第四五話「行動方針」
自分が死神のことを、『オーロラ亭』に起こったことを話している間、オリヴィエさんとユークさんが火傷と手の平の治療にかかってくれた。
ただし光魔法は自分には害になるので水魔法で治療だ。氷だけじゃなく水魔法も使えたのかと驚いたけれど、治療用のものを第二階位まで使える程度らしい。けれど自分の火傷は範囲こそ広いけれどそこまで深くはないのでこれでも事足りるみたいだ。これも魔法耐性の紋のお陰か。
それで外的な力を与えて傷を癒やす光魔法と違って、水魔法は体そのものが持つ治癒力に働きかけて傷を治す。その分即効性に欠けることは否めないが、自分にはそっちしか効かないので仕方がない。
そうしてオリヴィエさんが水魔法を行使し、ユークさんは魔法陣や魔法の品を次々と取り出して施術にかかってくれる。
今もオリヴィエさんが微かな詠唱を囁き続けているし、ユークさんは炭化した自分の左手に包帯を巻いてくれている。精緻な魔法陣の刻まれたそれはどうも普通の包帯じゃないみたいだ。
そうして忙しなく世話を焼いてくれる二人に感謝しながら、自分は話していった。
オリヴィエさん達が王都に行っている間に、『夜明けのオーロラ亭』に何が起きたのかを。
事態の逼迫ぶりは深刻なもので、自分達『真夜中のオーロラ血盟』は拠点も構成員も根こそぎ奪われてしまった形になる。
「まさか私達が出ている間にそんなことになっているだなんて……」
「はい……、あの日は自分しかアギラとまともにやり合えるのはいなくて、あえなく自分を殺されてしまいました」
「え、えぇなんかそれすっごくやばい状況なんじゃないの……?」
ライラさんが不安げにそう言う。
彼女がオリヴィエさんから聞いていた『オーロラ亭』の状況と今の状況には大分と齟齬があることだろう。彼女は別に冒険者ではなく学者という話なのでやっぱり危ない橋を渡ることはよしたいところなんだろうか。
「はい。やばいです。自分は死神に目をつけられ、多数の冒険者さんがその死神の洗脳下にあります。『魔言』を破る方法も分かりませんし……」
「こ、これ私達だけでどうにかできる問題なの? 騎士団とかに掛け合った方がいいんじゃ」
騎士団。そうだ、自分達だけだと何のコネもないし、あちら側の主犯が自分と瓜二つの格好をしている以上、どうしても足を運びづらかった。
けれどロッシさんは元騎士団員だし、ライラさんやユークさんはかなりちゃんとした身分の人だ。騎士団なんか頼りになる可能性は十分にありえる。
……と思ったんだけど。
「いえ騎士団は動いてくれないかも……しれませんね」
その希望はロッシさんに否定されてしまいました。そういえばシャヴァリーさんも言ってた気がする、騎士団は『大鷲』と関わることを避けているって。それ関係なのかな?
自分は一年前に死神としてこのヴォロス王国の北西に位置するヒューゲンヴァルト地方で目覚めたわけだけど。それ以前は奴隷として過ごしてきた。つまり子どものころに他国から攫われてきてここに行き着いたという経歴上、自分はこの国について全然明るくないのだ。
「それはどうしてですか?」
「ここヴォロス王国はここ数年、東の隣国ベールーン公国とはかなり緊張状態にあるので国内で厄介事を起こしたくないんですよ。名の知れた騎士団の誰々がアギラを制圧に動いたと知れれば、東のベールーン公国が仕掛けてくるかもしれない。アギラは元粛清部隊副隊長ゆえにその実力は並外れていますからね」
へーなるほどそんなわりと政治的な話だったのか。
アギラは確かに粛清部隊隊長だったオリヴィエさんのお母さんを殺害し、邪教の道へ堕ちた極悪人だ。けれどその実力こそ騎士団がよく知るところであり、アギラを討つためには生半可な戦力では歯も立たないと分かっているんだろう。
だから今までアギラの率いる『大鷲』が活動をしていても、その被害が比較的軽微だったゆえに、手を出すに出せなかった。その程度で騎士団の大戦力を西のヒューゲンヴァルトに動かせば、東のベールーン公国にその隙を突かれるかもしれないから。
