第十二話「騎士シャヴァリーとの手合わせ」
自分とシャヴァリーさんは宿屋が面する円形の広場の中央で向かい合った。
この広場は直径が30mほどで特に何かあるわけでもない。真ん中に噴水も銅像もないのでやりやすいフィールドだ。
ここを一時貸しきり、ある種の見世物としてこの手合わせは行われる。
またこのために広場とそこに面する建物の境界には結界のようなものが張ってある。
あくまで魔法による現象をある程度はじくだけなので物理攻撃や指向性の強い魔法攻撃には無力だけど、これのお陰で『夜明けのオーロラ亭』がこの催しを行うことを認めてもらえたことは否めない。
ちなみにこの結界は自分の師匠が張っていったものだ。さすが。
とはいえやはり危険はつきまとうもので、ギャラリーが居れるのは広場に面した建物の二階のバルコニー・ベランダや屋上、あるいは広場に通ずる道に限られる。
今日は休日なので四方から相当数の視線を感じる。少なくとも100人は超えてるね。
「……? 素手ですか?」
自分は素直な疑問を口にした。そして目をパチクリさせる。
相対したシャヴァリーさんは手に何にも持ってなくて、ただ胸の前で緩く握った拳を掲げている。
手加減だろうか。むむむ、舐められたモンだ。昨日はあんな調子のいいこと言っておいて。
「あ、いえいえ! 私は無手での戦闘を得意としているんですよ。あ、もちろん実戦なら殺傷能力を増すために専用の手甲をつけますけれど、今日は手合わせですからね。そちらも鎌の刃にカバーを付けていると同じですよ。ただ流石に正真正銘の素手では手を痛めてしまうので、セスタスは付けさせてくださいね」
そういうシャヴァリーさんの手には確かに硬そうな革の帯が巻かれていた。あれで手を保護してるんだな。
なるほどそういうことだったか。
「意外ですね。騎士というともっぱら剣か槍のイメージでしたけど」
「あはは。一応訓練は受けているけど。それより格闘戦が私は滅法強くてね。結局こういうのに行き着いたんだ。剣や槍は私にはどうしても回りくどく感じてね。一応どうしても素早く遠距離を攻撃したい場合に投げナイフなんかも持ち歩いてるよ?」
シャヴァリーさんはサッとナイフを取り出した。それをササッと袖に中に戻す。
危な! サラッとネタバレしてくれたけど不意打ちだったら対処できないやつだよそれ!
事実一瞬どこから出てきたか分かんなかったし。
「じゃあ始めようか。そちらからでいいよ?」
「っ! じゃあ遠慮なくっ!」
シャヴァリーさんはいかにも余裕しゃくしゃくだ。それがなんとなく気に障った自分は、一も二もなく相手の出した有利な条件に乗っかることにした。
石畳を蹴って、姿勢を低くしながら突っ込む。
その瞬間に悪寒を感じた。
『飛べ!』
バロルの声が脳内に木霊する。
なんで?なんて聞く暇すらない。
自分はとにかく地を蹴った。
トンッと自分の体が跳ねると同時に、その真下を何かが通過した。
しかし空中でも悪寒は止まない。
体を真横に回転させて、大鎌の刃を地面に擦り付ける。石畳の凸凹に引っかかって、カッという確かな手応え。
そしてそのまま大鎌を振り抜く。引っかかった大鎌は動かず、己の体が横へと弾かれた。
数瞬前自分が滞空していた位置をまたも何かがシュンッ! と切り裂く音。
石畳をに足をつけてザザザザー! とスライド移動しながら顔を上げると。
そこには拳を突き出した姿勢のシャヴァリーさんがいた。
足は先ほどの位置から僅かたりとも動いていない。
「おや。今のを避けますか。すごいですね」
シャヴァリーさんは素直に感心しているみたいだ。ゆったりと突き出した拳を構えまで戻す。
『衝撃波だな。風系の魔法を圧縮詠唱で使ってやがらァ。ほとんど一音だな。聞き取れやしねぇ』
衝撃波か。
魔法的な補助で拳から衝撃波が出せる。そういえば剣や槍は回りくどいと言っていたが、なるほど剣や槍なんかの余計なものを経由して衝撃波を出すのは確かに回りくどい。
そして同時にこの人の巧妙な作戦に戦慄した。
シャヴァリーさんは自分の武器は拳だってことを強調し、遠距離攻撃手段だという投げナイフを見せた。まるで遠距離攻撃手段はそれしかないように。その上あまり使わないものだという刷り込みをされた。
これで自分は、一手目は拳による殴打しかないと思い込まされてしまった。
その上であの衝撃波だ。勘が冴えていなかったらまんまと策にはまるところだった。
あぶないあぶない。
自分はシャヴァリーさんの一挙手一投足を見逃さないように、じっと観察して隙を窺う。
けれど彼は構えを崩さない。
揺さぶりをかけてみるか……?
