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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第六話「不運なイベント」

 

 内容としては干し肉や堅焼きのパンやビスケットとかだ。色気のあるもんじゃない。

 そのあと足早に乗合馬車の発着場へ向かった。

 

 そこにはパッと見たところ3台の馬車が止まっていた。

 一つはレリーフなんかが刻まれた赤塗の馬車、いかにも高そうなやつ。というかあれは乗合馬車なのか? まぁそうだったとして高級なサービスを受ける意味なんてあんまり無いし選択肢には入らないかな。

 そして残りの二つは、あれは間違いなく乗合馬車だ。

 バスみたいに長細い箱を二頭立ての馬が引いているようで、15人くらいは軽く乗れそうだ。今も子ども連れのお母さんらしき人が乗り込んでる。


 っと、ちょうど発車するところらしい、御者の人にお金を渡して馬車に駆け込んだ。

 残金は35230シュペーになった。

 中には自分たち以外に商人らしき男性や、旅人やら、子どもを連れた母親らしき人やら、二人組のたぶん冒険者さんやらの計6人乗っていて、自分達を含めて8人が馬車には乗っている。

 広い車内でたった8人ではなんだか物寂しい。というかガラガラだけど大丈夫なんだろうか、経営的に。

 慌ただしく入ってきた自分はペコペコと頭を下げながら、一番端の席にケイティス君を座らせ、自分はその横に腰掛けた。

 

 乗り合い馬車は御者の掛け声と共にガタゴトと揺れ始めて、走りだした。


 門のところで一度止まって、門衛とやり取りしているみたいだ。


 それからもう一度車軸を揺らして発車する。



 自分もケイティス君もホッと一息をついた。行き先は分からないけど、子ども連れのお客さんもいるのでそう悪い場所ではないはず。


 所用時間もよく分からないし、自分は昨夜から一睡もしていないことを思い出して。

 途端に睡魔が襲ってきた。


 ウトウトと、舟を漕ぐ。

 ケイティス君になんか一言言ってから寝ないとなぁ。

 だが瞼を支えることができそうになく、首がカクンと落ちる。


 あーまぁケイティス君はほんとしっかりしてるし、別にいいかぁ。

 そんなことを思って馬車の揺れに身を任せてしまった。







 どれくらい経ったんだろう。


 なんだかやけに騒々しくて目が覚めてしまった。

 ということは熟睡しちゃったかなぁ。そこまでガッツリ寝るつもりは無かったんんだけど……


 自分が眼をあけて、眼をこすって、眼をキョロキョロと見回すと、何だか辺りは不穏な空気。


商人さんは苦々しい顔をしてるし、旅人さんは舌打ちをして露骨に嫌そう、子ども連れのお母さんは狼狽して顔が青い。

 ケイティス君を見ると、彼の表情がまるで世界の終わりみたいに引きつっていた。

 そして外からはなんか切羽詰まったみたいな人の声。

 えぇ、何があったの!?


 その答えはすぐに分かった。


 バリバリバリというなにかが噛み砕かれたような音が聞こえてきた。

 耳をつんざくような悲鳴がして、止んだ。


 ここで気づいた、乗ったときはいたはずの冒険者さんの2人組がいない。

 まさか、という暗い考えに思い至る。


 バアンと、乱暴に開けられた馬車の扉。


 入ってきたのはのはいかにも盗賊ルックな男、抜身の曲刀ファルシオンを持っている。

 そして全員馬車から出ろと言ってきた。

 

 馬車から出た自分達が目にした光景はそれはもう凄惨なものだった。


 真っ先に目に入ったのは異形の化物。

 馬車から少し離れたところで、何か(・・咀嚼している。

 その姿はおすわりをさせたブルドックにやたらめったらと筋肉をくっつけたみたい。でもそれがあまりにも度を過ぎていて、筋肉で輪郭が膨れ上がっていて、指の先なんかを見ると膨張した筋肉で爪が埋まってしまってる。

