第二九話「大鷲と死神達」
【石突】
石突は、棒状の道具における、地面に突き立てる(接する)部位の呼称。
槍や薙刀などの長柄武器における刃部と逆側の先端のこと。
ゆらりと自分は立ち上がった。
眼前には見るも耐えない惨劇が広がっている。
誰しもが言葉を失っていた。
アギラの周囲に転がっているのは幾つもの肉塊。
それはもちろん、さっきまで冒険者さんだったものだ。
酒の席で防具を身につけていなかったのが災いしたのだろう。
どれもこれもすっぱりと両断されてしまっている。
「なんてことをっ……!」
「うん? いやいや? つっかかってきたこいつらが悪いんだろうが? 更に言うならこいつが弱いのがな」
アギラは命を奪っておきながらいけしゃあしゃあとした態度でいて、悪びれもしていなおい。
自分はギリリッと奥歯を擦り合わせ、奴を睨みつけた。
見れば周りのお客さんも、騒然とした空気から立ち直り、そこに現出した『死」を認識したみたいだ。
その人達の反応は一様に同じとはいかなかった。恐れおののく人、憎しみの視線を向ける人、状況を理解した上で信じられない人、そして友の、仲間の仇を取ろうとする人。
こいつに普通の冒険者さんがつっかかっても悲劇を上塗りするだけだ。
「噂以上の、狼藉者ですね……。お客様方は危ないですので下がっていてくださいね」
自分はそう言って気を逸るを人達を制止する。
それでお客さん達も引き下がってくれる、内心では力の及ぶ相手ではないと理解していたんだろう。
「あぁでもお前は良いな。俺の《イクスフォース》や蹴りを喰らってまだ立てるってんだ。普通なら骨くらいは余裕でいっちまうもんだぜ? それにその大鎌も随分と使い込んでんだな。まさか即座に召喚で取り返されるとは。まぁも少し切れ味が良けりゃどうにかなったかもしれないのによ」
「そりゃどうも。この武器はちょっと曰くつきなんでね」
まぁ曰くつきってのは解釈次第な気がしないでもないけど。
『ははは、こいつ見る目あるぜエリュー』
おいバロル褒められたからってなに調子のってんの。
まぁいいや。さて、こいつをどうやって攻略するか。
ま、とりあえず、切れ味が悪くて攻撃が通らないなら、手段を講じないといけない。
アギラの様子を伺う。
奴はこちらのことを評価したけど、それは同時に下に見ているということでもあると思う。
そんな奴が、全力を上げて、必死に自分を潰そうはしないだろう。
というわけでゆっくり最高級のエンチャントしましょうか。 ここで手を出すのはマナー違反だよ? そうだよね?
「“悠久なる風”・“其は鋭き風”・“其は疾き風”・“逆巻きて”・“研ぎ澄まされ”・“大気引き裂く”・“鎌風と化せ────《エンチャントカマイタチ》」
さっきの騒乱でかき混ぜられた空気は迅風になって、大鎌の刃へと纏わりついていく。
そして高密度に寄り集った風はもはや視認できるレベルに達し、錆びも刃こぼれも内に飲み込んで、半透明の刃を成した。
風が震えて鳴って、酒場に高周波のサウンドエフェクトが染み渡る。
アギラはエンチャントをする自分をただただ眺めてくれていた。ありがたいこった。
「ほぉ、怖い怖い。そいつなら確かに俺の腕だって真っ二つだろうさ」
自分はヘラヘラとしているそいつに返事をくれてやることはない。
端のテーブルにポンと置かれていたビールジョッキを大鎌の柄で弾く。
弾かれたビールジョッキは綺麗なストレートを描いて、アギラのところへと飛び込んでいった。
それと同時に姿勢を低くし、大鎌を後ろへと構えて、床板を蹴った。
煩わしそうにビールジョッキを跳ね除けるアギラ。テーブルとかは奴のせいだけどこれからの破壊は自分のせいだし、後で謝んないとなー。
接近。
さて、大鎌は大ぶりな武器だ。
こんな分かりやすい予備動作での攻撃なんてよっぽどタイミングが良くないと当たらない。
