第三四話「逃走劇」
自分たちは路地を往く。
四角く切り取られた雨空は、依然として暗い影を落としていた。
ケイ君は自分の方へやってきてくれただけじゃく、オーロラ亭から自分の私物を幾つか持ってきてくれた。
リッチーのローブ、魔流視の眼鏡、大鎌カバー、背負い紐。特にローブはありがたい。雨除けになるし、体をすっぽり覆うので逃げるには逃亡するにはうってつけだ。まぁ自分は大鎌背負ってるからバレバレなんだけど、あるとないじゃ安心感が大違いだ。
現在自分たちは、路地を伝って街の東門を目指している。西側は自分が最初に逃げた方向だし、愚直にあちらに行くのは憚られた。ならば多少時間をかけてでも西門に行った方がいいだろうということだ。
自分達はそうして路地を小走りで進みながら、小声で会話を交わす。無論近くに誰の気配もないことを確認した上でだ。
少し気になることがあったのでね。
「ケイ君、そういえばどうして自分の居る位置が判ったの? 隠行の魔法もあったのに……」
素朴な疑問だった。
オルゼの路地は入り組んでるし、平坦ではなく階段やアーチなどもあり複雑だ。その中に紛れ込んだ自分をどうしてケイ君が真っ先に見つけることができたのだろうか。
「……その、ほとんど偶然です。一応エリューさんの行動の見立ては立てて、おそらく魔法で捜索隊をやり過ごして、既に創作の終わったエリアに居るんじゃないかって。僕はスカウト技能があるので隠れてても見破れないことはないですし。それで探してたら、ほんと運良く見つかったんです」
帰ってきたのは偶然という返事だったけど、ただの偶然じゃなかった。
なんというか、行動パターン読みきられてるなー。それは分析を重ねた上に成った偶然だったけど。たぶんこの最悪な状況でせめてもの施しみたいなものだろう、そう好意的に解釈する。
それに自分のことをよく知ってくれているケイ君じゃないと、この偶然は起こしえなかっただろう。そういう意味では必然にも思えた。
「っと、エリューさんっ」
突然にケイ君が身構えた。片手にはナイフが握られている。目にも留まらぬ早業だ。
状況は理解できてなかったけど、ケイ君に倣って戦闘体勢をとる。大鎌を背から外し、柄の方を前方へ構える。ちょうど槍みたいな構えだ。路地じゃ大鎌は十分に振るえないから自然とこんな感じになる。自分の背に大刃が向いてるからただの棒よりもちょっと使いづらいけど。
そうして十数秒くらいすると、路地の向こうに明かりと人影。
どうやら追っ手と鉢合わせる格好になっちゃったか……。
どうしようケイ君、と自分は気弱な視線を投げかける。魔法が使えなくて大鎌の振れない自分とかどう考えても役立たずだし……。
「3人ですね。なんとかなりそうです。エリューさん一人相手できます。不意打ちの格好にしますから。後ろの二人は僕がやります」
するとケイ君ひそひそとした声でいて、壮烈な返事を返してくれた。
ケイ君の指示や判断はいつも頼りになるし、今回もそうだと信じたいけど。
「だ、大丈夫かなぁ。自分ほんとボロッボロだよ?」
「もし駄目だったらフォロー入れますよ。それにあっちはエリューさんを捕らえるつもりなのでヘマしてもそこですぐ死んじゃうわけじゃないですよ」
そう説得されて自分は引き下がる。
まぁケイ君だけに任せて自分は静観してるってのも性に合わないしね。
ま、槍みたくして不意打ちするくらいならできるかな。うん。
「じゃあ、あのランタンの火が消えたら合図です。先頭に襲いかかってください」
「りょーかい」
ケイ君は向こうに揺れる明かりを指してそう言った。
向こうさんはランタンで光源を確保しているのに対して、自分は死神だから暗視ができるし、ケイ君もスカウト技能で暗闇には強い。だからこっちは明かりをしてないので、大分距離があるとはいえ真正面にいても未だ気づかれていないわけだ。
自分達は路地の両面に分かれて張り付き、闇に身を潜ませる。
「“湖精の”・“爪跡”・“僅かの瑕疵”・“侮れば須く”・“地に伏し”・“引き攣る躰を”・“投げ出すのみ”────《パラライシャットチャネル》」
ケイ君が魔法を発動させる。たぶん麻痺のエンチャントかな? 随分と長い詠唱だけど。
揺れる光が一歩、また一歩と近づいてくる。ギリギリまで引きつけないといけない。額に伝う雫はきっと雨雫じゃないだろう。
そうして光はもうあと一歩の距離まで近寄ってきたとき。
ケイ君が動いた。
両手でナイフを一本ずつ投擲。一つは真っ直ぐ、一つは山なりに。
その一つは真っ直ぐランタンを撃ち抜いて、明かりを掻き消す。
もう一つが絶妙な時間差で奴らの後ろに落ちて金属音を響かせる。
おのずと追っ手の注意は後方へと向くこととなる。
自分達を目の前にして、だ。
自分はランタンが消えたのと同時に飛び出し、先頭の奴へ石突をぶち込む!
