第五一話「かくて大鷲は空を目指した」
アギラ・ダールはすこぶる機嫌が悪かった。
今頃粛清部隊本隊は邪教徒達とよろしくやっているのだと思っていると、そこに参加できなかったことが歯がゆくて仕方がなく、その憤りを彼はダンジョン深層の魔物達にぶつけて発散することにしたのだ。
そうしてやってきた深層は、浅い階層の遺跡の延長のような構造とはうって変わって、岩窟へと姿を変じさせていた。高純度の石虹がそこかしこに隆起して赤々とした光を放ち、細い通路かと思えば、広々とした大空洞に出ることもある。傍らを地下水脈が轟々と音を立て流れていることもあれば、沸々と煮えたぎる溶岩の池が忽然と現れることだってある。
そんな中混沌としたダンジョンの中で、アギラが現在居るのは地下渓谷のような地形だ。
反り立つ崖に挟まれ、見上げてもその壁面は地下の闇に飲み込まれていてどこまで続いているのかも分からない。谷の先を見据えても壁面の石虹が淡く赤い光を渓底へと落として、赤い霧がかかっているようでその先になにがあるのかは分からない。
「どうした犬っコロ! かかってこないのかぁ!?」
彼が相手取るのは双頭犬の群れ。ただ頭が二つあるだけでなく、一匹一匹が馬並みの体躯を持ち、足の疾さでも馬に引けを取らない、その上犬らしい瞬発力も持ち合わせ、その顎は人間の体など容易く引きちぎってしまう。
それの群れなど、上級の冒険者パーティーが四苦八苦しながら倒す相手だ。
けれどアギラの周囲には、どものぶつ切り死骸が散乱していた。彼の歪な双剣と空間魔法で虐殺されたのだろう。
群れだったと言うほうが正しいだろう。アギラと相対している双頭犬の数はもはや二匹しかおらず、それらも仲間の無残な死骸を見て足を竦ませていた。
そして、双頭犬はその四つ頭を見合わせると、脱兎の如く逃げ出していき、渓谷の赤い霧の中へと消えていった。
「腑抜けどもが」
アギラは吐き捨てるように言う。そして特大剣の血を払ったあと、騎士剣を鞘に納め特大剣は背負って、スッと遥か上を見つめる。
「……そろそろ帰るか。留守を預かったってのに、ダンジョンに潜ってたと知られりゃ、クロイツェム辺りからお小言を頂いちまうしな」
そういって彼は「“無窮よ”……」と空間魔法の詠唱を唱えながら、魔力を高めていく。
空間魔法使いの特権、階層スキップをして彼は粛清部隊隊舎へと帰還するのであった。
◆
浅い階層まで戻り、そこから十分ほどかけて隊舎までアギラは戻ってきた。
だがそこはアギラの想定とは違う光景が広がっていた。
「あぁ……? 人が多いな?」
アギラは違和感を覚えた。まだ粛清部隊本隊は大規模作戦の途中で、隊舎にはアギラの他は僅かな隊士しか残っていないはずだった。
けれど廊下ですれ違う顔の中には明らかにその任務にあたっていたはずの者がいた。もしや早めに作戦が終わったのだろうかとアギラは勘ぐる。
それを確かめるために、ダンジョンで汚れた体を拭うことなく、隊舎のエントランスのある上を目指した。おそらくそこに少なくとも小隊長の誰かはいるだろうと踏んだのだ。
数分かけてアギラは隊舎のエントランスに出た。
そこでは十名ほどの隊士がたむろしていて、その中心にいるのは粛清部隊第一小隊の小隊長であるクロイツェム・オーカー。彼が指示を飛ばし、それを受けて隊士達は一人一人と方々へと散っていっていた。
そこでアギラは気づいた。クロイツェムの片腕がギプスに吊り下げられて、第一関節から少しした辺りで寸詰まりになっていることを。
クロイツェム・オーカーは大盾を武器としている珍しい騎士で、それで殴り斃された悪魔は数知れない。けれどそれは彼の巌のような双腕があってなせる技。つまり彼は今回の作戦で……。
「おいおいクロイツェム、お前しくじったのかぁ?」
アギラはここで慰めるガラではなかったので憎まれ口を叩くことにした。その方がクロイツェムとしても気が楽だろうと思ったのだ。
