第二二話「おぞましい何か」
ちょっと長めです。
あと少しグロいかもしれません。
強面さんの片割れ、ゲオルグさんに先導されて自分たちは街の西側の原っぱに出た。
自分たちというのは、自分とケイ君にアルコンさんとリィゼさんとその他数人の冒険者さん達だ。
宿は数人の冒険者さん、特にロッシさんに預けておいた。
街の西の原っぱはつまりさっきまでオリヴィエさんと戦りあってた場所。
一日の間にいかつい冒険者が集団で行ったり来たりするもんだから、街の人たちの反応はなんだか少し怪訝な感じだった。
けれど街の西端辺りにまで来ると自分達へのそんな反応は大分薄くなっていく。
まるでもっと目を引くなにかがあるみたいな感じだ。
そして西門の辺りでは普段と比べると随分と人が多い。
その人波の内訳は大半がこの街の住人みたいで、おおかたゲオルグさんが持ってきた知らせの野次馬達なのだろう。
人波を掻き分けて、門にまでたどり着くと、ようやく景色が開けた。
野次馬達は門兵によって門の外へ出るのは制止させられているようであるが、仮に門兵がいなくても外に出ようとはしなかっただろう。
なぜかって門の外には化物がいたからだ。
奇しくも自分はそいつを見たことがあった。
一年前盗賊のアジトから逃げおおせて最初の街シュテロンから今の街オルゼに向かう乗合馬車で。
あのとき自分がギガントコボルトと呼び、護衛だったのであろう二人の冒険者を惨殺していたあの化物。
そいつが西門から伸びる街道のどまんなかに居た。
でもそいつはどうやら気絶させられているみたい。
破裂寸前の爆弾みたいな肉の体を仰向けに横たえ、ブルドックみたいな潰れた顔からヨダレを垂らし、腹を晒して腕を投げ出した犬人が原っぱに転がっている。
上手くやったもんで、ギガントコボルトのすぐ側にはこれまたデカいゴーレムが膝を追って、命令を待っているかのように鎮座していた。
大方あのゴーレムでギガントコボルトを運んできたのだろう。
大型重機並の移送手段を即席で調達できるなんて、魔法は素晴らしいな。
そのギガントコボルトとゴーレムの取り合わせから少し離れた、街門のすぐ外側では馬車が繋留されていて、その側には5人いて、内3人は知り合いだった。
リエーレさん、ソフィーちゃんに強面さんの片割れのブルートさんだ。
ブルートさんも筋肉隆々のくせしてやけに卓越したゴーレム使いかと思ったら、そのゴーレムに乗り込んで戦う、やっぱり見た目通りなすっごいパワフルな人だ。
そして残りの2人の内、一人は御者さんでそれはいいんだけど、もう一人は見るからに盗賊。
盗賊の男はそりゃもうステレオタイプな盗賊ルックで、こっちを睨みつけてくる。
けれどそいつはブルートさんのゴーレムに半ば埋没するようにして四肢を拘束されていた。
ゴーレムだから拘束したまま移動できるし、尋問したいなら人間には負荷になる動きをさせればいいしで、中々にエグい。
「リエーレさん」
「あぁエリューちゃん。ちょっと久しぶりね、来てくれたのね」
「はい。えーと……どういう状況なんですか」
3日ぶりに会ったリエーレさんに説明を求めた。
彼女の後ろでは隠れるようにしてソフィーちゃんがぷるぷる震えていた。
「えぇとね……」
「それについてはッ!」
「俺たちから説明するぜッ!」
説明しようとしたリエーレさんを遮るように視界の左右から強面ズがフレームイン。
むさくるしいぞオマエら。
そんで強面ズの武勇伝を聞くかぎりはおおよそこんな話だった。
シュテロンの街からこの街オルゼに帰る途中で、一年前と同じように『大鷲』に襲われたそうだ。
けれど強面ズは相当なやり手なのだ。
以前酒場で酔っ払って喧嘩騒ぎになりかけたときは自分が素手で組み伏せることできたけど、あれは酒が入っていたのと魔法込みの戦闘が彼らの十八番だからだ。