 見るもだに恐ろしい。仮にあの筋肉でデコピンなんかされたら頭から引きちぎれて吹っ飛びそう。

 まるで肉ダルマだ。

 でもこれ、あまりにもおぞましい姿だからわかんなかったけど、たぶんコボルト。


 コボルトっていうのはゴブリンと並んで雑魚とされている犬人の魔物だ。

 でも普通のコボルトの大きさが人間の腰くらいなのに対して、この便宜上ギガントコボルトとでも呼ぼうか、こいつは自分達は乗ってきた馬車と同じくらいの体高がある。

 明らかにヤバイ。


 というか見回すと、5、6人の盗賊っぽい奴らが下卑た笑みを浮かべて自分達のことを見つめている。

 

 これはいよいよまずいんじゃないだろうか。


盗賊に従うしかない自分達は、そいつらの指示通り、膝を地につけて、手を頭の後ろに組まされた。


「おい、そこの、大鎌背負ってるお前!」

「はいぃ!」


すごい情けない声出た。

 子鹿みたいにビクつきながら声をかけてきた盗賊に向き直る。

 

「武器を降ろせ」

「は、はいぃ……」


 そういえば大鎌背負ってた。

 これから距離を取ると体が動かせなくなるからできるだけ体から離したくなかったんだけど、仕方ない。

 ここで反抗的な態度を見せても生き残れるわけがないし。


 そうして一列に並べられた自分達の前で、盗賊の一人がこう脅しかかってきた。


「大方察しはついていると思うが、俺達は盗賊団『大鷲』だ。俺達に従わないってんならあの雑魚どもと同じように犬のエサになってもらうが、大人しく金目のモンを出せば見逃してやる」


 なるほどこれはまさしく盗賊だ。

 根こそぎ奪い取らないってのも理にかなってる。

 行く馬車行く馬車に襲撃をかけてそのすべてを奪い取っていたんじゃ、交通の妨げこの上ない。

 そうなれば国に目をつけられて、征伐されてしまうかもしれない。

 だが、この盗賊団『大鷲』は交通が途絶えない程度に奪っているみたいだ。

 そうなれば被害に対して労力の見合わない盗賊団の完成だ。

 冒険者ギルドを撤退させた盗賊団、国の騎士はとても動きづらいだろうて。

 ギガントコボルトのような力を持ちながらそれに驕って増長していない。

 憎々しいが賢いやり方だ。


 でもこれなら大丈夫かもとも思う。

 このイベントはどうやらケイティス君が逃げ出したのとは無関係っぽいし、そうだったとしても盗賊達はケイティス君がケイティス君だって気づいてない。まぁみすぼらしい下働きの少年が、こんなお坊ちゃまみたいな格好してるとは思わんよなぁ。

 とりあえず全財産の35230シュペーを渡せばなんとかなる、と思う。


 そうやって安心すると同時に、この盗賊達への怒りも湧いてきた。

 いったいどれくらいの人がこいつらの鉤爪の餌食にになったのか。

 ふざけるなと言いたい。

 けどここで暴れても絶対どうにもならない。

 死神だから自分だけは助かるかもしれないけど、ケイティス君を見捨てるのはだめだ。

 道中は彼がいなきゃ自分は詰んでた場面がいくつもあったし、それにケイティス君や他の人を見捨てて

 中央通りに戻ってきた自分達は、手早く保存食を買い込んだ。

助かろうとするほど自分は薄情じゃないよ。



 盗賊達はまず商人さんからお金を巻き上げることにしたみたいだ。

 いや単純に商人さんが横並びにされた自分達の中で一番端っこにいたからだと思うけど。

 ちなみにこの予想からいくと商人さん、旅人さん、あの母娘おやこ、そんで自分たちになると思われる。


 商人さんは先程の苦々しい顔とは打って変わって、平静を保った顔でお金を渡した。

 ただし袋じゃなくてコインを数枚握らせたみたいで、首を傾げる。

 それを盗賊はあらためて、「確かに」と言うと商人さんは馬車へと押し込まれるように返された。

 金貨一枚100シュペーのはずだから……あ! もしかしてあれは一枚1000シュペーの宝石貨かな。

 そんなのをポンと出せるなんて、さっき見せてた嫌そうな顔も終始引っ込んでたし、さすが商人さんだなぁ。というかこういうのに慣れてるみたな感じだ。

 