「じゃ、じゃあ冒険者ギルドだよ。あそこなら腕っ節に自信のある人がいるからなんとかなるんじゃないかなっ!?」
ライラさんは妙案とばかりに冒険者ギルドに頼る案を出すけれど、そっちも見込みがないことは自分にも分かっていた。
「冒険者ギルドは……既に撤退しました」
「え?」
「北のシュテルンにあった冒険者ギルドは『大鷲』の手によって完膚なきまでに破壊され、冒険者ギルドはヒューゲンヴァルト地方から手を引いています……」
「え、えぇー……」
そもそも冒険者ギルドが機能してないから自分達は『夜明けのオーロラ亭』を営んでいたわけだしね。その『オーロラ亭』が乗っ取られちゃったんだけど。
「ど……どうすんの?」
ライラさんが率直な疑問をぶつけてくる。
う、うん、それは自分らが現在進行形で直面してる難題だ。
この場の戦力だけで考えたら結構なものだろう。だってオリヴィエさんもロッシさんもすっごい実力者だ。自分を含む3人で完璧な連携をとればアギラ一人ならなんとかはなりそうではある。けれど奴の手勢はそれだけじゃあない。
第一に奴が契約した死神エリニテス。忌々しいアイツと自分は相対し、『魔言』という能力を持っているようだということこそ分かっているけれど、直接戦闘をしたわけじゃない。エリニテスについての戦力評価は詳しくはできないけれど低いことはないだろう。それが一心同体になっている。
どう突き崩せと言うのだ。
その上『大鷲』の構成員として加えられた魔獣達の数は希望的観測をしたとしても十匹程度には届くだろう。こっちは3人、すり潰されて終わる未来しか見えない。
「ん、終わった」
自分が考えあぐねていたところで。オリヴィエさん達の治療が完了したみたいだ。赤く茹で上がっていた全身の皮膚は健康的な赤々さを取り戻していて、ヒリヒリした感覚もだいぶ小さくなった。
消失していた左手は寸詰まりになっているのは仕方ないとして、魔法の力が込められていそうな包帯が撒かれていた。
「ひとまず、オルゼの街の様子を見てきた方がいいかも。現在『オーロラ亭』がどうなっているかや、あちら側の姿勢によってこっちのとれる対応も変わってくる」
治療に専念していたため、さっきまでは話を聞くだけだったオリヴィエさんがそう述べる。確かに自分はあのときなりふり構わず逃げたからその後のオーロラ亭のことは分からない。一日しか経っていないとはいえ、異物が入り込んだのだ。何か変化が起こっていることだろう。
「そうですね。ちょうどいい感じの足もあることですし、今できることは情報収集。具体的にどうやって『大鷲』に抗するのかはそれが終わってからですね」
その意見にロッシさんも同調する。いい感じの足というのはライラさんのヒポグリフ──ピュゼロのことだろう。自分も乗せてもらったことはあるが悲鳴が出るほどの快速で足としてはこれ以上ないだろう。
「え、やっぱり私も働くの」
「当然、珍しい魔物も一杯従えてるはずだから、そう悪い話じゃない。はず?」
ライラさんはどうやらこき使われることが予想外みたいだった。まぁ学者として呼ばれてきたのに都合のいい足として扱われたらそうだよね。
「それとこれとは話が別だよ! ……な、なんでこんな危険な橋を渡る羽目に……っ」
「おれは構わんがな。こんな美しい魔法陣を目にかかることができたんだ、それだけで連れだされてきた甲斐があるというものだ」
対してユークさんは乗り気みたい。
そういって彼は自分の肩を撫でおろす。治療中ゆえに服をはだけさせて剥き出しだった肩にだ。その手つきに何か恍惚とした感情が宿っているように感じられて、体がビクリと跳ねる。
そして自分は自分の体を抱きしめて、オリヴィエさんによりかかるようにしてユークさんと距離をとる。そうした方がいいと本能的に思ったからだ。
「なんだ。まだ火傷が痛むか?」
「違います。手つきが……いやらしいんですっ」
時代と場所によってはセクハラとか言われてもおかしくないぞあの触り方。
自分は棘々しい視線を彼になげかける。
「あぁいや、おれが興味を持っているのは君のその美しい魔法陣だけだから、安心してくれていい」
「それはそれで嫌なんですけど!?」
