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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
36/75

第三六話「夕の一幕」

いつもの長さです

 

 

 

 山を超えてクームの街に着いた自分たちは、そう苦労するようなイベントもなく街門を超えることができた。

 夕方の通り。雨は上がったけど雲は頭上に居座ったまま、落日に照らされて真っ赤に染め上げられていた。綺麗だけど、あれが血紅に染まっているみたいで、不気味にも思えた。

 空から水平に視線をやると、店々にはclosedを表すプレートがかかり、しばしば見かける料理店や酒場ではそれと対照的な煌々とした明かりと喧騒が漏れる。通りに並んでいた屋台は片付けを始め、それに倣うように人々が家路を、あるいは今夜の宿へと急ぐ道。

 その中にあって当てどもなく歩く自分達は、なんともいえない漂流感を味わっていた。


「ケイ君、これからどうしよ?」

「そうですね……やっぱり宿の確保ですかね。落ち着いて話せる場所が必要ですよね」


 宿の確保。大事だ。オーロラ亭を失った今寝床のあるありがたみが身に染みる。

 それにケイ君に死神についてつまびらかにする必要もあるし、話し合うこともある、御手といっていたあの白い手のこと、そして大鎌が研がれてしまったこと……。

 

「あとは情報収集ですけど、これはまぁ宿の人に聞けばなんとかなりそうです。街の様子も慌ただしくはないですし、ギリギリゆっくりできるんじゃないですかね?」


 ケイ君が「ゆっくりできる」と言い切っているのは、この辺の地理と関係がある。

 この街クームとオーロラ亭のある街オルゼは、道のりで言えば相応の距離があり、街道はムグスール山を迂回するように敷かれている。街道沿いには幾つかの小さな村々があり、普通に旅をするなら、そこに一夜を過ごすことが多い。馬車や馬でそれなのだ、徒歩ならばそれはよけい顕著になる。

 とどつまりオルゼとクームは一日で行き来できる距離にはないのだ。

 一昼夜寝ずにムグスール山を突っ切ったりしない限り。

 だから、この街まで追っ手が来るにはまだ時間があるってこと。仮に来れたとしても大きな街、そうそう見つかりはしないと思う。


 というわけで宿探しをしながらクームの街を少し散策してみる。

 路銀はやっぱりケイ君が持ちだしてきてくれたので、ひとまずは心配いらない。具体的に言うと40000シュペーくらい。一月は保つ。

 なんだかシチュレーションから何から一年前、最初の逃走劇に似てて懐かしくなる。


 というわけで、この流れから入るのはもう服屋さんしかない。

 追われる身ゆえに変装をしておきたいし、今ローブの下はわりと汚れたウエイトレス服なので、ずっと着ていたいものじゃない。目立つし恥ずかしい。

 街角に佇んでいる服屋さんを見つけて、ドアノブを捻った。


「ごめんくださーい」


 早速中に入る。

 カランカランと頭上からドアベルの小気味いい音が振ってくる。それで気づいて奥から「いらっしゃいませー」とおばさんの店員が出てくる。

 大鎌を携えくたびれたローブを纏う自分が来店しても店員さんは嫌な顔をしたりはしなかった。やっぱり人の多い街だから冒険者さんが利用することもあるんだろう。

 店を見回すとミシンなんかが置かれていて、服屋さんというよりは仕立屋さんという趣っぽい。

 そんで店員さん。自分の顔を見てなんだが少しウキウキしたような表情を浮かべている。

 なんだか着せ替え人形にされそうな気配を感じた自分はとっとと要件を切り出すことにした。


「えっと動きやすくて適当な服が欲しいんですけど……あ、可愛くなくていいんで」


 自分が話しだしたところで、ふりっふりっのゴスロリドレスを手にとろうとしたので、途中で釘をさしておく。


「きっと似合うと思うんだけどねぇ……」

「そうですよエリューさんなら似合いますよっ」

 

