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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第八話「かつての冒険者宿」




 階段を降りていって、一階の床板に爪先から足をつけた。


 そこから振り返ると、以前は酒場として利用していただろうスペースが見える。

 その中でカウンターにほど近いテーブルには所狭しと料理が並べられていた。


「あ、ケイティス君。エリューちゃんを呼んできてくれたのね」

「はい。エリューさんったらなんか────」

「わーわーわー!!」


 死ぬほど恥ずかしいのでやめてー!! まるでナルシストみたいじゃないか!

 自分が騒ぎたてたのでリエーレさんは不思議そうに首を傾げながらも、その話を切りやめてくれた。そんで改めて全員揃っていることを確認すると「さぁ、ご飯をいただきましょ。冷めてしまうわ」といって、皆をテーブルにつかせた。


「はやくー!? はやくー!?」


 ソフィーちゃんに急かされるまま、自分達は席に着いた。

 テーブルに並べられていたのは、有り体にいえばカツレツだった。

 それが四人分。

 まさにご馳走! って感じのやつだ。

 でも宿屋で出る料理らしく、衣は黄金色に輝いて見えるし、盛り付けのポテトサラダにサラダが特別感を演出していた。

 カツレツの上にはチョンとスライスされたレモンっぽいものが乗っていて、いかにも食欲をそそられる。


「すごい。美味しそう……」


 ケイティス君はは思わずヨダレをこぼしてしまいそうになったみたいで、慌てて口元を拭った。

 自分もゴクリと唾を飲み込む。


 ナイフをカツレツ(っぽいもの)に入れると、サックリとした感触が帰ってくる。

 そのままナイフで親指くらいの太さに切り離して、フォークで突き刺して口まで運んだ。


 カツレツは口の中で、暴力的な旨味を解放した。

 叩かれて延べられた肉はホロホロと柔らかく、それでいてジューシーな衣がさくさくと愉しげな音を立てる。


「うっめぇ……」


 思わず前世の男言葉が出てくるくらいうまい。

 いや別に男言葉で話してもいいんだけど、自然と中性的な感じになるのだ。

 というか今はそんなのどうでもいいね! 

 自分は一も二もなく次の一切れにぱくついた。

 

 それから自分とケイティス君はしばらく夢中でカツレツを頬張った。


「ふふふ、そんな美味しそうに食べてもらえるとうれしいわ」


 リエーレさんは口元に手を当てて優雅に笑う。

その表情は本当に嬉しそうだった。



 

「そういえば一日限りの営業再開って言ってましたけど、この宿、もうやってないんですか?」


 自分はポテトサラダに手をつけながら、ふと気になったことを聞いてみた。

 うん? このポテトサラダ想像してた味と違うな……。

 というかこの世界にマヨネーズがないのかも。いやないか。うんないよね。

 でも美味しい。

 さっぱりしててどことなく甘い。


「あぁ、ちょっと前まではこの宿も一杯人が来てたんだけどね……三年前に主人が亡くなってしまいまして……」


 あぁ、これは食事どきに振る話じゃなかったかな。地雷踏んだ。

 リエーレさんは伏目がちに俯いた。

 ケイティス君と愉しげに話してたソフィーちゃんも、しゅんとなってしまった。


「あの、すみません。しんみりしちゃって」


 でもそういえば三年前といえば、盗賊がここら一体をして冒険者ギルドが撤退に追い込まれた時期と重なる。

 もしかしたら関係があるのか?