振り向いていて気づいてすらいなかった。防御なんて出来ようはずもなく、奴は体をくの字折り曲げて崩れ落ちる。
対してケイ君は飛び上がった。
自分の真上を通過して、路地の上方の壁を蹴りつけ、いわゆる三角飛びをして追っ手の真ん中へと降り立つ。
そこで新たに二本のナイフを抜き放つと、瞬く間に刃が閃き、後方二人の足を浅く切り裂いていた。
そこで彼は素早く離脱して自分の側へと戻ってくる。
突然足に走った痛みで自分たちに気づいた追っ手二人は、前方でうずくまる同僚を目にして、すぐに駆け寄った。雲下の夜光では自分達の姿を発見できていないようだ。
けれど仮に見つかったとしても問題はなかっただろう。
なぜなら奴らは直ぐにビクッ!と痙攣したかと思えば、半端な姿勢で硬直して倒れ伏してしまう。
断続的にビクビクと引きつる様は麻痺症状に違いなかった。十中八九ケイ君の魔法のせいだ。
ケイ君は自分が担当した、現在うずくまって呻いている奴に近寄ると、手を取って指先を浅く切りつける。
まもなくその人も麻痺毒が回ったみたいで突っ伏して痙攣するばかりになった。
ケイ君の属性は「水」属性だ。
もっとも彼の魔法運用は、大分異端なものだけど。
水そのものを操って戦うのではなく、毒物を生成したり、相手の血流に干渉したり、といったかなーり悪どい戦闘スタイル。
ただ魔法で相手の内側に干渉するには相手が格下でなくてはならない。同格以上では跳ね除けられてしまうらしい。
ないことだとは思うけれど、もしこの追っ手がケイ君より格上だったら危なかった。
「ケイ君。これはどのくらい保つの?」
数時間単位で麻痺状態が続くなら、放置してまた路地を往くだけだけど、もっと短いのならまた手間をかけなばならない。
「3分くらいです。即効性重視なので。だから証拠隠滅したいですけど、エリューさんはもう魔力ないんですよね……忘却とかあれば完璧なんですけど」
忘却魔法は闇属性第三階位以上の魔法だ。いつもならそつなく使えるんだけど、魔力が切れてるから無理な話だ。
「ごめんね。魔力切らしちゃってて……」
「いえいえっ! 仕方ないですよ! じゃあ重ねて睡眠毒でもかけときましょうか。2時間くらいでいいですよね?」
「そだね」
自分は頷く。
現在地から目的地の東門は30分くらいで着くだろうから、大事を取ってそれでいいでしょう。
ケイ君は痙攣している追っ手の顔へと手を押し当て、詠唱を始める。
「“水精よ”・“彼の者に”・“泥のような”・“眠りを”────《スパイトコンジャスネス》」
魔法名が呟かれるとそのすぐ後に、痙攣している追っ手はダランと脱力する。眠ったのだろう。若干痙攣も続いているが。
それを都度三度行って全員を完全に無力化する。これで一安心だ。
にしてもケイ君の魔法運用は自分と正反対だなぁ。詠唱の内容聞いたらかろうじて何してるか分かるけど、それがなかったら目に見えるエフェクト的なのが小さくて地味だ。
「じゃあ行きましょうかエリューさん」
「ん、ちょっと待って」
自分は倒れ伏している人達へと近寄る。
この人達はあくまでエリニテスに操られているだけだし、そして顔を知らない他人ってわけでもない。
この大雨でそこかしこに水たまりができている。自分はうつ伏せの体勢だと窒息してしまうかもと危惧した。
なので体を起こして、壁にもたれかからせておくことにする。雨ざらしなのは我慢してくれ。
