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第2話 ふたたび・・・

2.

 あの日から5年の歳月が流れ、私は今OLとして働いている。・・・な~んて言うと格好良く聞こえるが、今年の4月から化粧品会社の営業事務に中途採用してもらったばかりだ。高校卒業後短大に進み、20歳で卒業したが就職出来ず、フリーターをして過ごしていた。実家暮らしだからやれていた様なものだと、つくづく思う。この2年、デパートのレストラン街にある飲食店で配膳のアルバイトをしていた。そして定期的に通ったハローワークで、今の会社の募集を見つけ就職にこぎつけたという訳だ。


 高校時代からの朝寝坊は、未だに直っていない。だから飲食店でのアルバイトは、朝の弱い私にはピッタリだった。しかし いつまでもこうもしていられないと覚悟を決めてOLの道へと踏み出した。ま、この化粧品会社を決めたのも、本当は出社が10時だったからだ。朝の1時間は大きい。天と地ほどの差だ。しかも家から近い。二つ隣の南ヶ丘駅から徒歩3分の近さだ。最悪9時に起きたって、きっと滑り込みセーフ!だ。


 ほろ苦い思い出の残る南ヶ丘駅に毎日通うのに少し抵抗はあったが、五年も経った今、彼がこの町にまだいるとは限らない。しかも通勤時間以外外に出ないのだから、会う可能性もかなり低い。

 あの三月の寒い午後、尻切れトンボで終わってしまった甘酸っぱい青春の思い出に蓋をしてきた五年間。しかし本当は一日たりとも忘れた日は無かったのだった。電車に乗る度に見える“第一なかよし公園”。春になると毎年あそこの桜が満開になって、道一面桜吹雪で淡いピンクにそまる。また、春先の冷たい雨が降ってきても、あの日のかじかんだ手の感触が甦る。未だに時々考える・・・何故彼は来なかったのだろう・・・。来なかったのか。来られなかったのか。来られなかったと思いたい都合の良い自分と、来なかった現実を受け止めようとする自分が、初めの内は胸の中で葛藤し続けていた。しかしその内、その葛藤も妄想も全てをひっくるめて ひとまとめにして、胸の奥の箱にしまい込んだのだ。あの日から好きな人はいない。高校に通う電車でも、短大でもバイト先でも、男の人は数えきれない程いたが、心がときめく事はなかった。そして、朝ちゃんと起きられていたのも、22年間の人生で 後にも先にもあの時だけだ。


「うちの会社に時々出入りのある製薬メーカーの営業マンの一人にね、合コンのセッティング頼まれてんだけどさぁ」

同じ営業事務で働く南野えれなだ。同い年だが、新卒採用だから 会社では二年先輩だ。新人歓迎会の時に同い年と分かり、意気投合して以来の仲だ。

「そういうの興味ない」

私は手をしっしっと振って、答えた。

「彼氏いないんでしょ?」

「いないよ」

「じゃあ何でよ?もしかして男に興味ないとか?え?もしかして、そういう系?」

「違うから!」

呆れた顔でえれなをけん制した。

「好きな人でもいるの?」

「そういうんじゃないけど・・・。とにかく合コンとかは、私パスだからね。今後一切、行く気ないから」

「そんな冷たい言い方しなくってもいいじゃない。合コンが嫌いなの?言い方変える?婚活パーティとか?」

「面倒なの!誰が誰を気に入ったとか、そういうの」

えれなは顔を近付けて小声で言った。

「過去の失恋の傷が、まだ癒えてないんだ?」

「そんなんじゃないって」

あの五年前の事は、誰にも話していない。あの後だって部活の百合に、

『東高の先輩に告られた?』

と暫く追及されたが、

『何にもないよ』

と言い張った位だ。もちろん、百合はそれで引き下がったりもしなかったが。

『だって、いい感じだったじゃん!』

『知らない間に卒業してっちゃったみたい』

そう言った私を暫く見つめて、無言で頭を撫でてくれた。それ以来百合は、その話題に一切触れる事はなかった。


 OLとなって三回目の給料日の翌日、私は銀行で下した定期代を財布にしまって、定期券の継続購入の操作をする。もちろん朝はそんな時間はない。だから仕事帰りの南ヶ丘駅で、電車待ちの間に済ませてしまおうと、券売機とにらめっこだ。無事に手続きされたICカードが出てくると、自然と安堵のため息が漏れる。後ろに並んでしまった人の列に焦っていたから、余計だ。慌てて定期券をパスケースにしまい、後ろの人に軽く頭を下げて券売機から外れる。これで落ち着いて財布をしまえると、その場で立ち止まっていると、後ろから肩を叩かれる。

「傘・・・忘れてますよ」

「あ・・・すいません」

さっきまで手に持っていた筈の傘がない事に そこで初めて気が付いて、慌てて振り返る。さっき定期券に夢中になって置き忘れてしまったのだ。傘を渡してくれた人は、多分後ろに並んでいた人で・・・そこまで頭が追い付いて顔を見て、私はそのまま固まってしまったのだ。こういうのを青天の霹靂とでも言うのだろうか。目の前には五年前桜の木の公園で会えないままになってしまった西嶋勇吾が立っていた。

傘の柄を握ったまま、口を開けたまま声も出ず、ただ彼から目を離せずにいると、その視線に気付いて、彼もこちらの顔をキョトンと見ている。一体目が合ったまま何秒間過ぎたのだろう。たったの一瞬なのか、それとも本当に五秒も十秒も経っているのか記憶は定かではない。ようやく我に返って、私は頭を下げた。