 リエーレさんはしばらく真一文字に口を引き結んでいたけど、やがて意を決したように口を開いた。


「私の夫であるラファロ・ニッツァはこの宿『夜明けのオーロラ亭』を経営していて、私はそれの手伝いをしていました────」


 リエーレさんはそのときのことを語り始めた。

 他人にするような話じゃないと思うんだが、聞いてもいいのだろうか。

 あるいは誰かに聞いてほしいのかも。


 そう思って自分は神妙な心持ちでその話に耳を傾けた。







 ラファロ・ニッツァは、ここオルゼの街で『夜明けのオーロラ亭』を経営していて、そして、それ以前は冒険者として名を馳せた、結構な有名人であったらしい。


 リエーレさんを妻にしたことをきっかけに、冒険者稼業を引退、ここでのんびりと宿を営んでいたのだった。

 

 そんな彼の耳に信じがたいニュースが飛び込んできた。

 『大鷲』という盗賊団に冒険者ギルドが撤退させられたというのだ。


 隣町シュテロンの冒険者ギルドは壊滅し、そうなった段階で冒険者ギルドはその報復に乗り出した。


 ラファロ・ニッツァは冒険者ギルドによってAランクの認定を受けた腕利きの一人だった。引退したといえ、その力はギルドも認知する所。


 だから彼は、盗賊征伐の高ランクパーティーに組み込まれ。

 そして帰らぬ人となった。

 彼の武器であった拳銃リボルバーとそこにかかった人差し指だけが冒険者ギルドへ送りつけられてきた。

 ギルドはシュテロンの冒険者ギルド跡に犠牲になった冒険者達の墓を立てて、そのままこの地を手放してしまった。


 かくして『夜明けのオーロラ亭』にはリエーレさんと幼いソフィーちゃんだけが残されることとなる。

 当然リエーレさんだけでは、宿を切り盛りすることなんてできるはずもなく、ほどなく宿は営業停止になり、看板も下ろすことになった。




 それから3年。

 母娘は毎年、父親の命日にシュテロンの街にある父親の墓を訪ねる。

 今年もそうして隣町に赴いた。


 いつもはなにもなく、墓前で手を合わせて終わるものだった。

 だがその墓はことごとく打ち壊されていた。

偶然冒険者ギルド跡を訪れた盗賊達が面白がって破壊に及んだのか。真実はわからないが大方そんなところだろう。


 失意の中で母娘は乗合馬車に乗ってここオルゼの街に戻ることにした。

 あとは自分たちの知る所だ。

要求される理不尽。差し伸べられた手。





 

 なるほどね、そういう経緯があったんだ。

 確かに冒険者ギルド跡には打ち壊されたお墓があった。

 あれはリエーレさんの旦那さんのだったのか。どんな人だったんだろう。


 そういえば宿を畳んだ理由は分かったけど、そうなるとリエーレさんはどうやって生計を立てているんだろう。

 気になったので聞いてみる。


「このオルゼの街のお店で料理を作らせてもらっています。でも……」


 ほー。確かに料理の手前はすごいものだから納得だ。

 けれど、リエーレさんはどこか寂しそうだった。


「出来ることならまた、この『夜明けのオーロラ亭』の賑やかな様子を見てみたいですね。ここは『大鷲』が来る前は冒険者や騎士様が足繁く通う人気の宿だったんです。今でも時々夫の昔なじみだという方が尋ねてきたりするんですよ」


 それから彼女はパァと顔を華やがして、昔の様子を語り始めた。

 その様子は本当に楽しそうで、自分はその話を聞いているだけど、なんだか嬉しい気持ちになってきた。


 そして同時に思った。何だかもったいな、と。


 宿自体は特に問題はないみたいだし。ほんとに人手の問題なんだろう。


 ん? ということは人手さえ足りていれば、もう一度この宿を盛りたてることもできるのではないのか?


