第七四話「融合体」
長めの13000文字くらいです。
撃たれた左肩と右腕が熱を持って痛みだした。
けれど、それは問題にはならない。
自分の身に纏う《エグゾセンシヴ》の魔力骨格が大鎌の刃にまで及ぶ。
赤いラインが刃の中程、鎬の辺りまで到達する。これで足先から指先、そして武器に至るまで、強化外骨格に覆われた。
「これで……」
自分は頭の中で右腕を動かすように念じる。
すると、見えない糸で引き上げられているかのように、グインと自分の右腕が持ち上がる、当然右手に持っていた大鎌もろともだ。
自分自身は腕に力を入れていないのでこれは《エグゾセンシヴ》のパワーアシストだけでの動作だ。
「うん、問題なさそう」
《エグゾセンシヴ》はつつがなく動作した。
元々自分の身体には《万魔の紋》が刻まれていて、そこに新たな魔法陣を運用することは無理だというのがオリヴィエさんの話だったけど、今は事情が違う。
魔法陣を刻むのに最適なリッチーのローブと、ユークさんの魔法陣技術が合わさって、自分でも扱えるようになった。
単身アギラの元に赴くということで昨日の内に、ユークさん監修の元アルコンさんから《エグゾセンシヴ》を譲り受けたというわけだ。
──こんな真っ先に使うことになるとは思わなかったけど。
「じゃあ、行くよ。ソフィーちゃん」
「来なくていいよ」
ソフィーちゃんが短い拒絶の言葉を呟きながら、苛立った様子で3回引き金を引く。
彼女が乗った岩柱からの距離は、20mぐらい。高低差は2mくらいかな。
飛来する3発の銃弾。
自分は地面を蹴りつけた。
斜めへと飛び出す。自分のさっきいた空間を銃弾が通り過ぎていく。
想像より、前に勢いよく飛び出してしまった。
いつもの自分より、確実に脚力が向上してる。
でも地に足を付けた自分は、驚くほどすんなりと衝撃を殺して、ちゃんとした静止ができた。
これが《エグゾセンシヴ》か……。
『───────────』
「……うん」
あちらの『魔銃』がソフィーちゃんに何か言ったようだけど、バレットプロテクションのせいで聞き取れやしない。ソフィーちゃんは唇の動きでなんとか分かるけど。
その言葉を聞いてから、ソフィーちゃんは、じっと自分を狙ってきた。
大方、「落ち着いて狙え」とでも言われたのだろう。
でもそうはさせない。
自分はエグゾセンシヴのアシストを最大まで引き上げて、全速力で斜め前へ、斜め前へ。
つまりジグザグに飛び跳ねながら、ソフィーちゃんの乗る岩柱へ接近していく。
《エグゾセンシヴ》の爆発的な加速と急停止に、撃たれる銃弾はかすりもしない。
そして岩柱を大鎌の範囲にまで捉えた。
「地の利を手放してもらうよ!」
大鎌を袈裟懸けに振り上げる。
バターを切ったようなゆるい感触で刃が岩柱に食い込んで、パンッと大刃が通り抜ける。
ズルリッと、岩柱がズレてバランスが崩れる。
これで上にいるソフィーちゃんが落ちてくるはず。
「甘いよ」
そして彼女は確かに落ちてきた、ただ全然隙なんてなく、むしろ上から飛びかかってきたわけだけど。
こめかみ狙いの鋭い蹴りを確認して、それを左腕で受け止める。
左腕は防御に、右手は振り切った大鎌の保持に。
蹴りの反動で、巧いこと距離を離したソフィーちゃんを自分は見送るしかなかった。
そのタイミングで崩れた岩柱が向こうへ倒れる、ガラガラと音を立てる。
そして、銃弾が飛んでくる。
「ぐっ……!」
2発。被弾した。
衝撃波が体内に浸透して半歩後ずさり。
被弾箇所は左脇腹と右足。
ぬるりとした血の感触がお腹を滑る。
ポタポタと血がローブの端から垂れる。
わりと大怪我だろう。
にもかかわらず、自分はグッと踏みとどまった。
《エグゾセンシヴ》のお陰で、意思力さえあれば、身体は淀みなく動くのだ。
それを見たソフィーちゃんは、自分が全然怯まないのを見ると、即座に踵を返して距離を取ろうとしていた。