ゴーレムに乗り込んで直感的に操作するブルートさんとその上で砲台として魔法をブッパするゲオルグさんコンビ。
仮に自分が二人いたとしても勝てる気がしないなあの戦法。
それで盗賊と連れていたモンスターを壊滅させ、運良く生き残った盗賊の一人をゴーレムで拘束し、全力でやってなんとか気絶させたらしいギガントコボルトをゴーレムで運んできたらしい。
「それでギガントコボルトと盗賊の一人がそこにってわけですね」
「ギガントコボルト?」
リエーレさんが首を傾げる。
あ、ギガントコボルトってのは自分の中でそう呼んでるだけだったな。
「アレの呼称です。ピッタリじゃないですか?」
「あぁ、……そうねピッタリね」
自分が街道に転がされている魔物を指差して言うと、リエーレさんは合点がいったようだった。
リエーレさんは話を戻す。
「うまいこと気絶させれたし運ぶ手段もあったからよかったわ。ここから『大鷲』を突き崩す何かが見つかればいいのだけど」
なるほどね。今まで後手後手の対応ばっかりだったし、これは『大鷲』攻略の橋頭堡になるかもしれない。
常々不思議だった魔物を従える術についてもどういったカラクリになっているのか判明するかも。
そうなれば盗賊と魔物達を仲違いさせることだって夢ではない。
「ひとまずこの男をゴーレムに運ばせて『オーロラ亭』に連行しましょう。そこでゆっくりと尋問すればいいわ」
「ですね」
なんて風に話がまとまった。そのときに足音がして自分に影が差した。
誰かが後ろに立ったのだろうと振り返ると、そこにいたのはリィゼさんだった。
彼女はわなわなと肩を震わせてゴーレムに埋め込まれた盗賊の男を睨みつけていた。
「……? どうしたんですかリィゼさん」
自分が声をかけたものの彼女は自分の声など聞こえていないかのようにツカツカと歩を進める。彼女は自分を押しのけて気絶している盗賊の前に立った。
それからジッとそいつの顔を覗き込む。
「……あんたスコットよね。なんで盗賊なんかやってるのよ……!」
みなが固まる。
付いてきていた冒険者達もリエーレさんもケイ君もそして自分も唖然としていた。
そんな自分達を意に介さず、ギリッと奥歯を噛みしめたリィゼさんは3節ほどの短い詠唱を呟いた。誰しもが硬直していたので止める人はいなかった。
行使されたのは水魔法《アウェイクン》、対象の血流に干渉して半ば強制的に覚醒させる魔法だ。
体の内部に働きかける魔法なので見た目に変化はなかったが、ものの数秒でその盗賊は半目を開ける。
その光景を認めながら自分は情報を頭の中で整理する。
彼女は盗賊の男を「スコット」とまるで知り合いであるかのように呼んだ。
頭によぎるのは『ルニア村の神隠し』というワード。
それはリィゼさんが冒険者として身を立てることになった原因である事件であり、彼女の言を信じるならば、『大鷲』の首魁アギラ・ダールの関与が濃厚な集団失踪事件。
頭の中で勝手にストーリーが組み上がる。
何らかの催眠魔法で連れ去られ、洗脳を施され、アギラ・ダールの手足として働かされるルニア村の住人。
もしかして自分達が相手取っていたのは不幸な目に遭っただけの無辜の民だったのでは……。
自分以外の人らも同じかは分からないが何かしらの想像をしたみたいで、自ずとリィゼさんとスコットと呼ばれた男に注目が集まる。
そいつが目を覚ますやいなや、リィゼさんは掴みかかった。
ゴーレムに埋没させられているそいつに抗する術はない。
「あんたっスコットでしょ! 私よリィゼ・ファルケンス! ルニア村の道具屋の娘よ!」
彼女は刃のように目を細め、恐ろしい剣幕でそいつを詰め寄る。
「あァ……?」
けれどそいつは何のことか分からないといった様子で怪訝に眉をひそめた。
そして口を開く。
