第二八話「招かれざる客」
アルコンパーティーがこの宿を発ってから12日ほどの時間が過ぎた。
護衛依頼を受けたアルコン・リィゼさんは鉱山方面に、専門家を呼びに行ったオリヴィエ・ロッシさんは王都へと向かった。
この街から鉱山までは馬車で6日ほど、帰りも護衛依頼を受けて帰ってくるんだろうから今日か明日にでも帰ってきてくれるだろう。
一方王都へは馬車でおおよそ半月ほどかかる。けれどあの二人は馬車ではなく早馬を駆らせたので、一週間もあれば王都へは着けるだろうか。帰りは人が増えるのだからどうやって帰ってくるのかはちょっと分からないが。
何はともあれ、12日も経ったのでこちらもそう遠くない内に戻ってきてくれるだろう。
今のところこの街にも変わったことはない。
先日氷漬けにしたギガントコボルトは相変わらず安置されたまま、冒険者さんにローテしてもらって監視してるし、オーロラ亭も変わりない。
「んぅっ……」
自分はカウンターにもたれかかって伸びをした。
今日も今日とて『夜明けのオーロラ亭』でウエイトレスだ。
といっても今の時間はまだいい。
日がもうすぐ落ちるかといった時間帯で、ピークの時間はもう少し後だしね。
────カランッカランッ
「いらっしゃいませー!」
お客さんだ。自分は愛想よく微笑んで接客する。
うおーデカイ。2mは余裕で超えてる。今までみた中で一番かも。
入ってきた人は黒い外套も羽織ってるしその下には軽鎧も覗いてることだし、冒険者さんだね?
刃の形が四角くって、包丁をすっごくでっかくした感じだね。
それに纏う雰囲気がすごい。
彫りの深いしわの入った顔立ちには、いくつもの戦場を渡り歩いた古強者の気配が感じさせられる。
老いさらばえ呑んだくれた冒険者とは一線を画する、その生涯を戦場に置いてきた練達のオーラを纏っている。
その人は自分のことを一瞥して、少しだけ驚いたような表情をした後、すぐに巌のような顔に戻った。
そして自分の案内した空いている席について、自分は他の仕事があるのでそこから離れる。
やばいあの人……すごい強そう。
自分は仕事をこなしながらもその人のことをチラチラと横目で伺ってしまっていた。
いやーあの人が誰だか分かんないけど、もしラファロさんの旧友とか、そういう信頼に足る人なら『血盟』に引き込みたいね。
そんで慣例にしたがってもらうのだ。
先日シャヴァリーさんやオリヴィエさんだって倒したし、自分はかなーり強くなってるはず。
そんなことを考えていると、当のすごそうな人から呼び出しがかかった。
自分はちょっと浮足立ちながら、その人のテーブルにつく。
「おまたせしました」
「おう、何でもいい。適当に酒を寄越してくれるか? あとここのケイティスってガキがいるだろ。用があるんだ、呼んできてくれないか?」
ん? ケイ君にお客さん? 珍しい、まぁ一年もここに住んでるし、そういうことも起こるでしょう。
「かしこましりました。今日はいいエールが入っているので、それをお持ちしましょう」
「おう。頼むぜ」
自分はオーダーを承って、テーブルから離れる。
ちなみに実は自分はお酒は飲めない。
体が14歳だからか正直言ってあんまり美味しく感じないのだ。
ジュースみたいなカクテルとかだったら飲めるけど、それ以外のビールとかはあんまり、だ。
ただザルではあるっぽいので、冒険者さんからそういう勝負を持ちかけられたら応じるよ!
自分は厨房のスイングドアにもたれながら顔を突っ込んでケイ君を探すと、リスみたいに駆けずり回るケイ君を見つけた。
彼を掴まえて事情を話す。
「え、僕にお客さんですか?」
ケイ君は不思議そうにしながらも、エールをジョッキに注ぐ。
ん、あとはケイ君に任せちゃえばいいかな。
彼に『血盟』について誘ってもらおうかな? なんてことを考えながら一緒にホールに出て、「どなたですか?」ってケイ君が聞いてきたので、「あのすっごい包丁みたいな大剣の人だよ」って教えてあげた。
それでまた他の冒険者さんから呼び出しがかかったので、そっちのテーブルの応対をしようとしたとき。
────ガッチャーン!