手心なんて加えてられない。
逆手で大鎌を引き寄せ、頭の上でグリンと回転させて勢いをつけて、身に纏う《バレットプロテクション》の旋風を巻き付かせていく、そして。
「《亜形ラグラン流大鎌術────鎌威断》!」
放ったのは大鎌に風の魔法を乗せて、斬撃を飛ばす技。
ザンッと振り下ろされた大鎌から、斬撃が迸った。
逃げるソフィーちゃんはバリケードのように横たわる岩柱を片手をついて、バッと乗り越え、彼女の姿が岩柱の向こうに消えるのと、ほんの一瞬後。
ガリィィィ!ッと岩柱が一筋の線が刻み込まれる。
コンマ数秒の差で逃してしまった。
次いでコンッという高い音が岩柱から。
見ればちょこんと拳銃がこちらへ向けられている。
岩柱に背をもたれさせた姿勢から、拳銃だけ岩柱上に出しているのだ。
『飛べエリュー!』
バロルの言葉に自分は即座に飛び上がった。
ほぼ同時にけたたましい銃声が3度響く。ブーツを凶弾が掠めていく。
ストッと着地する。
追撃はない。リロードしているのだろう。
そうして自分が一息をついた次の瞬間。
「“てっぽうのたまが”・“はじけるやつ”」
『“火薬の業”“のたうつ”・“──”・“如く”」
んん!? 何だその詠唱は!?
突然唱えられた、二重の詠唱に自分の額を冷や汗が伝う。
魔銃とソフィーちゃん本人で、二つの魔法を同時に詠唱してる……! ただ自分は《バレットプロテクション》のせいで途切れ途切れにしか聞き取れない。
「“てっぽうのたまが”“つよ──”」
『“火薬の業”・“─────”・“────”」
そうして思考に少しの間隙ができたときには、次の詠唱が唱えられていた。
岩柱の向こうからテキパキとした二重奏が奏でられていく。まぁ自分もバロルとやることあるけどさ。
内容はたぶん土魔法と火魔法のようだけど……。
「“────────”・“はじけて”・“|─────”」
『“火薬の神髄”・“城塞の”・“───”・“如く”」
それが三詠唱目に突入したところで、自分は一も二もなく飛び出した。たとえ3節程度の詠唱だろうとのうのうとやらせたらマズい。というか詠唱は唱え終わったっぽいのになんでそれっぽい現象が起こっていない? ストックしてるのか?
そうして岩柱まであと一歩のところで、ググッとブレーキをかけ、身体全体を捻るようにして、ちょうどツルハシを扱うように、詠唱の発生源へと大鎌を。
カアンッ! という高い音と共に、大鎌は地面に突き立つ。
その隣にごろんと転がって回避したソフィーちゃんが。
そしてソフィーちゃんは回転の勢いを利用して立ち上がる。流れるような動作で銃口はちゃあんとこっちを向いていた。
自分は直感する、「被弾する」と。
いかに《バレットプロテクション》といえど、この至近距離では逸らしきれないだろう。
大鎌を引き寄せ、その大刃を自分の眼の前へと盾のようにかざす。
ガアンッという衝撃。けたたましい音響。
手がビリビリとしびれるような、感覚。
ただ今までの銃弾を弾く感覚とは違った、まるで大雨を傘で受け止めたときの、不規則な衝撃を何十倍にも強めたような。
これはたぶん……。
「散弾?」
さっきまでただの銃弾だったのに、散弾に切り替わったのは弾を別のものに差し替えたというより、……先程の詠唱が原因の気がする。
「あっちいって!」
次いでソフィーちゃんが引き金を引きながら、ジョウロで水を巻くようににリボルバーを右から左に振るった。
また散弾かと思った自分は、大鎌の刃を盾にしようとする。
それが悪手だった。
そうして銃口から飛び出したのは銃弾ではなく、炎。
視界いっぱいに広がる紅蓮。
つまるところ火炎放射だ。
「いぃ!? 《解除》!!」
自分は即座に《バレットプロテクション》を破棄するが、少し遅れてしまった。
気づいたときには旋風に巻かれて、あぁ! 炎が、熱い、眩しい、苦しい!