「……アギラか。またダンジョンに潜っておったか。ふん、こんな腕一本で済んでよかったわい」
「ほぉ、つーことはかなりの大物とやりあってきたんだな。どんな奴だよ。羨ましいねぇ」
アギラは皮肉を込めてそう言った。
これがアギラとクロイツェムの関係であり、普段なら次にクロイツェムは自慢話をしてアギラを悔しがらせるところだったろう。けれど今回はそうはならなかった。
「地獄だったぞ、今回のはな。何人も帰ってこんやつがおる。いいか良く聞けアギラ。副隊長としてお前には報告を聞く義務がある」
「あ? 何だよ」
クロイツェムは一向に真剣な話の気配を崩そうとしない。
それにアギラは唾を飲み込んだ。ドクリドクリと血液が脈打っていた、それを聞いたら自分の中の何かが崩れ去ってしまう気がした。
けれど逃げる暇もなくアギラはその報告を聞かされた。
「イングマール・ラグラン隊長が殉職した」
一瞬何を言われたのかアギラは理解できなかった。
ややあってその言葉の意味をのみこんで、それはアギラにとってあり得ない報告だった。。天地がひっくり返ろうがイングマールが負けるなんてことありえないはずであった。
「は……? 何言ってんだ、そんなはずがないだろう」
それは常日頃から彼と刃を交えてきたアギラが一番よく分かっていたし、彼を倒すべき目標として定めていた彼はその報告を理解することを無意識の内に拒んでいた。それを認めてしまえばに全くもって及ばなかった自分があまりにもちっぽけに思えたから、アギラはそれを認めるわけにはいかなかった。
「あいつは、イングマール・ラグランは……魔法剣士の到達点だぞ。あいつの底の見えねえ強さはずっと戦ってきた俺が知ってる。あいつがやられるはずがないだろうがッ!」
「黙って聞け!」
アギラは唐突にもたらされた受け入れがたい亡失を拒絶するあまり、声を荒げてクロイツェムに掴みかかっていた。
だがそれをクロイツェムに一喝され、アギラは押し黙ってその手を離した。そしてクロイツェムの次の言葉を待った。
「 イングマールが相手どったのは死神だ!」
◆
今回の作戦で粛清部隊は隊長であるイングマール・ラグランと小隊長の一人ディゼン・エーアガイツ、それに加え各隊合わせて20名、合計22名の戦死者を出した。これは粛清部隊のほぼ1/3に当たる数の団員を失ったことを意味していた。 それに対して怪我人の数は5人、内訳としては軽症4人重症1人で死者に比べて驚くほどに少ない。それはつまり死亡者は全て『死神』により抵抗の余地なく殺されたことを意味していた。
それに加えて怪我人の中で唯一の重傷者である小隊長のクロイツェム・オーカーは片腕を欠損し、これも現役を退かざるを得ない状況。事実上粛清部隊は壊滅状態であった。
この被害を出したのはたった一体の『死神』であった。
粛清部隊は悪魔やアンデッドを狩る専門集団であり、個々人の実力は折り紙付きである。それが22人もやられてしまった。これは決して粛清部隊が不甲斐なかったのではなく、『死神』の力が並外れていたということだった。それはたとえ『剣魔』の二つ名をとってヴォロス王国の最高戦力として数えられ、神国から『聖騎士』の称号を賜り、魔導連合から『雷霆』の冠位を授かったイングマール・ラグランですらもそれに打ち勝つことはできなかったということだった。
アギラはイングマールが殉職したことを信じられず、戦場後へ飛び出そうとしたが、これはクロイツェムに止められた。現在の粛清部隊に遊兵を作る余裕はなく、アギラは王都付近で邪教徒絡みの事件が起こったときのための戦力として王都へと留め置かれ、それにアギラは渋々頷いた。
なので彼は戦場後である、ヴォロス王国とベールーン公国の国境付近の山岳地帯へと派遣された部隊の報告を聞くことにしかできなかった。それに彼は一縷の望みをかけていた。もしかしたら瀕死のイングマールが帰ってくるかもと期待していたのだ。