『お優しいこったァ』
バロルが茶化したてる。
そうだよ悪い? 自分は人間やめる気もないんでね。死神の如く非情にはなりきれないね。
自分らはそうしてまた雨闇を往く。
◆
東門についた。
といっても、門を真正面から臨んでいるわけではない。その近くにある建物の陰から様子を伺っているのだ。
あれから何度か危ない場面があった。けどその度ケイ君が奇襲や待ち伏せ、潜伏などの策を講してくれてやり過ごすことができた。とはいえエンカウントのせいで時間は取られてしまった。東門に着くまで30分以上はかかってしまっている。正確な時間は分からないけど1時間前後かな多分。
さて、門の様子だけどそもそも閉まってる。
いや失念してたけど当然だよね。こんな真夜中に開けとく理由がないよ。外には魔物や賊がいるんだから。
そして閉まっている門の前には5人ほどの冒険者が気を張っていた。
平時ではせいぜい当直に門衛が1人か2人といったところで、この厳戒な警備状況はまぁ自分のせいだろう。
門の開閉は人力ではないだろうから……と注意深く観察すると、門の右手にこじんまりとした扉があった。あの中に開閉装置があるのだろう。
どうしようか。とケイ君に判断を仰いだ。
「……そうですね、たぶんですけど僕はこっそり抜け出してきたんで、あちらにはまで味方と認識されてると思うんですよ」
うん? そうなのか。ってこの話の流れはもしかしてケイ君危ない橋渡ろうとしてない?
「だから僕があの冒険者さん達の注意を引きます。エリューさんはその内に門を開けに行ってください」
やっぱりそうだ。でも情けないことだけどそれが一番利口な手なんだろう。
門前はひらけてるし、人数差も倍以上。今までみたいな奇襲は効果的じゃない。
「うん。それが一番、だよね」
「はい。エリューさんはたぶんあの扉の先に門の開閉装置があると思うのでそれの起動をお願いしたいです。たぶん門衛の人が控えてるのでその一人を倒せれば……」
「門を開けられるってことだね。自分魔力すっからかんだけど起動は大丈夫かな?」
心配の種はそこだ。門衛の人を倒すのは気合でどうにかする。閉所だし大鎌は駄目だけど、格闘もそこそこできなくはないので死神の膂力と合わせて並の兵士なら負けないと思う。不意打ちできることをプラスに、疲労していることをマイナスに鑑みて、おそらく大丈夫だ。
けれど魔力がないと門が動かせないってんならこの作戦は無理な話。
「推測ですけど、開閉の度に門衛個人の魔力を要求する仕組みにはたぶんなってないと思います。資質の低い人や今のエリューさんみたいに魔力がない場合だってありますし。だからたぶん石虹のストックがあるんだと思います。それを消費して開け閉めしてるんだと。……もしが当てが外れてたら門衛さんを脅して開けてもらうしかないですね」
あー、なるほどありえる話だ。石虹ってのは魔力を貯めこむ性質を持つ鉱石だ。一定量の魔力を込めて加工された石虹を用いれば魔法の発動や魔法陣の起動の肩代わりをすることができる。確かに公的な代物だし石虹を用いて管理しやすいシステム化されてそうではあるね。それが的外れってんならケイ君の言う通り恐喝する羽目になっちゃう。ほんとに悪い事になっちゃうからできれば避けたい。というかそういうことに慣れてないからいざできるかと問われると首を傾げてしまう。石虹方式であってくれ……!