うん。でもあいつは今こう考えていることだろう。考えてなくても無意識下でこう思っているのだ。
エンチャントまでしたんだし、振りかぶったんだから、その大刃で攻撃を仕掛けてくるんだろう、と。
だから自分は振りかぶったんじゃなく、構えたんだよ。
大鎌の石突がアギラの土手っ腹に打ち込まれた。
「ウグゥッ!」
大刃での斬撃と見せかけて、石突での打突。
シャヴァリーさんから学んだ手だ。
全速での打突により、アギラがよろめく。
明確な隙を晒す。
自分は未だに後ろに置かれた大刃の丸まった面を接地させ、そうした大鎌を支えに緩く飛び上がる。
フワッとした滞空は一瞬。
「では少しお外へ出てもらいましょうか?」
にっこりと微笑んだ自分の顔と引きつったアギラの顔は見事な対比になっていることだろう。
ドロップキックを見舞ってやった。
アギラの胸に突き刺さったそれは、自分の全身全霊を込めた一撃だ。
奴の巨体がズバーンとスライドしていって、壁にぶつかる。
その方向はちょうどテーブルもお客さんもいない方向だったので問題ない。
それでアギラの体は止まる。
自分は追撃の手を緩めない。
着地と同時に今度こそ大鎌を振りかぶる、
「“刃風”・“奔れ”────《カマイタチストリーク》」
自分は先程の《エンチャントカマイタチ》から詠唱を引き継いで、つまり追加詠唱を行い、新たな魔法を成す。
そうして鎌鼬を纏った大鎌をザンッと振り下ろした。
前方へと風の刃が放たれる。
《カマイタチストリーク》はガガガッと床板を削りながら、アギラの元へ到達する。
「うぉっとぉ!」
それをアギラは特大剣の腹で受け止めるが、勢いをその場に留めることはできず、壁をぶち破って外にふっとばされた。
外に出たところで場所が広く取れるようになって、上手いこと体を捻って風刃を受け流す。
それで《カマイタチストリーク》が円形広場のど真ん中を駆け抜けていって、石畳を削り取っていった。
戦場は外へシフト
よし。これで誰かを巻き込む心配はぐーっと減るね。店は派手に壊した上、謝る相手が一杯増えそうな気もするけど。
「うぉー! やってちまえエリューちゃん!」
「さっすがエリューちゃんだ!」
「ぶちのめしちまえーー!」
ギャラリーの興奮した歓声を聞きながら、アギラを吹き飛ばして壁に開通した穴をくぐる。
広場の先では恨めしげな視線をこちらへ向けて立ち上がるアギラの姿が見て取れた。
チッ、特大剣は握ったままか。あの衝撃で取り落としてくれればよかったものを。
落ち着く隙など与えない。
自分は大鎌を携えて駆け、大鎌を振るう。
真上から、切っ先を心臓へ向けて。
そこに割り込むはガイィンという鈍い音。
さすがに受け止められた。
アギラは膝立ちの姿勢のまま大剣の腹で、大鎌の切っ先を受け止めていた。
受け止めた大剣の角度が斜め向きだったので、そのまま大剣の腹を滑っていく。
このままでは地面にささってしまう、大鎌の軌道を特大剣の表面から浮かせて、横の動きへと転化する、いやさせられたが正しいか。
上手くいなされた。
自分は勢いを殺さないために、泳いだ大鎌の勢いを体の回転に更に転化し、その流れで頭の上で円盤状に鎌を回す。
アギラの方は盾にした大剣を右の小脇に仕舞いこんで、左を順手、右を逆手に持って、居合みたいな構えになった。
次の一合は激しいぞ。
体と大鎌本体、二重の回転が載せられた自分の斬撃。
両手でしかとにぎられた大剣から繰り出される奴の斬撃。
その二つがぶつかり合った。
自分の体をぶつかり合ったときのエネルギーが駆け抜けていくのを感じた。
単純な力比べでは筋骨隆々のアギラの方が残念ながら分がある。
死神の力で並外れた膂力があるとはいえ、なんというかその、限度はある。
