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第7話 置き去りの心

7.置き去りの心

「私達、距離置かない?」

助手席の由香が、淡々とした様子で言う。突然の事に、勇吾が驚く。

「倦怠期かな。勇吾もそう思ってたでしょ?」

「・・・・・・」

「勇吾の事もちろん好きだし、一緒に居れば楽しいし、楽だし。だけど段々最近 空気みたいな存在っていうか・・・家族みたいな感じだなって」

「・・・・・・」

「別に勇吾のここが嫌いとか、他に好きな人が出来たとかじゃないけど・・・なんて言うのか、喧嘩すらする情熱が無くなっちゃってるなって」

何も特別な意味のある言葉を発しない運転席の勇吾に、由香が顔を向けた。

「私達、今は友達の方が上手くいく気がする」

「いつから、そんな事思ってたの?」

「そんな前からずっと考えてた訳じゃないよ。ほんと、ここ最近」

「・・・俺のせい?」

「違う違う!多分・・・お互いに慣れ過ぎちゃったのかな」

路肩に停めた車のフロントガラスには雨が打ち付けていて、ワイパーがただ黙々と動いていた。


「ねぇ、今度真奈美ちゃん 映画に誘いたいんだけど、そのきっかけ作る為にさ、駅に呼び出してよ」

「俺が?」

「だって、俺まだ連絡先聞けてないもん」

「・・・・・・」

溜め息を吐いたのを聞きつけて、大澤が少し強い声を出した。

「全面協力してくれるって約束だったよな?」

「そりゃ、したけど・・・」

「何で乗り気じゃないんだよ?」

「そういう訳じゃないけど・・・仮に俺が誘い出したってさ、真奈美ちゃんどう思うかなぁ」

「そこは上手い事さぁ・・・」

「上手い事って・・・」

呆れた顔の勇吾に、大澤は財布から牛丼屋のサービス券を一枚取り出す。

「これで買収されない?」

「バカかお前」

更に呆れ顔になる。

「じゃ、もう一枚いっちゃう?」

と、ふざけた調子でサービス券をもう一枚ひらひらさせた。すると勇吾は寄り掛かっていた駐車場のフェンスから背中を離した。

「俺、帰るわ」

「わりぃわりぃ!冗談だって」

「つき合ってらんねぇわ」

「だから、さっきのは冗談だって」

「もう自分で頑張ればいいだろ?」

「そんな冷たい事言うなってぇ」

「駅で毎日待ち伏せでもしたら?」

「それじゃ、ストーカーみたいだろ」

「似た様なもんだよ。実際この前だって、そうやって待ってたんだし」

「そりゃそうかもしれないけど、何回もはヤバいだろ。引かれるって」

そこでまた勇吾はふうと溜め息を吐いて、フェンスに寄り掛かった。その様子を見て、大澤が言った。

「分かったよ。じゃ、これで最後にするから。最後の一回だけ、協力して下さい」

しおらしく頭を下げる大澤に、勇吾はポケットに突っ込んだ手を出した。


『仕事の後、大丈夫な日ある?』

そう突然送られてきたメールに、私は戸惑っていた。この間公園で高校時代の話をして、当時の気持ちを打ち明けたが、何故今先輩がこんな内容のメールを送ってくるのか・・・真意を読めないでいた。暫く返事を出来ないでいると、もう一通メールが届く。

『7時頃までに南ヶ丘駅に来られる時ある?』

時間まで具体的に指定してくるなんて・・・私は、疑問をそのままメールに乗せた。

『何か、あるんですか?』

それを送ってから、少し時間が過ぎる。そして遅れてきた内容に、ドキッとする。

『観たい映画があって』

映画?私と?そんな疑問が次々と湧いてくる。

『私に言ってます?相手間違えてませんか?』

そう打ち込んで、もう一度考える。確認したい気持ちはあるが、それを送られた先輩は、私が嫌がっていると思ってしまうかもしれない。そう思うと、その文面を削除して、また白紙に戻した。しかし、どう打っていいか分からない。