なんかユークさんの熱っぽい視線を受けていると、なんかこの人は自分の皮膚を剥いで虎皮みたいな敷物にしようとしているんじゃないかと錯覚してしまう。
けれど自分が体を預けている相手もまた同類だということを自分は失念していた。
「ひゃあっ!」
「あ」
突然背中にひんやりしたものが差し込まれる感触。
ビクンと体を跳ねさせ膝立ちになって、顧みるとオリヴィエさんが少し不満そうに頬を膨らませている。今の今まで誰かの背中に手を突っ込んでたみたいな中途半端な腕構えをしながら。
「な、何するんですか」
「いや……綺麗な魔法陣だったから」
「からじゃないですよ、自分の体を好き放題してっ」
自分は魔法陣マニア二人の狭間で立ち上がってそう抗議した。
その様子をライラさんとロッシさんは微笑みながら眺めているのが見える、いや助けてくださいよ。
「ん、まぁ動けるっぽい」
「のようだな」
「なんかそのためにやったんだぜ的な空気だしてますけど違いますよね? 衝動が抑えきれなかっただけですよね?」
まぁ確かに自分は二本の足で立ってるし、フラフラする感じもしない。おそらくだけど火傷以外にも強行軍でガタがきてた体の根本的なダメージをもさっき二人が治してしまったんじゃないだろうか。それともオリヴィエさん達という味方ができて嬉しいから体が疲れを忘れているのかもしれない。
「もう、話を戻しますよ……ひとまず情報収集するにして。オルゼの街へ偵察に行く組とクームの街に留まる組が要るよね。ピュゼロにはこんな全員は乗れないし、それに毒に侵されたケイ君はすぐには動けないよね?」
そうだ。自分は左手が無いことを除けば結構大丈夫な感じだけど、ケイ君は隣の魔法陣でぐったりしたままだ。
ライラさんが血清を打ち込んで、症状の進行はユークさんの魔法陣で抑えこんであるから命に別状はない。けれどその侵された体これ以上無茶させるわけにはいかないだろう。
「んーうん。そうだね。流石にもう無理はさせられない。ケイティスの様子を見るのに最低一人は要るけど……私がやろうか? さっきの戦闘でだいぶ魔力も魔法陣も消費したし、それの補充もしたい」
自分の見立て通りやっぱりケイ君は安静にしておいた方がいいみたい。
それにそうだよね。オリヴィエさんもさっきの光の柱みたいな大魔法使ったら魔力なくなるよね。
「ふむ、ではおれも居残り組だな。オリヴィエの魔法陣再補充の手伝いをしよう。それにおれじゃ大した戦力にならんからな」
ユークさんがオリヴィエさんに同調する。
ケイ君についてはオリヴィエさんがついてててくれるみたいだ。
ということは偵察組は残りの3人ってわけだ。
「じゃあ。偵察に行くのはライラさんと私ですね」
ロッシさんがそう言う。うん。それ自分入ってないね。
「自分も行きますよ? 左手は一日もあれば直るはずですし」
「……大丈夫なんですか?」
「体については恐ろしいほどすんなり治った。その点は大丈夫」
ロッシさんは顔を顰めてオリヴィエさんに確認を取る。
自分も一応バロル念話で確認を取ると『あァそうだぜ』という返事が返ってきた。
「それに自分がこの街に居るのはあんまり良くないかもしれないですし。ね、ね? いいでしょロッシさん」
マンティコアが『御手』を頼りにクームの街まで一直線にやってきたことを鑑みるに、自分がこの街に留まっていると関係ない人が魔獣に襲われてしまうかもしれないし、自分が死神エリニテスとして通報されてしまう可能性だってある。
敵の本拠地と化しているかもしれないところに、偵察でそんな深くは踏み込むつもりはないとはいえ、舞い戻るなんて大分と危険だし、つまり自分は増長しているのかもしれないけど、かといってクームの街で待っていて、ライラさんとロッシさんが敵の手に落ちてしまった、なんてことになったら悔やんでも悔やみきれない。
というかロッシさんは本気で戦いたくないタイプだ。自分の魔法耐性の紋とかなんの意味もないし、ガチンコの近接戦になってしまう。自分は大鎌の扱いに自信があるとはいえロッシさんと戦って勝てるかと言われると首を縦には振りづらい。