というか石虹があったら少しくすねて逃亡の足しに……ってこれも悪いことじゃん!
どっちにしろ悪いことする羽目になるのか……、いや盗まなきゃいいんだけど、仮にあったなら今後を考えて確保しないのはバカだ。
うぅ、非常事態だしちょっと大目に見てくれよな。
「ん。こっちの段取りはそんな感じで。それで門が開いたらどうするの? 自分はすぐに外に出て、夜闇に隠れて外に出れるけど。《マスキングダークネス》もまだ生きてるし。でもケイ君は冒険者さんの目があるでしょ?」
「はい。だからここで少しの間お別れです」
え?
自分はその展開を全く予想していなかった。お別れ? ケイ君はもしかして自分と一緒に逃げてくれるわけじゃないの? ここで自分は孤独に放り出されちゃうの?
自分はケイ君をいじらしく見つめる。
「いえ、僕はずっとエリューさんにお供しますよ! 僕の筋書きはこうです」
ケイ君曰く。
門が開けば当然そこからエリューが逃げたのだとエリニテスは認識する。そこで捜索網は街の外に伸びる。
そのときの捜索隊にケイ君はおそらく組み込まれる。
路地に逃げた自分がとても戦闘できる状況じゃないのはあちらには露見していないはずだし、路地で交戦した人たちにも何人だったかという情報すら与えていないはずだ。
自分は全属性の魔法が使えるので水属性毒生成の被害者がいたとしてケイ君が疑われる可能性は少ない。そもそもケイ君は戦う姿をほとんど見せたことはないのだ。常連さんでもケイ君がそこそこ戦える事実はほとんど知らないだろう。
なのでケイ君があっちに潜り込み、捜索隊に組み込まれることは自然な流れだ。
あとは外に出たケイ君がこっそりと隊から離れて、自分と合流すればいい。
「あと考えることとしては、合流場所をどうするか。ですね何かいい案はないですかね……。街の外で、エリューさんがしばらくの間見つからない場所……」
「んーオルゼの近くだとムグスール山かなぁ。そうそう見つかりはしないと思うけど……」
オルゼの街の近くにはムグスール山という山がある。といっても切り立っているわけじゃなく。そこまで標高の高くない山だ。その代わりというか裾野はかなり広い。森に続いて木々に覆われており、山に入ればそれ相応に厄介な魔物と出くわす。
「問題は僕も見つけずらいことですね……」
「うん。そだね……。でもオルゼの周囲は切り開かれてるけど少し行けばムグスール山と裾野に広がる森ばかり。捜索範囲は広くならざるを得ないし。あらかじめ自分はムグスール山に入るって申し合わせとけば可能性は十分あるよ。一目では分からないような目印もつけとくし。最終的には山を超えた向こうにあるクームの街へ行こう。ムグスール山で出会えなかった最悪そこで会おうね」
ケイ君はそれで妥協してくれた。確実じゃないけどそれ以上にいい場所もないし仕方ない。
「じゃあ行ってきます。エリューさんはこれを」
「ナイフ?」
行き際にケイ君が手渡してきたのは、彼の得物であるナイフだ。それが二本。子どもの彼に合わせて標準サイズより一回り小さい。けれど刃はついてるれっきとした武器だ。
「勢いをつけて壁や床へ当てればいい音が鳴ります。注意を逸らすのに使ってください。たぶん全員を持ち場から離すことはできないでしょうし」
おぉなるほど。そういうことか。
ありがたい。道端の石とかじゃ中々注意を引く音とか出せないからね。
「ありがとう。じゃあ気をつけてね。気取られないように」
「はい。じゃあまた明日」
ケイ君は日常のワンシーンのように手を振ってくれる。そして物陰から出て。普通を気取って、冒険者さん達へと話しかけにいった。
雨で会話はほとんど聞き取れない。あぁこういうとき映唱の魔眼なら聞き取れたりするのかな。どの音がどんな波か知らないといけないけどね。まぁ使ってけばその内分かるようになるのかなぁ。
なんて考えて居る内に、あちらに動きがあった。
5人いる冒険者の内3人がケイ君先導のもと持ち場を離れていく。
グッジョブケイ君!