『映画ですか?』

迷った挙句、無難な文章を返す。

『映画、嫌い?』

『嫌いではないですけど・・・』

その後勇吾から送られてきた映画のタイトルを聞いて、段々と嬉しさが込み上げてくる。先輩には彼女がいるのに、と遠慮と疑問で心がいっぱいになっていたけれど、もっと単純に喜んでもいいのかもしれないという気になってくる。


 今朝の目覚めは高校1年のあの頃に近い。今日着ていく洋服は、実は三日前から迷っていて、ようやく昨日の夜中に決めたのだった。決めた筈の服を着ては、また迷う。やっぱり違うのにしようか・・・。取っ換え引っ換え着替えて、やはり初めの服に落ち着く。そういうものだ。部屋中に散らかった服を片付ける時間もなく、仕事に向かう。

 昼休みに今日の予定をえれなに話そうと思っていると、私の異変に敏感に気付いた彼女の方から、仕事中に小声で話し掛けてくる。

「今日、何かあるの?」

「映画、誘われた」

叫びたい口を密閉するえれなが、代わりに私の腕をペシペシと叩いた。

 昼休みになって、オフィスから出るや否や、えれなが口を解放した。

「念願の初デート?」

私は首を傾げるが、やはりにやけてしまう顔が嘘をつけない。えれなが指を折って数える。

「何年越しだ?」

「ねぇねぇ」

私はすっと笑顔をしまって、ちょっと声のトーンを落としてえれなに近寄って聞いた。

「彼女に・・・悪いかな・・・。やっぱ、断った方が良かったかな?」

「別にこっちから誘った訳じゃないんだし・・・いいんじゃない?」

「でもさ・・・もし私が彼女の立場だったら・・・傷付くよね」

「元を辿ればね、そもそも何で観たい映画を彼女じゃなくて真奈美を誘ってきたかってとこでしょ」

にやけたえれなが、肘で真奈美をぐりぐりしながら冷やかす。

「もしかして、彼女と別れて、『君の事がずっと好きだったんだ』って言われちゃうとか?」

「まさか・・・」

「いや、無くないでしょ」


 約束の6時半よりあまり早く行きすぎるのも可笑しい。だから、ギリギリ2、3分前に着く様に歩調を調節する。会社を出る時にえれなが、『バス停で待ってるフリして見てようかな』なんて言ってくるから、それだけは必死に阻止した位だ。

 ターミナルに近付くが勇吾の姿は見えない。指定されたポストの前で待つ。約束の時間から少し過ぎた頃、メールが届く。

『ごめん!急に仕事で行かれなくなっちゃって。前売り買っちゃってたし、無駄にしちゃうと勿体ないから。俺が行けない代わりに大澤に頼んだからもうすぐ着くと思う。悪いけど、あいつと行ってきてくれないかな。本当にごめんなさい』

それを読み終わった頃、名前を呼ばれて顔を上げると、そこには笑顔の大澤が居た。

「勇吾から連絡来た?あいつ、急に来られなくなっちゃって」

そしてチケットを見せた。

「これ、買ってあったみたいだから」

「・・・はい」

そう返事をした記憶はもはや無い。メールを読んだ辺りから胸がぎゅーって絞めつけられたみたいに痛くなって、『何、これ?』って何度も何度も心の中で叫んでいたからだ。

 そこからははっきり言って覚えていない。多分映画館まで大澤が話し掛けてくれていたんだろうけれど、相槌すら記憶に無い。映画館のシートに座って、予告が流れ出した辺りで、そういう事かぁと答えに辿り着く。元々先輩は私と映画なんか観るつもりなんか無かったんだ。多分友達の大澤さんと私の仲を取り持つ為に一肌脱いだのだろう。そう思った途端に、映画を誘われ一瞬でも浮かれた自分が滑稽に思える。何日間も今日着ていく服を迷った自分も、えれなに昼間言われた言葉を半分くらい真に受けて ドキドキと待ち合わせ場所に行った自分も 全て抹消してしまいたい。映画はいつの間にか始まっていて、気が付くと、目からは涙がぽろぽろと頬を伝って落ちていた。隣の大澤がそれに気が付いていたかなんて、もちろん気にするゆとりはない。でも唯一の救いは、感動系の映画だったから、私が泣いていたっておかしくないって事だけだ。