「誰だよテメェ。ケッ顔も体も悪かねェが器量が足らねェなァ」
その乱暴な言動にリィゼさんは頭を打ったようにフラフラと狼狽えて胸ぐらから手を離した。
自分はスコットという人物をまったくもって知らないけれど、それでも分かる。これはスコットという人物ではないのだと。
「んだよこのゴーレムはッ! 見世モンじゃねェぞ!」
そいつはもはやリィゼさんのことなどどうでもいいようで、自分の今置かれている境遇について喚きだした。
その横柄な態度はまさしく社会からのはみ出し者であった。
「……違う。スコットはそんな風に喋らない……どういうこと……?」
「まぁ落ち着けリィゼ」
彼女は呆然と呟く。それをアルコンが慰めるようにして肩をポンポンと叩く。
状況が混沌としてきた。自分は顎に手を当てて考える。
バロルに意見を仰ぎたかったけど、昼はアイツ寝てる。オリヴィエさんとの戦闘で起きててもらってたから今から叩き起こすとなると大鎌ごとブンブン振り回して起きるか起きないか。
それは衆目があるので厳しい。自分が死神だって誰も知らないんだから「何やってんだあいつ……」ってなる。
リィゼさんの思い過ごしで他人の空似とか? あり得なくはないけど、このあまりにも絡みあった因果関係の中でそんなオチはなんだかつまらないし、それだとリィゼさんが道化になってしまう。
やっぱ洗脳されてるのか……?
そう思って改めて喚くそいつを舐め回すように見ると、得も言われぬ違和感のようなものが感ぜられた。
なんだか少しそいつは盗賊らし過ぎるのだ。
まるで治安のいい地域で何不自由なく暮らす人達に盗賊ってどんな奴って聞いて出てくるような。
盗賊と言ったってピンキリだ。
生活の手段を失った浮浪者や農民の行き着く先であったり、貧民のために富者から富を配分する義賊であったり、何らかの下積みの末に行き着くのが盗賊というもので、生まれながらの盗賊なんて存在しないはずだ。
どんなに選択肢が無くともやっぱり物乞いや浮浪者からスタートするもので、そいつのようなあまりにもそれっぽい盗賊なんてどこか引っかかる。
あるいはそういう人が居たとしても盗賊団『大鷲』は首魁のアギラ・ダールが粛清部隊から抜けた4年前に出来た盗賊団だ。
そういう根っからの盗賊が出来上がるにしてもまだ歴史が浅い。
やっぱり洗脳されてそのように振る舞うようにさせられているのか……?
現状ではこんな結論しか出せなかった。
まぁ一悶着あったけど、ひとまず『オーロラ亭』まで相変わらず喚いてるこいつを運ぼうよ。
「リィゼさんとりあえずコイツ黙らせて運びましょう。えっと……あっちのギガントコボルトは……どうするんですかアレ」
「魔物から情報を引き出せるような人は限られてるしねぇ……当面はこの人から得た情報の裏打ち程度にしか使えないだろうけど……でも仮に用がないなら首を落として見せしめにするだけで街の人たちは勇気づくと思うのだけど」
さらっと怖いこと言いますねリエーレさん。
でも確かに明るい話題にはなると思います。ちょっと血なまぐさいですけど。
「当面はブルートさんのゴーレムで抑えこんでもらうしかないかしら……」
「ですねー。とりあえずうるさいんで意識奪って運んじゃいましょう。ケイ君やっちゃえ」
「はいエリューさん」
未だ汚い言葉で周囲を罵ってるそいつの処理はケイ君に任せることにする。
自分が派手で目を惹く戦闘を得意としているのに対して、ケイ君は地味だが手先が器用なスカウト的技術の数々を習得している。
ガチで首トンしたら意識トばせる、というか見たことある。
彼に任せておけば安心だと思って視線をギガントコボルトの方へ向き直った。
いやー戦ったら強そうだなー
なんて自分は心の中で独りごちる。
「────ぁ、あああああああああ!!」
何事!?
