第十八話「魔道士オリヴィエとの真剣勝負」
オリヴィエ戦を書き上げたら驚愕の18500文字だったので分割でお送りします。
ここはいつもと同じくらいの分量です。
「やっほー。……ちゃんと来てくれたね」
「えぇ、そりゃもう。楽しみにしてましたから」
街外れの原っぱで自分とオリヴィエさんは相対した。
うん百m先まで見晴らしのいい平原になっていて、障害物といえば所々に腰掛けられるくらいの岩か、大人の腕くらいの細さしかないひょろい木くらいしかない。
斜面や高低差もなく、円形広場のように建物を壊す心配もないので戦うにはうってつけだ。
視界の端には十数人ほどのギャラリーができていた。
いずれもうちの宿の常連者さん達で、その中にはオリヴィエさんのパーティーメンバーであるアルコンさん・リィゼさん・ロッシさんの3人の姿も見えた。
ケイ君は昨日言ってたように宿でお留守番だ。
一応彼からは「楽しくなって無茶なことしちゃダメですよ?」との言伝を頂いた。
大丈夫大丈夫、オリヴィエさんは優秀なヒーラーでもあるんだから多少無茶してもなんとかなるって。
え? そういう話じゃない?
ともかくそんなロケーションでの手合わせが行われることになった。
オリヴィエさんは先日から見慣れている、いかにもな魔道士ルックなとんがり帽子とローブ姿。その隙間からミント色の髪とイチゴ色の瞳が覗いていて、今日は比較的目がしゃっきりしているように見えた。
対する自分もローブ姿だ。クローゼット奥にしまってあった、リッチーのローブを羽織っている。
目立たないように編み込まれた紋様はおそらく魔法陣の体を成しているように見えた。
あのときはこれしか着るものがなくて、つまり好きで着ていたわけじゃないから、この宿に落ち着いてからはクローゼットの隅に追いやって忘れていた。
でも魔法陣が読めるオリヴィエさんがやってきたことでこれについても思い出すことができた。
どんな効果があるのか分からないけど、魔術師を相手する際には事を有利に運んでくれるんじゃないかと踏んでる。
あとは眼鏡。
魔法使い相手なら役立つんじゃないかなという期待を寄せてかけてきたけど、視界ジャックされる可能性もある。
まぁやばかったら外そう。それくらいの余裕はあるはず。
他は特に変わっていない。
髪型は一年前にソフィーちゃんに髪留めもらって横結びにしてからそれっきりだし、ローブの下も簡素なシャツとパンツだ。
「ふぉぉぉ……! エリューなにそれ!」
案の定オリヴィエさんはこのローブを見て感動したようで、興奮気味に自分に駆け寄ってきた。
「とある悪い魔術師から剥ぎとった戦利品ですよ。魔法に強そうな感じがするので今回の戦いにはピッタリかな、と」
「エリュー後で貸して!」
「あはは、いいですよ。ただし……」
「ただし……!?」
自分は少し勿体ぶって溜めると、オリヴィエさんが食いてくる。
この人ほんと魔法陣好きなのね。
「この勝負でオリヴィエさんが勝てたら、見せてあげます」
「む、そんな意地悪するんだ」
彼女が少しつむじを曲げてしまったようで慌てて細くする。
「いえっ! 自分が本気で戦りあいたいだけですよ。これでオリヴィエさんは口実ができたでしょ? 本気でやってもケイ君に怒られたりしませんっ」
この前はシャヴァリーさんに手加減されて釈然としなかったし、自分は本気で戦ってみたいんだ。
それでオリヴィエさんは得心がいったようで、か細い声で「バトルジャンキー……」と呟いた。
それは否定しませんけどオリヴィエさんだって他人から見たら相当な魔法陣オタクですよ……?