そんなことを思い、誘いである甘めの攻撃で様子を見ようとした。
だがそこで唐突にシャヴァリーさんの左手が水平に、真横へと伸ばされていく。
何だ何だ?
自分はついついそちらへと視線で追いかけてしまう。
『おいエリューどこ見てんだ!』
そしてその手がパッと開かれて、ふるふると揺れる、まるで何にもないですよっと言わんばかりに。
自分が頭の中に疑問符を浮かべたその瞬間、ドッ! とまるでタックルされたみたいな衝撃が胸の辺りに激突してきた。
してやられた!
あの真横に伸ばされた左手は視線誘導だった!
まんまとシャヴァリーさんの術中にハマってもう一方の手で放たれた衝撃波に直撃してしまった。
図らずして空が見える。
仰向けに吹き飛ばされたんだな、と理解する。
幸いにもダメージ自体はそこまでじゃない。
ックァン! というやけに鋭く石畳を蹴る音がした。
次いでダンダンダンダンッ! と自分に追いすがってくる足音。
さっきから全然シャヴァリーさんを視界に収められてないな。
なんてことを思いながら一瞬のうちに施策を巡らす。
このままだと吹き飛んだ先で着地狩りに遭うだけだろう。
格ゲーかよなんてツッコミが頭の中で浮かんだ。吹き飛んだ相手に追いつくとか、この世界のデキる人は怖い怖い。
でもこっちだってやられっぱなしってわけにはいかない。
空中で上体を起こし、その勢いで大鎌を真正面へと振るう。
ガンッ! と石畳に激突する大鎌。
それから思いっきり地面へと大鎌を押し付けると、ギャリギャリギュリと火花を散らして石畳と擦れ、吹き飛ぶ勢いが緩む。
これで相手の想定よりも少しは近い距離に留まったはずだ。
ふわっとした滞空。
ようやっとシャヴァリーさんと目が合った。
そして肉薄────
真下からまるで肉食獣の牙のように掬い上げられたシャヴァリーさんの拳。
大鎌では間に合わないと判断した自分は滞空した姿勢から蹴りを見舞った。
激突する両者の攻撃。
威力自体は互角。
だが自分の方が空中にいる分支えがなく、あえなくまだ地面は遠い。
先程より少し山なりな軌道で自分は吹き飛ばされる。
これでは堂々巡り、また着地狩りされる。
しかし自分は先手を打つ。
吹き飛ばされる感覚の中で自分は大鎌をしかと握りしめ、刃を内側へと捻りこむ。
これで自分が吹き飛べば大鎌のその動きに連動して、シャヴァリーさんを真後ろから襲うという寸法だ。
「っ!」
シャヴァリーさんの口から僅かに声が漏れる。
彼の眼球が自分の目、手、大鎌の柄へと這っていき、真後ろに迫る大刃を頭の中で認識したみたいだ。
さてどう出る? これを無傷で捌けるか? 口元が愉悦で裂ける。
だがシャヴァリーさんは本物の強者だった。
彼は自分の横に伸びる大鎌の柄を見定めた。遠い方の手で掌底を柄にぶち当てた。
……みたいだ。掌底が疾すぎて推測になってしまう。
当然大鎌とそれを持つ自分は真横へと弾き飛ばされた。ゴロゴロと石畳を転がる。
歓声の中に自分の身を案じるような声音が混じる。
このままみすみすとダウン状態になれば追撃される。
だが相手の追撃はすぐには来ない。真横への掌底から真横への追撃へとスームズな移行は不可能。どうしても一度体の向きを変えたりとワンクッションがいる。
それに自分の体は地面を転がってる。
空中に比べて迎撃手段なんて幾らでも思いつく。
とりあえず、転がってる最中に地面を手で叩いてポンっと跳ねるように体勢を整える。
つま先立ちのまましゃがんだ姿勢で、大鎌をブウゥンと持ち上げて肩に背負う。
追撃してきたなら、今の動作は下方から蛇が得物に喰らいつくように大鎌による薙ぎ払いにしていた。
それがジャンプか何かで避けられたなら次に来るのは上方からの攻撃なので、それを回避するためにローリングして前方へ逃れるつもりだった。
っとこんなことを考えても仕方ない。戦闘は流動的なものだしね。
シャヴァリーさんは追撃が悪手だと分かってるみたいで、体をゆったりとこっちに向けるだけに留めた。
一瞬腕を引いた動作が見えたから、衝撃波が飛んでくるかと思ったけど杞憂だったか。