自分はこの大鎌をわりかし重いって思ってるし、振るときはちゃんと両手で握るようにしてる。
それに対してアギラはこの大鎌と同じかそれ以上はありそうな鉄塊を、手首の力だけでヒョイヒョイ振り回して。こいつはマジモンの化けものだ。
でもそれが互角に鍔迫り合えるになったのは《エンチャントカマイタチ》のお陰。
大鎌が纏う暴風が、アギラの特大剣をガタガタと鳴震させ、力を分散させているのだ。
「っうぅぐぁぁあああああ!!」
「なめんぁあああああああ!!」
そのぶつかり合いは、唐突に終了した。
自分が魔力を込めすぎたのか、《エンチャントカマイタチ》によって発生する暴風が自分の制御を離れて吹き荒れ、ギリギリと音を立てていた武器同士を明後日の方向へと僅かにズラしたのだ。
それで拮抗の崩れた両者は、ありあまる勢いのままスッポ抜けて体のバランスを崩し、両者の武器がギリギリ届かないくらいの距離感で体勢を立て直した。
「ふー……」
「…………」
一瞬の睨み合い。
自分とアギラは申し合わせたように、一歩踏み込む。
自分は器用に大鎌を縦にくるりと回して、真上からの変則切り降ろし。
奴は羽虫を振り払うように片手で、横に強めな袈裟懸けの切り払い。
ほぼ同時に攻撃を繰り出して、それを互いの目が捉える。
自分の攻撃はサッと横に体を寄せて回避される。
奴の攻撃は咄嗟に屈んで回避してみせる。
互いが攻撃を繰り出しながら、相手の攻撃を避ける。
次は……!? しまった!
奴は思いっきり片手で振りぬかれたアギラの特大剣、その遠心力を使って、体を端片方に寄せて自分の切り下ろしを回避してみせた。
でもそれだけじゃ留まらない。
屈んだ姿勢の自分に迫ったのは、奴の足。
避けられるのを想定してたのか。
なんて悔やんでも仕方なく、自分はまるでサッカーボールみたいに蹴り飛ばされた。
戦場が円形広場の中心だったので、だいぶ端まで飛ばされたもんだ。少し後ろにはたまに入る雑貨屋さんがあるね。
アギラの様子を伺うと、蹴り飛ばした姿勢からようやっと元に戻ったところみたいだ。追撃はない。
右手には『夜明けのオーロラ亭』とそこで自分とアギラの戦闘を見守る人たちがいる。
リエーレさんやケイ君は心配そうに、それに対して冒険者さん達は口々に自分のことを囃し立ててくる。
しかし流石にあの体勢から追撃は来ないだろうとは踏んでたとはいえ、一安心だ。
彼我の距離は10mほど。
脳味噌が焼けつくような、肉薄した殺りとりに小休止を入れれる。
ふぅ。
想像はしてたけど一筋縄じゃいかない相手だなぁ。
手元の大鎌に視線を落とす。
《エンチャントカマイタチ》は正常に動作してる。
これの維持にバリバリ魔力持ってかれるけど、ダンジョン攻略してるわけでもないんだし、出し惜しみはなしだ。
自分は全魔法適正はあるとはいえ、魔力保有量自体は特別多いってわけじゃない。種族死神といえど、死神という種族自体はさして魔法に特化した性質を持っているわけじゃないので、平均の倍くらいしかない。いや、あるっちゃある方だけど、オリヴィエさんみたいなマジックユーザーと比べるとやっぱり数歩劣る。
まぁ魔法に限らず手札は一杯あるし、色々とやってみないとね……
「ほぉ、ガキだと侮ってたが中々どうしてやるじゃないか。そこそこ以上の力もあるし、魔力の質も運用もイイ線行ってやがる」
「そう言うあなたも、凄まじいですね。そんな鉄塊のような大剣を片腕で振れるなんて……」
アギラは自分のことを高く買ってくれているみたいだけど、同時にまだ余裕のようなものを感じた。
さっきの発言だって『ガキ』だということで侮ったいたのを撤回しただけで、刃を交える相手としてはまだ侮られているのだろう。
悔しいという気持ちよりも、焦りの感情が強く浮き出てくる。
早く奴の底を暴かないと……
そう思いながら、自分はタンッと石畳を蹴ってアギラと再び死合う。
