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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
30/75

第三十話「1/∞」



 ……どういう……こと?


 なんでこの子は自分と瓜二つの容姿をしているんだ?

 写身? 死神? 訳が分からない。

 自然と大鎌を持つ手から力が抜けて、噛み合った大鎌同士が金属音を立てて、刃が石畳へ落ちる。

 その拍子に集中も切れて《エンチャントカマイタチ》も解除されてしまう。


 解放された迅風が自分の頬をなぶった。


「あはは、驚いてる驚いてる、くくくっ」


 目の前の彼女はガチャリガチャリと噛み合った大鎌を外して肩に載せ、大鎌の柄に両肘を引っ掛けて、肘から先をプラプラとさせている。

 その後ろではアギラが額を抑えながら、ため息を吐いている。


 彼女の登場に、自分だけでなくオーロラ亭サイドのリエーレさんやケイ君、それにお客さん達も驚きを隠せないようで、ざわついていた。

 そりゃそうだろう、自分と生き写しの双子みたいに瓜二つな少女が何の前触れもなく現れたのだ。


「な、な、あなたは……?」


 自分はもはや戦闘中だったことも忘れて、しどろもどろで彼女に質問になっていない質問を投げかけた。

 

「うんうん、もう可愛いなぁ。エリュー、私は前までエリューの中にいた・・・・んだよ? きっと覚えがあるんじゃないかな?」


 エリニテスと名乗った少女は小首を傾げながら、自分の顔でそう質問を返してくる。

 自分の中にいた……? 覚えがある……?


 未だにこの子の言ってることが要領を得ない。


「んー、察しが悪いなぁもう。エリューはもしかしたらショックで忘れちゃったの? あの変態リッチーに臓腑を引きずり出されたときのこと」


 その言葉であの光景がフラッシュバックする。


 実験体だった自分が縛り付けられ、内臓を得体の知れぬ別物と取り換えられるという、おぞましい記憶。


 エリニテスが言っているのはきっとそのことなのだろう。

 うっ、喉元にすっぱい感触。

 頭がズキンズキンと痛む。

 あの記憶は、自分エリューを廃人へと追いやった原因の一つ。

 無遠慮にほじくり返されたトラウマに自分は喘いだ。

 


 けれど、それはおかしいと思い至る。

 あの場にいたのは自分とリッチーとゴーレムだけのはず。

 こんな少女が居た覚えはない。トラウマだからこそ、あの記憶は克明に思い起こせる。


「なんでそのことを……?」


 自分は疑問を返すことしかできない。

 

「ほら、ずっと言ってるでしょ? 私は死神だよ? 悪魔神に仕える狩人。英雄殺しの鎌。人類の敵対者。 エリューとおんなじなんだよ? 同族だよ?」


 え……? ちょっと待て、待ってくれ。

 この少女は何を言っているんだ?

 死神は確かに彼女の言う通り、悪魔神に仕える狩人であり、英雄殺しの鎌であり、人類の敵対者として、畏れられる存在だ。

 その畏れは、手に負えない強さの証左でもある。

 彼女が死神だというなら、この状況はまずい、まずすぎる。


『エリューこいつァ、本物だ。マジモンの死神だ……』


 そして無情にもバロルのお墨付きが入ってしまった。

 だとしたら、まさしく強者であるアギラと死神なんて同時に相手にできるわけがない……!

 


 エリニテスの真っ赤な瞳がずいっと寄ってくる。

 自分の顔が大写しになる。

 なんとなく気味が悪い心地がした。


「まだ分からないの? ふふふ、もう」


 ペロリっ。

 ────っ!?


 舐められた。

 エリニテスの舌が私の頬を這う。

 自分は背筋を何か薄ら寒いものが走った感じがした。

 そうして彼女は意地悪く嗤う。




「私エリニテスは、エリュー貴女の内臓をきょうして呼び出された死神よ?」

 



 真実が投げつけられた。

 それなら、繋がる。

 自分の内臓はかようなことに使われていたのか……。


「死神を始め、人間一人以上を供されて呼びされた悪魔は、悪魔そのもののすがたと、贄となった人間のすがたの二つを取ることができる。私は貴女の内臓のほぼ全て、脳味噌や目玉以外を捧げられて顕現したの。だからこの愛おしい姿を取ることができるの」