慌てて振り返れば、先ほどとは比べものにならない声で盗賊の男が絶叫していた。
その声はまるで地獄のありとあらゆる責め苦を受けているかのような、そいつの喉が裂けるのではと思ってしまうほどの阿鼻叫喚であった。
近くにいた冒険者達も遠くで眺めていた住人達もその叫声に目を剝いた。無論自分もだ。
「何!? 何があったの!?」
「分かりません! 気絶させようとしたら途端に叫びだして!」
そいつの叫び声がけたたましく、ケイ君との会話も怒鳴るような恰好となる。
依然として叫び声は西門一帯に響き渡っている、喉が限界なのかその声はいくらかすれて聞こえたけれど、尚も声を上げ続ける。
どうすればいいか分からないまま、手を出しあぐねているとそいつの体に目で見て分かる変化が表れはじめた。
そいつの首筋から真っ黒い文様、例えるならば蜘蛛の巣のようなそれが顔に、胴に、四肢へと這い広がっていく。
不思議なことにそれは自分の体に刻み込まれた魔法陣と似ているような気がした。
けれど自分のはオリヴィエさんをはじめ皆に美しいと評されているのに対して、そいつのは幾何学的な文様がいくつもいくつも重ねられて均衡を失い、残っているのはただのおぞましさだけだった。
全身をおどろおどしい文様に絡めとられたそいつはいつの間にか声を上げなくなっていた。いや上げられないのか。
かわりにグッグっと収縮するような音が断続的に耳に届く。
それもやっぱり哀れな盗賊の男から発されていた。
よく見るとその音に合わせて、そいつを絡めとる文様がそいつの体を締め上げている。
「────────」
文様の裏側から隔てられた微かな声らしきものが聞こえる。けれど最初のときのけたたましさは見る影もない。
そうして文様は一切の容赦なく冷酷に無慈悲に奴の体を締め上げる。次第に小さくなっていくそいつの体。
誰も何もすることができなかった。
そいつ文様に侵されもはや完全に真っ黒になり果てていた。
粘土人形のように体を折りたたまれて、押し込まれ、無機質なシルエットを晒す。
内部からはボキッだとかゴキッだとか、鳴ってはいけない類の音が漏れてくる。
もはや盗賊の男は一回り小さく細長い楕円状の物体と化していた。
やがて細長く、人間だった物体は真円へと近づいていく。大きさはもう自分が両手で抱えられるくらいになってしまっている。
この場にいた誰もが固唾を飲んでそれを見つめていた、いやそんな対応しかできなかった。
そして人間だった黒球は弾けた。
さながら風船が破裂するみたいに。
まき散らされたのは赤黒い血でもなく、ましてや肉でもない。
ただ黒い文様の残滓が浮遊して、やがて消えていく。
まるで人間なんていませんでしたよと言わんばかりに。
これは……死んだのか?