耳をつんざくような鋭い音が響く。
ん、誰かがジョッキを落として割っちゃったかな。
あんまり頻度は高くないけど、まぁたまに聞く音だ。落ち着いて音の出処に向き直る。
そこにはついさっき入れたエールが床にぶちまけられてて、ガラス片が島みたいにエールの海に浮かんでいる。
そしてそれを落としたケイ君が茫然自失といった様子で、件のお客さんを見つめていた。
「ボ、ボス……」
「よぉ、ケイティス久しぶりだな。元気してたか?」
ケイ君はまるで一年前、乗合馬車で盗賊に襲われたときみたいに顔を青ざめさせてる。
いやもしかしたそれよりもっとかも。
あの大剣の人は、ヘラヘラとした笑みを浮かべてケイ君に向かってヒラヒラと手を振っていた。
◆
……え?
ボス? ボスって言った?
ケイ君がボスと呼ぶのは、考えうるかぎりただ一人。
彼の反応を見てもそれが正解だろうってことが容易に伺い知れた。
つまり、今酒場のテーブルでヒラヒラと手振っている男は────
盗賊団『大鷲』のボス、アギラ・ダールってことだ。
同時に以前アルコンさん達から聞いた情報が思い起こされる。
────「アイツは目立つ得物を持ってんだ」「奴の武器は四角い特大剣ね」
確かに特徴的な四角い特大剣だ。
やはり奴はアギラ・ダールということなのか。
何故、という疑問が頭の中で渦巻くと同時に、うろたえっぱなしのケイ君が視界に入って、ひとまずケイ君とアギラの間に割って入る。
「すみません。お客様少しお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
ケイ君を自分の後ろにかばいながら、キッとした鋭い目線を向ける。
「あぁなんだい?」
「あなたは『大鷲』のボス、アギラ・ダールですか?」
「うん? あぁ、そうだ」
────っ! こいつよくぬけぬけとこの場所に顔を出せたな!
自分は肯定の言葉を聞くやいなや、喉に魔力を集めた。
無手でこいつに挑んで取り押さえるなんて夢物語は描いちゃいない。
「“此処に来たれ”・“我が大鎌”・“魔眼と血呪の死神よ”!」
自分は己の得物である大鎌バロルを《アポート》で喚び出した。
大鎌はほぼ直上の自室にあるので、詠唱はほぼ最小限の3節分でいい。
おまけにこのケースなら呼び出される側に意思があるので、もうすっごい適当詠唱でいい。
自分の大鎌には元々《アポート》の処理が施されていたけど、それをオリヴィエさんにいじくってもらったので、詠唱も幅が効くようになったのだ。
『何ァだオイって、こいつァまたやり手だな。マジでコイツとやりあうのか?』
うん。とりあえず武器で脅しかけとかないと、あんま意味なさそうだけど。
呼びだされたバロルは一発で相手の技量を見ぬいたみたいで、珍しく好戦的じゃなかった。
そんなこんなで、大鎌が自分の手の中に出現した。
これを店内で構えるのなんてそうそうあることじゃない。
ほんとに手がつけられないくらいに酔っ払って暴れちゃった人を抑えるのに、カバー付きで殴りつけたくらいか。
だから店内はどよめいた。
それでカバーを取り外して刃を露出させると、店内の空気は一気に張り詰めた。
錆びついて欠けた刃でも凶器には違いない。
大鎌を見たアギラは何やら愉しそうな、ニタニタとした笑みを浮かべていた。
こいつ……何の目的で来たんだ……?