 残念そうに店員さんが呟く。そしてケイ君がそれに追従する。

 店員さんが悪乗りするのは分かるけど、なんでケイ君までそっち側についてんだ。

 自分はなんとか二人を説き伏せて、いつもの私服みたいなシャツとショートパンツを選んだ。

 そして印象をかえるためにすごく簡単にだけど変装をしてみた。


 眼鏡をかけて、髪をポニーに結いあげた。

 けっこう印象は変わった、はず。


 眼鏡は以前に買った魔力の流れが見えるやつ。平時ならオシャレアイテムとして使えなくもない。

 そんで横結びからポニーテールに髪型を変えた。いつもと違うとなんか落ち着かないもんだ。

 こっちはちょっと色々あった。

 まず変装ということで髪を染めてしまおうかと自分が切り出すと、なんかケイ君に猛反対された。「もったいない」とか「せっかくきれいな黒髪なのに」とか言ってた。普段は理知的なケイ君がそう必至に止めてくるもんだから、それに気圧され染めるというのはナシになった。だったら髪を切ってしまおうかと思ったのだけど、こっちはバロルに止められた。曰く、死神は成長しないかわりに、基準となる状態へ常に再生しているらしく、髪を切っても一日足らずで元に戻ってしまうとのこと。うーん確かに毎日髪を切るのもメンドくさいしなぁ。

 というわけで結う位置を変える程度に留まったわけだ。

 自分は垂らした後ろ髪を手で撫でる。思えばこの髪留めもソフィーちゃんからもらって以来一年の付き合いになるのか、なんて独りごちたりしてみる。


 一方のケイ君の方は動きやすそうなシャツとズボンを買ったくらいで、自分みたく変装はしていない。彼のブラウンの髪はごくごくありふれた色だし、そのままでも目立たないでしょたぶん。

 つそしていでに汚れてたウエイトレス服の仕立て直しも依頼してみたのだが。


「……これを一日はちょっと、無理だねぇ」

「そうですか……」

「少なくとも三日は欲しいね」


 アギラとの戦闘、逃走劇、山での強行軍ですっかり破れてほつれて草臥くたびれてしまったウエイトレス服。いやに泥と血にまみれたそれを店員さんは何も言わずに見てくれたのだけど、どうやら治すのには見積もって三日くらいの時間が要るみたい。

 けれど自分達は追われる身。三日もこの街に逗留するのは危険だろう。


「三日ですか……自分達は一日でこの街を発つ予定なので、うーん」

「どうするんだい……?」


 ひとまず自分達はこのウエイトレス服をどうしようか話し合う。


「正直慣れ親しんだ代物だからちゃんと直したんだけど……」

「それはもちろんです。けど……やっぱり目立って嵩張りますよこれ……」

「だよねー……」


 持っていくのは合理的じゃない。かといってそこらに捨てるのは嫌だ。どこか信頼のおける知り合いに預かってもらえるならそれが一番なんだろうが、自分らの知り合いなんてものは『オーロラ亭』に依存している。その大本が『大鷲』の手によって犯された今、信頼のおける知り合いはいなくなってしまった。

 うーん、と二人で唸り合う。そして出た結論は。


「じゃあこの服。落ち着いたら取りに来ますので預かっててもらえませんか……?」


 すごく不躾なものだった。

 当然店主のおばさんは渋い顔をして自分らの願いについてしばし考えこむ。


「まぁいいけどねぇ。それで? いつくらいに取りに来るんだい?」

「それは……」


 自分は答えに窮した。あのウエイトレス服が必要になるってことは『大鷲』の手から『夜明けのオーロラ亭』を取り返したときだ。

 それは……いつなのだろう。

 アギラにこてんぱんにされ、エリニテスにしてやられた。そして今、それに叶わずに逃げている自分達。とても「すぐ」だなんて言えない。


「一年後です」


 その言葉は自分の横合いから、ひょいと飛び出してきた。

 発したのはケイ君。

 それが意味するところは、決意だった。

 一年以内にあの忌々しい『大鷲』を地に追い落としてやるという誓い。


「一年? また随分先だねぇ……ウチはそういう店じゃないんだけどねぇ。まぁいいさ。分かった分かった。あんさんらの注文承ったよ。この制服を綺麗に仕立て直す。受け取りは一年後、それでいいんだね?」