いや、これを言い返すと傷跡しか残らないな。やめておこう。
改めてオリヴィエさんを見れば、彼女の顔つきがさっきまでと変わっている。
イチゴのようだと感じた赤色の瞳が、今は夕日ののようにギラギラした紅をしていた。
それから彼女はくたびれたとんがり帽子のつばを摘んで目深に傾ける。
「後悔しても知らないよ?」
「望む所です」
振り返りざまに見えた彼女の口元は僅かに傾いていた。
たぶん今の自分もおんなじ表情をしているんだろう。
オリヴィエさん自分に背を向け離れていき、およそ25mほどの距離をしてこちらへ向き直った。
「“ここに来て”・“天則を代行せし”・“フーの魔法杖”────《アポート》」
“クレーシス”から始まる詠唱は離れたところに置いてきた己の得物を手元へ呼び寄せる召喚魔法の一種だ。
その朗々とした詠唱が終わると、彼女の手の中には一本の大杖が握られていた。
その杖は見たところ樹の枝を削りだして拵えられていて、先端がちょうど曲げた指のような形になっている、そしてその内側に雪の結晶のように白い放射状の宝石を抱えていた。
この世界、魔法は呪文詠唱が主体な以上、ぶっちゃけ魔法を使うのに杖は必要ない。
しかし魔法を究めんとする魔道士や魔術師連中のほとんどは杖を持っている。
この理由はほんとに色々だ。
単純に打撃武器として持ってる人、杖を自前でマジックアイテム化している人、射撃魔法の照準器にしている人、魔法の起点にしている人、魔法陣を用いた大魔法を格納している人、……単純にそれっぽいからという人。
千差万別だ。
さて、バロルはどれだと思う?
自分は相棒の大鎌に問いかけながら、それを背中から剥ぎ取って構える。
もちろん刃は露出させずカバー付きだ。危ないからね。
『こいつァ光魔法使いなんだろ? 魔法の起点や照準器にしている線は薄いんじゃねェかァ? なんかのマジックアイテムなんじゃねェのかァ?』
そうだよねぇ。
光魔法だけならそうなるよねぇ。
光属性の魔法は人間相手には攻撃向きではない。
例えばマジで光速の光線を放つ《レーザー》系の魔法。
あれはそりゃもう最速の魔法だけれど、実際に人にダメージを与えるとなると相当量の魔力をつぎ込まなくちゃいけないし、詠唱にも時間がかかる。
絶対に避けられない確信があるならともかく、その長い詠唱を聞けば《レーザー》系の魔法なのはバレバレだし、オリヴィエさんがそれを使ってくることはないでしょ。
ちなみに光魔法は人間以外の、例えばアンデッドとか悪魔とかにはよく効く魔法が取り揃えてある。
もちろん自分は死神なんですごく効きますよー!
まぁでもこの場の誰彼もが人間だと思ってくれてるんだろうし、そういった浄化系の魔法が使われることはないでしょ。
……よく考えたら昨日自分が気絶してるときに、悪魔の仕業か!? とかなって浄化系の魔法をかけられてたら危なかったな。
さて、光魔法が攻撃向きではない。
格好からして純粋な魔法使いだと推察される。
なら彼女はたぶん光とは別属性の魔法を持ってるんだろうか。
純魔で一属性のみなんてのも考えづらいし、きっとそうだろう。
……そういえばオリヴィエさんが一昨日の夜に脅迫材料として見せてきた猫耳はなんだったんだろう? そこら辺も気にかかるな。
オリヴィエさんについて情報を纏め終わったところでチラッと視線をギャラリーの方へやると、その中から一人の冒険者さんが歩み出てくる。
背中に背負った大曲剣に、灰色の髪を持ったその人はアルコンさん。
オリヴィエさんのパーティーリーダー(多分)で、今回の手合わせの監督役をやってもらう手はずだ。
「じゃあ二人とも、決着は俺がどちらか片方を戦闘不能だと判断したとき、もしくはお前ら二人のうちどちらかが降参したときだ、いいな?」
「りょーかい」
「おっけーです」
もと粛清部隊のアルコンさんは相当な実力者らしく、こういう役目にはうってつけとオリヴィエさんからの勧めがあり、今こういうことになっている。
後日アルコンさんとも戦いたいなー。
おっと邪念は捨てて、今はオリヴィエさんだ。
魔法使いは何してくるかわからんから怖いぜ。
原っぱに時折そよいでいた風が止む。
その代わりに辺りを包むのは心地のよい緊張感。
「んじゃ、始め!!」
◆
ザンッと地を蹴る。パッと千切れた草が自分の後ろで宙を舞う。
戦闘が始まってまず最初に動いたのは自分の方だ。
正直言って魔法の技量で上回れる気はまったくしない。だから大鎌での近接戦に持込みたい。
様子見なんてしてたら理詰めで追いつめられてしまうかもしれない。いやきっとそうだ。
敷き詰められた草を千切り散らしながら、草原を疾駆する。
それに対してオリヴィエさんは慌てる様子もなく、ただ淀みない動作で大杖を前へと突き出した。
僅かに届いた声はこう云っていた。
「《プリズム・レイ》」
そう云って、彼女の杖から魔法陣が展開されたのだ。
自分はその様子をつぶさに見て取れた。
それこそ、彼女が《レーザー》系魔法の名を魔力を込めて呼んだのも。
大杖からほどけるようにして展開された魔法陣が編み込まれていくのも。
その魔法陣に光の粒が瞬く間に集約して、光線を放ったことも。
『エリ────』
バロルが声を上げるタイミングは絶望的に遅かった。
最速の魔法、それを避けることは放たれてからでは不可能だ。
放たれる前に避けておかねばならない。
そして自分にはそれができた!