 次は旅人さんだ。

 旅人さんは少し迷ったように視線を彷徨わせたあと、大きなバッグをごそごそとやって、大きな石を一つ取り出した。きらきらと虹色に光る鉱石は手の平大の大きさで、加工がされてない原石なのか凸凹とした歪な形だった。

 これで手を打ってくれないかということだろう。

 遠目だから分かりにくいけど、あれはたぶん『石虹』と言われるこの世界特有の鉱石だ。 魔力を込めるとそれを貯めこむ性質があって、より大きいものほどより多くの魔力を貯めこむことができて、つまりより大きいものほど高値で取引される。

 大きさでおおよその価値は推し量ることができるから、なるほどこの場面で差し出すには相応しい代物だ。

 これなら盗賊でも、これが値打ちモノだと分かる。

 盗賊は舌打ちして、「金はねぇのか?」と問うと、少し焦った調子で「少しならあるが」と言った。

 盗賊は盛大に舌打ちして、「しゃーねぇな。よこせ!」

 盗賊はくすねとるようにして、石虹を旅人さんから奪い取った 案外問答無用ってわけじゃないみたい。

 旅人さんは這々の体で馬車へと逃げ帰った。


 次は子連れの母親だ。

 この人中々の美人さんで、しっとりと垂らした金髪が印象的な人だった。

 でもこの人は自身と子どもの分を払わないといけない。そんなお金あるんだろうか。

 盗賊がそうして催促すると、お母さんは恐る恐るお金シュペーの入った袋を差し出した。

 少し少ない気がした。袋が縦に伸びてる。

 その予想は当たってしまったみたいだった。


「お願いします! それだけしか持ってないんです!」

「あぁ? たったの550シュペーで見逃せってか? それは少し虫の良すぎる話じゃねぇか?」


 550シュペー。それは確かに少ない……

 お母さんは盗賊の足元に縋り付いて懇願している。


「ほう? じゃあお前が差し出せるモンがひとつあるよなぁ? 美人のお母さんよぉ?」


 盗賊達がいやらしい目線をお母さんに向けているのが見て取れる。

 あぁ、そういうことか。


「…………私の体を差し出せと言うのですか」

「お、理解が早くて助かるよ。どうせ旦那とはご無沙汰だったりしてんだろ? 俺達が可愛がってやるから安心しな」


 こいつら……! 虫唾が走るようなクズめが!

 自分エリューの実験体としての記憶の中にそういうのもある。相手は人間ですらなかったけど。

 だからこういったことには怒りを覚える。

 今すぐ立ち上がって、少し離れてところにある大鎌を振り回してやろうか。

 そんな考えが頭の中に去来する。


「……わかりました。ではすみません。そこのお嬢さん。その間この子の遊び相手をしてもらえませんか?」


 お母さんはすぐ隣にいる自分に娘さんを預けられないかと提案してきた。

 そうして話しかけられて、頭に冷静さが戻ってくる。


 そうだ。

 ここで暴れたら、折角逃げてきたのに、それらすべてが水の泡だ。

 なんとか穏便に事を済ませないと。


 と、そこでいい感じの案が浮かんだ。

 この人達の分も自分達が払っちゃえばよくない?

 どうせ見逃してもらうために全額払うんだから、だったら先んじてこの母娘の分まで含めて払っちゃえばお得なんじゃないかな?

