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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第十五話「魔法陣の読み手」




 あのあとアルコンパーティーに男女で一部屋ずつをあてがって、そうするともう4時を回ったころ。もうすぐ町並みに朱がさしてくるだろう。

 酒場の営業は5時からなのでもうすぐだ。

 ……そういえば掃除終わってないな。


「エリューさん。お話終わったんですね? じゃあお掃除しましょうか」

「お、ケイ君。ナイスタイミングだね」


 というわけでテーブル拭いたり、モップ掛けしたりしていると依頼を終えたか、護衛の途中か、いずれにせよここで一泊してくれるんであろう冒険者達がドカドカと入ってきた。


 カランカランとドアベルが鳴って、入ってきた彼らの姿は幾分か汚れていた。

 そのまま部屋に入ってシーツとかを汚されたらたまらない。


「ちょっとみなさん。鎧や武器の汚れを落としてきてから入ってきてください。洗い場は宿の裏手、表に出て右手にある路地から回り込めるウチの庭にありますから」


 『夜明けのオーロラ亭』の裏手には小さな庭があり、そこには洗い場がある。

 その名の通り水系の魔法陣を組み合わせた一種のマジックアイテムが設置されている。

 一般人には高級品だが、元々冒険者宿として営業していたこの宿にはまぁあって然るべきだろう。

 

「おっと、すまねぇエリューちゃん」

「あーはいはい。早く洗ってきてください。匂いますよ?」


 そんな一幕もあって、夕刻。

 ウエイトレス姿に着替えて、酒場の営業開始だ。

 

 リエーレさんがいないから、今日の料理番はケイ君一人だ。

 ランクは一段落ちるだろうけど彼は一年間厨房で働いてたから、それなりのものは出せるはず。

 これまで二人でやってたのを一人でやるわけだけど、マジで手が回らないのなら自分もキッチンで手伝いをしようと思う。

 大丈夫、戦闘のときみたく本気出せば結構すばやく動けるからウエイトレスやりながら調理補助だってイケるイケる。

 

「おーいエリュー」

「あ、はいーってアルコンさん」


 二時間足らず前に部屋をあてがって別れたばかりなので感慨もなにもないなこれ。

 アルコンさんに続いて、パーティーのリィゼさん、ロッシさん、オリヴィエさんが続いてくる。

 オリヴィエさんは終始無関心な感じなのに部屋でひとりでいるんじゃなく、ちゃんと付き合うんだ。それともザワザワしてる方が逆に集中できるとかそういう類なのかな?


 自分はアルコンさん達を手頃なテーブルに案内する。

 幸い酒場には彼らを含めて3組しかまだテーブルについてないし、話す余裕くらいはありそう。


「さぁさぁ何にしますかリィゼさん。今ならちゃあんとお酒が出て来ますよ?」

「……しつこいわよアンタ」


 リィゼさんを煽る。

 彼女はむすっとしながらも、ジョッキでビールを注文してくれた。

 まいどありですー。


 それからアルコンさんとロッシさんもおんなじジョッキビールを、オリヴィエさんにはジュースを注文された。

 料理はおすすめのやつを頼むと言われた。折角なのでアイスヴァイン(肉料理)を出そう。







 ……あー通常運転だなぁ。


「いいわよ! 決闘よ! アンタのその大雑把すぎる性格、ほんっとうに頭にきてたとこよ!」

「あぁ? おめーは細けぇこと気にしすぎなんだよ!」


 ホールの中央ではアルコンさんとリィゼさんがものすごい剣幕で言い争いをしてる。

 うーん、根本的に反りが合ってないのかなぁ。


 ってそうじゃない! 

 止めなきゃ!

 もし殴り合いになったら自分で勝てるかと言われると怪しいぞアレ。

 お酒が入っているとはいえ、二人とも顔は赤いけど足取りは確かなのだ。


 シャヴァリーさんが実力は確かって言うくらいだからそこらの有象無象の冒険者とは格が違う可能性が非情に高い。

 経歴からの類推もその可能性の補強材料だ。

 

 どうする?