二人は残ってしまったけど、その人数ならどうにかなりそう!
自分は好機を逃さず即座に動く。
残りの二人もケイ君を見送るように明後日の方向を見てるから今こそチャンス!
早速もらったナイフを使わせてもらう。
自分は門から見ると左の建物の陰にいる。ケイ君はそれと逆方向。門から見て右側へと注意を引いてくれてる。
視界の中へナイフを落とすのはよくない。露骨に怪しまれる。
なので自分は管理扉へ駆けながら振り返り、門から見て正面の道。そこにならぶ建物の二階へ向けてナイフを投げつける。
自分が管理扉に辿り着くとほぼ同時にナイフの音がほん僅かに響く。
あちらさんにも聞こえたはずだ。
自分は横目で注意を正面の道へと向ける彼らをほくそ笑みつつ、管理扉を開けて中へ押し入る。
中に入ると早速螺旋階段になっていた。
石造りのそれは人一人がちょうど通れるサイズで、すれ違うことすら厳しいサイズだ。大鎌が壁や天井に擦れてガリガリといっている。
そうして少し昇ると広い空間に出た。
やはり石造りのそこには木組みのテーブルや書類が詰め込まれた棚等があって、事務所みたいな趣だった。
そしてテーブルに座っている人が一人。
しっかりした鎧を身につけているからしてこの人は門衛さんだろう。兜はつけてなくて顔は顕になっている。
ただ座っている位置が悪い。自分と向かい合うような位置だった。
門衛さんは雨夜にやってきた来訪者にきょとんとした表情を浮かべた。
いやまぁびっくりするよね。黒いローブを纏って、大鎌を携えた奴が入ってきたら。
先手必勝! ということで自分は即座に無力化にかかる。
ケイ君からもらったナイフを引き抜いて、鎧に向けて投げつける。
カアンッ!という甲高い音。ナイフを鎧にぶつけられ門衛さんは仰け反る。
その隙に自分はテーブルに乗り上げ、ザザーッとスライディングして体当たりをしかけた。
不意打ちだったこともあり、門衛さんは椅子ごと後ろへと倒れ、自分はその上に馬乗りになる。
ただでさえマウントを取られているのに、鎧も着ていてはもはや体を起こすことは叶わない。
えーと意識を刈り取るには、えーと……。魔法があればいくらでもできるんだけど、死神の超身体で意識を奪うだけの安全で確実な方法は……。
なんて自分が考えあぐねていると。
「な、なんだ────」
「あ、喋らないでください」
とっさに大鎌を振るう。
声を出そうとした門衛さんを黙らせるため、首元の床石へと刃を滑らせた。ガインッという音を立てて大鎌は床石を引っかき、彼の首筋へと凸凹した錆刃を押し当てる。
「ィっ!」
「……すみませんね。ここに居るのはあなた一人ですか?」
自分は不本意ながら強迫の形になった彼に一応謝って、質問を投げかける。内容はここに居る門衛はこの人だけかという確認だ。もし見回りとかに行ってるなら危ない。
「っきみ、オーロラ亭の……まさかほんとに……」
「────っすみませんが余裕がないんです。質問にお答え頂けますか?」
自分はできるだけ声音を冷たくして大鎌を首へと押し当てる。
「……冒険者が血相を変えて門の前で張り込みを始めたかと思えば……今日はなんなんだ……!」
門衛さんはあんまり聞き分けがよくないようで、あるいは判断に困っているのか、質問に答えてくれない。
なら情報をもう少し与えればいいのかな。こういうときどうすればいいんだよケイ君。
頭の回るケイ君ならすんなり事が進むんだろうけど……。
「あなたは今この街に起こっていることをご存知ないのですか?」
「……あぁ。正直良くわかっていないな。その騒動に君も一枚噛んでいるのか?」