 得心はいった。

 彼女が自分と瓜二つなのはそのためか。


 けれど、この死神から向けられる得体の知れない愛情の起こりが未だに判然としない。

 彼女は熱に浮かされたように自分の目を見つめて言葉を続ける。


「ふふふ、私が貴女のことを愛していることが疑問みたいね? 愛に理由なんていらないのよっ! ……って言いたいところだけど、そうじゃなくてちゃんと理由はあるわよ? だって気になるじゃない。生け贄のはずの子が生きていて、その上すがたを取ることができるほどに供されている。こんなケースは初めて」

 彼女は言葉を区切り、私の喉に指を這わせた。

 その指は首を伝って顎を撫でる。愛おしむように、慈しむように。


「もはや息をするだけの可愛い肉塊と化した貴女の姿を見て私は、あまりにも、不憫だと思ったの。死神は人を殺すだけ、生き地獄を味あわせたりはしないから。それにあの変態リッチーは私にも気味の悪い視線を向けてきたからね。だから私は召喚契約を破ってあのリッチーに襲いかかってやったの、契約を破れたのは内臓だけを捧げるというリッチーの怠慢が原因だけれど、私はあの不死者リッチーの寿命を死神の業を総動員して刈り取ってやった。けれど一歩、及ばなかったわ。私はリッチーによって封印され、寿命の大半を失ったリッチーは、愛娘と一つになると称してどこかへ消えてしまった。それ以降のことは貴女の方がよく知ってるでしょ?」


 自分は頷くと同時に圧倒されていた。

 己の物語の裏側には、こんな経緯が横たわっていただなんて。なんにも知らなかった。


「私は封印されてしまい途方に暮れていた。そんなときにこの人がやってきたの」


 エリニテスは自分から離れて、傍らに佇む豪傑、アギラの腕に取り付いた。

 そうか、こいつが彼女の封印を────。


「あぁ、俺がこいつを解放した。ちょうど一年前くらいだな」


 一年前……それは自分が昏睡から目覚めた時期と一致する。それは偶然で片付けるにはまりにもできすぎている気がした。

 エリニテスの封印が解かれたから、自分が目覚めたのか?


『……おめぇの経緯は分かったぜェ、エリニテス。この声も聞こえてんだろォ?』


 バロルが口を開く。けれどその発言は自分に向けてのものではなかった。


「ふふ、初めまして。同族さん。お名前は?」

『バロルだ』

「バロル……? 聞いたことがあるような……? というか契約憑依は解かないの? 少し聞き取りづらいのだけれど……』

『あーそいつはちょっと勘弁してくれ。知らねェやつもいるんでなァ。それに別の理由もある』

「ふーん、そうなんだ」


 2人の死神がごく普通に会話を始める。

 今までバロルの声を聞いた人間はいなかった。けれど死神同士ならバロルの声を聞けてもさして違和感はない。

 同時に会話が成されたということは、エリニテスは本当に死神だったということだ。

 これで勝ちの目は極限まで薄まった。

 ひとまず、ここで会話をして時間を稼ぎながら、ブルート・ゲオルグの強面コンビが帰ってくるのを待つしかないか。


「まァ、俺様のことは今ァいいだろォ。それより俺様が聞きてェのはおめェの目的だ。やっぱり魂のが目的か? それとも……』

「まぁ死神だからね、魂の収集は責務よね。そこを怠るつもりはないわ。貴方と違ってね」


 魂の収集。確かに自分はそんなことやってこなかった。

 それは大鎌に浮いたサビを見れば一目瞭然ってことなんだろう。

 あわよくば今日、アギラの血肉で刃を研ぐことがきるかもなんて思ってたけど……エリニテスの登場でそれは危うい。

 この機会を逃せば、自分は決心のつかぬままずるずると日々を浪費して、深刻な状態になってしまうのかもしれない。

 というか、タイムリミットをバロルは明かしてくれないのだ。

 まだ余裕があるってことだと思ってたんだけど……不安になってきた。


「でも私の今の行動方針はエリューを手に入れることよ。可愛らしいエリューをね」


 っ! 薄々感づいていたけど、やっぱりエリニテスの目的は自分。

 生前から目をつけられていたんだ。なんて質の悪い……。


「だからエリュ、バロル、悪いのだけれど契約を切って欲しいの、私もアギラとの契約を切るから……それで一緒になれる。生け贄と契約するなんて初めて、きっと素晴らしいことになるわ……!」