この人はその場での状況対応力もさるものだけど、衝撃波のブラフやミスディレクションも侮れない。
あっちの手札が衝撃波だけなんてことはまずない。
それと同じように自分の伏せカードの中で切ってないものだってある。
じゃあ今度は魔法を使ってみようかな。
自分はゆったりと立ち上がりながら、己の内にある魔力を喉元に集める。
そして特定のワードをつぶやく。
「“火よ”・“宿れ”・“我が大鎌に”────《エンチャント・フレイム》」
ポッと大鎌の刃先に小さな火が点った。
ゆらゆらと揺れるそれを、真下から両断するようにして大鎌を振り上げる。
小さな火は大鎌に巻き込まれ、途端に大刃に纏わりつくように一気に火勢を強めた。
ごく一般的な強化の魔法だ。
ただ武器のサイズがサイズなのでこれは結構感心されるレベル。サイズだけに。
ちなみにカバーが燃える心配はない。そういう風に調整してあるので。
改めて見ると不可思議な魔法だ。
燃焼しているのに、武器が燃えているわけではない。
あくまで大鎌を起点に炎という現象が起こっている。
これならほぼ素手のシャヴァリーさんには厳しい戦いを強いることができる。
自分は大鎌をグルングルンと振り回し、その度に炎が周囲を踊る。
うぉぉ……とギャラリーから声が漏れる。
さて、んじゃやりましょうか。
「“炎よ”・“波濤を成し”・うねり狂え”────《フレイムビロー》!」
シャヴァリーさんから口元が見えないように炎を纏わりつかせ、呪文を唱えきる。
そして一層火勢が強まった大鎌を振るった!
大鎌から放たれたるは炎の大波。高さにして5mほどのそれが幾つも折り重なってうねりながらシャヴァリーさんに迫る。
途端に広場は火の海と化した。
こっちからはシャヴァリーさんの姿が見えなくなった、ゆらゆらとした紅蓮ばかりが視界に焼き付く。
ちなみにこの炎はちゃんと延焼する。
だけどあくまで牽制と行動制限のためなので結界を破って建物に燃え移ることはない。
────大鎌はあんまりアグレッシブに攻めていける武器じゃない。
槍に代表される他の竿状武器に比べるとやっぱり刃の向き的にリーチは短くなりがちだし、サイズ的に大ぶりになって隙を突かれれば対処に困る。
だから自分の戦術は待ち。
この炎界を突っ切ってきた相手をトリッキーな方向から迫る刃で虚を突いて迎撃する。
シャヴァリーさんの武器は格闘。リーチが短い分懐に潜り込まれると厳しい。
だからこの状況、自分の懐までいい感じに飛び込んできてくれればいいんだけど……
あ、さっきの衝撃波が飛んできて狙い撃ちされるといけないので少しだけ横にずれておこう。
自分は上下左右に油断なく目を這わせる。
バロルも視てくれているので接近しようとしているのなら、直ぐわかる。
……そして建物の屋上やバルコニーにいるギャラリーから歓声が上がった。
シャヴァリーさんが動いた証拠だ。
『……!? エリュー右だ!』
バロルの声を聞いて右側へと意識を向ける。
だが炎の間隙からシャヴァリーさんが出てくる様子はない。
「……?」
『上だ! 壁伝いに!』
バロルの言葉に突き動かされるようにして視点を持ち上げる。
ちょうどその瞬間炎の壁を薄い所を突き抜けてシャヴァリーさんが姿を現した。
建物の壁を走ってだ。
そうきたか!
そりゃ歓声も上がるわ。
広場と建物の境界には結界が張られているから確かに広場の際は炎の壁が薄い。
だからって垂直に切り立ったどころか窓やら建物同士の狭間なんかで凸凹した面を走ろうなんて思うのか。
全くスピードキャラの特権みたいなことしやがって。
シャヴァリーさんは鋭く建物を蹴って、自分目掛けて落ちてくる。
自分は一瞬気づくのが遅ればっかりに、その対応も遅れる。
右側から攻めるってのもシャヴァリーさんは分かってる。
自分の大鎌の構え方は、右側に刃が出るように持つ。
右から攻められると、大鎌に必要な引くという動作が間に合わないパターンがある。
「─!」
衝撃波の魔法の詠唱!
聞き取れねぇ! 圧縮詠唱こわ! いくつもの言葉がわだかまって聞こえる。
いやそんなことはどうでもいい!