一瞬で自分は火だるまになってしまっっていた。
『万魔の紋』のお陰で幾らか軽減されてるとはいえ、これはまずい!
自分は狂乱の中で、ローブから青白い魔法陣を取り出して、自分の足元へと叩きつけるように展開する。魔力の抽送も粗雑に。そんなことに構ってられない。
強烈な冷気が足元より拭き上げて、火勢が弱まっていく。
発動させた魔法は《フロストバインド》。
第二階位相当の氷魔法で、火だるまだった自分はなんとか消火される。
ローブは高級なマジックアイテムだから
でも一息なんてつかせてくれないだろう。
見れば無感情な瞳で、銃口をこちらへ向けるソフィーちゃんの姿が。
火だるだるまにされている間に、岩柱の向こう10mほど距離を離されてしまった。
そして間髪入れずの銃声。今までのどの銃声よりも重く轟く銃声だった。
それに合わせて自分は大鎌を振るう。けれど。
「んなぁ!? 弾かれた!?」
大鎌が弾き飛ばされて宙を舞う。
銃弾には合わせられた。けれどその威力が普通の銃弾よりもさっきの散弾よりも、遥かに高かった。
相応の反動だったのか、挙手しているような姿勢のソフィーちゃんが、パッとまた銃口をこちらへ向ける。
自分は傍にある岩柱の残骸へと、転がり込んだ。
経口を見るに、また次の弾はさっきのすごい威力の弾や火炎放射、散弾とは別のものだろう。
それの直後に銃声。
着弾音は、自分の背中側。遮蔽にした岩柱からだった。
ほっとして、自分はローブから《フレイムバリスタ》の魔法陣を展開する。
『んァ? 魔力が……』
バロルが怪訝な声を上げたところで、自分も気づく。
岩柱で防いだんじゃなくて、岩柱に撃ち込まれたのだと。
ボンッという炸裂音。
背中にあった硬い感触がにわかに空を切る。
振り返れば、積み木が崩れるように岩柱がガラガラと崩れていくところだった。
これで遮蔽物はほぼ無くなってしまった。
「徹甲榴弾かな……、遮蔽が……」
自分は振り返りながら、《フレイムバリスタ》により炎の矢を4本生成する。
崩れた岩柱の先にはリボルバーを構えるソフィーちゃんの姿が。
それを認めるやいなや、自分はバックステップで距離を取りながら、炎矢4本を射出する。
赤いラインを描いて、飛翔する4本の炎の矢。
けれどソフィーちゃんは回避行動に移ろうともしない。
大丈夫だろうか、と嫌でもソフィーちゃんの身を案じてしまう。
けれどそんな心配は無用だった。
むしろそれのせいで、のぼーっと突っ立ってしまった自分の身の方を案じるべきだった。
パアンッッ! という銃声。今度は軽い。
それが鳴り響くと同時に、自分の放った炎矢はことごとくかき消された。
まるであちらの銃口から無数の何かが射出されたかのように。
自分の身体にそれらが突き刺さる。
「────!? 何……?」
本能的に顔を腕で覆った。大鎌はさっき弾き飛ばされてしまったからだ。
自分の身体を見下ろせば、全身に小さなダーツのようなものが突き刺さっていた。
散弾の亜種のようなものだろうか……。
ダメージ自体はそうでもないっていうか、これも魔法扱いされて《万魔の紋》で軽減されてるのかな。かわりに弾速が早すぎて避けれなかったけど。
「うッ、痛い痛い痛い……」
自分はエグゾセンシヴに魔力を更に流し込む。
そうすることで、魔力外骨格が新たに蠢き出し、突き刺さったダーツの一本一本を抜いて、傷口に覆いかぶさっていく。すごく痛いけど仕方ない。応急処置だ。
そして器用にも抜かれたダーツの何本かが、左手へと運搬されてくる。それを各指の隙間へ一本ずつ保持していく。
そうして苦痛に顔を歪めながらも、向こうのソフィーちゃんの様子を注視する。