「“炎弾の猛射”──《フレイムボール》 お喋りしてる暇はありませんよ!」
走りながら圧縮した詠唱を紡いで、構築された3つの炎の玉を射出する。
燃え盛りながら飛翔する炎玉は、掻き消されないようアギラの足元へと着弾させる。
圧縮詠唱でした上、一節しか詠唱してないので威力はお察し。
でも熱と煙で視界は塞げる。
真っ直ぐ、どストレートにアギラの正面に突っ込む。
自分には魔法耐性の紋があるので炎の中に突っ込んでも平気だ。
そうして接近した自分はそこで、クンッと斜め45度の角度に折れ曲がるように軌道を変えて、ステップ。
自分の後ろに置いておいた大鎌の刃がディレイをかけてアギラを襲うという寸法だ。
「うぉっと危ねえな!」
それをしゃくしゃくと見切った奴は、タンッと後ろに一歩下がりながらコマのように体をよじり特大剣を振るう。
自分は咄嗟にローリングをして姿勢を低くし、特大剣の横薙ぎを避ける。
大鎌の背を地面に押し当てながらすばやく起き上がると、その軸にした大鎌に特大剣が降ってきた。
いや違う、自分を狙ったんだ……。
あれは自分の本体でもある、ポッキリいってしまえば果たしてどうなってしまうのか。
ゾッとした。
『ぐァあ……!』
あんな特大剣をまともに振り下ろされ、大鎌であるバロルから呻きが漏れる。
死神の武器故に強度は折り紙つきなのだが、あんな鉄塊と細っこい大鎌の柄では格が違う。
それで折れなかったのは、大鎌の強度が凄まじかったからとかではなく、自分が手の中から大鎌を落としてしまったからだ。
地面に半ば叩きつけられるようにして、大鎌ははたき落とされてしまう。
「しまっ」
『っ! 下がれエリュー!」
バロルの甲高く響く忠言に、ほぼ反射で反応できて、自分は屈んで大鎌を取ろうとしていたのを中断し、バックステップ。
ヒュオンッ! という鋭い風斬り音。
何かが自分の首元を掠めた。
「ほぉ、避けるねぇ」
一歩下がってアギラを見ると、奴はどうやら一つ手札を切ったみたいだった。
直剣。
特大剣とくらべるとまるで爪楊枝みたいなサイズ感だけど、それはとても標準的なサイズの片手剣。
右手には先程から振り回している特大剣。ガコンと地面から持ち上げて肩に担ぐ。
左手にはさっき抜き放った直剣。無造作に携えられている。
左右でアシンメトリーな二刀流。
あれが奴の本来の戦闘スタイルなのか……?
ようやっと本気を見せてくれるってことかと思ったが、自分は目下ピンチだ。
大鎌を奴の足元に落としてきてしまった。
自分は更にバックステップで距離を取りながら
「くっ、“来て”・“我が大鎌”っ!?」「“対象置換”・“俺の特大剣”・“受け取れ”────《アポートフィード》」
自分が《アポート》の詠唱をしようとしたところで、詠唱が割り込んできた。
そのわざと聞かせるような詠唱の調子に、思わず自分は詠唱を取りやめてしまう。完成する詠唱。
そしてズンっと手の中に重たい感触が出現した。
見下すとそれは特大剣だった。
四角く巨大な鉄塊であるそれは、あまりにも重過ぎた。
「は……?」
一瞬の無理解と、晒される隙。
「おいおい、空間系統使いの目の前で種の割れた手品なんかしたらダメだろうよ」
無防備な自分のところへ、アギラが踏み込んでくる。
後ろに引かれた直剣の構えはすなわち突きの予備動作。
狙いは自分の胸。このままじゃ致命傷だ。
咄嗟に特大剣から手を離して、手の甲でなんとか刺突を弾く。
手の甲に固い感触、間に合った。
しかし肩にドスッという鈍い感触。思わず呻きが漏れる。
自分の右肩に直剣が突き刺さっていた。
痛みよりも挿さっている異物感の方が強い。
アギラのニタリとした笑みが目に映る。
けれど……! ここ更に退いて追いつめられるばかり。自分は反撃に転じるため、肩に突き刺さった直剣を素手で掴む!