盗賊の男がいた証拠となるものの一切合財が黒い文様に包まれて弾けてしまった。
その黒でさえ地面に落ちて、あるいは宙空に溶けて、消えてなくなっていた。
誰もが困惑していた。
誰もが状況を理解できずにいた。
「どういうこと……? ケイ君あいつに何かしたの」
「そんなわけないじゃないですか! 僕があの人を気絶させようと首筋の後ろを掴んだら突然叫びだして……」
それでこれか。
貴重な情報源は文字通り影も形もない。なくなってしまった。
別にケイ君を疑ってるわけじゃないけど自分はあいつが叫びだしたその瞬間を目に収めていなかったからちょっと聞きたかっただけだ。
うーん仮説を立てるなら口封じのための呪いだろうか。
『大鷲』の首魁アギラ・ダールは邪教に魅入られて現在盗賊なんかをやってる。
わけだから、その構成員にこのような術式を仕掛けていてもなんら不思議はないかもしれない。
でもなんだか違和が残る。
これじゃ盗賊じゃなくてほんとに邪教の信徒じゃないか。
そのとき自分は見つけた。
盗賊の男だった黒球の残滓。
その内の大半はすぐに空気に融けてしまっていたけど、ただひとつ、自分の手の平にすっぽりと収まるほどの小さくおぼろな黒い玉が浮かんでいた。
それは引きよせられるようにしてふよふよと自分たちの頭上を通り過ぎていく。
その方角には今も気絶しているギガントコボルトがいた。
何も遮るものはなく、その黒い玉はギガントコボルトの体に埋まって消えた。
自分は嫌な予感がして、その瞬間に背筋に薄ら寒い感覚が走る。
まるで肉食獣が自分のことを見て舌なめずりをするような、そんな悪寒だ。
反射的に自分は背負っていた大鎌に手をかける、いつでも振り回せるように。
そしてそんな自分を見て誰も訝しがる様子はなかった。
周りの人の様子を見ると、すぐ後ろにいたリィゼさんは腰のエストックに手をかけていたし、その隣のアルコンさんも背中の大曲剣の柄をしかと握っていた。
そして非戦闘員であるリエーレさんやソフィーちゃんですら尋常ならざる気配を感じとっているみたいで、体が強張っているのが見て取れた。
────グァルルルルッ
短いけれど、その唸り声は確かに耳に届いた。
次いで自分らの斜め後方の野次馬達がにわかに騒がしくなった。
声の主はやはりギガントコボルト。
気絶させられていたはずの奴は今まさに上体を起こし、のっそりと立ち上がろうとしていた。
「おっとぉっ! 残念だが大人しく寝てなぁ!」
いち早く対応したのはブルートさんだった。彼は自分らの前に踊り出て短いキーワードを呟いた。それは彼があらかじめ待機させていたゴーレムを操作するためのキーのようなものだろう。
彼のゴーレム操作は彼自身の体の動きとゴーレムの動きを直結させるというものなので、傍から見るとパントマイムみたいな感じになってる。
けれどブルートさんのその向こうにいるゴーレムもまた全く同じ動きをトレースしていて、あんな巨体が意思を持って動いているなんて恐ろしい話だ。
すくと立ち上がったゴーレムの位置は今まさに体を起こしたギガントコボルトの後ろ。
即座にゴーレムは両手を噛みあわせて振り上げ、さながら鉄槌のように振り下ろす。
起きがけに真後ろからそんなことをされればまともに喰らってしまうのは仕方がないだろう。
途端に立ち上る土煙、響き渡る轟音。
ズシィンッという重い衝撃が大地を伝ってこっちにまでやってくる。
身長10mを超える巨大ゴーレムの打撃だ。
ちょっとびっくりしたけど、アレをまともに喰らってピンピンしてたら生物としておかしい。だって質量が質量だし。
だけどこのあと自分はその予想が前提から間違っていたことを知る。
「はッ……?」
ブルートさんが困惑したような声を上げる。
理由はすぐに明らかになった。
ギガントコボルトはあの巨拳を受けて潰れてはいなかった。
両の手を地面につき、背中であの大鉄拳を受け止めている……?
いや違う。ギガントコボルトの背とゴーレムの拳の間に何かが挟まっている。
あれは……腕?