「はい、それでお願いします」


 きっと、というかまず間違いなく自分達は迷惑な客だろう。そもそも血で汚れた服を預ける時点で訝しまれて然るべきだ。


「すみません、じゃあそれ、預けます。絶対取りに来ますから」

「はいよ、まいどあり。じゃあさっきの服と合わせて2000シュペーだね」

「ありがとうございます。ほんとすみませんっ!」


 自分は勢いよく頭を下げ、ポニテがブンッと前方に振り回される。我儘を言っている自覚はあるしね。


「いやいやいいんだよ。何かあるんだろう? それの手助けになるなら別にいいってことよ」


 あぁいい人だ……。

 そんな風に自分が店主さんの計らいに感銘を受けている横で、ケイ君はちゃきちゃきと金貨袋からお金を取り出して支払っていく。


 ザワ────ザワ────。


 そんなとき、にわかに外が騒がしくなり始めた。

 自分は思考を中断して外の喧騒に耳をそばだててみる。聞こえてきたのは、歓声とも悲鳴ともとれる声。なんだろうと訝しんでいると────。

 ダァンッ……! という何か大きなものが落下するような音が響いてくる。そして。


「すいませーんっ! 預けてたマントって仕上がってますかー!?」


 勢いよく叩き開けられたドアから飛び込んできたのは、夕陽のように淡く滲んだ赤髪が印象的な女性だった。その女性はウェーブのかかった長髪を靡かせながら、つかつかと話してる自分達へとにじり寄ってくる。


「あぁ、アルトフォスさん。ええ、仕上がってるますわ」


 店主さんはケイ君からお金を受け取って、次にそのアルトフォスさんを応対し始める。あちらさんのやり取りが否応無しに入ってくる。

 そして店主さんは店の奥に入って、すぐ藍色の布の塊を持って出て来た。あれがアルトフォスさんが依頼してたマントだろうか。


「これだね。刻まれてある《ウィンドブレーカー》の魔法陣は気にしなくていいってことだったんで、破けていた部分を仕立て直しただけだけどさ……」

「おー、おー」


 《ウィンドブレーカー》は確か風除けの魔法だっただろうか。マントっていうものの用途はそもそも風除けなのだから、それを魔法で補強するのはなるほどもっともな魔法運用だろう。

 アルトフォスさんはマントを受け取って、ファサッと大きく広げて出来栄えを見る。そしてバサッと背中へとマントを翻して羽織ってみる。彼女はぴっちりした白い軍服みたいなのを着ていて、それにマントが合わさってやけに様になっていた。


「はいこれでおっけーですっ。《ウィンドブレーカー》はこっちで修復できるので大丈夫です。ありがとうございました。それと────」


 立ち聞きするのも悪いので自分達はそのまま店を後にすることにした。アルトフォスさんの後ろで、恭しく店主さんに一礼をし、ドアを押し開け通りに出る。


『キュエッ!』

「うぉおっ」


 不意打ちのように、人の頭とほぼ同じ大きさの鷲の頭。それが突然自分の横に出現してビビる。何? 魔物!? 一瞬大鎌を抜きかける。

 その鷲頭から下を見下ろすと、蹄が石畳を踏んでいた。横には翼があって、それを窮屈そうに折りたたんで通行の邪魔にならないようにしていた。どうやら繋留されているようでつまり騎獣なのだろう。でもただの騎獣じゃあない。


 鷲の頭と翼に、馬の体。

 つまりヒポグリフが仕立屋の表に繋がれていた。

 

