第二五話「ランチタイムと魔法陣」
あの会議が終わって時間はちょうどお昼どき。
ウチでは昼食のサービスはやってないので、さっきまで話してたアルコンパーティーや強面ズは外で適当に食べてくるはずだ。
対して自分は従業員なのでまかない的なのが出る。というか自分らで材料使って勝手に作っていいよってスタンスだ。
自分でやることもあるけど、基本はケイ君に二人前作ってもらう。
ソフィーちゃんは昼間は街の教会で同世代の子どもたちと一緒に勉強を教えてもらってる。リエーレさんはその子達の昼食を用意するための炊き出しに行っているので今はいないのだ。
ちなみにケイ君もその子達に混じって勉強をしに行く日もある。
まぁでも彼はそうとう出来がいいらしく、あんま教えがいがないみたいだとリエーレさんは言ってた。
自分も14歳だし行っても違和感ないんだけど、なまじ前世の知識があるので教会で教えているような算学なんかは余裕だし、そもそも私の生まれがよかったのか、それ相応の教育を受けたみたいで、読み書きなんかにも不自由してない。ので行く理由はあんまない。
それどころか自分が行くと100パー子ども達に怯えられるので用がない限りは行かないことにしている。
何故って大鎌背負った人が顔出したら子ども泣くよ。
それに自分が種族的に死神だから、本能的な恐怖への感受性が高い子どもにはどうしても怯えられてしまうんだ。
そんなことを思いつつ自分はカウンターの番をしながらケイ君が昼食持ってきてくれるのを待っている。
────カランッカランッ
ドアベルが鳴る。お客さんかなと思ったけれど、そうじゃなく顔見知りのアルコンさんとオリヴィエさんだった。他の二人の姿は見えない。
アルコンさんはカバーのかけられたバスケットを抱えていて、隙間から覗いているのはパンらしかった。昼食を買ってきたってとこかな?
三軒となりに同じく円形広場に面したパン屋さんがあるのでそこで買ってきたのだろう。
ウチで出すパンもそこから卸してもらってるし。
「オリヴィエさん、アルコンさん」
「ん、エリューいいところにいた」
オリヴィエさんはずずいと自分のいるカウンターへ寄ってくる。
彼女の後ろではアルコンさんが足でドアを閉めているのが見えた。
バスケットで両手が塞がっているからとはいえ、やっぱり行儀は悪い。
それにしてもオリヴィエさんの用はなんだろうか。
「……裏庭使わせてもらっていい?」
「え、いいですけど……何かするんですか?」
そこでドンっとカウンターにバスケットが置かれた。アルコンさんだ。
このバスケット結構デカいな……?
「昨日の戦闘で《エグゾセンシヴ》と《アポート》をわりと無茶な使い方したからな。ちっとの間オリヴィエと離れることになるし今日中に調整してもらおうと思ってな」
「色々作業するから裏庭、……特に洗い場の水槽を貸して欲しい」
なるほど、万全を期すのはいいことだよね。
色々イレギュラーな相手だったし、護衛任務中にギガントコボルトと同格の改造モンスターがけしかけられて来ないとも限らない。
「それなら問題ないですよ……そのパンは作業しながら食べる用ですか?」
「あぁ、そのつもりだぜ?」
ふーん、自分らももうすぐ昼食が出来るとこだし、ちょっと見学させてもらおうかな。
自分は身体的な成長が止まっちゃってるから、いくら鍛えても筋力は上がらないんだ。
だからアルコンさんの《エグゾセンシヴ》みたいな身体強化の魔法はすごく興味がある。
「じゃあ見学させてもら────」
「エリューさーんお昼できましたよー。あ、アルコンさんオリヴィエさんこんにちわー、何の話してたんですか?」
ちょうどいいような、わるいようなタイミングでケイ君が厨房から出てくる。
厨房とホールを仕切る、羽みたいな木製スイングドアが彼の後ろでキッコキッコ鳴っていた。
彼の両の手にはあったのはホットドッグ。
細長いバンズにテラテラ光るソーセージが挟み込まれて、ケチャップとマスタードの赤と黄が波打つようにクロスしていて実に食欲をそそられる。
おぉー美味しそうー。