「あなた自分の立場分かってます? 『大鷲』のボス、アギラ・ダールといえば、重罪人も重罪人、単身で冒険者宿に乗り込んだりして無事では済みませんよ?」
「うん? 俺はそうは思えんがなぁ?」
アギラはまるで自室でくつろいでいるかのようにテーブルに頬杖をつきながら、自分達を侮った発言をしてくれる。
でも、これは悔しいけどおそらく事実。
今ここに偶然居合わせた冒険者さんが束になったとして、この男に膝をつかせられるかは怪しいだろう。
アルコンさん達は当然としてブルート・ゲオルグの強面コンビも今は出払っているので、この場にいるのは『血盟員』ではなくお客さんばかりだ。
「まぁ何だ? そんな血気立つんじゃねぇよ。俺がここに来たのは、ウチのペットが一匹やられちまったからだ。そいつと会ってみたいと思ってな。ケイティスはついでだ」
そうか。ギガントコボルトをやったからそれで『大鷲』を刺激してしまったわけか。
12日もの時間が経ったので、報復は来ないものと判断してしまったが、迂闊だった。
こいつが来た目的は改造モンスターを斃すような猛者、つまりアルコンさんを自らの手で排除することだろうか。
だったら生憎とアルコンさんは今ここにはいない。
いないんだが……それを正直に打ち明けてハイそうですかと帰ってくれる相手ではないだろう。
それにこっちだって返す気はない。『大鷲』の首魁が一人でノコノコと、これは千載一遇のチャンスだ。
自然と大鎌を持つ手に力が入る。
「うん? あぁそうだったな。あと俺の相棒がお前さんの顔も見ておきたいんだと」
アギラは突然まるで誰かに話しかけれたかのように相槌を打って、己が来た理由を付け足してきた。
「お前さん」と言って指差さされたのは他ならぬ自分だ。
アギラの……相棒? そいつが自分の顔を見ておきたい?
何のことだか分からない。
だってアギラの口ぶりからするに、その相棒とやらはまるでアギラと一緒にここにやってきたみたいじゃないないか。
けれど奴は明らかにお一人様で、他の誰かと連れ立ってなんていない。
拭い切れない違和感に苛まれる。
「御託はいいでしょう? アギラ・ダール」
自分の真後ろ、ケイ君よりも更に後ろのカウンター内から聞き慣れた女性の声。
いつもはたおやかなその声は、今に限っては氷のような冷たさを帯びていた。
リエーレさん踏みしめるような足音がゆっくりとこちらまでやってきて、自分の真横で止まった。
横目で伺ったリエーレさんの手には、あるものが握られていた。
銃だ。
更に言うなら回転式拳銃。
当然だけどリエーレさんは宿の主人でしかなくて、戦闘力なんてない。
だが彼女がその銃を握るということはある意味があった。
あのリボルバーはリエーレさんの夫、ラファロ・ニッツァの武器だ。
盗賊団『大鷲』の征伐にくりだされ、命を落とした彼の唯一の遺品。
「あなたは盗賊で自分達は冒険者、元々相容れない存在なのですから────」
リエーレさんはピンと伸ばしきった腕の先にリボルバーを掴み、銃口をアギラに差し向けた。
「────もとよりこうするほかないでしょう?」
そしてギギギと引き金にかかった指に力をかける。
銃身はブルブルと震えていた。
酒場の全体に緊張が走る。
だけど一年間みっちり鍛えられた自分には分かる。
この僅か5mほどの距離、その距離で銃弾を放とうとも、この世界の化物じみたの人間には何の効果も及ぼさないであろうことを。
同時に横目でリエーレさんの顔を伺った。
「あぁ、そうだな。それで? どうした? その引き金を引かないのか?」
「っ! 言われずとも!」
煽られるままに、リエーレさんは引き金を引き切ろうとする。
でもその瞬間、自分はあるものを発見してしまった。
横目に見るリエーレさんの向こう側、ちょうど二階へと続く階段のところだ。
そこにはソフィーちゃんの姿があった。
怯えた様子でこちらを伺っている。
誰に怯えているのか、アギラにというのもありえるだろう。でもそれ以上に憎悪に取り憑かれ銃を手にとった己の母親に怯えているという方が正解な気がした。
リエーレさんが今やろうとしていることは復讐だ。例え果たされる可能性が限りなく低いのだとしても、それを撃ってしまったという事実を子どもに見せるなんて、ダメだろう。
「抑えてくださいリエーレさん」
自分は大鎌をリエーレさんの前に、ちょうどアギラへの射線を遮るようにして大鎌が壁になる。
「エリューちゃん……」
「酒場での荒事は自分の仕事ですよ。まったく仕事取らないでくださいよ。暇になっちゃいます」
自分は大鎌や身振りでそれとなく、ケイ君とリエーレさんに下がるように促した。
渋々といった調子でリエーレさんは退く。
今度は一人でアギラ・ダールと相対する。
ここまでやつはその身格好を崩さずにテーブルに頬杖をついている。食えない奴。
奴の自慢の特大剣はテーブルに立てかけられたまま、実に無造作だ。でも直ぐに手がとどく距離ではある。
だから、今がたぶんいちばんのチャンス。
特大剣を持たれちゃ、勝ちの目は遠のく、だったらもうやることは一つ。
「じゃあアギラ・ダールさん。やり合いましょうか!」
自分は錆の浮いた大鎌をアギラの首筋目掛けてなぎ払う。
不意打ちも不意打ち、それが何さ!