 それは甘美な誘惑だった。

 頬を紅潮させ、光悦とした表情で彼女は微笑みかけてくる。これがなまじ美少女だからタチが悪い。普通の男ならコロリと堕ちてしまうことだろう。


 でも自分は普通でもなし、そもそも女だし一応、そして自分と全くおんなじ顔だ。

 正直言ってドン引きだ。

 それに自分とバロルは契約しているわけではなく、事故で存在が重なってしまっているのだ。

 だからエリニテスの誘いは土台無理な話だった。


『ハハッ、なるほどなァ。そういうことか。なら一つおめェは勘違いしてるぜェ、エリニテス』


 バロルも同じ考えみたいで、滑稽な勘違いをしているエリニテスへの笑いを押し殺しながら返事をくれてやる。


『さっきおめェは契約憑依は解かねェのかと聞いたな。確かにエリューは宿のやつらに死神だと告げてねェから俺様が現出するにはまずい。……まずいが、それはそもそも無理な話だ』

「……? それはどういうことなの?」


 エリニテスは小首を傾げる。


『俺様とエリューは契約なんざァしてねェ。お前はどうやら勘違いしてるみてェだが、エリューは悪魔使いデーモンルーラーじゃねェし、俺様も使役されてる訳じゃァねェんだ。こいつはおめェの同族さエリニテス。不幸な事故でエリューは種族『死神』に生まれ変わったんだよ。こいつの生前のすがたを取ることができ、エリューとバロルという二つの精神を宿した死神にな。だから俺様がこいつの体から出て行く気はねェし』

「私も追い出す気はありません、というかできない」

『ハッ悪ィなエリニテス。そういうわけだ』


 そうして自分たちはエリニテスのふざけた誘いを撥ね付けた。

 彼女は空いた口が塞がない様子で、自分達を見つめていた。


「とすると何か? バロルは貴方はかわいいエリューの体の中に居るわけ?」

『あァ、そういうこった。残念だったなァ』


 バロルが挑発すると、彼女は俯いてワナワナと肩を震わせ始めた。



「────許せない」


 

 殺気が膨れ上がった。

 殺気に飲み込まれた。

 殺気に射竦められた。


「っ!」

『やべェ!』


 

 神速で大鎌が振るわれる。まさしく死神の妙技。

 自分たちは全く動けなかった。

 真紅の瞳が見据える先は首、それを止める術を自分は持っていなかった。


「────っ!」


 自分は迫る恐怖に目をつぶってしまった。

 悪手と知りながらも、やってくる脅威と恐怖に打ち勝てなかった。


「…………?」


 けれど覚悟していた惨劇はやってこない。

 おそる、おそる目を開く


「ヒッ」


 自分の首に巻き付くように、エリニテスの大鎌の刃が巻き付いている。

 少し身じろぎすれば薄皮からつつと血が流れるだろう。


 けれどそこで大鎌は確かに止まっていた。

 エリニテスが寸止めしたんじゃない。彼女は激情のままに大鎌を振るった。脅しのためじゃないはずだ。

 

 だから大鎌から自分を守ったのは四角い特大剣だった。

 それが自分の真正面に突き立っていて、大鎌をすんでのところで食い止めている。


「おい早まんな。会話の内容はよくわらんが、お前が手を出すのはマズイんだろうが」

「邪魔しないでアギラ! 許せないの……かわいいエリューの中に別の誰かがいるなんて!」

「あぁ! 感情的になんじゃねぇ! お前はこいつが欲しいんだろ? 自分で手をかけてどうする! まだ講じる手はあるんだろ?」

「……そうね。そうよ色々とやりようはあるはずよね」


 アギラの言葉でエリニテスは正気を取り戻したようで、おずおずと大鎌を引き戻す。

 自分を苛んでいた脅威が取り払われて、ふぅと息を吐く。


 でもエリニテスの様子はまるで何かに取り憑かれたように、いや何かじゃないか、取り憑いているのは自分への亡念だ、それに取り憑かれ彼女は三日月のように裂けた笑みを零した。