 前みたく飲み比べ勝負にでも持ち込むか?


「おーいいぞいいぞ!」


 客達が囃し立てる。

 もう、あの人らはまったく!


「ロッシさん、あの二人止めてくださいよぉ!」


 自分は泣きつくようにしてロッシさんにそうお願いした。

 元騎士団の粛清部隊エリミネーターの彼は、自然に考えるならそれなり以上に強いはずで、あの喧嘩一歩手前の言い合いもなんとかできるのでは、なんて淡い期待が自分の中にはあった。


「うーん? いいのかい? 他のお客さん達はノリノリみたいですけど」

「いいです! どうぞどうぞ!」


 やれやれといった調子でロッシさんは立ち上がり、二人の仲裁に向かっていった。

 彼が間に割居ると、二人の剣幕もいくらか和らいだみたいだ。

 ひとまずウエイトレスとしての仕事に戻ろう。

 そう思ったとき────


「……」

「ひぁゃああ!」


 背中をつつーと滑る冷やっこい感覚。

 バッと振り返ると、仏頂面のオリヴィエさんが椅子に座ったまま、指先を宙空に留めていた。

 悪戯とかでよくある、背中をつつーってやるやつだ。それも直にやられた。びっくりするなぁもう。


「何するんですかオリヴィエさんっ」


 自分のウエイトレス服は背中が大きく開いたデザインになっていて、背中を指でなぞられるとくすぐったいんだ。


「それ、何?」

「……?」


 オリヴィエさんの言う「それ」って何だろう?

 なんて少し考えこんで、自分の背中にはあるものが刻まれていることを思い出した。


 魔法陣だ。

 実験体時代に刻み込まれたそれは、自分の身体に全魔法属性への適性を与えているとみたい。いやドマイナーな属性とかは試したことはないんだけど、そもそも詠唱が分かんないし。でも火水風土に雷や氷、光に闇といったメジャーなものは大体使えた。


「背中の魔法陣のことですか?」

「うん。それ」


 これまで綺麗だとか褒められたりしたことはままあったけど、これを魔法陣だと一発で見ぬいた人はそうそういなかった。

 まぁ別に隠すモンじゃないし、話してもいいよね。

 自分はこの魔法陣についてオリヴィエさんに説明した。

 あ、流石にこれを刻まれた経緯の辺りはマイルドにぼかしたり改変したりしたよ?


「全属性……? ぁ、そういえば最初キャントリップ……」


 そういえばお昼に初めてこの人らと合ったときは4属性を混ぜ混ぜしてしょぼい魔法を実験に使ってたときだった。

 そのときに見た光景が腑に落ちたようでオリヴィエさんは小さく何度もうなずいている。

 それから彼女は。


「もっと見たい……、前にもあるの?」

「え? あ、はい。お腹にもありますよ」

「見せて」

「へ?」


 ガバッと身を乗り出してきた彼女をずさっと後ずさりして距離を取る。

 オリヴィエさんのわきわきした手が空振った。

 あぶねぇ! 衆目のど真ん中で肌を晒してたまるか! 