サビッサビで刃も欠けてるから首筋に突き立っても即死とはいかないでしょう。
聞きたいことば山程あるんでね。
そんな打算を働かせて、大鎌の刃は唸りを上げる。
返ってきた感触は鉄。
響いたのは大質量同時がぶつかり合うの鈍い音。
「うぇ、マジ?」
思わず悪態がついで出る。
防がれた。
アギラは自分のなぎ払いを見て、即座に特大剣に片手を伸ばした。
そしてその鋼鉄の威容をしかと掴むと、手首の捻りだけで真上まで振り上げて、自分の一撃を弾いてみせた。
こいつ、やばい。
まともに斬り合ったら押し負ける。
自分は弾かれてアギラの真上を泳ぐ大鎌をたたらを踏みながら引き戻す。
真上にあった大鎌にこっちがわへのベクトルを与えると、大鎌はちょうど真下にあるアギラの首筋へと再接近する。
「“無窮よ”・“爆ぜろ”──《イクスフォース》」
────ドッと何かに突き飛ばされたみたいな感覚。
大鎌が手からすっぽ抜ける。
何千枚ものガラスを一度に叩き割ったみたいな甲高い音が店内に反響する。
気がついたら自分はカウンターに背を預けていた。
いや半ば埋没していたと言うべきか。
吹き飛ばされたのだと気づいたのはほんの少し辺りを見回してからだ。
辺りは同心円上にテーブルやイスが吹き飛ばされて、その中心に堂々とアイツが佇んでいた。
床板もひしゃげていて衝撃の強さを物語る。
随分と省略された詠唱だったけど、随分と位階の高い詠唱だった……。フル詠唱のものを喰らえば即死もかくやと恐ろしくなった。
魔法には『位階』という概念がある。
魔法詠唱の第一節はほぼ必ずこれから詠じる魔法の属性が入れ込まれるが、その属性を表すワードの『位』のことだ。
例えば、“火よ”から詠唱を始めた場合と、“焔よ”から詠唱を始めた場合では後者の方が強力な魔法に仕上がる。
もちろんそれに見合った魔力操作なんかが必要とされる。
そして位階は4つに別れて、例えば火属性なら“火”・“炎”・“焔”・“業火”の順に高度な魔法となる。
ここで奴の今の魔法は空間魔法だ。適性があるやつなんてホントに数限られてる。
その中で奴の行った“無窮”という詠唱は最上位である第四階位、最上位の詠唱だ。
それを惜しげも無く披露してくれて……まるでどうってことない手みたいじゃないか。
奴にとって己が『空間魔法使いの最高階位』だってことは自分と殺り合う上で隠すほどでもない手札だってことか……!
自分は全魔法に適性こそあれ、やっぱり得手不得手はあって、生来の私が適性を持っていた風属性とバロルが適性のある火と闇属性は第三階位まで詠唱できる。
逆に言うとそれ意外の属性は頑張って第二階位がせいぜい、不得手な光とか水とかに至っては第一がギリギリレベルだ。
それに、いくら大量に手札があるっても第四階位の空間魔法のようなパワーカードで押し切られれば対応は厳しいだろう。
だから積極的に接近戦を仕掛けて大魔法の詠唱はさせないようにしないといけない。
とそこまで分析したところで気づく。
『エリュー!』
「ほぉ。整備はてんで駄目だがモノ自体はいいもんだな」
バロルの説破詰まった声とアギラのつぶやき。
スッポ抜けた大鎌が、アギラの手の中にある……!
