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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第九話「夜明けのオーロラ亭」




 あれから一年が経った。

 自分とケイティス君がこの宿『夜明けのオーロラ亭』の従業員になってから一年だ。


 といってもここに骨を埋める覚悟とかではなく、この地から盗賊団『大鷲』を追い出すことができたら、そこで一度考えなおすつもりではあるけどね。


「エリューちゃーん! こっちにビール追加だぁ!」

「こっちもー!」

「はいよー!」


 あの日からしばらくして『夜明けのオーロラ亭』は営業を再開し、この宿が再開したと聞いてポツポツと昔のお客さんがやってき始め、一年経った今では中々の盛況ぶりを見せていた。

 やってくる人は冒険者さんが多い、というのも冒険者ギルドが撤退してもどうやらここ、ヒューゲンヴァルト地方に用がある人は相当数いるようで、そういった人たちの護衛として冒険者が雇われているらしい。

 ヒューゲンヴァルト地方は石炭や石虹(前に乗合馬車で旅人さんが差し出してたアレだ)などの鉱物資源の産地であり、公的な立場にある組織や個人は、国の騎士に護衛を任せて、そうでないものは冒険者を雇う、といった流れらしい。


 だからこの宿が再開したことは多いに喜ばれ、売上も中々みたい。

 見渡す酒場には空いてるテーブルは数えるほどで、その多くがラフな格好をし、あるいは武器なんかをぶら下げた冒険者さんで、そうでなくて少し身奇麗な格好だったりすれば冒険者を雇う側の商人さんや旅人さんだ。


 そして自分はこの宿の看板娘としてすっかり定着したみたいで、ウエイトレスとしての仕事も板についてきた、と自分では思っている。

 服装もウエイトレスっぽいエプロンドレスだ。エリューの視点から見ても、ぜんせの記憶から見ても可愛らしい。


 ケイ君からビールジョッキを6杯受け取って、それの取っ手を三つで一纏めにして指を通し持ち上げる。

 ちなみにケイ君っていうのはつまりケイティス君のことだ。一年の間に生まれた愛称みたいなもでもあり、一応逃亡した身だからそのままの名前で呼ぶのはどうかということでのある意味偽名でもある。

ケイ君は厨房での調理やカウンターでの接客など、主にリエーレさんの補助をやってもらってる。


 カチャンカチャンというジョッキ同士がぶつかり合う音が鳴り響いて、酒場の喧騒に飲み込まれていく。

 十四歳の体では少し大きいものだけど、なんとかしてお客さんのところへ持っていった。

 その様子がなんかお客さんには好評みたいで、自分はみんなの娘、みたいな扱いだ。

 ふぅ、これで片手が空いた。


 ちなみに大鎌は二階にある自室に置いてある。あそこならこの建物から出ない限りは体を動かすことに不自由はしない。

 自分はいそしそと足を動かしてもう片手のジョッキを別のテーブルに置いた。


「ありがとね~ エリューちゅ~あん」


 あぁ、この人酔ってる。と思ったけれど口にも表情にも出さずに愛想笑いをしてみせる。

 うん? 視界の右端に酔っ払いの手が写り込んだ。どこ触ろうとしてんのかなぁ!?

 自分は即座に右手で迎撃・・を行う。


 視界が見切れた辺りに迫ってきていた酔っぱらいの手に追いついて、親指の付け根の辺りを抓りあげる。


 はぁ、自分で言うのもアレだけどなまじ美少女なだけにこういう手合はいる。

 というか冒険者なんて職業には創作じゃないんだから当然男ばっかりだ。

 酔っ払ってタガが外れてしまったのかな……と男の精神も持ちあわせている自分はなんとなしに同情した。


「痛い! 痛いよ! エリューちゃん!」

「あなた懲りませんねぇ。ほんとに……」


 自分は呆れを顔に浮かべながら抓った手を放り捨てる。

 酔っぱらいさんのパーティーメンバーも呆れ顔だ。

 まぁ恥じらいはあるけど触られたからってどうって気はしない。体裁上迎撃してるに過ぎない感じだ。

 パーティーメンバーにからかわれている酔っぱらいさんを尻目に自分はそのテーブルを離れようとした。そのとき。


「あぁ!? やんのかァ!?」

「上等だやってみろよ!」


 そのときに今度は別のテーブルから声が上がった、オーダーじゃない。声に怒気が強すぎる。

 自分のみならず酒場のほぼ皆の視線が集中した先。

 そこにはテーブルに身を乗り出し、顔がくっつきそうな距離でメンチを切り合う、二人組の冒険者パーティーがいた。


 どちらもいかつい強面さんだ。

 いまにも取っ組み合いを始めそう。 

 自分が急いでそのテーブルへ向かおうとすると、強面さんの片割れがもう片方の胸ぐらを掴んだ。

 そして横合いに横合いに投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた人はドタンッ!という音を立てて、ちょうど酒場の中央の少し開けたスペースに転がった。


「何ですか!? 何があったんですか!?」


 のっそりと起き上がった強面さんと投げ飛ばした強面さんとが向かい合った。

 そしてどちらからともなく拳が振り上げられた。


 いけない!


