第四三話「聖光に灼かれるモノ」
こっちは短めです。
電源が入ったように、自分の意識が戻ってくる。
それと同時に全身が火照っているような感じがする。パチパチと目を瞬かせて、久しぶりの光に目が灼かれ視界が白む。
それで自分が何をしていたのかがどこかから流し込まれているかのように思い起こされる。
そうだ、自分はマンティコアと戦って倒れて。ロッシさん達に助けられたものの、本体の大鎌を置いてきちゃったから、そのまま意識が途切れたんだ。
思考が冴えていく。感覚のフィードバックも変な感じはしない。自分はよたよたと体を起こす。そこで自分は倒れていたんだなと分かる。
寝覚めはいい方だと自負してるけど、死んでいたのにも適応されるとは思わなかった。目玉は相変わらず呆けているけどね。
ひとまずやることことは現状把握。
ここはどこだ? 今はいつだ?
クームの街なら事なきを得て、ロッシさん達に助けられたってことだ。
けれどもしオルゼの街なんかにいたりしたら、自分は敵の手に落ちたってことだ。
ようやく、視界の靄が取れて、焦点が定まってくる。
視界に入ってきたのは、心配そうに私を見下ろす何人かの顔。
その内の一人、身長の低い子が自分に抱きついてきた。
「エリューさんっエリューさん……っ! 無事なんですね……よかった……っ!」
「おい、ケイティスやめろ。火傷しているところに刺激を与えるな、それにお前も大人しくしていろ」
耳から入ってきた情報と目の前の光景が噛みあわさり、抱きついてきた子が誰なのか分かる。
「ケイ君……、うん。大丈夫だよ自分は」
自分はケイ君の頭を優しく撫でながら、そう伝える。
そして同時に、ケイ君がここにいるってことは私はきっちり助けだされたってことだ。
周りを見回す。
赤髪を靡かせている女性はライラさん、同じ赤髪で眼鏡をかけてる人は……こっちは知らないな、ライラさんのお兄さんかな? 少し離れたところにはピュゼロもいる。
自分の真下には魔法陣が敷かれていて、どうやら起動している様子。治療用のものかな? 大人しくしてよう。
自分に抱きついていたケイ君も、ライラさんに引き剥がされて、同じような魔法陣の中心に座らされる。
『ようエリュー。調子ァどうだ?』
次にバロルが話しかけてきた。いやー一巻の終わりかと思ったけどなんとかなりそうだよ。
と、いうことは無事に大鎌は戻ってきたんだね。
今の状況はどうなってるんだろう。
自分の記憶が確かならライラさんはオリヴィエさんとピュゼロを駆っていたはずだったけど今ここにいるし、かわりにロッシさんの姿が見えない。
たぶん自分を起こすために大鎌を取りに行って、そのときに出入りしたのかな。
もしかして今もまだ姿が見えない人らはマンティコアと戦ってたり?
「それにしても、本当に起きるとはな。大鎌が《アスポート》されてきたと思えば、突然血が通い始め、まるで本当に生き返ったようだ」
「はい。ありがとうございます。あなたは?」
「あ、こっちはわたしの兄のユークだよ。王立神秘員の研究員で魔法陣のスペシャリスト」
「なぜお前が紹介をする、──まぁそういうことだ」
ユークさんがそう言ってくる。うぐ、鋭いですね。確かに自分は死んでましたよ。
でもその口ぶりからするに自分の体をロッシさんから受け取ってくれて、今真下で起動してる魔法陣を操作してるってことだね。体が今も違和感なく動くのはこの人のお陰に違いない。
「それで……今の状況はどうなってるんですか?」
自分が危惧したのはそれだ。
助けだされたのはいいが、オリヴィエさんやロッシさんがまだ戦ってるってんなら助けになるかもしれない。
ちょっと自分が出向くのは止められそうだけど、マンティコアについて自分は奴と会話をして情報を仕入れた。
その中で助けになりそうなものとして奴は実質悪魔だというネタがある。
奴が悪魔だということは、『御手』を生やせたりとメリットもあるが、デメリットだって存在する。
悪魔なら浄化できる。つまり光属性の魔法が刺さるのだ。
そして今オリヴィエさんという光魔法使いがいる。彼女はレーザーを扱えるほどの手練だから浄化魔法を相当のもののはず。
普通生物のマンティコア相手に浄化魔法を撃とうなんて思わないだろうから、きっと助けになるはずだ。