「そうですよ。むしろ中心です。今貴方に要求することは────」
どうやらこの門衛さんはエリニテスの術法の影響下にないみたいだ。なら交渉もできるかもしれない。自分は指を一つ立てて。
「この門を開けて自分を外に逃がすこと」
また指を一つ立てて。
「石虹があれば自分に幾つか融通すること」
立てた二本の指をふるふると振ってみせ。
「この二つです。ほんとすみません」
と要求を突きつけた。
その要求を聞くと門衛さんは神妙な顔をして少し考えこんだ。
そうして十秒そこらくらいで門衛さんが口を開く。
「……君のその要求は到底受け入れきれないものだ。門を夜に開けば魔物や賊の流入を許すかもしれない。そういう規則だ。石虹に関しては論外だろう。公的な代物を渡せるはずがない。それに君は自分のことを逃がせといってきた。後ろ暗いことがあるのだろう。ならば尚更だ」
「そうですか」
自分は交渉が決裂したと判断し、強硬手段に出ようかと大鎌を握る手に力が入る。
「だが」
耳に届く逆説の言に大鎌の刃が迷う。
その間に門衛さんはつらつらと言葉を並べ始めた。
「だが君にも事情があるように思える。なんども執拗に詫びる言葉を差し挟んでいるのがその証拠だ。……君の素行で悪いことはまず聞かないしな。それに今夜のオルゼは何かおかしい。その中で君の目は比較的正気を保っているように見える」
門衛さんは大鎌の刃を撫でて、不敵な笑みを浮かべて自分を見上げている。まるで今から何か悪いことをしようとする共犯者のそれだ。
「いいかこれから先のことは突然の悪漢に脅されて仕方なく私が喋ってしまったことだ」
◆
あの門衛さん。名前はモーリッツというらしいが。ともかくモーリッツ氏はよくしてくれた。
自分は木々の隙間から覗くオルゼの街を見下ろしてそう振り返る。
現在地はムグスール山の中腹だ。
少し前に日は昇った。けれど雨は未だに降り続いている。雨足こそ弱まれど風と雨粒が依然として木の葉をざわめかせている。
モーリッツ氏は門を開けてくれたし、それで動揺する冒険者の気を引いてくれたりもして、そのお陰で自分はこっそりとぬけ出すことに成功した。
それに石虹もくれた。それを6つ。人差し指の先ほどの大きさの虹色の鉱石は魔力を肩代わりしてくれる。使い方としては、詠唱で魔法を使うなら口の中に入れて噛み砕けば魔力が溢れだす。魔法陣の起動なら陣の上で砕いて溢れた魔力を押しこめばいい。どちらの運用でも一定以上の大きさでは事実上使用できないので、この方法は低ランクの魔法にのみ使える。
詠唱魔法なら第二階位まで。それ以上の魔法を使いたいならそれ相応のサイズの石虹を口に含んで詠唱せねばならない。そんなことは物理的に不可能だ。
長期戦は無理だけど少しなら戦えなくもないな。
ケイ君は大丈夫だろうか。
そんなことを考えながら自分は木の根本に三日月型の傷をつける。弧の内側が自分の行った方向だ。
これがケイ君と打ち合わせた印だ。木の下の方に付けたから目立ちにくくはあるが見つかれば人為的なものだとバレはするだろう。でもどっちに向かったかという情報が内包されているのは分からないだろう。その情報アドバンテージ差でケイ君が追いついてきてくれるのを祈ろう。
自分はざわめく木々の間を縫って、ただひたすらに歩を進める。空を覆う雲が途絶えるところを目指して。逃げるんじゃない、そう自分は進む。そう決めたんだ。
絶対にあの場所を取り戻してやる。
自分は振り返ることなく山を往く。
満身創痍の体を引きずり、ただひたすらに邁進する。