足首を痛めるのも厭わないつもりで、全力疾走から真横へと跳躍。
自分の腕をジュッという恐ろしい音を立てて、光線が掠めていった。
「避けられた……!」
オリヴィエさんの驚愕の声がこっちにまで届いてくる。
でも、オリヴィエさん!? 初手レーザーとか予想外ですよ!
あ、でもよく考えたら予想できたか!
オリヴィエさんは魔法陣マニアだから、杖を運用してるならその使い方は十中八九、魔法陣を用いる大魔法の格納だわな。
それで最速だけど消費と詠唱時間がバカにならない《レーザー》系魔法だってあらかじめ仕込んでおけば、詠唱時間の問題はクリア。
消費はそれで決められる自信があるなら無問題だ。
なるほど初手に放つには最高の手だ。
けれど自分はそれを避けることができた。
その理由は先日購入した眼鏡のお陰だ。
この魔力が見える眼鏡は詠唱段階で声に乗った魔力を視覚的に視ることができる。
オリヴィエさんは大杖に仕込んだ魔法陣の起動に魔力を込めた特定の声をキーにしていた。
その声が杖に感知されて魔法陣が展開される、そのプロセスの全てを視ることができた。
起動キーの文言というワードから《レーザー》系の光魔法と反射的に判断した自分はなんとか真横に飛んで事なきを得たというわけ。
いやーこの眼鏡買ってよかった。
「魔力の流れが見える? あるいは私のパーティーメンバーの誰かがネタばらしした……?」
オリヴィエさんはおもむろにギャラリーの方を見た。
いやそんな事実はないんで、パーティーの3人は一様に首を振ったりして否定している。
「ひどいですよオリヴィエさん」
いきなりレーザーなんて殺る気満々すぎる。
「…そっちが煽るから。本気で行かざるを得なくなった。でも意外。魔法陣は読めないのに魔力は見える?」
「この眼鏡はマジックアイテムなんですよ。僅かですけど魔力の流れが見えるんです」
「なるほど……ほんとに見えるだけっぽい。それならそれで戦い方がある」
オリヴィエさんは杖を今一度握り直し、垂直に掲げた。
「“凍てついた”・“その鋭き氷矢は”・“さながら驟雨の如く”・────《レイニーアイシクル》」
「────っあ!」
目がー!
この眼鏡をかけていたせいで、大量の魔力の流れで視界がしっちゃかめっちゃっかしてて妨害できなかった……やっぱこれダメじゃね?
慣れればなんとかなるものか?
っう……目が痛い……。
自分は眼鏡を上に押しのけて、目をゴシゴシパチパチやってようやく視界が正常を取り戻した。
そして飛び込んできた光景は、オリヴィエさんの周りそして上空に大小合わせて100に届こうかという数の氷の矢が浮かんでいるというものだった。
やっぱり光だけじゃなかった。氷属性使いか!
ていうかこの数はヤバイな……。
「……助言すると。魔力を目に集めれば魔力光で目を灼かれずに済む。コツは要るけど」
「あ、ありがとうございます」
不憫に思ったのかオリヴィエさんがアドバイスしてくれた。
その通り眼球を意識して魔力を移動させると、まばゆいばかりだった氷矢達の輪郭をしっかりと捉えることができた。
魔力の流れは複雑すぎてよく分からないけど目にダメージを負うようなことはなくなった。
「じゃあいくよ?」
「っ……どうぞ!」
小首をかしげながらオリヴィエさんはそう確認をとってきた。彼女なりの優しさだろう。
それにやけくそ気味に返事をする。
勝負はここからが本番だ。