だがアギラが聞かされたのは残酷な事実でしかなかった。
そこが地図を書き換えねばならないほどの惨状であったと聞かされた。そしてそこにイングマール・ラグランの姿が確認できなかったとも。
戦場は一切の比喩なく、山は裂け、あるいはクレーターが穿たれていたという。ダンジョン深層に潜っていたアギラにはあずかり知らぬことであったが、王都からでも雲が両断される光景が見えたとか。
また特徴的であったのが、戦場になったと思われる場所では何百万人分とも試算される量の血液によって大地が穢されていたということだ。現地に赴いた騎士団員は血の海とはあれのことだと語った。
そんな量の人間がそこにいたという報告はないのでおそらくイングマールが交戦した死神の魔術的なものの結果であろうと推測され、いくつかのサンプルが採取されて神秘院へ持ち込まれた。
そんな中クロイツェム・オーカーは最後の仕事と言わんばかりに事後処理をが滞りなく終わらせた。
隊員の補充、新たな小隊長の選抜、交戦した『死神』の情報整理、そして新たな隊長の選定。
その結果白羽の矢が立ったのはある女性であった。
名をクーシェ・フォルモーント・フー。
彼女は元粛清部隊の小隊長であった人物だ。出産を期に現役を退いていたが、この非常時で、彼女自身も娘が学院の寮に入り暇を持て余していたこともあって、彼女は粛清部隊の隊長という肩書を幾度かの説得の後に受け入れることとなった。
だがこれによりアギラはイングマールが殉職したということを実感できないまま新しい隊長を迎えることになってしまった。
◆
「何故だ!」
「言っているだろう。ベールーン国境は先の騒動できな臭いことになってきて、騎士団のお歴々の管轄になった。もうあたしらの出る幕はないよ」
『死神』によって粛清部隊が壊滅させられた事件から半年後。新隊長であるクーシェ・フォルモーント・フーとアギラ・ダールは執務室で言い争っていた。
アギラとフォルモーントは一応知り合いではあった。14年前に彼女が粛清部隊を抜けるまでは顔見知り程度の間柄であった。
「じゃあ俺だけでもそこへ行かせろよ!」
今言い争っているのはアギラがとある話をフォルモーントに持ちかけたからだ。
半年前に前隊長のイングマール・ラグランはヴォロス・ベールーン国境の山岳地帯で『死神』と交戦し殉職した。アギラはそこへ行ってイングマールが本当に死んだのか確かめたいという申し出をした。
「駄目だよ」
だがフォルモーントは無情に無慈悲に彼の望みを断ち切る。それに彼は奥歯を噛み潰し、握りしめた手の甲に青筋を浮かべた。
「俺一人ぐらい抜けたところで変わらないだろうが!」
「一人だってぇ……? どの口でそんなこと言うんだい! 今の粛清部隊は猫の手も借りたい状況だよ。あんたいなくなっちゃあ困るんだよ」
癇癪を起こしたアギラにフォルモーントはいい加減うんざりしたようで語気を荒げてその理由を説明してやる。
彼女の言い分はその実確かなものである。
先の騒動で粛清部隊は1/3の人員を失い、小隊も二つに縮小された。だがそんなことを知って邪教徒達が遠慮をしてくれるわけもない。むしろ『死神』が喚び出され憎っくき粛清部隊が壊滅的被害を受けたと知れれば活気づくのが自明だ。
だから今の粛清部隊は二つの小隊がひっきりなしに国中を飛び回り、隊長であるフォルモーントが片方の部隊を率い、もう片方の部隊に戦力増強としてアギラがついているという状況であった。
「だからって……あんなの雑魚ばっかじゃねぇか! 張り合いがねぇ!」
「そうかい? あんた狂ったように殺して回ってたって聞くじゃないか。あれで不満なのかい……?」
フォルモーントは憤るアギラを不思議そうに見つめ、そしてため息をついた。彼女はアギラを血に酔った狂人のように見ていたのだ。だから馬車馬のように働き殺すことができてさぞ満足しているだろうと勘違いしていたのだ。そうじゃなかったのか、と彼女は自分の中でアギラについての情報を修正した。そして彼女はその勘違いは相当根が深いところにまで及んでいるな、と思いあぐねた。
