《はる》
今からちょうど7年前__
長谷川みなみ、鈴木風馬、黒崎葵、香月陽の四人は自分たちのランドセルを見せ合って、もうすぐ始まる小学校の話をしていた。
「ねえ見てー!みなみのランドセル、ピンクなんだー」
「えー、ピンク可愛くなーい。陽の赤の方がいいじゃん」
「俺の青が一番だ!」
「みなみのだよ!」
「陽!」
「俺!」
みなみ、陽、風馬の三人は自分のランドセルが一番いい、ときりのない言い争いをしている。
「葵は?」
「俺は黒」
「葵黒なの?かっこいいねー」
質問をしたみなみを押し退けて、陽は葵に近づいた。
「痛い陽押さないで」
「みな邪魔なんだもん」
陽はみなみのことをみなと呼んでいる。
この時はまだ、みなみのことをみなと呼ぶのは陽だけだった。
「陽が邪魔なの!」
「みなだよ!」
「二人とも落ち着けよ」
葵に言われ、二人は渋々口を閉じた。
「ねえ、今日も公園行こーよ!」
風馬は急に立ち上がり、ガキ大将のように言った。
「いいね!」
「行こー」
他の三人もランドセルをカーペットの上に置き、外へ向かった。
*
「長谷川!」
「うん!」
葵からパスを受け取ったみなみは瞬時に狙いを定め、曲げていた肘を伸ばしてボールを放った。
相変わらずみなみは、幼い頃からバスケの才能に優れていた。
元々バスケをしていたのは葵だったのだが、葵に誘われ、四人でバスケをするようになったのだ。
「葵とみな強いー!チーム変えようよー」
陽はつまらなさそうに口を尖らせる。
「じゃあみなみ風馬と組む!」
そう言ってみなみは風馬に走り寄り、風馬の手を握った。
「葵組も!」
陽はその様子を見ると、葵に近づいた。
「うん」
葵は持っていたボールを陽に渡した。
「どっちからやる?」
「そっちでいいよー」
葵の言葉に、みなみは余裕を見せつけるように言う。
今はまだ幼いため、どちらかのチームがボールを持った状態から始めるのだ。
「言ったな」
「おうよ」
何故か葵とみなみは、バチバチと火花を飛ばしあっている。
「絶対勝つぞ香月」
「うん!」
葵は振り向いて、陽にプレッシャーをかけるようにして言う。
「負けないもん!ね、風馬」
「え、あ、ああ……」
みなみも風馬の手をさらに強く握り、笑顔を向けた。
「香月パス!」
風馬にマークされ身動きがとれずにいる陽に、葵は離れたところから声をかけた。
陽は、葵に向かってボールを投げた。
しかし方向がずれてしまい、葵は慌ててボールを追いかける。
けれど葵がボールを掴もうとしたその時、横からみなみにボールを奪われてしまった。
「あ!」
葵は奪い返そうとするが、走ってきた風馬に邪魔をされてうまく動けない。
その間にみなみは、自慢の脚力を使って高く飛び上がると、ギリギリのラインでスリーポイントシュートを決めた。
みなみの脚力は本当に優れていて、周りと比べても一番高く跳ぶのはいつもみなみだった。
「よっし!」
みなみはその場でガッツポーズをすると、駆け寄ってきた風馬とハイタッチを交わした。
「次次!」
みなみと同じく負けず嫌いな葵は、ボールを拾いドリブルしながらそう言った。
またも先行は葵と陽のチームだ。
葵はあとでパスを受けとるために、陽にパスを回した。
しかし、葵のその正確なボールでさえも、陽は取り逃してしまった。
陽の取り逃したボールは、そのまま転がっていく。
そして、ベンチに座っていた男の子の足に当たってしまった。
本を読んでいたその男の子は、本から目を離して顔をあげると足元のボールを拾い上げた。
「はい」
少年は、陽にボールを渡した。
「ありがとう!」
陽はボールを受けとると、笑顔でお礼を告げた。
いつのまにか他の三人も駆け寄ってきていたようだ。
ちょうどそのとき、強い風が五人に吹き付けた。
それと共に、公園に咲いた満開の桜から、花びらが舞い落ちる。
「もう春だねー」
桜を見上げながら陽が言う。