白くほっそりとしていて、だからこそ不気味な腕。
それがゴーレムの巨拳を受け止めていた。
なんともちぐはぐな光景だった。
その腕はググッと力を溜めるように肘を折り、そしてバネが物体を跳ね除けるように巨拳を押し返した。
ゴーレムと連動しているブルートさんの両腕がバシィと弾かれる。
それはつまりゴーレムもそうなったということ。
バランスを崩したゴーレムは後方へと傾いで、その巨体ゆえにゆっくりと、そう見えるだけだが、倒れていく。
巻き起こる土埃と轟音はさっきの比ではなかった。
それを背にしてギガントコボルトはのっそりと立ち上がる。
奴は足は極端に短く、肥大した筋肉で埋め尽くされた上半身を前傾姿勢で支えている。
そして何よりも目を惹くものが背中から生えていた。
腕だ。
真っ白でほっそりとした、よく観察するとその五本指は長く関節が見当たらない、そんな不気味な腕がギガントコボルトの背中から生えているのだ。
奴の筋肉こそ不気味であるが、背から生えて白い腕もまた不気味、そしてそのアンバランスさもまた不気味であった。
3本目の腕を背から生やし、化物はさらに化物と化した。
自分らの後方、野次馬達からはもはや悲鳴が上がっている。
それもそうだろう。あれはただでさえ尋常の魔物じゃなかったのに、今となってはおぞましさの権化とでもいうべき存在だ。
「アルコンさん……ッ!」
自分は対人戦ばっかで対魔物戦の経験はない、まったくのゼロだ。
おのずとすぐそばにいた経験豊富そうな人物であるアルコンさんに助けを求めた。
「はー。あの手はヤバイな。粛清部隊時代の現場と同じ感じがする」
アルコンさんは焦る自分をよそに、ゆったりとその背から大曲剣を引き抜いた。
彼は長細いそれを肩に担いで、すぐ横に来ていたリィゼさんへと目配せをした。
リィゼさんも腰からゆったりとレイピアを引き抜いてヒュンヒュンと空を切らせる。
なんだか二人ともとっても自然体で自分もいい感じに力が抜ける。
自分も背負っていた大鎌をグルリと頭の上で一回だけ回して構える。
っとここでアルコンさんが自分に話しかけてくる。
「エリュー。お前さんは休んどけ、今日オリヴィエとガチで戦りあって魔力も少ないだろうし、あっちで野次馬どもの人気取りでもしてな」
「んなっ! バトルジャンキーな自分にただ見てろって言うんですか!」
自分はちょっとムカッときた。
そりゃさっきまでブルッてたけど、今はもう血気が滾ってるんだ。
あの化物だって自分は攻略してみせるぞ!
なんて意気込むけれどリィゼさんはそれを諌めるように自分の隣に立って、そしてポンポンと肩を叩かれる。
「悪いけどエリュー。アンタが強いのは分かってるけど、アイツはそういう次元とは違うわよ。エリュー、アンタ……」
彼女は肩をぐっと掴んでそう言い、一旦区切った。言葉を選んでいるみたいだった。
「アンタ、殺し合いしたことあるの?」
その言葉を聞いて自分は硬直した。
穏やかじゃない話題だが自分は死神なのだ、当然あると言うべきなのだろう。
だけどこれまでの戦いというやつを振り返ったときに出てくるのは血盟員との手合わせやら勝負ばかり。そういったわりかし安全な闘争しか自分は経験してきていなかった。
ある程度の安全が保証された上で、イキイキと戦い、メキメキと強くなっていく自分。
あ、これ戦うの好きになるわ。
そして同時にあそこにいる化物がそれとは性質の違う舞台にいることも理解した。理解できた。
あれは、恐ろしい。
怖気づいた。
二の足を踏んだ。
狼狽えて、尻込みした。
自分はまだ人間の少女のように怯えることができた。
「ん、いいわ。見てなさい。あんたは伸びしろありそうだからね。大鷲と戦うってのはそういうことでしょうし」
リィゼさんは細く微笑む。
その細い体に、細い腕に、細い剣が握られている光景がひどく頼もしいものに見えた。
それから彼女は自分の隣に来てこう言うのだ。
「いいエリュー? 見てなさい。あれが真性のバトルジャンキーよ」
ザッと一歩踏み出したアルコンさん。
こっちからは顔は見えないけれど、その顔はきっと笑っているんだろう。そんな妙な確信が持てた。