彼女は執務机に肘をついて頭に額に指をつけて暫く考えたあと、意を決したように口を開いた。
「それに粛清部隊に余裕があってもあんたはここから出ていくことはできないよ」
「っ!? 何故だ!?」
その勘違いが及ぼしている影響をフォルモーントはアギラに伝えることにした。それはおそらく最悪な形でアギラを絡め取っているということを。
「あんたは元々騎士団上層部から危険視されてるよ。まぁそのくらいは感づいてるだろうがね。理由はその生まれと気質、そして過ぎたる力、それらがアギラ・ダールという器に詰め込まれているからだろうね。今まではイングマールが傍にいたから表象化してこなかったけど。アタシが引き継いだときその辺の状況が把握したよ。まぁアイツがアンタのことをそんなに気にかけていたのはおそらく……小隊長時代に邪教徒から保護した少年に責任感じてたんだろうかねぇ」
「そりゃ薄々感づいてたが……、アイツがいなくなったことがそこまで……?」
「あぁ、アタシはイングマールとは違う。アイツみたいな力はないよ。実力的な話は勿論、権力とか肩書とかそういう話でもね。だから悪いけど騎士団のお歴々を黙らせるだけの力がアタシにはないんだ」
イングマール・ラグランはその実力もさることながら、成し遂げた偉業により誰もが一目置く存在であった。
それに対してクーシェ・フォルモーント・フーは粛清部隊小隊長でキャリアが寸断されており、戦闘力という点なら相当なものでも、権威主義の貴族や騎士団上層部にはどうにも発言力が薄いのが現状であった。
「騎士団上層部が一番危惧しているのは、あんたが出ていっちまうことさ。イングマールという首輪も外れた狂犬がどう動くかビクビクしてんのさ。だから忠告させてもらうよアギラ。あんたが下手な動きをすれば騎士団はアンタを処理するだろうさ。この騎士団ってのは粛清部隊も含むよ。つまりあんたの顔見知りもそしてアタシももれなく敵だ。────愚かしいことはするもんじゃないよ」
一つ一つをねめつけるようにして彼女はアギラがここから離れることができない理由を挙げて、最後に覇気を込めた警告をアギラへと行う。
「まぁ気持ちは分からんでもない。遺品の回収もなく、ただ行方不明って報告を聞かされたんじゃ探しに行きたくもなるだろうさ」
彼女は一度格好を崩し、表情を柔らかいものに変えた。それにアギラの胸中に僅かな期待が宿る。
「だがそれは諦めろ。今のヴォロス王国は非常にナイーヴだ。仇討ちがしたいってんならありったけに仕事を回してやる。運が良けりゃ件の『死神』と出会うこともあるかもね」
だがすぐに厳しい表情に戻って、きっぱりとアギラの望みを断ち切った。
フォルモーントの言い分はもっともだ、自分のはただの我儘でしかない、そうアギラは内省した。だがこのままでいるのもアギラには耐え難かった。雑魚とばかり戦っていたらいずれ体が腐って蛆が湧き、終いにはアンデッドになってしまうのではないかと、そんな強迫観念に彼は囚われてしまっていた。何か代わりになるようなモノはないのか。そう少し考え込んで、すっかりご無沙汰であったある日課を思い出した。
「……チッ分かったよ。なら代わりに一つ頼みがあるフォルモーント」
「うん? なんだい?」
「俺とたまにでいい。闘りあってくれねぇか。あんな雑魚どもと戦ってたら体が腐ってアンデッドになっちまう」
アギラが求めたのはイングマールといつもやっていた立ち合い。ここのところはアルコンを扱くのが日課になっていたが、それではやはりアギラは満たされない。
アギラにとってはあの時間こそが何よりも楽しい闘争だったのだ。結局は軽くあしらわれてしまうのがオチだったが。
しかしそのアギラの懇願を聞いたフォルモーントは顔を顰めた。