直剣はそんな触れるだけでスッパリ切れるようなもんじゃないけど、やっぱり思いっきり握れば痛い。
けれど、そんな痛みをこらえて奴が離れられないように押しとどめる。
奴のペースを奪い取ってみせる!
「なっお前」
アギラは剣を引き抜こうとするが、頑として離さない。
多少手の平が裂けたところで構うものか。
自分は反撃の一手を唱え始める。
「“電撃よ”・剣を伝いて・“弾けよ”────《スパークショック》」
パチッ!
電光が疾った。
直剣を起点に発動された電撃の魔法は、自分とアギラ双方へと撃ち込まれる。
分厚い筋肉の鎧があろうが電気の前に関係ない!
両者共に怯んだ
だけど自分には魔法耐性の紋がある。
その分怯みから立ち直るのも少しだけ早い。
ズポンっと肩から直剣を引き抜き、奴の突き出された左手を掴んで、身を翻しながら下に潜り込む。
「せっりゃああぁあー!」
繰り出すは背負投。
今までならクソ重そうな、実際重かった特大剣があったからそんなことはできなかったけど、今奴が持っているのは直剣だけ。
体格差があっても、この投げ方なら問題ない。
ズァンッ!と石畳にアギラを体を投げつける。
電撃で半ば痙攣していた体では満足な受け身も取れなかったのだろう。奴は背中から叩きつけられた。
よし、自分はそこからパッと離れて大鎌を取りに行く。
『エリュー、後ろだ! もう来てる!』
まじか! もう復帰したのか。
バロルの言葉と、後ろからの足音により、アギラの接近を察知した自分は、大鎌を取り上げるとほぼ同時にジャンプする。
高さはアギラの身長の1,5倍くらいにまで飛び上がった。自分の真下を特大の刃が通り過ぎていく。
それを見届けながら、自分は大鎌の刃を斜め下へ差し出す。
位置はアギラの首がこれから通るライン上。
「っ!」
カァン!という音と共に自分の置いた罠は弾かれる。
左の直剣で弾かれた。あの両極端な二刀流の攻略法はどうすれば……!
そんな思案を巡らせながら、空中で体を捻りつつ着地。
影。
頭の上から特大剣が降ってきて、横っ飛びで躱す。石畳が谷のように割れる。
自分は反撃に大鎌をなぎ払うが、やはり左の直剣が受け止める。
それどころか直剣は大鎌の刃、柄と滑ってきて、自分の体へと襲いかかってきた。
これが大鎌のつらいとこだよ!
内にもぐりこまれちゃどうしようもない!
迫り来る直剣をきつめに体を反らしてなんとか避けたところで、アギラは更に体を捻る。
やってきたのは特大剣のなぎ払い。
スウェーの体勢でもはや回避は叶わず、大鎌の刃をこちらまで引き寄せてガードした。
もちろん受け止めきれるはずもない。吹っ飛ばされる。
優に10mほど、石畳をバウンドしていって、円形広場の端で止まった。
「やっぱやるなぁ。久しぶりに愉しい殺し合いだ。あー殺したらダメなんだったか? ────ん? 別にいいのか? そうかお前と同じなんだか死なねぇのか」
アギラはまた、誰かと言葉をかわしているみたいだった。
でも奴以外そこには誰もいない。少なくとも自分にはそう思えて、訝しげな視線を投げつける。
『あァ? エリューにゃァ聞こえてねェのか……』
うん? え、まさかバロルにはアギラの話し相手の声が聞こえるの?
