第二六話「大剣弓と魔法陣」
自分はアルコンさんの側に転がされている大曲剣弓についてかねてより気になっていたのだ。
大曲剣モードと大弓モードを切り替えられるなんて素敵じゃないですか。
大鎌みたく風変わりな武器を使ってる身としてはシンパシーを感ぜざるをえない。
「あぁ、これか、まず珍しがられるよな。お前の大鎌もたいがいだけど」
アルコンさんはあぐらをかいたまま、大曲剣弓を片手でひょいと取り上げる。
……? 意外と軽いのかな?
「仕組みか、まぁ見てもらうのがいいだろ」
それをアルコンさんはブンッと軽く振るう。
するとガチョンという音とともに、遠心力で刀身の刃側が剥離し、ナックルガードに敷かれたレールを伝って柄の裏側へぐるりと回んで大弓の形を成した。
前見た時は遠目で気づけなかったけど、刃が動くと同時に、残った峰側の刀身も横向きに回転していて、ちゃんと弓の弧を描くようにできている。
変形直後は結果的に弓返りした状態になるんだな。
それをひょいと普通の持ち方に直す。
「よし、ゆっくり戻すぞ、見てろ」
アルコンさんはそう言うと、大弓の下部を、刃がついているからかどことなく慎重に掴んでゆっくりと前に押し出す。
ピンと張られた弦の均衡が崩れて、弦が刃を引っ張って刃を元の位置に戻そうとする。
それをアルコンさんは掴んでゆっくりと戻していく。
その過程で元々の位置にあり続けていた刀身の峰側がくるーりと横回転し、下から戻ってきた刃とカチリと迎合した。
ほぇー面白い仕組みになってるもんですねぇ。
「アルコンさんアルコンさん触ってみてもいいですよね!? ね?」
「あ、あぁいいぞ。それにしても珍しいなお前は。女がこういうのを見てもふーんでさして興味もってくれねぇんだが。リィゼもオリヴィエも素っ気ない反応しかしてくんねーし」
そりゃ自分の前世は男ですからね、こういうのにはちょっと理解がありますよ!
大鎌だって最初は嵩張って取り回し悪くて重くて使いづらかったけど、今じゃ嬉々として振り回してますしね!
「……そんな複雑でめんどくさい機構、信用ならない。遠距離攻撃したいなら魔法でいい」
オリヴィエさんがボソッと呟いたのを自分は聞き逃さなかった。
むーオリヴィエさんは分かってない。
近接と遠距離が渾然一体となったあのスタイリッシュな感じこそが素晴らしいのにぃ……。
まぁでも言い返すと紛糾しそうなので黙っておくことにする。
自分はアルコンさんから大曲剣を受け取った。
う、けっこう重いな。いつもの大鎌とは重さのかかり方が違うからよりいっそうだ。けれど全く持てないわけじゃない。でもそう考えるとアルコンさんの力は相当だ。
自分は両の手で大曲剣を握りしめ、刃を上向きにちゃんと持つ。持ててるよね……?
他の武器なんて握ったことないし不安だ。
「鍔のすぐ下のトコに引き金みたいのがあるだろ? それを引きながら振ると弓になるぜ。ちっと力は要るが、エリューならいけるか?」
アルコンさんの言葉を受けて柄のところに視線を落とすと、確かに引き金があった。
これを引きながら振ればいいんだな。
「一応刃の部分が動くからどっかに当てないようにな。つまりもうちっと離れとけ」
「あ、はい」
そう自分に注意しながら、アルコンさんはのっそりと立ち上がる。
さりげなくケイ君の側にポジショニングしてる辺り、すっぽ抜けてケイ君に当たらないか憂慮してくれてるんだろう。
それを見てちょっと安心した自分はおもむろに引き金へと指をかける。
そして大曲剣を一気に振り抜く!