「……あのねぇアギラ。アンタ自分の実力が分かってるのかい? アタシをイングマールみたいな化け物と一緒にしないでくれ。仮にアンタと戦うとしたらアタシは加減なんかできる気がしないよ。クロイツェムならあるいはってとこだったけど片腕がないんじゃもう厳しいだろうし……」
聞き分けの悪い子どもをなだめるように、彼女はそれが出来ないことだという理由を述べだした。イングマールがアギラとそのような立ち合いを演じることができたのは彼に尋常ならざるほどの強さがあったから。それに対して十余年も第一線を離れていたフォルモーントはそういった余裕が生まれるほどの勘を取り戻すに至っていなかった。
「やっちゃあくれねぇのか……?」
アギラは突き放されたような心地を覚えた。その程度というほど易くはないのは分かる。だが理屈を並べ立てられて理解はできても納得はできなかった。
「悪いね。粛清部隊を預かった身として万に一つでも不安材料を作りたくないんだよ」
さも当然といった調子でフォルモーントはアギラの望みの全てを断ち切る。
なにより彼女には守るものがあった。それは今学院に通っている一人娘であり、ひいてはその娘の暮らすこの国を彼女は護らなければならないのだ。そのためにアギラが勝手な真似をするのを看破することはできないのだ。
その返事を聞いて、アギラの胸中に再び沸々とした怒りが煮えたぎる。フォルモーントの言い分はもっともだ。けれど少しくらい自分のことを鑑みてくれてもいいじゃないかとアギラの憤りもまたもっともなものだった。
彼はギリリと奥歯をこすり合わせ、執務机から剣呑な視線を投げかけるフォルモーントを睨み返す。
「……チッ! そうかよ腰抜けが」
「なんとでも言うといいさ。その分使い倒してその減らず口を叩けなくしてやるからさ」
これ以上話しても平行線だ。そうアギラはフォルモーントを見限った。そして背を向けズンズンと大股で執務室を横断し、ドアに手をかける。年季の入ったドアをちぎれてしまいそうな勢いで引き開けて、それからバアンッと叩きつけるように閉めて出ていってしまった。
こうしてアギラは鬱憤を溜め込んでいき、その発散場所は邪教徒狩りの任務かダンジョンに潜るか、この二択しかなかった。
そこでアギラは過剰と言えるまでに邪教徒を血祭りにあげ、あるいはダンジョンの深層を荒らし回って、そしてまた代替行為として血に酔うしかない憤りを溜め込んでいった。
◆
フォルモーントが隊長に就いて一年。それがアギラの限界だった。
結局邪教徒は勢いづいたといっても、そいつら一匹一匹の質が上がるはずもなく、アギラは満足できるような闘争に出会うことはできなかった。当然『死神』に出会うわけもなかった。
そしてアギラは遂に粛清部隊を出ていく決心をしたのだった。
「来たか」
「やっぱお前には感づかれちまうか。大人しく化物退治に駆り出されときゃよかったものを」
アギラとフォルモーントは王都アステリアの東に広がる巨人の森で相まみえた。
彼らの周囲には樹高100mに届くかという大木が幾つも立ち並び、それらと本当に巨人族が住んでいることでもってこの森は巨人の森と呼ばれているのだった。高さ相応に樹の幹は相応に太く、それゆえに樹の間隔も徒競走ができる程度には開いている。
そこで両者は10mほどの距離を置いて向かい合った。
アギラの手には騎士剣と特大剣が。
フォルモーントの手には大鉄槌が。
両者ともに邪教徒を狩り殺すための武器を手にしていた。
それはつまり互いを敵として認識していることに他ならなかった。
「なぜ俺をこうも正確に待ち伏せできた?」
「さすがに分かるさ。露骨すぎたな。深層の魔物が街中に現れるなど人為的なものでしかあり得ない。行く方向も、イングマールの消えた東方だろうと容易に予想はつく。巨人族達に言い含めておいたのが功を奏したわけさ」
フォルモーントは呆れたように、片手を捻って掲げる。
彼女の言うとおり現在王都は空前絶後の騒動が起こっていた。