今ので詠唱してから5発撃ったはずだ。装填数的に次のが最後の弾のはず。
ただ何の弾なのかよく分からない。《バレットプロテクション》のせいで詠唱を聞き取れなかったのが痛すぎる。
ひとまず何かで対応しないとまずい。
「まずはこれ!」
自分は引き抜いたダーツをソフィーちゃんへ投げ返す。
牽制程度になればいい、本命はこっちだ。しっかりとバロルに《アポート》を詠唱してもらい、自力で戻ってきてもらいながら、詠唱を行う。
「“幽冥たる”・“深淵から”・“寄せては返す”・“波濤の稜線”────《シャドウバリケード》」
自分は詠唱はそこそこに、けれど階位は高い闇魔法を発動させた。
魔力が地面に、いや影に染み渡っていき、本来静謐なはずの影がさざなみのように波打っていた。
それに大鎌の切っ先を触れさせると、柔らかい布のような感触で刃は浸されていった。
これで準備は万全だ。
それを待機させて、ソフィーちゃんの発砲を待つ。
「……っ」
ソフィーちゃんはこちらへ銃口を向けたまま、僅かに逡巡するが、すぐに躊躇いを投げ捨てて、引き金に力をかける。シリンダーが回転する。
そのタイミングで自分は大鎌の切っ先を影に引っ掛けて、グワッとめくりあげた。
一瞬で自分の目の前には真っ黒な壁が出来上がる。
そして轟いてきたのは銃声というより砲撃音だった。
何事かと思った瞬間には、爆発が巻き起こった。
《シャドウバリケード》が瞬時に消し飛び、それでも尚殺しきれなかった爆風が襲いかかってきた。
────気づけば視界が横倒しになっていた。
吹き飛ばされたのだと分かって、立ち上がろうとしたところで、左腕に思うように力が入らないことに気づく。ズキズキとした感覚もする、骨が折れてるなこれ。
だがそれでも《エグゾセンシヴ》が左腕を覆って、可動させる。
何事もなかったかのように立ち上がって、ちょっと遠くに転がっていた大鎌を《アポート》で呼び寄せる。まだまだ戦闘は可能だ。
「……なにそれ、バケモノじゃん」
そして向こうから愚痴っぽいセリフが耳に届く。
《エグゾセンシヴ》についてのコメントだろう。いやそれと死神の不死性を組み合わせた自分の戦闘スタイルについてかな? まぁ否定はしないけど。
そこで一度戦闘の流れが断ち切られた。
小休止だ。
◆
向こうでソフィーちゃんと魔銃は会話を始めたようだ、詳細は聞き取れないけど。
自分はふぅ、と一息をつく。
「どうした? ずいぶん手間取ってんじゃねぇか」
そうして一息ついたところで、横合いから煽られる。アギラだ。
奴はさっきまでの目まぐるしい攻防を、奥の祭壇の傍で座視し続けていたのだけれど、今になって口を出してきた。
それに自分はむっとして言い返す。
「あれ、ガチで強いんだけど。ただ銃を扱うだけじゃなく、立ち回りが洗練されてる。熟練者のそれだ」
アギラはさっきソフィーちゃんを指して「こいつぐらい」と言ってたけど、正直手加減して勝てるレベルじゃないぞ、あれ。
「一体何をしたの? アギラ。返答によっては許さないけど、覚悟もするよ」
「……そのガキは、悪魔との融合体と化している」
それはさっき撃たれたときよりも遥かに大きな衝撃だった。
カッと頭に血が昇る感覚をなだめて、自分はアギラに「──そう、続けて」と言う。恐ろしく冷えた声色だった。
「本体は握っている銃だ。お前と同じだな」
あぁ、さっき参考にしたとか言ってたけど……、これも自分のせいなのかも。
どれもこれも自分が火種になっている。終わらせないと。
「まぁ、経緯は省いてそのガキが今どうなっているか説明する」
