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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第十七話「それでいいのか自分」




 目覚めると視界には薄闇ばかりがこびりついていた。

 自分は寝覚めはいい方なので、これはまどろんでいるわけではなく、部屋そのものが薄暗いのだろうか。

 物の輪郭すら曖昧な薄闇の中にあって、感じるのは安息感。

 布団の感触やら部屋の匂いやらは見知ったものだったから、光源がか細くとも自分の部屋だと分かる。

 頭を少し動かすと、チリン……という小気味良い音とともに、よく冷えた布袋みたいなのが、頭の側に落ちた。

 さわって確かめてみると柔らかいチャプチャプした感触とチリンという硬い感触。これは氷嚢ひょうのうか。

 そして氷嚢がどういった状態の人間に対して持ちだされるかと思い至ったとき、自分の状況も把握した。

 自分はあのとき吐いて倒れたんだ。


 自分のことは分かった。周囲の状況を見てみよう。

 

 窓の方向からはとっぷりと日の落ちた夜空が広がっていた。あの窓からは月明かりすら差し込んでおらず、か細い光源はその逆方向からやってきている。

 自分はこの暗闇を拭い去ろうと、その頼りない燐光の方向へと目を遣った。


「……おはよう」

「オリヴィエさん」


 そこにいたのは出会ってまだ間もないのに随分と仲良くなった、と自分では思っているオリヴィエさんであった。

 彼女はベッドの右隣に椅子を寄せ、自前の光魔法で光源を確保して本を読んでいたみたい。自分以外誰もいないからかとんがり帽子を被ってなくて、猫耳がちょっと頭の上に乗っかっているのがおぼろげに見えた。

 光量が随分と絞られていたし、そもそもこんな暗いところで手間をかけて本を読む意味は、と考えると彼女は倒れた自分の看病を買って出てくれたってことなのかな。


 彼女はポンっと本を閉じて、自前の光球を手の平の上に浮かべながら立ち上がった。

 自分の部屋に備え付けてある魔力式ランプの元に歩み寄って、それを点灯させた。


 うぉ、まぶし。

 

 とたんに部屋の光量が増して、自分は目をしばしばさせた。


 しっかし自分はなんで看病されるような事態になった────


『おいやめとけェ!。まためんどくせェことになんぞ』


 思考の隙間にバロルの声が割り込んできた。

 念話だからオリヴィエさんには聞こえない。


 でもそんなバロルの忠告を聞いても、加速する思考は止められなかった。

 あの記憶がフラッシュバックして、途端に吐き気や動悸や疼痛に襲われる。

 けれど昼間のあのときほどじゃない、何かに押しとどめられているようなそんな感じがする。


「っ!……ぅ……」


「エリュー! っ“癒せよ光華フォセプリオシィ”・“錯思の随においてコンフージオンヌ”・“その踵を返せレイヴェルティミニ”────《リターンサニティ》!」


 自分に向けてオリヴィエさんは即座に治療魔法をかけてくれた。

 昼間みたいに圧縮省略されたやつじゃなく、ほんとに一節が長くて難しい詠唱だなぁあれ。 

光の粒みたいなのが自分の体にはいっていって、そうするといくらか症状が和らぐ。問診もなしで原因不明の症状を的確に抑えてくれてる、オリヴィエさんすごいなぁ、


「大丈夫?」

「うん。ありがとうございます」


 お陰でだいぶ楽です。

 そういえば外はもう暗いみたいだけど、今は何時なんだろう。

 寝転んだとき足側に時計があるせいで、自分の体勢じゃ確認できない。今しがた治療魔法をかけてもらった人間が身を起こすのもなんだか怒られそうなので、ここはオリヴィエさんに素直に聞くか。


「今何時ですか」

「ん、8時43分」


 自分の質問にオリヴィエさんは直ぐ様、細かく答えてくれた。

 って8時!? 外の暗さ的に夜のだよね!? 


「お仕事しなきゃ!」


 自分は慌てて布団をめくり上げて立とうとしたところで、正面のオリヴィエさんがじと~とした表情で腕を交差してバッテンを作っている。

 起き上がるなってことだろう。


「だめ。今日は休み。ゆっくりする」


 も、もしかしなくても、自分が倒れたから今日の酒場の営業はお休みになっちゃったんだろうか。となるとすごく申し訳ないぞこれ。

 原因は自爆でしかないし。


「とりあえずケイティス呼んでくる。話はそっちから……」


 オリヴィエさんは目線で「そこにいろ」と告げながら、席を立つ。

 椅子に引っ掛けてあったらしい少しくたびれたとんがり帽子をボフっと被って彼女は部屋を出ていこうとする。

 そうして自分は半ば布団を跳ね上げ、なんとなしに格好の付かない姿勢のまま、ケイ君を呼びに行ったオリヴィエさんを見送る。



 5分くらい暇を持た余していると、突然バァン!と自室のドアが押し開けられた。


「エリューさん! 大丈夫ですか!? いや大丈夫じゃないから倒れたんですよね!?」


 言うまでもなくケイ君だ。

 彼はすぐに自分のベッドの側に駆け寄ってきて、唾が飛んできそうな勢いでまくしたててきた。それに自分は若干気圧されて「う……」という肯定でも否定でもない声しか返せなかった。