そんなことを思い、自分はとっておきの秘密をバラそうとする子供のような心持ちでユークさんへとそのことを話した。
「ほぉ、確かにそんな『御手』とやらが生えていたのか? おれはずっと宿の裏手にいたから見ていないのだが」
「あー確かに生えてた生えてた」
「……まったく、にわかには信じがたいが、大鎌の件もそうだったしな。まぁ情報を伝えるくらいはいいだろう、ライラ」
「え、私が行くの?」
「他に誰がいる。ピュゼロを使うのが一番良いだろう」
「それはそうだけど……」
どうやらライラさんが説き伏せられてあっちに行く流れになったみたい。自分は心の中で謝りながらピュゼロに跨る彼女を見送った。
◆
私はまた一つ氷槍を放って、戦闘の行く末を見つめる。
前衛のロッシは、剣と盾だけでマンティコアと斬り合っている。ほんとにアレはどうなっているのか理解に苦しむ。
でもそのお陰でこっちに攻撃が飛んでくることもなく、準備を終えることができた。
杖を地面から離し、石突についた土を擦って払う。
そのとき、私の後ろから騒々しい翼音が聞こえてくる。
「オリヴィエー!」
誰かと思えばライラ。さっきケイティスをあっちの送ってもらったけどまた戻ってきたのか。何の用だろうか。
私はとりあえず、ユークから融通してもらった魔法陣を一つ砕いて話す時間を作ることにした。詠唱してたら話せない。
帽子を脱ぎ、送られてきた石虹を掴みとってそこらの宙空へと放り投る。
杖のスイングで中に封じられた魔法陣が解放される。
発動させた魔法は、《グレイシャーキューブ》。
マンティコアの巨体に匹敵するほどの、氷の立方体。氷塊というにはあまりにも綺麗に整えられ、面なら潰し、角なら抉る、大質量の暴力。
それが空中に出現すれば、あとは地に引かれて落ちるだけ。
下にいたマンティコアはそれから逃れようとしたが、そこでロッシが足を切り払い、文字通りの足止め。
あえなくマンティコアはキューブに潰された。
「うあー、エッグい魔法」
「それで? 何?」
私は若干引いているライラからさっさと本題を引き出そうとする。
「えぇっと、エリューちゃんは無事に起き上がったんだけど、彼女からあのマンティコアについてある情報を渡されてね」
そうして私はマンティコアが悪魔で、光の浄化系魔法が効くかもしれないという情報を渡された。
渡されたのだが……。
「ライラそれちょっと遅い。もうたぶん終わる」
「え、それどういう……」
「まぁ見てて」
私は困惑するライラを尻目にコンコンと地面を杖でつつきながら、喉へと気合を入れて魔力を集める。
杖を伝って地面に敷かれた魔法陣へと魔力が流し込む。
淡く輝く幾何学模様に魔力が走っていき、マンティコアの周囲をぐるりと一周するように展開される。
そうして私は詠唱を紡ぎだす。
「“獄氷の”・“無慈悲なる牢獄”・“四肢は鎖に囚われ”・“冷たき格子すら”・“遠き”・“絶対零度の檻”・“その虜囚となれ”」
詠唱に呼応するように、魔法陣の輝きが増していき、その輝きが陽光する塗りつぶす程の光量に達したとき。
「────《アブソリュート・プリズン》」
鼓膜を貫かんばかりの超高音が響き渡った。
それは空間ごと凍りつく音。尚甲高い残響。
マンティコアの巨体すら容易く飲み込む氷の大監獄。
奴は大氷塊の中で制止していた。恨めしげな老面も猛威を振るっていた獣脚も、その全てがそのまま封じられていた。
時間が止まってしまったのかと錯覚するような光景。
私達は遂に奴を捕らえた。
ずいぶんと手こずらせてくれたがこれで終いだ。
「……あ、あんたほんとホイホイと第四階位をぶっ放して……魔力量どうなってるのよ」
「もう一発いくよ?」
「え、まだやるの?」
「うん、……まぁ、さっきの情報助かったかも?トドメが少し燃費良くなった」
そう言いながら私はより一層気合を込めて詠唱を始める。当初は氷牢の中で《プリズム・レイ》を何度も折り曲げて滅多刺しにする予定だったが、少し趣を変えることになった。
「“聖光来たれ”・“其は天の御柱”・“其は破邪の煌めき”・“裁きの光なり”・“天上には昇らせぬ”・“地底には帰らせぬ”・“ただここで滅び”・“消えろ”!」
私は詠唱を完成させて、先程送られてきた石虹を砕く軌道で、勢いよく杖を振り上げる。
虹色が砕けて、陽光に煌めき、魔法陣が氷牢の上空に展開される。
