第三話「道連れ」
ひとしきり泣いた。
とりあえず、この儀式場から出るのが先決だ。
記憶にあるこの場所は魔法使いの実験場の最深部にあるはず。
ちなみにこの施設は古い地下遺跡を実験場として転用したものだったと記憶している。
自分は奴隷というか実験体の身分だったからこの施設の全貌なんて分からない。
けれどこの施設はあそこで屍を晒してる魔法使いの支配下であるゴーレムやガーゴイルなんかの魔法擬似生命で運営されていた。
そういうのは主が死亡すればただの石塊に戻るはずなので今のこの施設はほとんどもぬけの殻のはず。儀式場の明かりだってとうに消えてたからそういうことなんだろう。
魔法で生み出された、スライムやツリーフォークなんかの擬似じゃない生命を持った存在やバロルみたいな悪魔なんかも居たけど、実験場に厳重に閉じ込められているはずでそこに近づかなければ危険はない。
それに個人的にはあそこに行きたくない。
そういえば自分の体が素っ裸だったことに今更にして気づいた。
改めて自分の体をまじまじと見ると、魔法陣が刻まれている。
顔や手なんかには無いけどお腹や胸にはアートみたいに魔法陣がのたくっている。
ごしごしと手で擦ってみたけど落ちる様子はない。インクじゃなくて刺青タイプっぽい。
どういう効果をもたらすものなんだろう?
魔法陣は適切に魔力を流し込めば発動するけど、その適切な量と勢いが分からない。
結局放置することにした。
外に出るのに裸なのもまずいけど、これを見られるのはもっと心持ちが悪い気がした。
これは自分の悲惨な過去の証明なのだから。
何か体を覆うものが欲しい。
そう思ったときに目に入り込んできたのは、白骨化した魔法使いだ。
バサッと床に広がったローブが白骨の下敷きになっている。
最初こそこれを見て引きつった声を上げたものだけど、今となってみると何故かあんまり怖くない。
自分はローブの端を引っ張って白骨を転がして、ローブを剥ぎとった。
それを体にくるむといくらかの安心感を得ることができた。
もう一度視界を落とすと、転がった白骨が纏っている服があったけど、血で真っ黒に汚れていて、流石に剥ぎ取る気にはなれなかった。
でも靴だけは頂いておく、裸足は痛い。
下がスースーするけど仕方ない。丈の長いローブだからそうそう見えはしないでしょう。
このローブはあの魔法使いが使ってたから、表面に薄く文様が刻まれてる。流石にこれを見て何だ、って言えるほど魔法に造詣が深くはないけど、害のあるものじゃないと思う。
自分はバロルに作ってもらった魔法の明かりを頼りに儀式場を出て階段を昇る。
階段は曲がりくねっていて、そのうち壁が目の前に現れた。
壁は四五人が並んでちょうどくらいの幅で高さも相当のものだ。
周りの壁は無機質な石造りなのに、この壁だけ明らかに材質が違って小奇麗に磨かれた石材で出来ている。
たぶん仕掛け扉みたいなものだろう。
一瞬当惑したものの、正対している壁の真ん中にいかにもな魔法陣があったのでそこに魔力を流しこむ。暴走するといけないので最初は少しずつ。そのうち仕掛けに必要な魔力量の閾値を超えたらしく、魔法陣が淡く発光し始めた。
予想通りそれが仕掛けの核だったみたいで、すぐにゴゴゴという重い音を立てて、壁が二つに割れて、向こうが見渡せるようになった。
向こう側は随分と大広間のようになっていて、幾つもの物が散乱しているみたい。
そういえば見通せるってことは明かりがあるってことだ。
目についた光源は原始的な燭台に火を灯したものだった。
魔法触媒じゃない……?
ふと疑問が浮かんだけどそれはひとまず置いておいて、改めて広場を見渡すと散乱したものがやけに生活感が溢れていることに気づいた。
木のテーブルやそこに置かれた酒盛りの後であろうジョッキや皿等々。
ここは実験場のはずなのになんでこんなのが……?
疑問が振って湧いてくるも、ともかく自分はキョロキョロしながらも足を踏み出す。
後ろでまたゴゴゴという音がして振り返る。
仕掛け扉が閉まったみたいだ。こっち側から見ると魔法陣が壁の模様の中に紛れていて見事な仕掛けだと感心してしまった。
「……っ!」
うん?