 自分達がこの店に入ったときにはこんな幻獣はいなかった。それにさっきの悲鳴歓声、何かが落ちるような音。その原因がこのヒポグリフだろう。

 だとすると。これを騎獣としている主はさっき店に押しかけてきたアルトフォスさんだろう。

 なんだったんだろあの人、という疑問が湧いてきたけど今は自分達のことで手一杯だ。思考からアルトフォスさんのことは追いやって、次の行き先を考える。まぁなんかまた会いそうな気がするけど。


「次はどうしようかケイ君」

「えぇっと。今の内に食料、買っておきましょう。明日の朝ここを発つときにバタバタしてるといけませんし」 

「そだね。早くしないとお店しまっちゃうかもだし急ご」

「はい」


 自分達はまた慣れない街の雑踏にまた足を踏み入れた。




 というわけで、まだ開いてたアイテム屋さんに保存食を買い込みにきた。きたのだが……。


『キュエッ!』


 なんかヒポグリフがいる。

 自分は動物の顔なんて分からないけど、たぶん同じ子でしょこれ。

 いやまた会うかもとか考えてたてたけど、早過ぎるにもほどがあるよ!


「ありがとーございましたー」

「いえいえ~こちらこそ~」


 声のした方に目をやると、店の奥から店主のほくほく顔が覗く。

 そんで案の定ウェーブがかった赤髪を靡かせてアルトフォスさんが出てきた。肩には大きめの麻袋が背負われている。


「あ、さっきの」

「……どうも」


 アルトフォスさんは外に繋留されたヒポグリフの側で立ち尽くす自分達を見つけて声をかけてきた。覚えられてたみたいだ。……追われる身で覚えられてどうする自分。

 まぁちょっと世間話ついでに情報収集でもするか?


「えぇっとアルトフォスさん、ですよね。このヒポグリフはあなたの騎獣なんですか?」


 さっきの仕立屋さんからこのアイテム屋さんまでは結構距離があるし、そもそも自分らの方が先に出たのに、この人の方が先についてるのは、世にも珍しい空飛ぶ騎獣の一つ、ヒポグリフの騎手だからなのだろう。


「ん、そうだよー。ピュゼロっていうんだその子。あ、私はライラだよ。ライラ・アルトフォス。兄弟がいてややこしいから名前で呼んでほしいなー」

「はいライラさんですね」


 ライラさんか。この人は一体どういう身分なんだろう? 身なりはきれいに整ってるし、さっき購入したと思われるマントも羽織ってて、冒険者さんではこんな格好にはならない。もしかして騎士様? でもシャヴァリーさんの着てた制服とはこれまた違うしなぁ。

 

「ライラさんは何をしてる人なんですか?」

「え? あぁ私は一応学者だよー。王立神秘院の研究員。ちょっとここには調査の一貫で来たの。この店に立ち寄ったのはこの子のエサの補充」


 そういってライラさんは、背負っている麻袋から干し肉らしきものをヒポグリフの嘴元くちもとへと差し出す。するとピュゼロと言うらしいそのヒポグリフは嬉しそうに『ピュエッ!』と鳴いて干し肉をついばんだ。食べ方は鳥類のそれだね。


「あはは、この子馬肉が好きなんだよー。体が馬なのに面白いよねー」

「そ、そうですね」

「触ってみる?……おっとそういえばそっちの事聞いてなかった。大鎌なんてへ……変わった武器使ってるし、冒険者ってとこ? まだ子どもみたいだけど」


 自分らのことを聞かれてどもる。そんなペラペラ喋っていいものだろうか。あと今変な武器って言おうとしたでしょ。そこは聞き逃さないよ。

 困った自分はケイ君へ視線を投げかける。

 

「えぇっと僕達はおっしゃる通り冒険者です。僕はケイティス。こっちはエリューさんでです。事情はまぁ、色々あるんです。今は保存食を買い込んで後は今日の寝床を確保したいところなんですけど」