それは真円の魔法陣が宙に浮かぶ光景はまるで天使の輪のようだった。
「────《ディヴァイン・パニッシュメント》」
かくして私は杖を振り下ろす。
◆
自分は魔法陣の中で大人しくしていた、つまり宿の裏手にいたわけだけど、それでも天からが光の柱が出現したとき、あれでさすがに終わりなんだろうなと思った。
その自分の推測はしばらくすると肯定されることになった。
オリヴィエさんとロッシさんが帰ってきたのだ。
クームの大庭園には朝の静けさが戻ってきていて、それはマンティコアが討ち取られたってことだろう。
「ロッシ、オリヴィエ、戻ったか。マンティコアはやったのか?」
戻ってきた二人にユークさんがそう問いかける。一応の確認だ。
「はい、仕留めてきました。一応浄化しきれなかったので屍体は残っています。若干白くなってますけどね。オリヴィエさんの氷に閉じ込めてありますから万が一もないでしょう」
「骨のある相手だった。面白かった、けど後で魔法陣の補充をするのが面倒」
やっぱりマンティコアは仕留められたらしい。
その上驚くべきことに、二人は傷を負っている様子がない。自分をこてんぱんにしてくれたあのマンティコア相手にそんなことができるなんてちょっと信じられない。
「まぁまぁ大手柄じゃないオリヴィエ」
「手柄……?」
「そうそう、街に攻め入ってきたマンティコアを退治したってすごいことだよ。英雄譚の1ページにでもなりそうな話だよ」
「……私は……そんな柄じゃない。それにこれはエリューを助けるためにやっただけ……で」
そう言いながら彼女は顔を赤らめてとんがり帽子を目深にかぶってしまう。
「まぁひとまずご苦労。それでオリヴィエお前にはまだしてもらうことがある」
「分かってる。二人の治療」
オリヴィエさんは自分とその横の魔法陣で寝かされているケイ君を見てそう言う。ケイ君はいつの間にかこてんと寝てしまっていた。安心して疲れやらなんやらがどっと押し寄せたんだろう。
自分は全身に火傷、それに左手が炭化して肘から先は消失。
ケイ君は全身を毒に侵されているらしい。
どちらも割と深刻だけど……。
「ん、オリヴィエ。ケイティス君は私がなんとかするよ。兄さんの魔法陣のお陰で症状の進行は停止してるし。さっきピュゼロはさっき少し毒霧吸い込んだそこから血清が作れるはず。それにこの子はきっと、僕は後でいいですって言うと思うしね。オリヴィエはエリューちゃんを看てあげて。友達なんでしょ」
うん? ケイ君はライラさんがどうにかしてくれるのかな? まぁ学者さんって言ってたし、……ん? その学者さんがオリヴィエさんと一緒に来たということはもしかしてこのライラさんが王都から連れてきた魔物に詳しい人ってことか。だったらマンティコアの毒とかについても詳しいでしょう。安心して任せられそうだ。
「じゃあエリュー。治すね……左手はさすがに、ダメかもしれないけど。綺麗にはする」
「え? あ、はい、お願いします」
そういえば、自分の左手。これは本来不可逆な損傷だ。けれど自分は死神だからいずれこれも元に戻るはず。なんだよねバロル?
『あァ、大丈夫だ。安心しろ』
ようやっと言質がとれた。けど少し困ったことが。
この損傷が治ってしまうと、本来治らないはずの怪我が治ったことになる。そこらへんどうやって言い訳しようか?
そんなことを考えている内に、オリヴィエさんは自分の脇にしゃがみ、肩を掴まれ、寝転ぶよう促される。自分はその通り寝転ぶと、彼女の大杖が自分の左手の付近にかざされ、同時に詠唱が始める。
その間も自分は言い訳を考え続けていた。
けれど特に妙案が浮かぶ訳もなく、ひとまずオリヴィエさんの詠唱が完成する。
「──《キュア・スカルド》」
火傷を治療する魔法だったか。それが自分の炭化した左手に行使される。
自分は刺すような痛みを覚えた。
「……え?」
そこで自分は立ち回りを間違えたのだと気づいた。
呆然とするオリヴィエさんの顔。
真っ白く焦げた自分の腕。
オリヴィエさんがかけたのは光の回復魔法。
それはつまり死神である自分にとっては毒になりうるもの。
さっきロッシさんは言っていた。半ば浄化されたマンティコアの体は白くなっているって。
これはそれと同じ現象。自分が悪魔であることの、死神であることの証明に他ならなかった。




