ぐりと胸元は大きく開き、肘から手首までの袖は床につくほど長く、ドレープが多い。腰には金糸の飾り紐がついており、スカート部分にも金糸の刺繍が施されていてその分重くなっている。唯一好ましいところといえば、草木染の深緑色が実に美しく、ビビの肌と髪の色を引き立てているところだ。

「こういうのって、コスプレっていうんだよねー。」

 この時代の衣服は、退屈な演劇で見たことがあったが、まさか自分が身に着けることになるとは。

 せっかく久しぶりにカリスマ美容師にセットしてもらったローレも、ぼさぼさになってしまっていた。この時代には、まだコテで髪を巻くことはないのだろう。新しく雇われたメイドが綺麗に髪を梳かしてくれた。ビビの髪質をそのままいかした、トップの高いふんわりとした髪形に仕上がっている。

「やっぱり、あたしってイケてるわー。」

 大きな鏡の前で、うふん、とポーズを作ってみせる。

「あ、着替えを手伝ってくれてありがとう。」

 ビビはメイドにお礼を言った。同じ年頃の、若い素朴な女性だった。

 メイドは、なにやら怖い顔をすると、黙々と片づけを始めた。

 あ、あれ?

 あたし、何か嫌われるようなことしたっけ?

 転びそうになって、足を踏んだりはしたけど。

 こういう時、ビタミン家にいたメイドたちは、それはそれはビビでさえうんざりするほどおしゃべりをするものなのだが。

 とりわけ、真面目な性格なのかもしれない、、、。

 ぼんやりと考えていると、バタン、と大きな音とともに甲冑姿のウォルターがばたばたと足音をたてて入ってきた。

「おう、なかなかのべっぴんさんじゃないか。我が妹君は。」

「あ、やっぱりそー思うー?」

 先ほどのメイドの娘に褒めてもらえなかったので、でへへ、としまりのない顔で喜びを表した。

 長い裾を持ち上げて、クルリ、と一回転すると、気分はお姫様。

 うーん。なかなかいいんじゃない?タイムスリップっていうのも捨てたもんじゃないね!

「よし、じゃあ姫君のお披露目といくか。」

「合点承知のすけ!」

「あー。お前はとりあえず、笑って手を振っておけ。できるだけ、上品にな。」

 ウォルターに手を引かれてやってきたのは、城の中心部にある大広間だった。

 バブルガム宮殿の演舞場の10分の1ほどの広さで、装飾を施された部分は一切なく、ただ数段高い場所に将軍が立つ場所が設けられていただけであった。

 大きな扉から中へ入ると、100人ほどの兵士たちが整列をしている。

 その中央の赤い絨毯の上をウォルターに連れられ歩いていく。後ろからは、10人ほどの騎士達がついてくる。

 とたんに男たちがざわめき始めた。

 10段ほどの階段を登り、兵士たちに振り返る。

「静まれ。」

 ウォルターが良く響く声で命令する。

 とたんに兵士たちはかかとを鳴らし、手のひらを相手に向けるノーマン式敬礼をした。

 ウォルターもそれに応え、腕を後ろに回し「やすめ」のポーズになると、兵士たちも「きをつけ」の状態になる。

 ひえー。本物の軍隊だー。

 ビビは軍隊を見るのが初めてだった。

 やっぱり、迫力が違うね!

「今日はお前たちに紹介したい人物がいる。我が妹、ビビアン・ミネラルだ。前線で戦う我らを労うために、はるばる我が領地から参った。」

 ウォルターが何のためらいもなくホラをふく。

 しかし、兵士たちは何の疑いを持つこともなく、ただ、おおー、と感嘆の声をあげた。

「お前たちも、これより一層の働きをしてくれるものと期待しているぞ。」

 兵士たちは膝を折って跪いた。

 それは彼らの最大級の敬意の表れだった。

 え、えーっと、こういう時は、どうすればいいんだっけ?あたしも敬礼すべき?いや、女王陛下みたいに苦しゅうない、近うよれ。とか言えばいいのかな?

 隣にいるウォルターを見上げると、彼は両手を腰に当て、不敵に微笑んでいた。


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