だから自分もついていきたいのだ。
「まぁ、止めても聞きそうにはないですね。ライラさんもいいですか?」
「……私が行くのは確定次項なんですね。はい、いいですよもう一人ぐらいなら乗れます。エリューちゃんはちっちゃいしね」
「ありがとうございます!」
よし、自分もついて行くことになった。魔力量は3割しか回復してないけど、偵察だし戦うわけじゃないから大丈夫だろう。
「……ん?」
と思ったところで誰かがこっちに向かってくるのが見えた。
見たところ十数人の、冒険者さんっぽい? 剣や槍などめいめいの武器を持っているが、その装備に統一感がこれっぽっちもないことから十中八九そうだろう。そしてその集団の先頭には恰幅のいい男性がいるが、こっちは冒険者っぽくなくて、というかあの人を見たことがある。この宿屋『大庭園の宿り木』のご主人だったはず。
その集団が早足でこっちに向かってくる。
あーうん。たぶんこれ、無駄足にさせてしまったやつだな。
ご主人は冒険者ギルドに駆け込んで腕利きを集めてもらったってことだろう。
けれどもうマンティコアは討伐済みだ。
自分が少し遠くに視線をやったのにロッシさんは目ざとく気づいたみたいで、彼もそっちを見やって、その一団を視界に収める。
「ロッシ氏! ご無事でしたか、あぁ他の皆様も」
主人がそう言ってロッシさんに話しかける。一行の代表者はロッシさんになっているのだろう。
しかし気の毒だったなこのご主人には。自分のとった部屋はとっても風通しがよくなってしまった。おまけに見晴らしもこれ以上はないほどになった。
「マンティコアはどうなりましたか!? 誰かが戦っているという情報がありましたが……」
主人はやたらと焦っているように見受けられた。それもそうかマンティコアの危険性はいやというほど体に教えこまれた。あれほどの魔獣が自分の宿へと襲いかかってきたなら気が気じゃないだろう。
それでご主人に連れられてきた冒険者さん達はマンティコアはどこにいるのかとしきり首を回していた。
その様子を見ながらロッシさんは若干言いづらそうにして口を開く。
「えーとですね。マンティコアは私達で倒しておきました。少し向こうで氷漬けにしてあります」
「え」
ロッシさんが経緯を話しだす。
『宿り木』のご主人はそれがにわかには信じ固いみたい。いや気持ちは分かるよ。
◆
大体の話もまとまっていた自分達はロッシさんにマンティコアの件についての説明を任せて、ご主人に許可を貰って宿の中に戻ることにした。
今すぐ偵察に行くというわけにはいかないので、ひとまず今日の寝る場所を確保する必要があるのだけど、自分の取った部屋はマンティコアによって風穴を開けられてしまったので、あそこで寝るのは厳しい。
というわけで無事だったオリヴィエさん達の部屋に自分達の荷物を移そうということになった。
まぁ自分らにはほとんど荷物なんてない。大きいものは持ってきてないし、ほとんど小物や身に付けるもの。部屋に置いてあったものなんて買ってあった保存食とお金、あと昨日来ていたローブくらいなもの。
それで今ロッシさんを除いて自分達は、女性陣が取っている方の部屋に集まっている。
オリヴィエさん達は時間的に朝食もまだだったみたいなのでご主人から許可を貰ってパンやフルーツを何個か貰ってきた。彩り豊かなリンゴやバナナやオレンジに、バターの風味が食欲をそそるクロワッサン。
でも自分はマンティコア襲撃前にサンドイッチを食べたからお腹は空いてない。
……空いてないが、めいめいにフルーツやクロワッサンに口をつける光景を見ているだけいうのはなんだかさもしいので、自分はお皿に切り分けられたリンゴの一切れに串を指して口に運んだ。さっぱりとした甘みが口の中に広がる。おいしい。
「いやーなんかどっと疲れが出たわー」
ライラさんは備え付きのソファーに体を沈ませながら、クロワッサンを押しつぶすように咀嚼すると、グッと体を起こして、二個目のクロワッサンを取って、またソファーに体を投げ出す。
幸い数には余裕があるけど、人目を憚らない食べっぷりに自分はよっぽどお腹が空いていたんだなと思った。