 常連の男共がフィーバーしてしまう。


「だ、ダメですよ! 男の人がいっぱい居るんですから」

「むぅ」

「せ、背中ので我慢してください」

「じゃあ、見せて早く」


 う、まぁお客さんはアルコン・リィゼの喧嘩に目が行ってて新しいオーダーも飛んでこないから手は空いてるけど……

 自分は、そこら辺にあったさっきロッシさんが腰掛けてた椅子をオリヴィエさんの前まで引いてきて、それに腰かける。


「ふぉお……すごい。エリュー綺麗」


 その綺麗って褒め言葉は前に(魔法陣が)ってつくやつなのは分かっているけど、何だか自分そのものが褒められてる気がしてこっ恥ずかしい。


「これすごい……」


 オリヴィエさんはペタペタと自分の背中を触りながら、魔法陣のつぶさに見てくる。

 んーそういえばその魔法陣がどういうものかってのはバロルが大雑把に解析してくれただけで、詳しいのは自分でもよく分かってないんだよなぁ。


「オリヴィエさんは魔法陣が読めるんですか?」


 魔法陣っていうのは高度であったり、大規模であったりする魔法にのみ用いられる、平素の魔法はもっぱら詠唱で行使される。

 だから魔法陣を書ける・読める人なんて技術職や研究職の領分で、冒険者であるオリヴィエさんが読めるっていうのは意外だった。


「うん。前はそういう学校に行ってた」


 あー仇討ちを決意して冒険者に転向したのかな。

 それなら納得。

 んーそういえばその魔法陣がどういうものかってのはバロルが大雑把に解析してくれただけで、詳しいのは自分でもよく分かってないんだよなぁ。

 オリヴィエさんならちゃあんと解説してくれたりするだろうか。


「正直自分でも体に刻まれてる魔法陣のことよく分かってないんですよ。出会う冒険者さんはこういうのは門外漢らしくて」

「……」

「だからちょっと分かりやすく解説してほしいなーって」

「……そのためには脱ぐ必要がある。背中だけでは一部しか見えないので全貌が掴めない」


 あーそうなっちゃうか。

 じゃあまた後日かな。


「エリュー」

「はい?」

「脱ご?」

「嫌ですよ!」


 背中を庇うようにして立ち上がりざまに振り返れば、少し残念そうなオリヴィエさんの顔が目に写った。

 

 それからは客入りが多くなっていったので、ケイ君と自分の二人だけでてんやわんやしながら、なんとかお客さんを捌いていった。

 



 


 仕事は夜半過ぎて、お客さんもいなくなったところで切り上げた。

 それからはシャワーを浴びて、あとは寝るだけ。

 なんて思いながらシャワールームから上がった。


「ふー……」

 

 体に纏わりついた湯気が、外の空気に融けていく。

 少し肌寒い。ここヒューゲンヴァルト地方は気候的には若干寒冷な地域みたいで、季節にも明確な夏っぽい夏がなくて、春秋冬みたいな感じだ。今は秋口にさしかかったところ。

 昼間は別に大丈夫だけど、夜になるとちょっと寒いね。


 タオルを取りあげて手早く水気を拭きとっていき、寝間着に着替える。

 脱衣所から出る。

 シャワールームは裏庭の洗い場と同じ魔法装置を用いているので、宿の裏手に面している。

 宿屋の入り口から見ると、左手に二階に上がる階段と酒場エリア、右手にこのシャワールームやトイレに続く水回りが敷設されている。

 

 というわけで脱衣所から出て、短い廊下を歩き、さっきまで仕事してたホールに戻ってきた。


「ケイ君あがったよー」

「あ、はい。エリューさん、さっきオリヴィエさんが来て、寝る前に部屋まで来てほしいって言ってましたよ」


 うん? オリヴィエさんから? 

 まぁ十中八九魔法陣関係のことだろうなぁ。


「りょーかい。んじゃおやすみ~」

「はい。おやすみなさい」


 自分はケイ君と別れてとっとっとっと階段を昇っていく。

 オリヴィエさんというかあのパーティーに割り振った部屋は2部屋あって、片方はアルコン・ロッシさんの男部屋、そんでもう片方がリィゼ・オリヴィエさんの女部屋になってる。


 ということはリィゼさんもいるのかな。

 あ、でも最後にあの人を見たとき、やけくそ気味に酔っ払ってたからもう寝てるかな?