「元々あの銃は、ラファロ・ニッツァの持ち物で、俺は持ち主であるラファロを生贄にして格の高い悪魔を召喚した、あの銃にはそれが封入してある」
自分はデーモンルーラーじゃないから詳しくは知らないけど、契約した悪魔を随伴させるときはそれ用の物品──例えばランプや指輪なんかのアイテム、それに悪魔を封入するらしい。
このケースでも例に漏れず、ラファロさんを生贄に悪魔を召喚し、彼の愛銃をそれの封入具として用いたということだろう。
そういえばあの銃、見覚えがあると思ったら以前リエーレさんが見せてくれたものだ。封入具として用いられた影響で異形化しているからパッとは思い出せなかったけど、そうに違いない。
「次に、その悪魔と娘であるソフィー・ニッツァを契約させる」
「外道め……!」
自分は吐き捨てるように言う。
一般人が悪魔を召喚・契約・行使することは犯罪だ。
つまりこいつはソフィーちゃんに犯罪の片棒を担がせたことになる。また沸々と怒りが湧いてくる。でもそれだけならソフィーちゃん本人には影響はないはずなのだ。まだ何か……・。
「その後、俺がガキの魂を抽出して魔銃に封じ込める」
「は? え? 魂を抽出……?」
「あぁ、空間魔法の応用だな。結果ありきの方法だったが上手くいった。リッチーが研究成果を残して逝ったのも大きな要因か」
何を……何を言ってるんだこいつは!?
魂を抽出って、そんな事もなげに言うことじゃないぞ。そんな大秘術レベルのことをソフィーちゃんに……?
それじゃあ自分と同じで、彼女の本体はもはやあの銃になっちゃったってこと……?
「そうすることで人間としての意識を保ちながら身体スペックが強化される」
そういう……理屈だったんだ……。
自分もソフィーちゃんもそうなってたのか……。
大枠の解釈になるけど、悪魔が封入された物品が異形化するように、がらんどうの肉体は構造が書き換えられてしまうってことだろう。
「お前のような人間と悪魔の融合体の完成だ」
そうしてソフィーちゃんの身に、そして自分の身に何が起きたのかが語られた。
自分は絶句して、今にも大鎌を取り落としそうだった。
「最後に一つ聞きたい」
「何だ?」
「ソフィーちゃんは元に、戻せるのか……?」
縋るように問いかけた。
その答えは、自分にも関わってくるものだ。答えがおそらく望んでいるものではないことも分かっているけれど、それでも問いかけずにはいられなかった。
それに対してアギラは少し考え込んだ後。
「俺が知るかよ」
無責任な言葉と共に残酷な現実を突きつけられる。
分かっていたけど、到底許されるべき行為じゃない。
「そうか、そうだろうな」
自分はキッと奴を睨みつける。
なんでこんなことをしたかなんて、どうせ強さを探求するためでしかないんだろう。
こんな横暴も、こいつが常軌を逸した戦闘力を持つがゆえに誰も咎めることができずに今に至ってしまっている。誰かがやらないといけない。
「────────────」
「うん。わかったやってみる」
そこで、岩柱の向こうに動きが見られた。
見ればソフィーちゃんが岩柱の向こうで無感情な瞳をこっちへと見据えていた。どうやら作戦会議を終えたようだ。
アギラへの憤りはそれとして、今はソフィーちゃんだ。
さっきアギラから提供された情報を総括すると。
彼女が自分と同じ理屈で動いているんなら、無力化する術も自分と同じはず。
つまりあの魔銃を手放させれば、ひとまずの無力化ができるはずだ。さっきまでは手足の一本でも切り落とさないといけないかと思ったけど、大分穏便に済みそうだ。
次に、あの魔銃に入っているのはおそらくソフィーちゃんの父親であるラファロ・ニッツァ本人ではないということ。