魔物が突然街の中心に現れたのだ。それも深層の魔物である双頭犬が群れでとなれば並の騎士や冒険者では太刀打ちすらできない。だから騒動で粛清部隊が対応せざるを得なくなり、その隙をついてアギラは粛清部隊を離れる。それが彼の立てた計画だった。空間魔法で深層の魔物を運搬し街中に解き放つ。あとは混乱に乗じて王都を出て、イングマールの消えた東に向かってあとは徒歩。王都の東にはあまり人のあまり入らない巨人の森があり、それで十分逃げることができるはずだった。
だが魔物を王都に解き放たれたのは計算外にしても、東の巨人の森に逃げ込むのは折込ずみ。だから騎士団は森に住む巨人族にアギラの特徴を伝えておいた。そしてフォルモーントは巨人族からの連絡を受け取り、こうしてアギラを待ち受けていたという訳だった。
「なるほどな。だが俺を止めにきたのはお前1人。あの魔物どもはちゃんと仕事をした訳だ」
「憎々しいことにね。騎士団のお歴々はあの騒動を収めるのに奔走してる。だがアタシが間に合った。それで十分だ。お前も嬉しいだろ?」
「あぁ。俺は強い奴と戦いたいが、多勢に無勢は望むところじゃねぇ。この舞台は最高だクーシェ・フォルモーント・フー! お前とこうしてサシで闘り合えるなんてよ!」
「あぁ図らずもアンタの望み通りになっちまったねぇ。ま、これも仕事だ」
フォルモーントは大鉄槌を天へと掲げて、一気に振り下ろした! 砲弾でも着弾したのかという衝撃波と爆音。大地がめくれ上がり、砂塵と無数の石礫が巻き上がった。
それらは中空で重力を無視して停止したかと思えば、砂塵も礫もその一切合切が幾つかの地点へと凝縮されていく。
数秒をかけてフォルモーントの周囲には3つの岩石球が形成された。
「重力制御か。それなら確かに俺の空間魔法といい勝負かできそうだ」
「そりゃどうも。大分と訛ってたんだが、ここ一年で大分勘が戻ってきたんだ」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ」
そして互いに特大剣と大鉄槌を向け合う。高まった魔力が圧となってせめぎ合う。
誰かが巻き込まれる心配はない。ただ己の全力をもって相手を殺せばそれでいい。騎士というしがらみに縛られていてはあり得ないことだ。
だがここではそれがまかり通る。その事実に二人は奮い立っていた。ここでは節度なんていらない。ただ力をぶつけ合って秀でた方が勝つのだと。
「じゃあ闘り合おうかフォルモーント!」
「殺ってやるよアギラァ!」
◆
王都魔物騒乱という前代未聞の事態の裏で、巨人の森で行われたこの戦闘は騎士団上層部と巨人族の長老達のみが知るところになった。その理由はフォルモーントが死亡し、アギラ・ダールをみすみす取り逃がしたということが騎士団の失態と認識されたからだ。
そして粛清部隊隊士には隊長、副隊長ともに魔物の手にかかって殉職したと伝えられた。
誰しもが違和感を抱いた。だがクロイツェム・オーカーが事態を取りなし隊士の誰しもが口を噤んだ。
だがその中で1人だけ違和を唱えた男がいた。アルコン・エクエスという男だった。そして彼は時間をかけてその真実を知った。アギラ・ダールを取り巻いていた環境のことを、そして彼が現隊長を殺し、旧隊長を探す旅に出たのだと。
それを知った彼は一も二もなく粛清部隊をやめることにした。短い期間だけれど彼はアギラ・ダールの弟子であった。弟子は師を超えねばならない。
それはアルコンがアギラに抱いた憧憬であり、それはきっとアギラがイングマールに抱いたのも同じ感情だったのだろう。
かくしてアルコンは、同輩であるロッシ・トライジョンを連れて冒険者へと身をやつすことになった。アギラを探し、そして超えるために。
以上がロッシ・トライジョンとアギラ・ダールが酒の席に口を滑らせた話だった。
次はひさしぶりにエリューちゃんの話に戻れますねー。