奴は特大剣を右の肩に背負いながら、もう一方の手に大鎌の刃の部分を上から握って、まじまじと見つめている。
サビが浮いてるのは整備できないんだよ。仕方ないんだ。
でも武器無しでは勝てる勝負も勝てない。
どうしよう、どうしよう。
なんて自分は焦ったりしない。
バッとカウンターを叩いて立ち上がった自分は、すぐさまアギラ目掛けて疾駆した。
姿勢を低くし、カマイタチのようにアギラのもとへと殺到した自分は、大鎌を取り返されまいとする奴の動きの一切を無視して、開けた右側のスペースに転がり込む。
「“来て!”」
『おまっ! “現出せよ”・主の手の中へ!』
ここでさっきみたいに《アポート》を行う。
もう見えている上に、意志のある武器なので、詠唱とか適当に短くていい。
バロルが補足してくれれば問題ないのだ。
アギラの真横でギュリッとグリップを聞かせて急停止し、体をねじりながら、手の内に出現した大鎌をその勢いのまま振りぬく、腰の辺りを真横になぎ払い。
一応特大剣を握っている手とは逆の手、つまりさっきまで大鎌を弄くってた手の方から仕掛けたけど、これで仕留められるほど甘くはなんだろうな。
「っ!」
予想通りにガキィン!と鈍い金属音。
あの特大剣を、やっぱり手首捌きでぐりんと回し運んで、横に突き出し、見事に受け止めてくれている。
大鎌との戦闘に不慣れなら、柄の部分を受け止めたけど有り余る刃の部分を捌ききれずにザックリなんてこともあるんだけど、少し後ろの方で受け止められてしまったからそれもない。
さっきと違って今度は弾かれておらずこのままいけば鍔迫り合いに移るのがよくある流れかな。
でもそうなったら勝ち目がないのは明白。膂力の差は明白だろう。
自分は床板を蹴って、大鎌と自分の体を前へと突き出した。
大鎌の刃はアギラのやや後ろに陣取っていたので、刃は奴の後方へと飛び出していって一時の間自由になる。
ここで自分は柄をえぐり込むようにして内側へ動かしてやる。
するとどうだろうか。
柄の部分で特大剣の相手をしながら、刃は見事に奴の真後ろから強襲する形になる。
これなら流石に避けられまいて。
「“空隙よ”──」
「“静謐を保て”」
詠唱に割り込んで魔法行使を強制的に終わらせる。
さっきみたいに《イクスフォース》で逃れようったてそうはいかないよ。
「クソッ! “静寂を安寧と成せ”!」
吐き捨てるようにそう言ったアギラは、即座に丸太のようなその腕を迫り来る大刃との間にさし挟んだ。
ミチィ!とした肉々しい音と共に大鎌がめり込むけど、それまで。
鍛え上げられた肉体が硬すぎるのも、大鎌自体が錆びて切れ味がすこぶる悪いのもある。
けれどその主因は、直前に差し挟まれた、防護の魔法だ。
自分の“静謐”の詠唱を受けて、それによって停滞した魔力の流れを逆に利用し、防護魔法を展開された。
薄く張られたのは何の属性も持たない、透明な空間防壁。
めり込んだ刃は乱暴に払いのけられ、ほぼ同時に荒々しい蹴りが自分の脇腹に突き刺さった。
今度はちゃんと大鎌を握りしめながらも、吹き飛ぶ勢いは抑えきれず、お客さんのテーブルに派手に激突する。
テーブルだった木片が周囲に撒き散らされ、そのいくらかが降り注いでくる。
「大丈夫かエリューちゃん!?」
「こいつ俺たちのエリューちゃんを!!」
近くにいたお客さんが心配して駆け寄ってくれると同時に、酒場内でのアギラへのヘイトが一気に高まる。
「っく、囲めぇ。複数でかかれば怖かねぇ!」
「おうよ! てめぇぶっ殺してやんぜーーー!!!」
「そこになおれやぁーーー!!」
自分が立ち上がろうとしたそのときに、四五人ほどの冒険者さんが得物を手にアギラへと襲いかかった。
いけない!
そいつはそんなレベルの相手じゃない!
自分は愚かに手を伸ばして、その向こうにある光景を食い止めようとした。
巻き起こったのは鋼鉄の竜巻。
ピッと自分の顔に何かがかかった。拭った手についたものは赤い。血だった。
ゴロンと顔なじみの冒険者さんだったものが自分の側に転がってきた。
うつ伏せのそれは、上半身だけしかない。それを中心にじわっと血溜まりが広がっていく。
悲痛な呻き声すらなかった。
即死だ。
人はこんなにも呆気無く死んでしまうものなのか。
伸ばした手がパタリと落ちる。
そこで触れるコツンとした感触、大鎌の柄だ。
それを自分は強く握りしめて、ゆらりと立ち上がる。