あれはおそらくラファロさんの記憶を生贄から継承した上で、契約主であるソフィーちゃんからも引き抜いて、そういう風に振る舞っている悪魔だと思う。あるいは『魔言』でそのように思わされているのか? 大方そういうことだろう。
死者蘇生とかそういうのは光や闇魔法の両分で、こんな裏技的な方法で実現することはできないはずなのだ。
自分がそうして行動方針を定めたところで。
ソフィーちゃんはすぅぅと大きく息を吸い込む。
またあの銃弾に魔法を込めるやつだろう。
さっきは《バレットプロテクション》のせいで詠唱が聞き取れず、その上頼りにしていた風の防護を逆手にとって火だるまにされてからは、もう完全にあっちのペースだった。
でも一つ一つの詠唱さえ聞き取れば、順番に対処できるだろう。
『“鉛玉の業”・“矢衾に”“射掛けられたが”・“如く”』
「“ほのおが”・“ぼーってなるやつ”」
『“鉛玉の業”・“貫徹す”・“槍が”・“如く”』
「“てっぽうのたまが”・“はじけて”・“いたいやつ”」
『“火薬の神髄”・“迸る”・“火竜の”・“熱線が”・“如く”』
「“ばくはつして”・“どかーんってなるやつ”」
聞き取った詠唱を聞いて、それが先程の答え合わせのようにストンと落ちる。
それを聞いて、即座にプランを立てて、詠唱を開始しながら、更に大鎌を振り回して即興で魔法陣を描いていく。
必要なのは速度。ちょうど参考になりそうなものを先日見たのだ。
「“猛き焔風を”・“我が身に”・“宿し”・“猛禽の羽ばたきよりも”・“翼竜の飛翔よりも”・“激しく強く”・“遍く空を”・“蹂躙せん”────《アフターバーナー》」
描いた魔法陣が大鎌の柄先と刃の根本で二つの魔法陣が展開される。
発動させた魔法は、火の第三階位と風の第二階位の複合魔法、《アフターバーナー》。
ためしにと魔力を魔法陣へと注ぎ込むと、ゴーッ! と魔法陣から火炎が噴射されて、大鎌はどこかへ持っていかれそうになる。いわゆるジェット噴射だ。
先日見たシャヴァリーさんのジェットガントレット。あれに組み込まれた魔法を再現してみた。これで尋常ならざる機動性を手に入れることができるはずだ。《エグゾセンシヴ》との併用のお陰で制御もそう難しくはないだろう
更に。
『“幽冥のォ”・“影の水面がァ”・“俺等の足元にィ”────《シャドウダイバー》』
バロルにはバロルで別な魔法を詠唱してもらった。
これは任意のタイミングで影の中に出入りすることができる魔法で、いざというときはそこに退避できる。 魔力消費は即時発動の《シャドウリープ》より割増だけど、好きなタイミングで飛び込めるのが強みだ。
……さて、これで準備はおーけーだ。
対するソフィーちゃんはシリンダーを引き出したまま、手の平を押し当てて、思いっきりスライド。からからからーーとシリンダーが回転する。
そして手首のスナップでカチャンとシリンダーが銃身に収められた。
さっきもやってたのかもしれないけど、今回は見せつけるようにやってきた。これでどの魔弾から発射されるかは分からなくなった。聞き取った順番通りとはいかないというわけか。
とすると注意すべきは、同じ詠唱が二つあったということ。そこに注意して立ち回らないといけないね。
そうして互いに準備を終えて、自分たちは睨み合った。
銃口がこちらに向けられる。
「…………」
「…………」
彼女の眼は自分の一挙手一投足をつぶさに見つめている。
自分がすり足気味に足を右へとやれば、彼女の照準はそれにピタリと追従する。