「ほぉほぉ、なるほどね。ま、その年で姉弟?が冒険者やってる事情は聞かないことにしてっと。宿なら今私たちが泊ってる宿があるから案内しようか?」


 それは願ったり叶ったりだ。けっこう平気な風に装ってるけど、昨日からの強行軍で自分の状態はあんまりよくない。今も額の裏がチリチリするような感覚に蝕まれている。つまり早く休みたい。


「それはありがたいです。ほんと今日はいろいろあって……」

「あはは、じゃあ早く休みたいよね。引き止めてごめんね。とりあえず保存食、だっけ? 買ってきなよ」

「そうですね。エリューさんじゃあ僕買ってくるんで、ライラさんと話してたりしといてください」

「ん、分かった任せる~」


 ケイ君にまかせておけば安心だろう。そう思って特に反対する理由もなく店の奥へ向かうケイ君を見送った。

 こうしてアイテム屋さんの軒先には自分とライラさんとヒポグリフが残されることとなる。


「んーじゃあ待ってる間、うちの子触る? 鷲の部分はファサファサしてて気持ちいよ」

「へぇー でも大丈夫なんですか? ヒポグリフって誇り高いとかなんとか」


 ヒポグリフという幻獣は馬の体こそ持っているものの、それと同時に鷲の高潔さも持ちあわせていて、飼い慣らすのは苦労するという話を小耳に挟んだことがある。

 慣れてない人が触ろうとすると、そのくちばしで突かれてしまうのではと邪推してしまう。


「あー大丈夫大丈夫。ピュゼロはもうめちゃくちゃ人に慣れてるから」

「なら……ちょっとだけ」


 自分はライラさんに促されるまま、ピュゼロの首のあたりに手を突っ込んで羽毛の感触を味あわせてもらう。実際触ってみたくはあった。

 うぉおお……ファサっファサだ。ちょっとくすぐったいけど。


『キュェ……ッ?』


 なんて、ちょっとした至福に浸っているとそれが掻き消える。


『キュェ……』


 ピュゼロは自分が撫で始めると、にわかに縮こまって後退してしまった。まるで怯えてるみたいに。

 それで自分の手は羽毛の中からスポンと抜け出て、一瞬の肌寒さを感じる。

 

「うん? ピュゼロは人に大分慣れてるはずなんだけどなぁ。どしたのピュゼロー」


 ライラさんは首を傾げる。

 一方自分には少しばかり心当たりがあった。たぶんこのヒポグリフは自分が死神だから怯えてるんじゃないか。雑魚モンスターが襲ってこないのと同じ理由で。

 自分は動物と触れ合うことも許されないのか……と少し虚しくなる。

 というかこんなメジャーな幻獣にも死神の威圧が効くんだ。

 あんまり怯えさせるのも可哀想なので自分は手を引っ込める。


「ま、まぁいいですよ。今日はそういう日なんでしょ」

「そう? ごめんね。おーよしよしピュゼロ~。大丈夫だよ~なんで怯えてるの~?」

 

 ライラさんは怯えるピュゼロを抱きしめて、撫で上げる。

 微笑ましい光景だ。そこに混ざれないのが口惜しい。


「あ、エリューさん買い終わりましたよー」

「ん、ケイ君もう?」


 店からケイ君が出てくる、さっきのライラさんと同じような麻袋を両手で抱えて。

 中身は干し肉や燻製やらの保存食だろう。


「ん、じゃあ案内するよー。乗って乗ってー」


 ケイ君が来たのを確認して、ライラさんは荷物をヒポグリフに括り付け、跨る。

 そうしてこちらへと手を差し出してくる。乗れって、さっき怯えてたのに大丈夫なんですかね?