「あぁエリュー! かわいそうなエリュー、不憫なエリュー、気の毒なエリュー。だからかわいらしいエリュー! あはははは!」


 瞳孔を見開き哄笑を轟かせる。

 その姿には一種の狂気が宿っていた。


「あははは、ほんとは一目見るだけのつもりだったんだけどね。どうやら悪い虫・・・も着いてるみたいだし、何よりかわいらしいから、いじめたくなっちゃったわ」


 それから彼女は自分、大鎌バロル、そしてオーロラ亭のリエーレさん、ソフィーちゃん、ケイ君、お客さんと順々と見回して、愉快そうに目を細めた。


「ふーん。いいこと思いついたわ。エリューは死神だってあそこの人たちは知らないのよね?」


 彼女は邪悪な笑みを浮かべて、あちらに聞こえない程度の声でそう言ってくる。

 質問じゃない、確認だろう。


 エリニテスは一歩下がって、アギラの隣に立つ。

 彼女の笑みは満面のと、表現してもいいほどのものになっていた。けれどその裏側でどんなどす黒い感情が渦巻いているのか。

 そして彼女は告げる。


「だから突きつけてあげるの、あそこの人たちに、あなたが死神だって」


 ドクンと心臓が跳ねる。

 でも同時に疑問が浮かぶ。一体どうやって自分が死神だって知らしめるというのか。

 オーロラ亭の人たちにとって、アギラやエリニテスは敵だ。言葉で言ったところで、戯言と片付けられるのがオチだろう。


 自分が訝しんでいる内に、彼女はアギラに耳打ちをしていた。

 彼女の身長はアギラのお腹くらいしかないので、アギラの方が屈んで、若干微笑ましい光景になってるけど。


「じゃあアギラ頼むわね。私がやると本当に殺してしまうわ」

「あーはいはい。分かった分かった」


 話が終わったようでエリニテスは「任せたよ」と手をパッと振りながら消える。

 契約憑依状態ってやつだろう。最初とおんなじだ。


「あーじゃあエリュー。悪いなそういうわけだ」


 え、え、どういうこと?

 自分は目の前のアギラをきょとんと見上げる。

 彼は泰然として石畳に突き立った特大剣を引き抜いた。


 当惑する自分の目の前でゆらりと殺気が立ち昇る。


『っ! エリュー防御しろ!』


 バロルの声にハッと我に帰った自分。

 けれどその瞬間には目の前に特大剣が迫ってきていた。


 咄嗟に大鎌を突き出して合わせようとするものの、タイミングも相手も悪い。

 あえなく自分はふっ飛ばされた。




 ────気づけば円形広場の反対側だ。

 特大剣の一撃を受け止めた両腕はジンジンしている。

 もしかしたらふっ飛ばされた瞬間に気を失っていたのか、それでぶつかった衝撃で気がついた?


 身を起こすとガラガラと何かが崩れる。

 見ればそいつは木やレンガ等の建材。

 自分は建物に埋没するようにふっ飛ばされたみたいだ。


 立ち上がって、振り返るとそれは円形広場に店を構えるパン屋さんだった。ウチの宿でも贔屓にしている。


 顔を前に戻せば、向こう側にはアギラの姿。


 アギラはクックックと押し殺したような笑い声をこちらにまで届かせる。

 そして奴はこれまで軽々と持っていた特大剣の剣身をガコォン……と地面に落とした。



「────じゃあ本気でやるぞ?」



 薄ら寒い恐怖を感じる。

 記憶にある、あの感覚がすぐそばにあるような。あの死の感覚が。


 アギラは鬼気迫る勢いでこちらへ突撃してきた。

 ダンッダンッダンッ!と石畳を割り砕き。

 特大剣を引きずりながら・・・・・・・


 地面と擦れあってギャリギャリと甲高い音が円形広場に響き渡る。

 それと同時に自分は見た。

 アギラの口元が何かを詠うように動いている。



 ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!

「───────────────────────────」



 ギャリギャリという騒音の裏で一体何を詠唱しているんだ!?

 くそッ! 聞き取れやしない! バロルは!?