自分が話の流れを説明すると「じゃあ僕達も今日も裏庭で食べましょうか。カウンターに書き置きしておけばお客さんがきても大丈夫でしょ」と自分の提案に乗ってくれる。
「んー、あんまり面白くないと思うけど……?」
「まぁまぁいいじゃないですか、単純に興味があるんですよ」
「……そう、ならいいけど。みんなは先に裏庭に出てて、ちょっと道具取ってくる」
自分らは渋るオリヴィエさんを押し切って見学させてもらうことになった。
◆
裏庭に出た。
自分はここにあんま立ち入らないんだけど、結構色々なものがある。
まず冒険者さんが武器や鎧の汚れを落とすための洗い場。ちょっとした池くらいのスケールになってて、真ん中にあるちっこいオベリスクみたいなのに魔力を流し込むと、そのオベリスクからみょんと突き出した蛇口から水がジョバジョバ出るというわけだ。
そんで洗い場の反対側に洗濯物をかけておくために竿があって、今現在は特に何もかかっておらず物寂しい。
それに冬に暖を取るための薪を置いておく東屋が端っこにあって。薪割りためのちょっとした切り株が裏庭の真ん中に存在していた。
地面は芝が生えているものの、こまめに手入れしてるわけじゃないので若干荒れ気味。 見上げれば建物に囲まれた空は大分と狭い。
とまぁ、立地とそれなりな量のオブジェで閉塞感は結構あるけど、広さそのものはまぁまぁで子どもがボール遊びする程度なら十分だろうか。
自分は薪割り用の切り株に二人で腰を降ろす。
かたや14の少女、かたや11の少年なので二人で座っても別段窮屈ではない。
アルコンさんは自分らの近くで手持ち無沙汰にオリヴィエさんを待っている。
彼の上の衣服は取り去られて、向こうの竿に引っ掛けられてた。
だから彼の鍛え上げられた引き締まった体と、脊椎に沿ってスジのように走る魔法陣が晒されていた。
《エグゾセンシヴ》発動時はあれが全身を覆うように広がるんだろう。
そして彼のそばには彼の得物である大曲剣が転がされてる。
いや弓に変形するんだから大曲剣弓? あれちょっと触ってみたいなー。
そんで遅れてオリヴィエさんがやってくる。
彼女は相変わらずコントラストのハッキリしたミント髪にイチゴ色の瞳を眠そうに広げていて、とんがり帽子の魔女ルックだったけど、手には何やら見慣れないものが携えられていた。
一見したところ箱だけど随分と綺麗な装飾が施されたやつだった。あの中に魔法陣を弄る用の道具が入ってるんだろう。
彼女はその箱をアルコンさんのすぐ側に置き、開けてガチャガチャと中にあるものをまさぐり始めた。
作業に必要な道具を探してるんだな。
この時間に自分はぱくりとホットドッグを頬張った。
うん、うまい!
バンズはふわっふわだし、ソーセージはコリッコリッで、こりゃひょいひょいと食べ終わっちゃうなー。
なんて思ってホットドッグを半分ほど食べ終わってしまったあたりで、オリヴィエさんがすくっと立ち上がった。
彼女の手にはちょうどアルコンの背中を覆うくらいの白地の布と、ガラスの小瓶が握られていた。小瓶の中にはキラキラと七色に光る粉が入っていた。
布はとりあえず準備しただけみたいで、広げたまま装飾華美な箱に被せた。
対してもう片方のガラスの小瓶は今すぐ用があるみたいで、それを彼女はアルコンさんに差し出した。
「はいアルコンこれ。魔力込めて」
「おう」
アルコンさんは受け取った小瓶を握りしめる。
あれは何だろう? と思っていたら、握られた彼の手の中から微かな光が漏れ出てきた。
しばらくして開かれた手の平にはさっきの小瓶があり、その中の七色の粉が淡く発光していたのだった。
「これでいいか?」
「ん、おっけー」
オリヴィエさんはその小瓶を受け取ると、物干し竿の方へと歩いていって、ローブをバサッと脱ぎ去り、ホイホイと靴を脱ぎ、器用に靴下も汚さず脱いで靴に押し込んで、ついに裸足になってしまう。
ローブの下の彼女の服装はいわゆる制服だった。
白いブラウスに藍色のプリーツスカートはわりかしちっさい彼女の姿と相まって可愛らしいし似合ってる。
うん、でも可愛らしくし、似合ってはいるんだけど。オリヴィエさん学校辞めて結構な間冒険者やってるんですよね? もしかして数年間ずうっとその格好なんですか……?