シャヴァリーさんは両手を引いてる。ということは衝撃波は二つ。
一つは体を逸らせばなんとかなるとして、シャヴァリーさんは後出しができる。
二つ目を避けることはできない。
案の定片方だけの衝撃波が放たれ、体を少し逸らして、それを避ける。
衝撃波は角度がついていたから自分のほんの後ろの石畳に穴を作った。
やってくる二つ目。
いやこれは対処できないことはない。
でも……いや仕方ない!
自分は大鎌を短く持ってそれを弾いた。
でもこれじゃシャヴァリーさんの思うツボ。
大鎌は大ぶりの武器だ。
衝撃波を弾くために大鎌は振り切られた、いくら短く持ったって刃の付いている方向的に、切り返すには一手間要る。
体勢だって体を逸らしてよけたから、十全じゃない。
目前まで迫るシャヴァリーさんの飛び蹴りをどう対処する?
そこでいいことを思いついた。
自分は短く持った大鎌、その刃にほど近い辺りをぐっと握った。
その反対側、刃がついていない方を振り切った勢いのまま真後ろの地面を滑らせた。
カッと引っかかる感触。
その正体は先程自分が体を逸らして避けた衝撃波によって少し凹んだ石畳だ。
そこに大鎌を引っ掛けて、押し込むと同時に自分の体を押し出す。
自分の頬をシャヴァリーさんの蹴りがかすめる。
避けた!
けれど、それだけでは終わらない。
大鎌を振り切った姿勢のまま己の体だけを回転させる、その最中に空中にいるシャヴァリーさんと目が合った。
そして、大鎌をもう一度振るう。短く持った大鎌は遠心力でずるりと伸びる。
空中で無防備なシャヴァリーさんを掬い上げるようにして。
大鎌が喰らいついた!
今回はカバーを着けているので切れはしない。だが炎をエンチャントしている、その熱がシャヴァリーさんを苛む。
その上こんな鋼鉄の塊だ。相当な打撃になる。
空中にいたシャヴァリーさんは咄嗟に膝を持ち上げてそこで防御したみたいだけど、無駄。
だって空中にいるんだから踏ん張りなんてきくわけがない。
でもそれは同時に衝撃も逃されてしまうってことだ。
このままだとシャヴァリーさんは吹き飛ばされて、ダメージは入りこそすれ、仕切り直しには変わりない。
でも、そうはさせない。
大鎌は吹き飛ぼうとするシャヴァリーさんの体を回りこむように絡めとった。
そして自分は途中で大鎌の軌道を伏せさせた。
結果シャヴァリーさんは自分の真横へと、ビターン! と叩きつけられることになった。
うつ伏せの状態で、受け身なんざ取らせない。
「うっ!」
「ふぅ。これで終わりですよシャヴァリーさん」
自分は素早く大鎌を回して、エンチャントの火を鎮火させつつ、シャヴァリーさんの喉元に大刃を潜りこませた。
シャヴァリーさんはうつ伏せの姿勢から片方の目をこちらへと向けた。
そしてクタッと脱力して両手を広げた。
「まいったな。すごいな。まさか私が伸されてしまうとは」
「ふふふ、なめちゃいけませんよ。これでもトラブルまみれの冒険者宿で用心棒みたいなことしてるんですから」
同時に魔法の維持を止めて、炎景が晴れる。
それで地に伏すシャヴァリーさんと、その首に大鎌を差し向ける自分の姿が露わになる。
その瞬間歓声が四方八方から降ってきたのは言わずもがなか。
おぅ、常連冒険者さん達の野太い声が響く響く。
自分は大鎌をどかして、立ち上がりざまのシャヴァリーさんに手を貸した。
シャヴァリーさんは自分の手を掴んでよっと立ち上がる。
「でも本気じゃなかったですよね?」
むすっとした調子でシャヴァリーさんにそう投げかけると、彼は面映ゆい感じにに指で頬を掻いた。
「いやはや怖いな君は。確かに私は本気では無かった。いやすまない。正直に言えば侮っていた、いうことになる。本当に申し訳ない。それに私の手甲はマジックアイテムでね。こういう街中では危険かと思ってね」
「あ、いえいえ、そんな謝らないでください。それなら仕方ないですね。後で見せてくださいね気になりますよそれ」
「なんてことはないよ。ただ炎魔法と風魔法の組み合わさった機構で、勢いの乗ったパンチが放てるぐらいだよ。ちょっとかっこつけて言うなら《ジェットパンチ》かな?」
なにそれ素敵。
めっちゃ見たいんですけど。
残念ながらシャヴァリーさんはにはもうこの街を発つみたいで、次来たときに見せるっていう約束になった。
まぁシャヴァリーさんは護衛任務のついでに寄ってきてくれたんだから、帰りでもここに立ち寄ってくれるでしょう。
待ち遠しいけどのんびりと待つことにしましょうか。