「……ちょっと、落ち着く」


 ケイ君の後ろについていたオリヴィエさんは、興奮気味のケイ君の肩に手をかけて押し留めた。


「あ、ごめんなさい……」

「ううん。……それだけケイティスはエリューのことが心配だった。そういうこと」


 オリヴィエさんは自分、ケイ君の順に視線を合わせ、「よく聞いてね」といった態度で言葉を続ける。


「まず昨日さくじつから今日こんにちにおいて、エリューの体を見たけれど、目立った外傷は無かった。それは昨日の夜とエリューが倒れてからの過程において確かに確認している」


 始まったのは自分の診断結果みたいだった。これはちゃんと聞いておかないと。

 というか真顔でそういうこと言うのやめてください。すごく恥ずかしいですって。


「じゃあ次ということで体の内部はどうかと睨んだ」


 心臓が跳ねる。

 体の内部。そこに収まっているのは望まずに与えられた臓物たちだ。

 気持ちの悪いもの、つまり見られたくないもの。

 自分は途端に気持ちが沈んでいく。

 オリヴィエさんに見られちゃったのかなあれ……


「魔法陣に損傷を与えないよう注意を払って簡単な《アナライズ》をかけてみたけど、身体機能には異常なし。あくまで魔法がそう判断しただけ、だけど」


 《アナライズ》は確か対象の身体状態を読み取る魔法だっけか。魔力を流し込んで淀みを探るみたいなやつ。それなら内側のあれらを見られたわけじゃないみたい。


「じゃあ精神的なものかと思ったけれどそれは専門外。心を平静に保つまじないをかけるくらいしかできなかった」


 オリヴィエさんは申し訳なさそうに、そう締めくくった。

 まじないって聞くとなんだか頼りなさげだけど、この世界には魔法があるのだから当然、眉唾ものではなくちゃんとした効力がある。

 起きがけにあの光景を想起して、また錯乱しようとした自分を押し留めたのはそれだろうて。

 いやいや十分ですよ。

 それにその後の治療の手際も素晴らしかったですし。


「じゃあエリューさんの体自体は問題ないんですか?」

「うん……あくまで私の見立て、だけど。病気でも疲労でもないはず。……だから精神的なものだと思うんだけど、《リターンサニティ》も効いたみたいだし。……エリュー何か心当たりない?」


 オリヴィエさんは屈んで、ベッドに座る自分に目線を合わせてそう訊いてくる。


 思い当たる節なんてアリアリだ。

 でもそれを正直に話すというのは尻込みしてしまう……。

 誰だって自分がいじめられた経験なんて話したくはないだろう。

 まして自分はそういう類の最たる例だ。


「……ぅ……あ」


 言いよどむ自分を、ケイ君もオリヴィエさんもじっと待ってくれている。

 たぶんここでそれを隠したとしても、二人は大人しく引き下がってくれるんだろう。

 でもそれじゃ二人の心配は晴れないし、嘘をついているみたいで嫌だ。


「あの、ですね……オリヴィエさんは悪くないんですよ? でもちょっと、この魔法陣は望んでつけられたものじゃなくてですね、嫌なことを思い出しちゃった……んです、それでちょっと気分悪くなっちゃって……」

「っ! ……そう、だったんだ。ごめんね私……」

「いえ! オリヴィエさんは別に悪くないんですって! それに自分の体のことだから知っておかなきゃならないものですし……」


 それきり部屋にも沈黙が下りた。

 あんまり踏み込んだことはぶっちゃけれなかったけど、ひとまずなんで自分が倒れたかは理解してもらえたと思う。

 

「ま、まぁとりあえず! エリューさんは大丈夫ってことでいいんですよね!?」


 ケイ君が沈んだ場の空気を盛り立てようよ若干テンション高めにそう聞いてくる。


「うん! 大丈夫だよケイ君! 自分は元気に元気! 今すぐにでもお仕事できちゃうね!」


 自分もそれにのっかって大丈夫だよアピールしたけど、空元気っぽく見えるなこれ。

 

「あーエリューさん。今日明日はもう営業しないって冒険者さん達には言ってありますから……一応大事を取ってリエーレさんが帰ってくるまでは酒場はお休みにしましょ。……仮にお客さんの前で吐いたら折角の看板娘が台無しですよ」

「あ、ですよねー」


 予想はしてたけどやっぱり今日は酒場の営業できないよねぇ。

 ケイ君一人じゃ手が足りないにもほどがある。

 ま、不意の休日も悪くないもんだし。

 気持ち切り替えて謳歌しますかぁ。

 そうしてあのトラウマを断ち切らないとマジでとお客さんに吐瀉物浴びせかけたりするかもしれないしね。


「……じゃあ明日エリューの体は空いてる?」

「あ、はいそうですね。仕込みもないのでカウンターには僕がいる予定ですし」


 ふむふむ、って感じでオリヴィエさんが頷く。

 自分に何か用があるのかな? 不意の休みで予定なんてあるわけないからバッチコーイだよ?