対してこちらも、ソフィーちゃんの目線を見極め、引き金にかかる指に注意を払う。
互いに隙を探している。
緊張の糸が際限なく張り詰めていく。
先に動いたのはソフィーちゃんだった。
彼女はタンッと軽やかに踏み込んだ。
それを見た自分はジェットを吹かせ、一瞬のディレイの後に前方へ弾け飛ぶ。
発砲。
それに対して自分は、ジェットを真下に噴射して飛び上がる。
真下の空間を食い散らかしたのはさっきと同じ散弾ダーツだった。
それを確認した自分は空中でジェットを吹かせて、真横へと飛ぶ。
今のは散弾だった、次の弾は詠唱順的におそらく火炎放射か熱線的なやつのどちらか。
火炎放射の可能性がある以上近づくことはできない。
じゃあこれの出番だねとバロルに呼びかけると『おうよ』という返事が返ってくる。
一定の距離を保ってジェットで撹乱しながら、彼女の周囲を飛び回る。
それを何度か続ければ彼女は、自分を一瞬だけでも見失う時間ができる。
そのタイミングを見計らって。
「《シャドウダイバー》」
自分は全速力で影の世界へと突っこんだ。
ドプンという、水面に飛び込んだかのような感覚。
影の向こうの世界は深海のような場所だ。
重力もなく、ただただ闇が絡みついてくる。真下にはより濃い闇が広がっている。
銃声とジェットの轟音で反響し明滅する地下空間から、真っ暗で静謐な裏世界へきたから、感覚器官が麻痺したような錯覚に陥ってしまう。
まるで深海のような空間で、ジェットを吹かせてみても布一枚噛ませたように籠もって響いた。
普通は影に全身を浸せばまともに動くのも難しいけど、自分は死神だから耐性があるのと、《アフターバーナー》でスムーズに潜行できる。
これでソフィーちゃんの虚を突いてやろうと思って、数mほど突き進んで、真上を見上げて。
銃口と目が合った。
ゾクッとした死がそこにあるのを感じた。|この場所(影の世界)で死ねばいくら不死でもどうなるか分からない。
全力でジェットを吹かせて後退すると同時。
放たれたのはレーザー光線。
熱戦が影の世界を撃ち抜いて、深淵までを赤々と貫いていた。
順番的にこれが唯一第三階位で詠唱された魔法だろう。
そしてあまりの熱量、光量に、表世界とつながった影が串刺しにされて閉じれなくなっていた
たっぷり5、6秒ほどで熱線の照射は終わった。
けれどあんな攻撃をしてきたってことは自分が影の世界に入ったことが分かってるってこと。どうしようかと自分は逡巡する。
けれどその思案は、「ポンッ」という音とともに自分の眼の前に、カプセルを半分に切り分けたような握りこぶし大の弾、それが目の前に降ってきたところで中断された。
「……!」
これ、爆発する、グレネードランチャーとかそんな感じのやつ!!
爆発するまでの一瞬でできることは限られていた。少なくとも無傷ではいられない。そう判断した。
自分は焦りながらも、大鎌のジェットを全開に。
大鎌を真上へと放り投げると同時、自分は爆発をモロに受けた。
投げた反動で若干沈んだ身体が、爆圧で押し付けられて、ぐんと影の水面が遠くなる。
そして強かに叩きつけられた身体は意識を手放そうとしていた。
身体は深淵へと沈んでいく。
けれど問題はない。
『“来いィ”・“相棒ォ”────《アポート》」
念話越しに詠唱が脳内に響く。
脳裏まで浸透するような詠唱に、薄らとした意識が引き戻される。
次の瞬間には、身体に纏わりつく闇が消え失せていた。
揺蕩う影の水面から、ぼんやりとした明かりに浮かび上がる儀式場へと。
天を仰ぐような姿勢で、背中に硬い石の感触が返ってくる。
降ってきたパシッと大鎌を受け取る。
何をしたか?