 映画が終わってエンドロールになると、まだ暗い中で大澤がこっちを向いた。

「大丈夫?」

どういう意味ですか?って聞きたい。でも私は無意識に笑顔を作った。

「良い映画でしたね」

内容については何も聞かないで欲しい、それだけを祈る様な気持ちで映画館を出た。

「お腹減ったよね?何か食べて行こうよ」

「ごめんなさい。明日までにやっちゃわないといけない仕事持って帰ってきてるので・・・」

「そう・・・。じゃ、ファーストフードでパパッとさ。それ位ならいいでしょ?」

お願い。もう私を解放して・・・そう心が叫んでいる。腕時計を見て、もう一度頭を下げた。

「ごめんなさい」

ちょっと泣きそうな顔になってしまって、大澤がひるんでいる。せめて一人になるまでは我慢しなくちゃと、頬を引き締めた。すると、駅まで送ってきた大澤が別れ際に言った。

「今度、真奈美ちゃんと行きたい所あるんだよね」

今はそんな話聞ける余裕がない。しかし、そんな気持ちとは裏腹に大澤が続ける。

「メール、交換出来ないかな?」

頭を下げかけたところで、大澤が言葉を被せた。

「嫌なら返信しないでいいからさ。気が向いた時だけ返事してくれて全然いいから。お願い」

ずるい。こっちが頭を下げる前に、大澤が頭を下げている。これじゃこっちは下げにくくなってしまうではないか。断り続けるエネルギーが今日はもう 底をつく寸前だ。そしてふとよぎる。もっと早く大澤に連絡先を教えておけば、今日の様な勘違いを起こす事は無かったのかもしれない。先輩にも嫌な役をやらせないで済むのかもしれない。そう思うと、口からぽろっと力の無い言葉がこぼれた。

「わかりました」

顔を上げた大澤が驚きと喜びの混ざり合った表情いっぱいを浮かべている。踊り出しそうな程嬉しい顔で大澤が携帯を取り出す一歩手前で、私は言葉でブロックした。

「先輩に聞いて下さい」

そう言って、あとは今日のお礼を言って頭を下げると、足早にエスカレーターに乗って姿を消した。


 部屋に戻ると、朝の散乱したままの服が余計に私を虚しくさせた。ベッドの上に何枚も脱ぎ捨てられた服の上へ、うつ伏せに体を横たえた。ようやく安心して気兼ねなく泣ける場所に戻ってきたんだと実感すると、途端に関を切った様に涙が溢れ出す。暫く気が済むまで泣き続けると、ふと冷静な思考回路が頭の隅に顔を出す。目腫れて、明日仕事行けるかな・・・?そこへメールを着信した音が聞こえる。恐る恐る手に取って見ると、それは勇吾からだった。

『今日はドタキャンしてごめんなさい。大澤に頼んで行ってもらっちゃったけど、大丈夫だった?』

そんな嘘、もう聞きたくない。『大丈夫ですよ。もうそんな嘘つかなくて。私、分かってますから』って言いたい。また悲しくなってしまうから、これ以上、先輩に嘘をつかせたくない。

『チケット代、出して頂いちゃって すみませんでした。ありがとうございました』

『大澤が、真奈美ちゃんのアドレス俺から聞く様に言われたって言うんだけど、本当に教えていいのかな?』

『どうぞ。ご自由になさって下さい』

そこでメールが終わった。もし本当に勇吾が仕事の都合で来られなかったのだとすれば、きっと『この埋め合わせは・・・』って次回の約束を取り付ける筈だ。しかし、そうは返って来なかった。やはりこれが真実だったのだ。私の中でそう結論が出ると、再び枕に顔をうずめて遠い記憶へと吸い込まれていった。


いよいよ次回最終話です。

お楽しみに。。。

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