ガチョンッ!という音、腕に返ってくるイレギュラーな感触。
見れば自分は大弓を握っていた。
よし成功だ。
向こう側にある弦をこっちに回して、ビィンと弾いてみる。
残響が鼓膜をこする。
「おーできるもんですねー」
「ほぉ、やるじゃねぇか。さすがあんな大鎌を振り回してるだけあるな」
ふふふ、アルコンさんに褒められてしまった。
さて、元に戻すにはっと。
自分はさっきのアルコンさんに倣って、弓の下部を前へと押し出す。
すると弦に引かれてギュンッと刃が元の位置に嵌まる。
ガチョン……という残響が心地よい。
自分は楽しくなってしまい、意味もなくガチョガチョと変形を繰り返した。
ガチョンガチョンガチョンガチョン…………
「おいやめろ。弦が痛む……」
「あ、ごめんなさい。つい……」
つかつか歩いてきたアルコンさんに大曲剣を取り上げられてしまった。
もっと遊びたかったー。
「ったく、ケイティスも触ってみるか?」
「あーたぶん僕じゃ持つのもきついと思いますけど、まぁ折角なので」
ケイ君は大曲剣を受け取ったけど、両手でもって地面に落とさないようにするので精一杯みたい。
腕なんかピーンと伸びきってるし。
「そういえば、何か名前とかあるんですか? その武器」
「ん? あるぜ、大剣弓『弧月』それがこの武器の名前だな。剣でも弓でも三日月みたいな形だからそう言うんじゃねぇかな」
弧月、なるほどぴったりだ。
……うん? でも今の言い方だと名付けたのはアルコンさんじゃないのか?
「その武器、オーダーメイドじゃないんですか? これで?」
「いや言いたいことは分かるぞ。こんな武器だしな。驚くべきことにこの武器は店で売ってたんだよ」
「……何で買ったんですかこんな素っ頓狂な武器……」
「素っ頓狂言うな…………まぁ、若気の至りだな。昔ロッシとシャヴァリーの三人で同じ部隊にいたときにな」
そういえばシャヴァリーさんも騎士にしては変な戦闘スタイルだったな……。
この流れでいくとロッシさんも変な武器持ってたりするのかな。
「俺とシャヴァリーはふざけて変な武器買ったんだよ……それがこれだ。一応売れ残りだったのか安かったとはいえな。まぁ今じゃ相棒だけどよ。ロッシはずーっと普通だけどな」
うんうん、自分も半ば強制的に大鎌と付き合うことになったから気持ちは分かるぞ。
珍奇な武器でもずっと付き合ってると愛着が湧くもんだよね。
「ん」
なんてロマン武器談義に華が咲こうかといったところで、オリヴィエさんがすっと立ち上がる。
「沈んだ」
どうやらさっきの白布が沈んだみたいだ。
次の段階に移るみたいで、自分の興味もそちらに移る。
オリヴィエさんはさっきまで椅子にしてた道具箱から何か掴んで取り出した。
一瞬何も掴んでいないように見えたけど、よく見ると透明なガラスの棒を取り出したらしかった。
それを携えて彼女は洗い場の槽へ向かう。
自分とケイ君も彼女につづいて槽まで来て覗きこむ。
槽には魔法陣が浮いていた。
その下の水中には先程の白布が揺蕩っている。
つまり布が沈めば、移された魔法陣は水面に取り残されるってことなんだろう。
「今から魔法陣の調整に入る。まさかしないとは思うけど一応。水に入ったりしたら魔法陣が裂けちゃうから、しないでね」
「大丈夫です。大人しくしてますっ! ねケイ君」
「はい、エリューさんは抑えてますので安心してください」
「自分の扱いひどくない!?」
ケイ君から自分への認識に若干の異議申し立てをしつつ、自分らは大人しくオリヴィエさんを見守る。
水面に浮かんだ魔法陣はアルコンさんの背筋に沿った長細い形に折りたたまれたままだ。
彼女はそれをガラス棒でつついてほぐしていく。
それで数分経つと、魔法陣は蜘蛛の巣状に展開されていた。
槽一杯に広がった魔法陣の紋様は壮観ですらあった。
それをガラス棒でチョイチョイとやって整えていく。
……正直素人目にはどこが歪んでいてどう直しているのかわかんない。
「オリヴィエさん。意外とつまんないです……」
「……だから言ったのに」
◆
オリヴィエさんが魔法陣の整備を初めて10分くらいは経っただろうか。
想像以上に地味でオリヴィエさんには悪いがすぐに飽きてしまった。
「もう20分くらいかかる」
「まじですか」
「…………」
「…………」
お客さんの応対でケイ君は宿に戻っちゃったし、オリヴィエさんは集中してるから話しかけづらいし……。
「…………」
「な、なんだよ」
自分はアルコンさんをジッと見つめた。
「ほらアルコンさん。元騎士団の極秘部隊で今は冒険者のアルコンさん、面白い話の一つや二つありますよねっ! 話してください!」
結局自分はその20分アルコンさんに無茶振りをして過ごした。
あ、けど話はちゃんと面白かったですよ。
討伐対象のトロールと三日三晩戦って結局仲良くなっちゃう話とか好きです。
◆
「よし終わった」
オリヴィエさんが作業を終えたのは、それから20分くらい、ジャストで彼女の言う通りに終わった。
水面に浮かぶ魔法陣は最初と同じように折りたたまれていて、オリヴィエさんの技量が高いことが伺える。
どうやら次の作業に移るようで、道具箱から白布を取り出し、水面へファサッと覆いかける。
「……沈むまで待つ」
はい。沈むまで待ちます。
────沈みました!