 自分は陣風のように二人の間へと割って入った。

 ぎゅるりと体を捻りながら両の手で強面さん達の拳を絡めとりながら、それを回転の力で明後日の方向へと流す。

 予想外の力がかかってバランスのとれなくなった強面さん達の体は、蛇がとぐろをまくようにグルリと、自分に巻き付いくように背中から倒れこんだ。


 ふぅなんとかなったかな。


 未だ握った強面さんの手を捻り上げると面白いように「いでででで!」という声がうつ伏せの姿から飛び出る。


「まったく……暴れちゃだめですよー。それで? 何で喧嘩しちゃったんですか?」

「こいつ昨日おごるとか言っときながら、いざとなるとそんなことは言ってないとかほざくんだぜ!?」

「あぁ!? 俺の記憶にはそんなこと言った覚えはこれっぽっちもないね!?」


 自分はため息つきながら二人を見下す。

 うあ~めんどくせー この二人組は先日もこの酒場を利用してて、そのときの会話ではそんなことを言ってたような気がする。大方酒が回って言ったけど忘れてしまったのだろう。あるいは酒が入ったゆえの世迷い言か。

 これは少し利用させてもらおう。


「はいはい。どっちにも言い分があって勝負で白黒つけたい。ならそんな乱暴な手段じゃくても、幾らでも方法はありますよー? 例えば……」


 自分は酒場の中央スペースからカウンターへテクテクと歩いていくと、自分の意図を察してくれたらしいケイ君がジョッキを二つカウンターに並べてくれた。

 自分はそれを顔の辺りまで持ち上げるこう言った。


「飲み比べ対決なんてどうですかー? 先に潰れた方が負けって感じで」

「おぉ、そりゃいいなエリューちゃん! のったぜ!」

「おうよ。テメーにゃ負けねぇぞ!」


 こうしてあの二人組の勝負が始まる。

 周囲はこれでもかと囃し立て、それでまたオーダーが飛ぶ。

 その中央でグビグビと強面さんがジョッキを呷っていった。


 あ、もちろん後でお代はきっちりと請求するよ?


 とまぁ、こんな感じにこの宿は荒れくれ共がたむろしていて、他の客入りは大丈夫なのかと思われるかもしれないが、それが以外と悪くないのだ。

 例えばとある商人さんの談によると、冒険者がバカ騒ぎしたり、少女に手玉に取られたりするのを見世物のように見るのがいい、のだとか。

 なんか冒険者さんに伝えたら憤慨しそうだけど、まぁ好評ならいいや。


 何はともあれ、こんな感じで自分はかなりのハイペースで荒事処理するポジションに落ち着いちゃった。

 元々酒場を経営しだした時、それが普通の酒場であれば何にも問題はなかったのだが、ここは冒険者の比率が多い酒場だ。

 そこで揉め事が起こってしまった場合に対処するため、腕っ節の強い従業員を店側は一人以上は雇っておく必要性があった。

 以前はオーナーであるラファロさん(リエーレさんの夫)がそれはもうギルドに一目置かれるほどの実力者だったから問題なかったんだけど。

 

 それでいざ『夜明けのオーロラ亭』をもう一度盛りたてる段になって一番腕っ節があるのは誰だとなったとき、自分に白羽の矢が立った。

 リエーレさんはあくまで特級の冒険者であるラファロさんの奥さんなだけで、本人はただ料理が美味いだけの町娘だったらしい。

 娘のソフィーちゃんはまだ幼いしそんな役割なんて負わせるわけにはいかない。ちなみに今は夜なので上がってもらっている。

 自分の相棒のケイ君は存外戦えるみたいだったけど、それもやっぱりまだ体のできてい

ない子どもだし、大人の冒険者に腕っ節では到底敵わなない。


 その点自分は死神の力と、元々の魔法への適正が噛み合わさって、最高の土壌だった。

 それともう一つ運が良かったのが、ラファロさんの昔なじみだという人が極々初期にこの宿に滞在してくれたことだ。

 その人を自分は師匠と呼んでるけど、とりあえずその人が三月くらいここに滞在してくれて、宿での相談役になってくれるのと同時に、自分に戦闘を叩き込んでくれた。

 自分に戦闘の下地が出来上がってきたあたりで、師匠はふらっといなくなっちゃったけど、まぁえらい強い人だから心配はしてない。


 そのお陰で自分は今そこら辺の冒険者なら軽くすのは容易くなってしまった。

 元々一年前の時点で力任せに鎌を振りぬけば、剣を小枝のように折りながら、一息に絶命させてしまうほどだった。

 それがちゃあんと訓練を受ければ相応に強くなるのは当然だった。


 自分は今日も『夜明けのオーロラ亭』の看板娘としてあくせくと足を動かす。

 その実こういうのも悪くないと思っていた。

 でも同時に少し虚しくなる。

 ケイ君はこの1年で見てわかるくらい背が伸びた。

 でも自分は全く何も変わっていない。

 死神だから当然だ。

 1年経った今でも、自分は背も伸びてないし、髪だって切りにいったことはない。

 

 そんな自分はいつまでもここで安穏とはしていられないのだろう。


「エリューちゃーん」

「あ、はい。ただいまー!」


 お客さんが自分を呼ぶ声がする。

 少しだけぼうっとしてしまったみたいだ。

 自分はパンっと己の頬を張って気合を入れなおす。

 そして足早に自分を呼んだテーブルへと向かうのだった。





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