誰かの抑えこんだような声が聞こえた。
声の主を探して視線をさまよわせると、テーブルの影から自分のことを伺っている目を見つけた。
「…………」
「…………」
目が合って、若干気まずい沈黙が自分達を包んだ。
全身がよく見えないけど、ちょこんとのぞいた顔は随分と小さい。
たぶん子どもなのかな。
自分も14歳だから子どもだけど、それよりも更に幼く見える。
「えっと出ておいて~……?」
「っ!」
自分が声をかけると、その子はビクッと体を強張らせた。
そしてより一層警戒しながらテーブルにかじりつくようにして自分の様子を伺ってくる。
仕方ないので自分から歩み寄ることにした。
子どもだし、なんだか怯えてるみたいだし、こちらに危害を加えてくることはないんじゃないかな。
「あのー、君?」
「っ! はいっ!」
観念したのかその子はテーブルの影から出て来て、自分と相対した。
その子は見立て通り、自分よりも年下らしく十歳かそこらの少年だった。
でも明るめのブラウンの髮は手入れされていないようでずいぶんとくすんでいるように見えるし、服もボロボロ、体もかなり痩せている。
「君は……?」
「お姉さんこそ誰ですか……そんなところから出てきて、そ、そんなおっきい鎌を背負って」
あ、そういえば自分は大鎌を背負ってたんだった。
そりゃ怯えられるよね。
「私は……」
自分は答えに窮した。
この世界で死神なんて言ったら通報ものだ。教会に。
大鎌見ただけであんなに怯えられてるのにどう言い繕えばいいんだろうか。
「あ、もしかして冒険者さんですか……? ここの盗賊団をやっつけに来たとか?」
少年ありがとう。それでいこう。
冒険者。うん実にそれっぽい。大鎌なんて素っ頓狂な武器を使っててもさして違和感ないぞこれ。バロルが念話で『素っ頓狂だとォ!?』って声を上げてビクッてしたけど、今はスルー。いらぬ不興は買いたくない。
というか盗賊団? もしかして魔法使いが死んでもぬけの殻になったこの実験場に盗賊が入り浸ってしまったってことなのかな。
そういえばあの首チョンパされた魔法使いって白骨化してた。
自分が一矢報いようと魔法陣を悪戯に弄くってから、ついさっき目を覚ますまでの間にかなりの時間が経ってたんじゃないか。
そこんとこどうなんだろう。
『さァな。あの地下儀式場じゃ星も月も見えやしねぇからな。俺様も数えててたわけじゃねぇが、かなりの間おめェはあそこで倒れてたな』
そうだったのか。
ちなみにバロルから私へ念話が出来るように、私からバロルへも念話ができる。
というか同じ体に同居してるんでそうなってしまうのだ。
一応意識すればバロルに聞かさないようにはできる。さっき少し鎌をなじったのを聞かせてしまったのはまだあんまり慣れてないからだ。
話が大分ズレ込んでしまった。
お陰で目の前の少年からは随分考えこんでいるように写ってしまっているかもしれない。
とりあえず目の前の少年の口から出たアイデアを調理してなんとかしよう。
「冒険者うん。そんなところだよ。洞窟に潜ってたら隠し通路を見つけてね。それでここに出て来たってわけ」
まるっきり嘘だけど。
まぁ、上手くごまかせたんじゃないかな。
「じゃあじゃあ! 頼みがあるんです!」
私の嘘を聞くと少年は息を荒げて自分に詰め寄ってきた。
え、何?
「僕をここから連れだしてください!」
少年はそう自分に懇願してきた。
ちょ、ちょっと待とう。
これは面倒なことになったのでは……
◆
少年はケイティスと名乗った。
なんでもこの子は3年ほど前にとある魔法使いに奴隷として購入されてきたものの、それから何の音沙汰もなく途方に暮れていたところに『大鷲』という盗賊団がやってきてここをアジトとして使い出した。そしてこの子を下働きとしてこき使いだしたといった顛末らしい。
そこで思い至った。この子はおそらく自分と同じだ。
この子は魔法の素養があって、それゆえ非道な魔法使いの実験台になる予定だったに違いない。
でも自分があの儀式をぶち壊して魔法使いは死亡。ケイティス君は体を弄くられることなく、そのまま放置されることになったってわけだ。
それで半ば廃棄されたこの施設に盗賊がやってきて住み着き始めたから、この子はとっ捕まって下働きをさせられてるんだろう。
まぁ、盗賊の下働きなんて嫌だよなぁ。
今だってたった一人で宴会の後片付けやらされてるんでしょ? そりゃあねぇ。
事情は分かった。
それにしてもこの子が自分と同じ境遇だったなんて、少しばかり親近感が湧いてきた。
だとしたら私が儀式場で魔法陣を暴走させてから、ついさっき起き上がるまでのスパンは、ケイティス君が放置されて今に至るまでと同じ時間のはずだから……
3年!?
嘘でしょ。そんな長い間あそこで横たわってたの? 確かにバロルはかなり長い間って言ってたけれど……
ともかく。自分とこの子は一蓮托生。
この盗賊のアジトから脱出を計る同志だ。
自分一人じゃここの構造とかかなり怪しいし。一人は怖いし。
「いいよ。一緒に逃げようか」
「ほんとですか!」
「うん。ほんとほんと。というか外までの道分かんないしね」
たぶん構造は変わってないだろうけど、実験体だったから出口への道なんて知るわけ無い。その点ケイティス君は下働きとはいえ、ここにずっといるわけじゃないだろうし出口への道は分かるはずだ。
ケイティス君は話している内にすっかり毒気を抜かれたようで。今では朗らかに話してくれている。
今も「さーやるぞー」と胸の前で小さくガッツポーズしていて、どことなく可愛らしい印象を受ける。
自分は細く息をひとつ吐いて、背中の大鎌を手にとって構える。
臨戦態勢だ。
今生でも前世でも人を傷つけたことなんてない。ちょっとした喧嘩くらいならあるけど、その程度だ。
ケイティス君に頼りにされてる自分だけれども、ちゃんと戦えるんだろうか。
胸中は不安で一杯だった。
「さぁ、行きましょうエリューさん!」
「え、どっち行くの?」
ケイティス君は自分の出て来た仕掛け扉への方向へと歩を進めて、疑問を投げかけた自分を振り返って「え?」という声を上げた。
「だってここが隠し扉になってて、外に出られるんじゃないですか?」
あー、そういえばそんな嘘をついてしまったなぁ……
そっちに行っても儀式場があるだけで、外には出れないんだよなぁ。
どうしよう。
嘘はやっぱりよくないね。
どうやって説得しようかなぁ……