バロルに自分の身体を《アポート》をしてもらったのだ。
《アポート》は本来生物相手に使う魔法じゃないけど、今の自分なら自身をモノ扱いすることもできるようになってしまったってことだ。《エグゾセンシヴ》で無茶な使い方してるから今更か。
そして仰向けに寝転がった姿勢で、自分は銃口を向けられていた。次の弾はあの散弾ダーツのはず。
けれどその距離は3mほど、この距離ならばもう十分に射程範囲だ。
ジェットを吹かせ、その勢いでブレイクダンスのように自分は起き上がった。
引き伸ばされる時間間隔。
この攻防が最後の一撃になるとはっきりと分かった。
だから全霊で大鎌を振るう。
大鎌のほぼ先端を持って、一歩踏み込む。
引き金が引かれてシリンダーが回転していく。
ジェットを吹かせて、大木を切り倒さんばかりに大鎌が唸る。
撃鉄が落ちる。
大鎌が神速で弧を描く。
火薬が燃え上がり、銃弾がはじき出される。
大鎌の切っ先がリボルバーを捉える。
銃弾がバレルを通って、銃口へと。
だが早かったのは、大鎌だった。
切っ先ががソフィーちゃんの魔銃にガッとひっかかって、弾き飛ばした。
儀式場の端へと魔銃がカラカラと音を立てて滑っていく。距離にして20mくらい。
やっと、やっと引き剥がせた。
それでソフィーちゃんは電源が切れたかのようにガクッと膝をつく。
あぁ、思った通り自分と同じになっているんだ。このぐらいがギリギリの距離なのだろう。
自分はソフィーちゃんに顔の前に手をかざした。
「“薄闇よ”・“彼女を”・“眠りへ”・“誘え”────《クレイドル》」
魔法が成立すると、彼女はふっと意識を失い、倒れ込もうとする。
それを受け止めて、自分は一息をつく。
やっと終わった。
魔力も大分使ったし怪我もした。けれどソフィーちゃん自身には傷をつけなかった。
そうしてひとしきり安心した後、キッとアギラを睨みつける。
奴は戦闘が終わったのを見計らって、緩慢とした動作で立ち上がったところだった。
「どうだアギラ。ソフィーちゃんは制してみせたぞ」
「あぁ、なかなかのもんだ。付け焼き刃とはいえあれは相当の強さだったからな。数日前俺の殺されたときのお前じゃ、穏便に事を収めるどころか逆に殺されてただろうな」
「そりゃどうも」
自分は全然嬉しくない賛辞を受け取って、気のない返事を返しておく。
こいつがソフィーちゃんにしたことは到底許されるべき行為じゃない。
けれどこの満身創痍で勝てる相手じゃないし、ましてや感情的になってどうにかできる相手でもない。
やっと本題に移れる。
でもその前に、気持ちの整理と確認がしたい。
「一回だけ攻撃させろ」
「おお?」
大鎌を地面を這わすように構える。バッとローブを翻す。キィィンと鋭く擦れる音が儀式場に響き渡る。
所定の進路上にローブから3つの魔法陣を展開する。それぞれ、火・風・闇のエンチャントだ。それを大鎌の刃がくぐる度に、燃え上がり、火勢を増し、黒焔と化す。
「《エンチャント・インフェルノ》」
そうして黒焔を宿した大鎌を奴の首目掛けて振り下ろそうとする。
対してアギラは自分が殺気を発した瞬間に、立てかけてあった特大剣を逆手で取り上げ手首の力だけで順手にくるりと持ち替えて──。
自分のエンチャントを見た瞬間に奴の表情が強張った。
「────“空虚を”・“この手に振るおう”」
唱えられたのは未知の詠唱。
奴の特大剣の表面が泡立つ。強いて表現するなら虹色とでもいうべき不気味な泡が纏わりついていた。
推敲が甘いと思うので後日少し手直しするかもしれません。