「そーだね」
「桜きれいだね」
陽の言葉に、他の三人も満開の桜を見上げた。
「君、だあれ?名前は?」
みなみはボールを拾ってくれた少年を振り返り、そう問うた。
「え、僕の……名前?」
少年は驚いたように、目を見開いた。
そして少年は目を泳がせると、遠慮がちに言った。
「は……はる」
「はる?可愛い名前だね!」
みなみははると名乗る少年の手を取って笑った。
はるは肩をびくつかせ、怯えたようにみなみを見つめた。
「お友達になろう!」
みなみははるの手を両手で握り直し、そう言った。
「おともだち?」
はるは言葉の意味を半場理解していないながらも、小さくうなずいた。
それを見てみなみは嬉しそうに笑い、手を引いてはるを立ち上がらせた。
「一緒にバスケしよう!」
「バスケって……何?」
「みなみが教えてあげるね!」
みなみは陽の持っていたボールを貸してと言って奪い取ると、はるに渡した。
「今日も楽しかったねー」
夕日に赤く染められた帰り道。
ボールをドリブルして歩きながらみなみは言った。
「はるって運動苦手なの?」
「バスケやったことないの?」
「でもはるもすぐ上手くなるよ!」
みなみ、風馬、陽の三人はもうすでにはるのことを呼び捨てしている。
「そういえばはるって、名字ないの?」
風馬の不意な質問に、はるは目を丸くする。
少しすると、はるはゆっくりと首を横に振った。
「誕生日は?いつ?」
はるから一番遠い位置にいる葵が、身を乗り出して訊く。
はるは再び、首を横に振る。
「わかんない」
名字があって、誕生日を知ってて当然な環境で育った四人は、不思議そうにはるを見つめた。
「じゃあさ」
みなみは人差し指をたて、弾むような声で言った。
「今日をはるの誕生日にしようよ!みなみ達とはるが出会った日!エイプリルフールだから、嘘ついてもいいんだよ」
みなみは得意気に言った。
「いいね!」
「じゃあ今日がはるの誕生日だね」
「お誕生日おめでとう!」
みんなは口々に言った。
最初こそ目を丸くしていたはるだったが、みんなを見て、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
こうして、この日ははるの誕生日となった。
そうこうしているうちに、陽の家が見えてきた。
陽だけは、三人の家から百メートルほど離れているのだ。
陽は四人に手を振って、家の中へ入っていった。
「そういえばはるってさ」
陽の家を過ぎ、三人の家が近づいてきたところで風馬はぽつりと言った。
はるは何を言われるのか疑問を抱きながら風馬を見つめた。
「家、どこなの?」
はるは少し戸惑いながらも口を開いた。
「僕、お家ないんだ。すごく遠いところに住んでたんだけど、僕のお家じゃないの。そこを出たから僕、住む場所がないんだ」
そう話すはるの顔は、夕日によって影ができ、暗く見えずらい。
みなみははるの手を握った。
「じゃあみなみの家に来て!」
みなみは、嬉しそうな笑顔をはるに向けた。
「みなみの家で一緒に暮らそ!みなみ友達と一緒に暮らすの、夢だったんだ」
跳び跳ねながら言うみなみに、はるは戸惑いを隠しきれずにいた。
「あ、ずるーい。はる、俺の家にも来てよ!」
その様子を見ていた風馬がはるの腕をとって言った。
「俺の家にも来いよ。二人より家豪華だし」
医者の息子であり家がかなりの豪邸な葵は、二人を見下すように笑いながら言う。
「豪華じゃなくたっていいんだよ!みなみのママのご飯すっごく美味しいんだから!」
「俺の家の方が美味しいよ」
いつの間にかみなみと葵は、自分の家の食事自慢を始めた。
呆然と二人を見つめるはるに、風馬は笑いかけた。
「気にしないで。あの二人いつもああだから」
「みんな、優しいね」
はるは二人を遠目で見つめながら言う。
まだ明るい夕日が、四人のことを赤い光で包み込んだ。