白布が沈み、水中揺蕩うそれにはくっきりと薄赤い魔法陣が刻まれている。
オリヴィエさんはそれを引き上げた。
「ん、アルコン」
「おう」
アルコンさんはまた地べたにあぐらをかいて、背中を差し出す。
そこにオリヴィエさんは白布をぺたっ貼り付け、濡れた布地をペタペタと擦り
今度は白布からアルコンさんへと魔法陣を戻すんだな。
「じゃあ転写する」
「ばっちこいだぜ」
オリヴィエさんはアルコンさんの背中に手を押し当てた。
ズッ……!と途端に場の空気が重くなる。
「うっ……!」
原因はやはりオリヴィエさん。
視覚的には何の変化もないけど、感覚で分かる。
オリヴィエさんの手から濃密な魔力が流れ出ていることが。
たぶん彼女の魔力で白布に宿された魔法陣を押し出して、アルコンさんの背中へと押し出しているのだろう。
魔力は魔法現象の元になるエネルギーだから、それそのものをぶつければちゃんと物体に干渉する。
もっとも魔力のまま体の外に出すのは難しいんだけど、そこはさすがと言うべきか。
アルコンさんは苦しそうに呻き声を上げている。
そりゃそうか。オリヴィエさんの莫大な魔力でそんなことされようものなら、まるで背に大岩を載せているみたいなもんだ。
そのまま一分、二分と時間が過ぎていく。
「────終わった」
彼女は白布を取り去った。露わになった背中には背筋にはきっちりと魔法陣が刻まれている。うん綺麗な形に整った……ような気がする。
どうやらこれで《エグゾセンシヴ》の魔法陣の整備は終了みたいだ。
「さっそく試す?」
「あぁ、《エグゾセンシヴ》」
アルコンさんが試験として魔法を発動させる。
背中の魔法陣が解けてアルコンさんの体を這っていき、すぐに全身を覆ってしまう。
その状態でアルコンさんは「ふっ!」と掌底や回し蹴りを放つ。
いずれの攻撃も大気を叩く強烈な音を伴っていた。
それで大丈夫そうだと判断したみたいで、血管のような紋は引っ込んでいった。
「あぁ……サンキューなオリヴィエ」
「ん、別に……やるべきことをしてるだけ」
お礼を言うアルコンさんと、それをそっけなく返すオリヴィエさん。
けれど彼女の顔若干の朱がさしていて、それは気恥ずかしさの表れだろう。
「エリューも付き合ってきれてサンキューな」
「い、いえ自分はただ見てただけですし……」
謙遜とかじゃなく事実そうだし、
そんあ自分の肩をポンポンと叩いて、彼は物干し竿にかかった上着を取りに行った。
そんな彼を見送りざまに背中の魔法陣がありありと見える。
そういえば自分の魔法陣は、剥がすのは無理って言われたけど、新しく別な魔法陣を刻んだりするのはどうなんだろう?