彼女は自分の視線をよそに、洗い場の方へ向かい、よいしょっと乗り越えるようにして中に入る。
「エリューこの湧水装置は芯に魔力を注ぎ込めば起動するタイプ? ここに水を張りたい」
「はいそうですよ。水張るんなら、えぇっと端っこに栓があったと思います」
自分が返答するのと同時にケイ君がたたたっと駆け寄っていって、「ここですよー」ってオリヴィエさんに教える。さすが気が利く。
この洗い場は洗濯物やはたまた鎧なんかを浸してジャブジャブするために脛くらいの高さまで水が張れる。
でもちょっと時間かかるよなぁー。なんて思いながらホットドッグをパクつく。
うーんやっぱウマいなぁ。
オリヴィエさんはケイ君にお礼を言って、中央のオベリスク的なやつに手を触れる。
それで魔力を注ぎ込み始めた。
備え付けられた蛇口から水が出てくる。
ただし勢いがすごかった。
まるで滝だ。
「オリヴィエさん魔力注ぎすぎですよ!」
「……大丈夫。調整はしてる。ギリギリ壊れないくらい」
そういって彼女は絶妙なドヤ顔を見せてくれた。
いや確かにすごい勢いで水は溜まっていきますけど、オリヴィエさん跳ね水でビチャビチャじゃないですか。
あぁ濡れて体のラインがくっきり出てるし、ブラも透けてる……。
近くにいたケイ君なんか顔赤らめちゃってるし。もう。
あーでもオリヴィエさん小柄ですけどちゃんと胸あるんですねぇ……ブラするくらいには。自分は成長止まってるから永遠にブラジャーとかいらないんだよなぁ……。
なんだか虚しくなって、バクバクバクッとホットドッグを掻き込み、最後の一欠片を口にググっと押しこんだ。
しばらく、でもそう長いことはない時間が経ってオリヴィエさんは魔力の供給を止める。
滝のごとくだった水勢が弱まり、オリヴィエさんの足元にはくるぶしよりちょっと高いくらいの水位の水が張られる。
オリヴィエさんは洗い場の槽から出て、ガラスの小瓶に嵌ったコルクをポンッと抜く。そしてその中に入ってる、さっきアルコンさんに魔力を込めてもらったガラス七色の粉を槽へと振りかけた。
その後腕まくりをし、水に手を突っ込んでぐーるぐるとかき回す。
「あれは何をしてるんですか?」
自分はアルコンさんに聞いてみる。
流石に専門的なアイテムやらセッティングやらばっかでよく分かんない。
「あー今撒いたのは粉末状にした石虹だな。さっきオレの魔力を込めたから、あの水は今オレの体と同じ魔力の質になってんだ」
ほー石虹といえば魔力を貯めこむ特殊な性質を持つ鉱石だけど、そんな使い方もあるのかー。
んで? アルコンさんと水を同調させてどうすんじゃ?
自分は次のオリヴィエさんのアクションに注目した。
彼女は次にさっき出しておいた白い布を、取ってきてファサファサと広げ、その白布を槽に浸した。
ザブザブと白布を沈め、十分に浸ったところで引き上げる。
布からはヒタヒタと水滴を垂れており、それを広げて彼女はアルコンさんのところまで戻ってきた。
「じゃあアルコン、座って」
「おう」
彼は指示通りに地べたに座ってあぐらをかいた。
そして背中を丸めるようにしてオリヴィエさんに差し出す。
彼女はその背中にペタッと白布を貼っつけた。
しとどに濡れているそれはけっこう冷たいんだろう。アルコンさんは一瞬だけぶるっと震える。
「オリヴィエさん、何やってるんですかそれ?」
「ん、これはアルコンの体から魔法陣を剥がしてる。……流石に体に刻んだままではいじくれない。痛いし危険。なので別のところに移して調整する。5分くらいしたら布に移る」
「へぇーそんなことできるんですかー」
なるほど魔法陣はそうやって整備するんだなー。
ん? ということは自分の体に刻まれてる魔法陣も剥がせるのでは?
いや便利だけど自分の意思で刻んでるわけじゃないし、剥がせるとなれば心持ちは少し楽になったりするものだ。
そんなことを思ってオリヴィエさんに聞いてみる。
「じゃあ自分の魔法陣もその方法で────」
「無理」
即答だった。
「エリューの魔法陣は私より遥かに高度な使い手によるものだからうかつにいじくるべきではないし、そもそも体の内側にも刻まれてるならこの方法じゃ無理」
あーやっぱ無理ですよねー。
予想はしてたけど、この魔法陣とはずっとお付き合いしていかないとならないのかぁ。
「そもそも、何で魔法陣の整備なんかしてるんですか? そこの洗い場の魔法陣なんて整備してるとこ見たことないですよ?」
横合いからオリヴィエさんに質問が飛ぶ。
ケイ君の素朴な疑問だ。
「……あーえっと、そこの湧水装置みたいな無機物に刻まれた魔法陣は土中や内部に埋め込まれているから動作に異常が生じたら治すくらいでいい。……けれど人間や武器などよく動くものに魔法陣を刻むと様々な要因で歪んだりズレたりして上手く機能しなくなる場合がある。えっと、例えば体に怪我をした場合、体表面に刻まれた魔法陣は欠けてしまったりするし、成長や老化によって歪んだりするパターンもある。アルコンは先日の戦闘で骨折してたし、《エグゾセンシヴ》の性質も相まって歪んでいる可能性があるから、それの調整」