『あァ、さっきからちょくちょくと幽かになァ。でも聞き取れはしねェ」
一体何なんだ……?
奴はこちらにスタスタと歩み寄りながら、偏ったやりとりを続けている。
いや、今こそ奴は油断してる、それにアギラも言ってたじゃないか「殺し合い」だと。
ここで攻撃を仕掛けねば逆に失礼ってもんだろう。
「“幽冥よ”・“我の対姿は”・“黒く秘されし”・“死神の”・“通り路”────《シャドウリープ》」
ぼそぼそと詠唱を呟き、完成した魔法は影渡りの魔法。
それを待機させながら、奴の様子を伺う。
日がもうほとんど落ちきって、微かな夕日のオレンジが斜めに広場を切り取っている。
円形広場は建物の影で、黒とオレンジに綺麗に分かたれていた。
その夕日に照らされた石畳をアギラと誰かが一歩一歩と、影に近寄ってくる。
そして、奴の足が影の領域に一歩踏み出した瞬間、自分は魔法を発動する。
ドボンッと、水中へ落ちるかのように自分の体が地面に、いや影に落ちる。
そして、五感全てを黒に塗りつぶされた世界の中で、己の感だけを頼りに進んでいき、影を破る。
ニュルリと、狙った通りの場所、奴の影の中から自分は這い出した。
これはもらった! 奴は気づいてすらいない!
自分は大鎌も掬い上げるようにして薙ぐ。
そして引っかかった。
ギギギという金属がこすれ合う音。
バカなアギラは気づいていなかったはず。
自分の大鎌は確かに防御されていた。
大鎌に、もう一つの大鎌がひっかかって動きを止められていた。
こんな武器はアギラの得物じゃない。
むしろこれは自分の……。
「わぁびっくり。空、風、火、雷、闇、おかしいなぁ? 生前は風だけしか使えなかったのに、やけに沢山の属性を使えるんだねエリュー?」
出現した声は、やけに聞き慣れたものだった。
「おいおい、聞いてた話とちげぇじゃねぇか。最初は風使いだって聞いてたのによぉ。次々違う属性使い出しやがって」
「ごめんごめんって、どうやらなんか別の要因があるみたいだね」
アギラは先程と変わらぬ調子でそいつに話しかける。
姿が見えるようになった今、もはや違和感はない。
姿を現したその少女は身の丈を超えるような大鎌を携えていた。自分の大鎌を引っ掛けて止めたのは、その大鎌だ。
その少女は夜の闇に浸して染めたような、たおやかな髪を持ち。
星の光のように白く透き通った、どこか神秘的な肌をしていて。
暮の月みたいな紅色を湛えた両の眼からは目が離れない。
稀代の細工師が宝石を散らしたみたいに芸術的に仕上がった顔形に、ほっそりと伸びた四肢はどこか蠱惑的で。
何の文句のない美少女が目の前にいた。
ちょうど一年前にこんな光景を見た。
そうだ、オーロラ亭に来て、4年ぶりに自分の姿を見たときだ。あのとき自分は、鏡に写った自分の姿に見惚れていた。
だから自分はごく自然な流れで、戦闘中であることも忘れて、自分の顔をペタペタと触る。きっとこれは鏡だろう、そうに違いない。
だけど目の前の美少女は大鎌を携えたまま、にこにこと自分を見つめたままだ。
これは鏡なんかじゃない。
「初めましてエリュー。私の愛しい写身ちゃん♪ 私はエリニテス、死神よ」
その少女は自分とそっくりの顔をしていた。
その少女は自分とおんなじ声音をしていた。
その少女は自分と同じように大鎌を携えていた。
自分と彼女は全くもって瓜二つだった。
差異は瞳の色のみ。
金と紅の瞳が縫い付けられたように交錯した。