自分は成長しないから、こういう外部からの強化とかやってみたいんだけど。
「オリヴィエさんオリヴィエさん、自分もあんな感じに身体強化の魔法陣を使ってみたいんですけど……」
「あー……たぶんそれ無理」
え、無理なんですか。そんなぁ。
せっかく手軽に強くなれる手段を見つけたと思ったのに。
「魔法陣は精巧なものだから、同じところに敷けば互いに干渉を起こしてしまう。魔法がうまく発動しないならまだいい、怪我したり、命を起こすような事故を引き起こすことは十分にありえる。エリューは既に魔法適性耐性の魔法陣があるから、身体強化の魔法陣を刻むのは厳しい。一応、腕とか足とかなら空いてるからいけなくはないかもしれないけど、体の一部だけ強化するのは強化された部位とされていない部位とのスペック差で千切れたりするからオススメしない」
「えー……そうなんですか……」
便利だと思ってたこの魔方陣にも思わぬ弊害があったとは。
それに千切れるってオリヴィエさんそれ、例えば腕を強化しても体が強化されてないと耐え切れずに千切れちゃうってことですよね? うわーそりゃだめだ。
「エリューは何でそんなに強くなりたいの?」
オリヴィエさんは足を水でジャブジャブと洗いながら、そう訊いてきた。
……何で? 何でだろう?
自分は答えに窮した。
だって自分が強くなったって所詮は酒場のウエイトレスだ。化物を倒しに行くのはむしろお客さんの方で、自分が強くなってもさほど意味はない。
なのに自分が強くなることに貪欲であるのは、たぶん死神だからなんだろう。
一年前のあの時以来、大鎌バロルは血を啜っていない。
自分もバロルも渇いている。それこそ干からびてしまいそうなくらいに。
だからそれを誤魔化すために自分は強くなろうと誰彼にも勝負をふっかけてきたんだろうなぁ。
代替行為として自分は戦っているんだ。
きっとそういうことなんだろう。
「……んーやっぱり『オーロラ亭』の用心棒だから、ですかね? 冒険者さん相手の商売ですからね! やっぱり鍛えとかないと!」
自分はまた一つ嘘を重ねた。
仕方ないじゃないか、あんな理由をオリヴィエさんに自分が死神だから、なんて言うわけにはいかない。
「……ふぅん、そっか。それは……頼もしい。明日から私達は宿を空けるし」
オリヴィエさんはそれで納得してくれたみたいで、追求はしてこなかった。
彼女は洗った足を自分のローブで拭い、靴下を引き上げながら、靴に足を放り込んだ。
いつもの格好に戻ったわけだ。見ればアルコンさんも服を着終わって、もうこの裏庭に留まる理由はなくなっていた。
あれほどあったバスケットのパンもすっかりなくなっていた。
「じゃあ、エリュー。……また何かあったらなんでも聞いて」
「…………」
「エリュー?」
「あ、はい。はい?」
自分は知らず知らずのうちに立ち尽くしていたみたいで、オリヴィエさんに声をかけられそれにハッと気づく。
「どうした? 大丈夫か?」
「い、いえ大丈夫です。ちょっとボーっとしてしまっただけです」
「……でもつい最近倒れたばかり、無理は厳禁」
オリヴィエさんは顔の前でバッテンを作って自分をたしなめる。
アルコンさんもどことなく心配してくれているような感じだ。
「はい、体には気をつけますね。じゃあアルコンさんオリヴィエさん。自分はこっちからなので」
自分は従業員用の入り口を指差して言う。
この裏庭は立地的に宿の側の路地を通っても来られるのでお客さんにはそっちに回ってもらっている。というか鎧や武器の汚れを落とす場所なので店内に入られては困るし。
「ん、じゃあエリュー」
「またなエリュー」
「はい」
互いに手を振って別れる。
自分は裏口のドアを開けて宿に戻った。
ドアを閉める間際に、角を曲がって路地に入っていく二人の姿が見えた。
その光景がなぜだがとても口惜しいものに見えて、自分はその曲がり角を少しの間見つめていた。
そしてまたハッと我に帰り、ドアをバタンと閉めて、ケイ君から預かった鍵で裏口を施錠しようとする。
でも鍵を入れて捻ると、スカッとやけに軽い感触。
訝しんでドアノブを捻ると普通に回って開いてしまった。
んー鍵壊れちゃったのかな。
後でリエーレさんに言っとかないと。
自分はそんなことを思いながら酒場に戻った。
できるだけ、先のことを考えないようにしながら。