 なんて思っているとオリヴィエさんは自分にズイッと顔を近づけさせた。

 顔近いです、近いですってオリヴィエさん!


「今日のお詫びがしたい」


 オリヴィエさんはそう切り出した。

 そんな、いいって言ってるのに、律儀な人だなぁ。

 でも自分一人だけだと上手く気晴らしもできないだろうし、ここは甘んじて受け入れようかな?


「明日やりあおうか」

 

 ……ん?

 やりあう? 

 それってもしかして戦りあうってことでしょうか……?


 フリーズした自分の顔をオリヴィエさんは不安そうな目で覗きこむ。


「……もしかして嫌だった? 他のお客さんからエリューは戦うのが好きだって聞いたから、戦えばいい気晴らしになるかと思って……」


 ちょ! やっぱり自分バトルジャンキー扱いされてるんかい!

 確かに円形広場での手合わせは見世物にした上でそらもうイキイキと戦ってたけれども!


 一応自分は色々と手を尽くしながらする勝負事として戦うのが好きなんであって、人を傷つけるのが好きだとか、血液に光悦を抱いたりだとか、戦いの中でしか己を見いだせないとか、そういうんじゃないからね!?


 ……うーん、外から見たらあんま変わらんかこれ。

 ま、貴重な機会だし、ありがたくお受けしようかな。


「嫌じゃないです。む、むしろ好きですそういうの」


 うあー、言ってしまった。

 言質を与えてしまった。

 あ、ケイ君やめてそんなジト~とした目で見ないで。


「ほんとエリューさんは……まぁいいですけど。それで場所はどうするんですか? リエーレさんがいないから宿前の円形広場は使えないですけど……」


 ケイ君がそう指摘する。

 それを受けて、そうなの?って感じオリヴィエさんが小首を傾げている。

 あんま詳しくは考えてなかったんですね……


「あそこで毎度戦ってたのは宿の宣伝も兼ねてだから、逆に言えば私闘ならあそこで戦う理由はないよ。街の外の適当な原っぱでやればいいんじゃないかな」

「あぁ、それもそうですね」

 

 考えてみれば今まではウエイトレス姿で戦わなきゃならなかったけど、今回は私服でいいのか。

 オリヴィエさんは魔法がメインの戦闘スタイルと予想されるから……お、そういえばいいものがあるじゃん。明日もっていこっと。

 


 それから少し煮詰めた話をして、場所は街の西はずれの原っぱだとか、時間は午後の1時からだとか、ギャラリーとしては個人的な知り合いだけに声をかけようだとか、そんな感じにまとまった。


「じゃあ今日はありがとうね二人とも、オリヴィエさん明日は楽しみにしてますよ?」


 部屋を後にする二人にそう声をかける。


「はい。お大事にしてくださいねエリューさん」

「ん……私も楽しみ。魔法を思いっきり撃ち込んでも大丈夫そうな人は久しぶりだし。じゃ」

「え……」


 オリヴィエさんのパタパタと振られる手を向こう側さし挟んで、カチャッとドアが閉まる。

 なんかすっごい剣呑なこと言い残していったぞあの人。







 それから自分はベッドに身を沈めて、早いとこ寝ようと思ったのだけれど、あることが気にかかって、一向にまぶたが落ちて来なかった。


 オリヴィエさんに覚悟しとけよ宣言されたので戦々恐々しているわけじゃなくて、まぁそれもあるかもしれないけど。


 自分が気にかかっているのはあの記憶の中でのことだ。

 オリヴィエさんが鎮静してくれたし、他の人にもちょっとだけ打ち明けたからか、大分落ち着いて内蔵を取り替えられる記憶を見返すことができた。

 

 自分の魔法適正と魔法耐性は内蔵にまで及ぶ魔法陣によって成っていることは分かったし、そのために由来の知れない臓物を入れられた。

 しかし一つ分からないことがある。


 リッチーは取り出した本来の私の臓物(・・・・・・・を破棄せずわざわざ小分けにして容器に入れていた。

 それは利用価値があるからに他ならないだろう。

 

 奴はどんな用途に私の内蔵を使ったんだ……?


 夜が更ける。

 自分は答えの出るはずもない思案に耽りながら、自然と瞼が落ちてくるのを待ち続けた。




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