 なんて考えていたら3階の一番突き当りの部屋の前についた。

 結局使わなかったけど、3回の突き当りに向かい合った二部屋には特別な仕掛けがあって、決まったパスワードを姿見の鏡面に打ちこむと、秘密の階段が現れて件の屋根裏部屋へご招待ってわけ。

 結局使わなかったけど。


 自分はドアの前に立って、コンコンとノックする。

 おっとウチの宿は防犯上の理由から外開きだから少し距離をとる。

 ……返事はなかったけど、すぐにこっちに近づいてくる気配がする。


 ガチャっとドアが押し開けられた。


「待ってた」


 顔を覗かせたのはやっぱりオリヴィエさん。

 昼間や夜にかぶってた若干くたびれたトンガリ帽子はさすがにはずしてるみたい。


「はいオリヴィ──って、んん!?」


 自分は視界に写り込んできた予想外に、思わず声を上げた。


 だってそれはファンタジー世界を象徴する上で、とてつもなく強い記号だった。

 

 猫耳。


 オリヴィエさんの頭にはピョコンとした猫耳が生えて、それがピンと屹立していた。


 自分はこの世界に十四と一年生きてきた。

 けれどこの世界、魔物やらは見知ったものが多いんだけど、異人となると、とんと見かけなかった。ちょっと見たことあるのが、ウサギの獣人さんとオオカミの獣人さんぐらい。

 ちなみにその二人はコンビの冒険者さんだった。恋人らしいよ? 馴れ初めが気になるね。

 話が逸れた。

 でも、それくらいでエルフもドワーフも見たことないんだよ、ほんと。

 単純にこの国が人間が多いお国柄なんだろうか?


 その上でオリヴィエさんの頭上に生える猫耳を見つめる。

 髪色とミント色の猫耳は今まであのとんがり帽子に隠されていたんだろう。

 あるいは自分の見てきた冒険者さんも隠すのがうまかったんだろうか。


「見たね?」

「え」


 なんかしてやったり、みたいなニュアンスが含まれてたぞ今。


 なんて思っていたら、ガシッと手首を掴まれる。

 そしてそのまま部屋に引き入れられてしまった。


 部屋の中はまぁ他の部屋と変わらない。

 目につく物といえば、奥のベッドでクースカと寝息を立てているリィゼさんがいるくらいか。


 自分はオリヴィエさんにされるがまま、手前のベッドに押し倒される格好になった。


「さぁ……恥ずかしいところも見せたんだから……そっちも……」

「ぇ……?」


 あーそういう話の流れ……?


 なんていう間に自分の寝間着の裾にオリヴィエさんの手がかかる。

 いや、魔法陣見せにきたのは分かってるけど……

 なんかすごい情熱的に迫ってくるし! 

 あと、リィゼさん隣で寝てるし!


「だ、ダメ!」


 思わず自分の体を抱きしめて丸くなる。

 やっぱり恥ずかしい!


「ダメ?」

「う、うん。他の人もいるし……」

「じゃあ別のところ行けばいい?」


 え?

 別のところって何処だろう?

 まさか野外!? それはオリヴィエさん大胆すぎるよ!


「そこ……魔法陣」


 なんて言ってオリヴィエさんが指差したのは何の変哲もない姿見。

 でも彼女はそれを指差して魔法陣と言った。ということは……


「それ……合言葉いるけど別のところに繋がってる」


 うぇ、まさかの秘密の会合部屋のことバレてる!?

 いや考えればそうだ。オリヴィエさんは魔法陣が読める・・・んだから、姿見の枠飾りに偽装されている魔法陣だって見抜けるだろう。


「うん。確かに繋がってるけど……」

「じゃあそこでしよう」

「は、はい」


 こうして自分はオリヴィエさんに押し切られるまま魔法陣の解析をしてもらうことになった。







 それから自分は裸に剥かれ、屋根裏部屋のソファーに寝かされる。

 オリヴィエさんは熱に浮かされたような表情で自分を見下してくる。

 まるでなんかイケナイ行為してるみたい。

 い、いや魔法陣の読み取りをお願いしただけだよ?

 「エリュー(の魔法陣)きれいだね」とか「お腹(の魔法陣)もきれい……」とか「こんなところにも(魔法陣が)あるんだね」なんて散々囁かれたけど。

 オリヴィエさんに全部見られた……うぅ、もうお嫁にいけない……


 解析結果は後日に伝えるって言われた。




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