「結構ギリギリまで魔力を使ったはず、当然」
対してオリヴィエさんは両手でクロワッサンをつまんでモキュモキュと食していた。なんだか対照的。
「というかオリヴィエはあんな大魔法何発も放っておいてどうして平気なのさ、もはや理不尽なんですけど。あんたそこまで化物じみた魔力量だっけ?」
「……三年の間ずっと魔法で生きてきたし、それで魔力量が伸びたってこと。だと思う」
「ふーん、にしてもねぇ……。なんか頭に猫耳生えてるしね」
「これは私の失策。少し恥ずかしい」
久しぶりに会った友人ぽい会話が繰り広げられる。いやその通りなんだけど。それに口を挟むのは遠慮すべきだろうと思って、自分は座っているベッドから後ろを振り向いた。
そこにいたケイ君はベッドに安静にしている。さすがにまだ意識が戻る様子はない。まぁ頑張ったんだからちゃんとゆっくり休んでてね。
……そういえば荷物をこの部屋に持ってきたけど、マンティコアのせいでなくなってしまったものやダメになってしまったものもある。魔流視の眼鏡や先日購入したばかりの服だ。
服に関してはまぁまた買いに行くか、いっそ女性陣とどちらかから借りてもいい。ライラさんはちょっと身長差とかその他色々の観点から無理っぽいので、借りるならオリヴィエさんからだな。
そんで眼鏡の方は……あの水蒸気爆発で吹き飛ばされてどこかに行ってしまったなぁ。
自分でお金を出して買ったものだし、弊害もあったけど、役に立たなくもないものだっただけに少し残念だ。
さすがにあの広い畑や果樹園のどこかに落ちている眼鏡を探すのは時間の浪費だろう大人しく諦めるしかない。
と思って、ユークさんにそんな話をしたところ。
「それなら眼鏡さえあれば作れるぞ。今から街にでも出て眼鏡を買ってくるか?」
「え、マジですか」
それは嬉しい。 ほぉーユークさんさすが魔法陣の研究者なだけあるなぁ。
あ、でも冷静に考えるとあの眼鏡って『映唱の魔眼』の下位互換なのでは? いやまぁ確かにあれのお陰で魔眼が発現したのは確かだけれど。
感心したところで、ひとつピンと来た。
昨日着てきたローブ。あれは元々自分が死神として目覚めたとき、そこにあったリッチーの屍体から剥ぎとったものだ。表面にはどうやら魔法陣っぽい紋様も刻まれていて、生地の素材がいいのかそもそものローブのしての出来も上々という一品。
これをユークさんに見せれば、付与されていた何か面白い効果とかが分かったりすんじゃないか?
そういえばこれオリヴィエさんも興味を示してたなぁ。あのときは決闘で本気出してもらうためのダシにしたんだっけ。
「ユークさんちょっと見てもらいたいものがあるんですけど」
「ん? なんだ?」
自分はベッドの上に畳んであった、ローブを広げてユークさんに差し出す。
ユークさんがそれを受け取って広げる。彼は眼鏡の奥で目を細めて、ローブを見つめる。
しばらく彼はローブを眺め続けていた。時間にするとオリヴィエさんがクロワッサンを食べ終わるくらいの時間か。
そうして彼は舐めるようにローブに刻まれた紋様を見つめてから、自分の方へ向き治って口を開いた。
「エリュー」
「はい」
「これはどこで手に入れたんだ?」
「え、えっと。とあるリッチーの屍体から剥ぎとったものですが……」
「リッチーか! 成る程な!」
ユークさんが突然に声を張り上げたので自分はびっくりしてしまう。トークをしていたオリヴィエさんとライラさんもこっちを向いて「何事?」って感じでユークさんを見ていた。
そんな視線を介することなくユークさんはグッと握りこぶしを作って語り始めた。
「このローブに刻まれた魔法陣は魔導暦300年頃の魔法様式だ。詳しくは解析してみんと分からんが、これは貴重な資料だぞ……!」
「そ、そうなんですか……」
「オリヴィエ! 来てみろ!」
ユークさんはオリヴィエさんを手招きして呼び寄せる。
まさかそこまで食いついてくれるとは思わなかった。今は魔導暦860年だから500年くらい前の代物か。そりゃあ貴重品だ。じゃあもしかして『大鷲』のアジトに案内してみるのもいいかも?