 自分とケイティス君の今現在の目的はとりあえず盗賊から逃げることだ。

 でもさっきの一悶着でお金は失ってしまったし、明日明後日ここを立ったとして、どこに行くというのか。


 ここである考えが自分の頭の中に飛来する。

 その考えは、自分たちにとっても、リエーレさんにとっても益があることだ。たぶん。


「リエーレさん。それとケイティス君少し提案があるんだけど……」

「……? 何ですか?」

「どうしたんですか? エリューさん」

「どうしたのー?」


 リエーレさんとケイティス君、それとあとソフィーちゃん。3人分の視線が自分に集中して、自分は少しだけ気圧される。

 少しどもって、それから意を決して自分はある提案をした。



「自分達を雇って、もう一度この宿を切り盛りしてみませんか? リエーレさん?」



 その提案を聞いたリエーラさんは目をまんまるにして、驚いていた。

 確かに荒唐無稽な話かもしれない。

 けど、自分達はもう路銀がないし、体のいい隠れ場所にもなる。

 リエーレさんにとっては昔みたいな活気がこの宿に戻ってくる。

 そう悪い話じゃないはず……


「で、でもエリューちゃんとケイティス君は旅をしてるんじゃないの……? あんな大きな鎌だって持っていたし、冒険者さんかと思っていたのだけれど……」


 あぁ、そうか。自分達の身の上が分からないと確かに不思議に思えるかも知れない。

 でもこの話はこっちにとってメリットがあるんだ。

 

 自分たちはリエーレさんに経緯を伝えることにした。

 『大鷲』のアジトから逃げてきたこと。道中の路銀がもう無いこと。体のいい隠れ場所が欲しいこと。


 そのことを話すとリエーレさんは妙に納得した調子で頷いた。


「なるほどね。合点がいったわ。そういう事情ならこちらも乗らせてもらおうかしら」

 

 そして悪戯っぽく微笑んだ。

 

「じゃあ……?」

「えぇ、この『夜明けのオーロラ亭』をこの四人で盛り立てましょう。あんな盗賊なんてどうってことないわ! 数年前にふらっとやってきて、この地方を滅茶苦茶にした盗賊を追い出してやるのよ!」


 ……ん? 今話の流れがおかしかったような……


「え、どういうことですか……?」


 自分は素直に疑問をぶつけた。盗賊を追い出す? はてそんな話をしたかな?


「え、だってこの宿はこの街の冒険者ギルドの下請けでもあったのよ。この宿が営業を再開するってことは、冒険者はこの宿に戻ってくるわ。それを『大鷲』が見逃すはずがない。なら、ここを拠点に冒険者達で『大鷲』に対抗する。そっちも『大鷲』にずっと怯えているよりあいつらがいなくなった方が気が楽でしょう?」

「え、えぇ、まぁ」


 あーこれ、自分はもしかしてヤバイものに火をつけちゃったかも……?


「冒険者ギルドは尻尾を撒いて逃げ出しちゃったけど、人はここに住んでいて、未だに苦しんでいる。もうたくさん! 冒険者ギルドが、都の騎士様がやってくれないなら、私達がやるしかないでしょう。ありがとうエリューちゃん。あなたのお陰で決心がついたわ。」


 そういって立ち上がり、困惑している自分の手を掴んだリエーレさん。

 彼女の目は闘志で燃え上がっていた。

 

 はは、なんかすごいことになっちゃった。

 あーでもこういうのも悪くないかも……

 そんな気がするのはたぶん前世の記憶のせいなのかな。あいつらから尻尾を撒いて逃げ出すのは確かに癪だし。

 あと、『大鷲』について気にかかっていることがある。

 奴らが操っていた化物。それはたぶん自分と関係のあることだ。だから放おっておくのはあまり良くないことだと思う。

 だって推測が正しければその化物は自分の……

 いや、やめよう。まだ確定したわけじゃない。

 

 横目で伺うとケイティス君もソフィーちゃんもポカーンとしていた。


 そりゃそうだよねー。

 自分はサラダにフォークをぶっ刺してムシャムシャと頬張った。


 自分はこの世界に死神として生かされた。

 とりあえずやるべきことをは見つかった。

 あの盗賊団『大鷲』に死神の鎌を振り下ろしてやるんだ。


 このとき自分は己の血が煮えたぎるように熱く煮えたぎっていたことに気づかなかった。

 だから何の血・・・が騒いでいるのかも分かっていなかった。




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