『キュエッ!』


 そうして逡巡する自分に対して、ピュゼロは「もう大丈夫だ!」と言わんばかりにいななき、後ろ足だけで仰け反るように立ちあがって、より一層嘶いた。「うわわっ」と乗っているライラさんが落馬?しそうになるけど、なんとか持ち直す。そして改めて手を差し出してくる。


「じゃあ……」


 自分はおずおずとライラさんの手を取ると、彼女はそれを受けてグイッと自分を引っ張りあげて、あれよあれよと自分はライラさんの後ろに座らされてしまった。またピュゼロが嘶く。これ空元気なのでは……? 人間が熊の背中に乗るような恐怖を味わってるんじゃなかろうか。

 なんてピュゼロに同情していると、ケイ君も引っ張りあげられてきて、彼はライラさんの前に収まった。自分より身長が低いからそっちの方が都合がいいんだろう。

 3人乗りなんてあんまり聞かないけど、まぁ自分らは子どもだから大丈夫なんだろう。


「よし、ちゃんと掴まっててね。じゃあ飛ぶよー。すみません~ちょっと危険なので離れてくださいー!」


 その言葉で自分はマント越しのライラさんの背へとひしと掴まる。周りではちょっとしたギャラリーが出来ていたけどライラさんの注意を聞いてその人垣が波が引くように距離を取る。

 そして彼女は手綱をしならせ、ッパァン!と鳴らすとヒポグリフは『ピュェッ!』と嘶き、バサッバサッ!と翼をはためかせる。風音が荒々しく鳴り響く。けど騎乗してる自分達はそよ風程度の風しか感じない。そういう風な羽ばたき方なんだろうなー不思議だ。

 ふわりと馬の体が浮かび上がる。


「おぉー」


 一つ羽ばたく度に一つ視界が持ち上がっていく。

 二階の窓の住人と目が合い、そのうち屋根と同じ高さになり、そして屋根を見下ろすようになり。下から歓声が聞こえてくる。やがて人が豆粒のような大きさまで小さく見えるくらいの高さまできた。町並みが一望できるこの高さはまさしく絶景だった。

 眼下の町並みがおもちゃのように見えるけど、よく目を凝らすと、その中には営みがあって、そのいつまで見ていても飽きないような精緻な造りには見惚れるばかり。大きな通り、網目のように入り組んだ路地、それら一つ一つを見ているといつまでも時間が潰せそうだ。

 少し遠くに目をやればムグスール山とその裾へ巻き付くように敷かれた街道がこの街へ繋がる様子が見て取れる。夕陽に追い立てられるように馬車や馬が街門へ入っていく。

 そうして自分達と同じ高さにあるのは、淡く眩ゆく燃ゆる夕陽だけになっていた。


「うわーすごいですね。ねっ!エリューさん」

「そうだねー!」

「ふふふ、でしょでしょ!」


 前世でも高いところに来れば感慨を得られたものだ。それに加えて今生、この世界では魔法があっても空を飛べるなんてほんと貴重な経験。自分達はしばらくその景色に見とれていた。


「よし、これくらいでいいかな。ちゃんと掴まってねー」

「っはい!」


 赤光しゃっこうの中にライラさんの声が響く。高所ゆえだろうかいつの間にか風も強くなっていて、叫ばないと会話がつらい。

 

「じゃあいくよー! 振り落とされないようにねー!」


 え、なんか不穏な……って、ちょっ!


 一つ大きく羽ばたいたかと思えば、暴風が襲いかかってきた。

 同時に恐ろしい程の浮遊感もがやってきた。

自分達の乗るヒポグリフが猛烈なスピードで飛翔し始めたのだ。

 

 ジェットコースターをもっと壮絶にしたような。体が引きちぎれるかと錯覚するような。

 きっと自分達はクームの空を横切る流星と化しているのだろう。


「────っ!────!」


 悲鳴すら風に喰い尽くされる。

 色が融ける。景色が線になる。

 

 味わったことない速度の暴虐の中で、自分は振り落とされないように必死にしがみつく。

 もしかしたらこの尋常じゃない速度はピュゼロの、自分に対する意趣返しだったりするのだろうか……。

 そんなことが脳裏によぎっても後の祭り。

 自分は早く宿についてくれ、と心の中で念じ続けた。

 

 

 


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