『無理だ! んなァ都合のいいもんじゃァねェぞ俺様は!』


 そしてアギラに接近を許し、来るであろう魔法への対策も何もできていない。


 彼我の距離は僅か3m。

 そこでせめてアギラの動きを見失うまいと、奴の全体を俯瞰して認識する。

 

 だけれどそんな自分を嘲笑うかのように、引きずられた剣。

 それは自分の少し前で振り上げられて、足元の石畳がめくり上がり、石のカーテンを作る。


 この石のカーテンはただの魔力を込めた剣戟で跳ね上げられただけだ。魔法現象じゃない。

 つまりこの向こうにいるアギラは、一つ魔法を待機させているということで。


『クソッ暗夜ならァ暴けるがこれじゃあなァ』


 自分はこれにどう対応すればいいのか分からなかった。バロルの視覚での遮蔽の向こうは見透せない。

 何も分からずともなりふり構わず回避行動を取れば良かったのだろうか。


 でも自分はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 少なくともこれは最善手ではない。それは明らか。



「────《ディバイディング》」


 でも石のカーテンの向こうから放たれた魔法を自分は大鎌の柄で受け止めた!

 よしよし! なんとかなったぞ!


 

 なんて心の中でガッツポーズを取ったのもつかの間。

 カランって音と共に自分の手の中から大鎌が落ちる。


 見下ろした視界は真っ赤だった。

 今にも血溜まりが出来上がっていく。止めどない血液の出処は自分のお腹だった。


 信じられないあり得ないって思って、お腹をそおっと触ると、ネチョリとした感触がした。

 思わず引っ込めた手にはべっとりと赤黒い血液ががこびりついてる。


 え? なんでさ。受け止めたじゃん? 

 そんな疑問とともに、急速に体から力が抜けていって。

 足元がおぼつかなくなる。

 それは見知った感覚そのものだった。


 食い止める術もなく、自分は後ろへと倒れた。


 それと同時、倒れた視界、上下逆さまなその中にあったのは、懇意にしてるパン屋さん。


 その建物へ真一文字の裂傷が走った。

 バアァン!!と何か大質量の物体が弾けるような音で、真後ろのパン屋さんは破壊に晒されていた。


 その高さは丁度自分のお腹の辺りと一致する。

 

「なんだ。その程度か。まだまだ経験が足りねぇな」


 なに……おう……


 混濁する意識の中にアギラの言葉が降りかかってくる。

 なんとかして声にした方向へ顔をやると、すぐ側に立って自分のことを見下ろしている奴のことが見えた。


 くそ……喉から血反吐が絡まって詠唱もままならない……。

 手を動かそうとしても、指一本がピクリと動いて、それきりだ。

 足は……感覚がない。そもそも自分の下半身は繋がっているのか?


「じゃあな」


 アギラの奴が特大剣を振り上げる。

 頭を潰す気みたいだ。

 はは、もう自分じゃどうしようもねーや。


 一年前のあのとき、大人しく逃げとけばよかったのかな?

 リエーレさんに話なんか持ちかけずに適当なお礼だけして、何もかも見ないふりしてどこか遠くまで行けば良かったのかな?


 あぁ、ごめんねケイ君。

 自分はここまでみたいだ。


 この世界に生を受けて十余年

 変な巡り合わせで死神として生き永らえて一年余。

 まぁ楽しかった、かな。


『……おいィ。何しんみりしてんだァ? おめェはそんな程度じゃ死ねねェぞ?』


 ────え?


『言ったろ? てめェは、死神は不死だって。流石に純度が低いから即時再生とまではいかねェが死にゃしねェよ』


 ……マジ?


『あァ、マジだぜ? でもそれはそれでヤバいんじゃねェか? お前誰にも自分が死神だって話してねェだろォ?』


 ────ぁ、そうだった。


 ずうっとずっと、先延ばしにしてきた。

 何故って恐ろしいからだ。己が排斥されるような立場に置かれるんじゃないか、この場所を失ってしまうんじゃないか、そんな恐怖がいつまでも頭についてまわって。

 今日に至ってしまった。


 眼球に特大の剣が大写しになる。

 それはどんどんと迫ってきて、遂には視界にめり込んだ。




 林檎が潰れたみたいな音を聞いた。




この話でやっとチュートリアルが終わりました

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