「ありがとうございました」

やはり五年前の終わり方が、『西嶋先輩ですか?』と聞きたい気持ちにブレーキを掛ける。あえてすっぽかしていたとしたら、向こうだって会いにくい筈だから。

改札に入ろうとする私を、勇吾はもう一度呼び止めた。

「もしかして・・・真奈美ちゃん?」

体は正直だ。気が付いたら、もう彼の方へ振り返ってしまっている。そうなったら、もう逃げる訳にはいかない。

「西嶋先輩・・・ですか?」

「やっぱり!」

彼の顔がぱあっと明るくなる。

「すっかり大人っぽくなっちゃったから、すぐに分かんなかったよ」

「先輩も・・・」

「そう?俺変わってないっしょ?」

確かに変わっていない。着てる服が制服じゃないという事と、髪型が多少変わった位だ。

「スーツ着てお化粧しちゃうと、女の子は分かんないね」

五年前を思い出してしまう様な会話に、久し振りに心が緩む。

「仕事の帰り?」

「はい」

「もしかして、この駅?会社」

「はい」

「へぇ。意外に今まで会わないもんだね」

「四月からなんで。ここに勤め始めたの」

「な~んだ。そうなんだ」

「先輩は・・・今帰りですか?」

そう聞きながら、彼がGパン姿なのに気付く。

「これから友達と飲みに行くとこ」

「そうだったんですね」

勇吾が改札の中を指さした。

「乗るんでしょ?」

「はい」

「俺も高野台まで行くから」

まるで五年前にタイムスリップしてしまった様に、胸が高鳴る。しかし同時に、あの日の果たされなかった約束の真相が知りたくなる。今何も無かったかの様に楽しくお喋りする彼に、尚の事疑問が深まる。しかし触れてはいけない事の様にも感じる。せっかく五年振りに会えて、私に気が付いてくれて、楽しく過ごしているこの僅かな時間を壊すのが怖かった。


 ホームに降りて、勇吾が言った。

「行っちゃったばっかりだね、電車」

一緒に居られる時間がほんの僅か伸びた事に、喜びを感じる。

「先輩は今・・・何されてるんですか?」

「うち、親父が店やってて、そこで働いてる。ゆくゆくは継がなくちゃと思ってるから」

「お店・・・?」

「そ」

「ここで?」

「うん」

この数か月、彼と同じ町で働いていた事に嬉しくなる。

「真奈美ちゃんは?高校出た後どうしてたの?」

「短大行って、二年別の所で働いてたんですけど、今年の四月から今の会社に転職しました」

『就職出来ず、フリーターで働いてた』という説明をあえて省く。

「すっかりOLさんって感じだもんね」

「いえ。まだまだ全然仕事覚えられなくて。毎日必死です」

そこへ電車が滑り込む。程々に混み合った車内で、二つ並んで空いた席はない。自然と二人がドア脇に立つと、勇吾がふっと笑った。

「この感じ、懐かしいね」

彼の笑顔は変わってはいなかった。嬉しくてつられて私も笑顔になるが、同時にあの日のドキドキした気持ちまで引っぱり出されてきてしまって、急に顔がぎこちなくなるのを感じ、顔を伏せた。

 それまでずっと続いていた会話が、ふと途切れると、少し気まずい空気が流れる。懐かしさにつられて、あの日の約束を思い出してしまったのかもしれない。そう思うと、急に落ち着かない気持ちになる。だからといって、ごまかす会話も浮かばない。

「あの日さ・・・」

勇吾が言いにくそうに、そう言葉を漏らした。

「あの公園で約束した日さ・・・」

とうとうこの話題に行きついてしまった。これで真相が明らかになる。五年間消化できなかったあの日の出来事に、とうとう結論が出る時が来た。そう思うと、急に怖くなって、私は彼の言葉を遮った。

「ごめんなさい!あの日私・・・急に具合が悪くなっちゃって行けなくて・・・」

「・・・・・・」

「連絡先知らなかったから、どうも出来なくて・・・本当にすみませんでした」

「そうだったんだ・・・」

変な嘘をついてしまった。彼はそう相槌を打つと、それ以上語る事はなかった。私の胸の奥がぎゅーっと縮まった。一瞬にして変な空気になってしまったのを一蹴する様に、勇吾は明るい声を出した。

「スキマスイッチ、今でも聴く?」

「はい」

当時電車で一緒に聴いて以来、アルバムは全部買っている。

「俺、何回かコンサート行ったよ」

明るく笑う彼に合わせる様に、必死で笑顔を作った。

 

 電車を降りて改札を出ると、勇吾が言った。

「真奈美ちゃん家、どっち?」

「こっちです」

と北口を指さす。

「じゃ、一緒だ」

そう話す彼が続けた。

「知ってる?“おばちゃん家”って居酒屋」

私は首を傾げた。

「お袋の味みたいなメニューが多い店なんだけどさ、大学ん時の友達がそこが好きで、今日もそいつとそこで待ち合わせしてんだけどね」

「面白い名前ですね」

「だよね。だから、知ってるかな?と思って」

私は首を横に振った。

「お酒は?飲める?」

急に先走った妄想が、私の胸を勝手に高鳴らせる。

「はい」

すると勇吾は昔と変わらない笑顔で笑った。

「この間お互いに高校生だったのに、今は『酒飲める?』なんて話してるなんて、変な感じ」

彼が歩いて行こうとする方向と、とうとう分かれ道に来る。

「俺こっちだから」

「あ、はい」

「気を付けてね」

「はい」

「じゃ」

また次いつ会えるか分からない別れが訪れる。

「あ・・・傘、ありがとうございました。助かりました」

「いいえ」

にっこり笑って、勇吾は付け足した。

「あっちで又会うかもしれないけど、そん時は声掛けてよ」

「はい」

頭を深く下げて、挨拶の代わりにすると、彼は友達との約束の場所へと向かって行った。


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