 


「それには及びませんよお母さん。自分が払います」


 その言葉を聞いた盗賊の男もお母さんも自分のほうをギョッとして向き直った。

 思っていた話運びと違う展開になったようで、お母さんの方は明らかにうろたえてるし、盗賊は訝しげに眉をひそめた。


 この場にいる全員の視線がこちらへと集中している。

 気後れしそうになるのをこらえて、毅然とした態度を取る。取ってみせる。

 交渉事で頼りになってたケイティス君は今ここでうかつに目立つことはできない、気づかれたらまた別の問題が発生してしまう。自分でやるしかない。


 盗賊の男がこちらへと向き直って、侮ったような表情を浮かべてくれる。


「ほぉ、お前さんが? まだガキみてぇだから期待はしねぇが。いくら持ってんだ?」


 35000シュペーだよ! かなりの大金だ!

 それで明日の寝覚めが買えるなら安いもんだい!

 ちなみに残り230シュペーは銅貨で、ジャラジャラするので別の袋に入れてる。これはケイティス君が持ってるので、下手を打たなければ気付かれない。


「ほら、これでそのお母さんと娘ちゃん、そんでこの子は自分の連れなんで4人分。十分ですよね?」


 そう言って金貨袋を投げつけてやる。

 盗賊の男はその予想外の重さに目を白黒させながら、中身を改めて、露骨に舌打ちしてみせた。

 自分は心音が鳴りっぱなしだ。

 横目で見るとケイティス君はバレないように俯いたままだし、自分だけでこの世界の人と交渉みたいなことをするのは初めて。だから不安で不安で仕方ない。

 その男の次の挙動を見逃さまいと目を凝らす。


「そいつら全員馬車に返せ。つまんねぇな。ケッ善人が」


 やった! 目論見は上手くいった!

 だめそうならこのローブも懇切丁寧な解説付きで差し出してやろうかと思ってたけど大丈夫だった。


 それにしても善人ねぇ。そう見えてるなら少し嬉しいよ盗賊さん。

 自分はすばやく大鎌を取り上げて、そそくさと馬車に戻ることにした。

 

 ケイティス君は何か起きたのか分かってないようで、少し困惑していたけど、気づかれないように素早く馬車まで引き込む。

 その後、何が起きたのか分からないといった感じの母娘が、馬車に戻ってきた。

 

 自分はお母さんに優しく微笑むと、お母さんは顔からサァと血の気が引いて次の瞬間には頭を地面にこすりつけていた。


「ありがとうございます! お礼の言葉すらおこがましい。ありがとうございます……!」


 有り体に言えば土下座だ。

 馬車は少し狭いので体を折り曲げるようにしてそれをしていた。

 

 自分はそれに虚を突かれてしまって少しの間それを眺めていたけど、お母さんが子どもの頭を押さえつけて土下座させようとしたので、慌てて制止した。


 自分は自分のためにやったんだ。

 そんな高尚なもんじゃないよ。

 だから顔を上げてくれ。


 そう言うと、なんて謙虚な人だと感心されて、神様みたいに膝をついて祈りを捧げられてしまった。

 自分死神ですけどね。神様はこんな気分なのかー。


 それから子どもがトテトテと自分の側まで歩いてくる。

 ケイティス君よりも更に小さい女の子だ。7か8歳くらい。

 何だろうと思っていると、手を取られて何かを握らされた。

 手を広げてみれば、それは子どもっぽい髪留めだった。


 そういえばこの子は馬車に乗ったときは髮を二つ結びにしていた気がしたけど、今はその片方がおろされている。


「おれい。ありがとっ!」


 お母さんが何か言いたそうにしたので、それに先んじて自分はその子の頭を撫でて、「どういたしまして。嬉しいよ」と言う。


 それで母親も言葉を飲み込んだみたいだ。




 所持金は僅か230シュペーになった。

 でも自分は間違ってない、そう思えた。


 もらった髪留めを頭の横で結ぶ。

 自分はひょんと垂れた横結びを撫でてみた。 

 




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