オルゼの偵察に行って、そこが『大鷲』の拠点と化していたとしたら、たぶん本来のアジトである、あの遺跡は放棄されている可能性がある。そこでアギラやエリニテスを打ち倒す何が見つかるかもしれない。
「このローブは『大鷲』の拠点で手に入れたんですけど。元々そこはリッチーの根城だったんですよ。リッチーが滅ぼされてそこに『大鷲』が入り込んだ形なので、今そこはガラ空きかもしれませんね。もしかしたらリッチーの遺したマジックアイテムやらなんやらが眠っているかも……しれませんね?」
「!」
そのことを聞くとユークさんは感極まったような表情で自分の手を彼の両手で掴みあげる。
「素晴らしい! 君だけで既に半ば満足していたものを、そんなまだ見ぬ神秘に触れることが叶うだなんて……! ありがとう! 願わくば近日中にそこへ行くことは可能だろうか!?」
「えっと……はい。一応オルゼの街の様子を見てそのままちょっと元大鷲アジトへ行ってくることは可能ですよ」
距離的にはアジトからシュテルン間が馬で半日くらいの距離だったはず。んでシュテルン、オルゼときてクームまではまぁたぶん馬で3日くらい?だから快速にヒポグリフが使えるなら日帰りだってできるだろかな。その場合早朝に出ないといけないけど。
「ありがたい!」
「ちょっと、兄さんは居残り組でしょ? さすがにピュゼロには4人も乗れないし」
「うぐぐ、しかし……」
でもどうやらさっきの話でユークさんはこっちについて来たくなったみたい。それもライラさんはもっともな指摘で丸め込もうとする。
うん、偵察に行くならライラさんは確定枠で、近接戦闘に秀でるロッシさんは連れていきたいし、自分もついて行きたい。アジトの場所は自分とケイ君しか知らないし。とすると残念ながらユークさんの枠はないのだ。
「別に遺跡は逃げませんよ。ひとまず安全を確認してきますので今回は待っててください。今のヒューゲンヴァルトは何が起こるかわかんないですし」
「う、ううむ。………………そうだな仕方ない」
ユークさんも内心ついていくことはできないと分かっていたのか。ほどほどにあっさりと折れてくれた。
「じゃあ私達首を長くして待ってるから」
「うむ、魔道書なんかを持って返ってきたりすると嬉しいぞ?」
「あ、はい。あれば持ってきます」
たぶんあると思う。あのリッチー魔導に関しては大したものだったし。この地域にいる2体の死神もあいつが呼び出したものだ。まぁそのうちの一体が自分なんですけどねー。
まぁ行く所は増えたものの、やることはまとまった。
「じゃあ。明日の朝にピュゼロに乗ってオルゼに行って、そのあと『大鷲』のアジトを覗いてみる感じでですかね」
「だね。今日みたいに早起きすればいいかな?」
「ですね。できれば日が落ちる前に戻りたいですし。ライラさん寝坊しないでくださいね」
自分は寝覚めがいいのでその点は心配ないのだ。ロッシさんも寝坊するような人には見えないし。
「う、うん頑張ります。今日は魔力回復の意味も込めて大人しくして早寝するよ」
まぁ同室になったので叩き起こせばいいだけなんだけどね。
対してオリヴィエさん達魔法陣マニア組は。
「それで私達は街で情報収集」
「あと魔法陣の補充だな」
ということだ。
「じゃあ今日はどうする?」
「あー……自由行動?」
そんな遠足みたいなノリでいいのか。
まぁ今日は自分も大人しくして過ごすか。魔力量だって3割くらいしか回復してないし。
なんてことを考え、朝食のクロワッサンとフルーツがちょうどなくなった辺りでロッシさんが戻ってきた。
彼に行き先が増えたことを話し、それに反対されることもなく、朝食も終わったので自由行動というわけでめいめいの行動を始める。
「あの……私の朝食は無いのですか……? ご主人に確認取って朝食貰いましたよね?」
「……」
「……」
「えっと……」
「あー」
たぶんあったんだと思うけど。ライラさんが多めに食べちゃったから綺麗になくなっちゃったのかな。
魔法陣マニア組は朝食をもらいに行くのはめんどくさいのかロッシさんの言葉が聞こえないふりしてるなこれ。
それで実質犯人のライラさんがおずおずと申し出ようとしたのだけれど。
「仕方ないですね。新しく貰ってくるとしましょうか」
ロッシさんは迅速果断に動いて、直ぐに部屋を出て行ってしまったので、ソファーに身を沈み込ませていたライラさんがそれを引き止めることは適わなかった。
「……えっと」
「ま、まぁ別に悪いことしてるわけじゃないんですしいいじゃないですか」
「うーん、まぁそうかもしれないけど」
自分はライラさんをなだめるけれど彼女はそれで納得はしてないみたい。律儀な人だ。
彼女は立ち上がってロッシさんの後を追った。
◆
それから自分は少しユークさんに魔法陣についての色々を聞いた後、少し外の空気が吸いたくなって宿のエントランスに出たのだけど。
「……ライラさんまだ食べてたんですか」
ライラさんとロッシさんがエントランスに備え付きのテーブルでサンドイッチを食べていた。
「う、うん。ロッシさんについていったら美味しそうなサンドイッチがあったから」
「太りますよ?」
「う」
自分がそう言うとライラさんのサンドイッチを食む手がピタリと止まった。
そして皿へそれを戻そうとする。
「いや食べかけのは食べてくださいね」
「……はい」