オリヴィエさんは珍しく饒舌に語ってくれる。魔法陣のことだからだな、うん。
しかしなるほどなぁ、そういうことだったんだ。
確かに人間が下地になってたら歪んだりといった不都合も起こるよねぇ。
それに《エグゾセンシヴ》は見立て魔法陣そのものを蠢かせて体を操作する魔法だから、使えば相応の歪みが出るんだろう。
「なるほどです。……ん? でもそれだとエリューさんの魔法陣も整備しなきゃじゃないんですか?」
「え゛」
自分は固まった。
この話の流れはマズイ気がする。
「あ……エリュー今何歳?」
「……14、ですけど」
「うん、……うん成長期だね」
微妙な空気が流れる中で、自分は心音が跳ね上がる程の焦りを感じていた。
今の話の流れはなんらおかしくない、そう自分が人間だったら。
けれど自分は死神だ。成長なんてしないできない。
この魔方陣はこれから先も歪むことなく自分に刻み込まれたままだろう。
今オリヴィエさんとケイ君はとある問題が浮上したと思っている。
自分は成長期だから魔法陣の整備をしないといけないけど、魔法陣が高レベル過ぎて整備できる人がいない、という問題だ。
けれど死神である自分は成長しないのでそんな問題とは無縁だ。
けれどここで自分にとって別の問題が浮上する。
自分が成長しないから大丈夫だよ、ということを説明できないという問題だ。
死神であることを話したらどうなるか。
笑って受け入れてくれるかもしれない。でもそうじゃなくて自分が悪魔として排斥されてしまうかもしれない。
そんな恐怖に苛まれて、今日の今日まで自分はこの事実をひた隠しにしてきたのだ。
自分は取り繕う言葉を探った。
「えーと、今のところ大丈夫っぽいですよ! 自分一年以上この魔方陣と付き合ってますけど異常はないですし」
「でも、これから先何かあるかもしれない。もっと高位の魔術師にみてもらった方が……」
う、確かにそうだ。オリヴィエさんの言うことはもっともだ。
ど、どどどうしよう。
ん? 待てよ?
自分の体は成長しないなら、仮に見てもらったとして「異常なし」になるのでは……?
ということは一回見てもらう程度なら別に死神であることは露呈しないんじゃないか?
以前オリヴィエさんに隅々まで見られたときも別に全然怪しまれてなかったし。
あ、それでいいじゃん。
もちろん定期的に検査してもらったら、「なんでこいつ異常でないんだ?」ってなるかもしれないけど、ひとまず一回だけならなんら問題ないはず。
よし、一回だけ! 一回だけ整備を受けよう。
それでまだしばらくは保つはず。
「じゃあ、お願いしてもいいですかね……、オリヴィエさんちょうど王都に行くんですしそこで偉い人連れて来てもらって……自分はついてけないですし」
「うん、エリューがいないと酒場は回らないしね、りょーかい」
「ということはオリヴィエさんは魔物に詳しい人と魔法陣に詳しい人、の二人を連れて帰ってくることになるんですかね?」
「んー……たぶんそうなる。そっちはまたちょうどいい人がいる。私に魔法陣の魅力を教えてくれた人」
オリヴィエさんのあの性癖は別の人が掘り起こしてしまったものなのか……。そしてその元凶がやってくるんかい。また恥ずかしい思いすることになりそうだぁ、うぅ。
でも、まずい事態になるのは避けられそうだ。当面はだが。
「オリヴィエ、そろそろいいんじゃねぇか?」
「ん……そうだね、おっけーだね」
時間が経ってアルコンさんの処置が済んだみたいで、オリヴィエさんは話を切り上げて彼の背中に張り付いた白布に手をかける。
布には《エグゾセンシヴ》の紋がくっきりと浮かび上がっていて、つまり剥がして移し替えるのに成功したってことなんだろう。
彼女はその布を持って、また洗い場の槽へと向かった。
それを水面にそろりと浮かべた。
白布がぷかぷかと水面に漂ってる。
オリヴィエさんは槽からまたこっちまでペタペタと足音をさせて戻ってきた。
「これで布が沈むまで待つ」
そういって彼女は箱に座る。魔法用具が入った装飾華美な箱にそう座っていいものなのだろうか……。
オリヴィエさんは布を様子を見てるから自分からそっぽ向いた格好のままモキュモキュとパンを頬張っているのでなんとなく話かけずらくて、自分はこちらも同じくモグモグとパンを頬張るアルコンさんを話し相手に定めた。
ちょっと気になることもあるしねー。
「アルコンさんアルコンさん」
自分は子どもみたいに声音を弾ませて彼に話しかける。
「何だ?」
「その武器、触ってみてもいいですか? というかどういう仕組みになってるんですか?」
自分は思い切って切り出した。
先日見たときからずうっと気になっていたのだ。




