第十一話「朝の一幕」
日が落ちて、昇った。
陽光が窓からひっきりなしに入り込んでくる。
自分は寝覚めは良い方なので、布団の誘惑をバッサリと切り捨てることは容易い。
チラッと壁掛け時計を見やると短針が8の数字を乗り越えた辺り。
そういえばこの世界でも1日は24時間だけど、1時間の長さは違うと思う。
体感で少し短いかなと思う。
バサッと布団を翻すと、昨日の内に貢がれたアクセサリーやら花束やらが布団の上からバタバタと床に落ちる。
あぁ、また散らけてしまった。そういえば昨日めんどくさいから布団の上に置いた
んだった。
またケイ君に怒られる。でも今日はシャヴァリーさんと約束してるし片付けるのはまた明日にしよう。うん。
自分は床に散乱したいろんな物ををつま先立ちで避けながらクローゼットの前に立つ。
今日はシャヴァリーさんとの手合わせの日だ。場所は宿の前の広場でやる予定。
我らが『夜明けのオーロラ亭』は円形の広場に面していて、いい立地なのだ。
派手に戦えばそれだけ宿の宣伝になる。
なので服装はウエイトレスの格好。仕事自体はいつも夕時の書き入れ時からなんだけどね。
クローゼットからウエイトレスの服を取り出す。改めて見るとスカートは短いし背中は開いてるし、……一応胸も強調するようにしてあるし、これでもかっ! って感じだなぁ。
ま、でも裸ローブよりは遥かにマシだしね。うんうん。
寝間着を脱いで下着姿になる。
コンコンッ
「エリューさーん」
この声、ケイ君か。なんという主人公的タイミング……!
でもノックしたのは偉いぞー
「ん、ちょっと待ってて着替え────」
ガチャッ
ケイ君はそれはもう流れるようにドアを押し開けやがった。
思わず胸を腕で覆って隠す。胸のサイズ的にブラ着けてないし、そっちは見られるのはまずい! ショーツは隠せはしないけど無意識に内股になってしまった。
「ぇ、ぁ、ごめんなさい!」
「……っ!」
なんでそこで待たないんだ!
それでケイ君は自分の下着姿を目の当たりにすると、途端に顔を赤らめて、バタンとドアの向こうへ退散してしまった。
ちょっと可愛い。
うぅ、でもこれめっさ気恥ずかしいな……
とりあえずチャチャっと制服を着て。
散乱した貢物をヒョイヒョイと飛び越えてドアまでたどり着く。
気配が離れていった感じはしなかったからそこに居るはず。
ドアノブを捻ってそっと押し開け、外の様子を伺う。
そこには床板に頭を押し付けて平服するケイ君の姿があった。
いわゆる土下座。
この世界にもそういう文化があるんだなぁ。
いやそういえば乗合馬車でリエーレさんもやってたっけ。
というか身じろぎ一つしてないし、もしかしてさっきからずっと土下座してたの?
「えーと、ケイく~ん」
「っ! すみませんでしたエリューさん!」
ケイ君はそれはもう綺麗はフォームで土下座を決め込んでいた。
別にそんな怒ってるわけじゃなかったんだけどな。
下心が見え見えだったら天誅だけど、ケイ君はそんな感じじゃなかったし。
「だ、大丈夫だよ~怒ってないよ~」
「ほ、ほんとうですか……?」
こわごわと顔を上げたケイ君はウルウルと潤ませていた。
かわいいからやめろ。
「それでケイ君はなんで自分の部屋に来たの?」
それは素直な疑問だった。
散らかってる部屋に小言を良いに来て、そのまま片付けていってくれることは一月に一度くらいはあるけど、そのイベントは半月くらい前にあったからこの訪問はサイクルから外れてる。
ということは何かイレギュラーな用事だろうか。
「あ、はい。シャヴァリーさんとの手合わせは10時からですよね」
「うん。そうだけど」
「ちょっとコーヒーの豆が切れちゃったみたいで、その他にも買い出しに行きたいので荷物持ちに来てくれませんか……?」
荷物持ちの頼みか。女の子にするようなものではないけど、一年間いろいろな冒険者さんにみっちり鍛えられた自分は、結構な力持ちになってたし、よくあるやつだ。
自分は以前冒険者さんと腕相撲して勝っちゃったことがある。
……あのときは避けれられない流れだったとはいえ、ほんとに勝っちゃったときは少し凹んだ。女の子としてどうなのって。
それはさておき、買い物に付き合うのはやぶさかではないし、ケイ君ひとりで買い出しにいくのもつらかろう。
ケイ君は自分と同じように冒険者に稽古をつけてもらって、実は年不相応に強くなってる。
なってるんだが、戦闘スタイルがなんかゲームとかで見るどテンプレの盗賊(ナイフとか装備しててすばやい)なので、力は全然だ。
だから自分が荷物持ちになった方が色々と勝手がいいだろうね。
「うん。いいよ。受付で待っててー」
というわけで自分はウエイトレスの格好で市中に繰り出すことになった。
◆
『毎度毎度思うんだがよォ。この使われ方ァ、スゲー不服なんだが?』
「有効活用してるでしょ。棒という点に着目した発想だよ。どうせ離れられないならね」
バロルが念話で不満を垂らしこんでくるのを言い返す。
自分はご存知の通り大鎌から離れらないから、買い出しに行くときも大鎌を持っていく必要がある。
正直クッソ邪魔。
なので大鎌を肩に背負って、買った食材なんかを天秤棒にみたいに片方に釣ってる。
もう片方にはデカい刃が付いてるので、これでいい感じにバランスが取れる。
……そこはかとなく通行の邪魔な気がするけど、今ではもはや一種の名物みたいになってるみたい。
「これで買うものは全部ですね」
「だね」
自分の大鎌(天秤棒)に吊り下げられた袋には各種肉野菜や香辛料、更には茶葉やコーヒー豆なんかが入っている。
買い出しは終わったので、あとは『夜明けのオーロラ亭』に帰るだけだ。
「そういえば朝ごはん食べてなかったですよね」
「そういえば、確かに」
今朝は起きて着替えてすぐに買い出しに出たから朝食取ってない。ケイ君もなのか。
いつも朝は宿の食堂でお客さんに混じって摂ってるんだけど、たまには外で買ってくるのもいいかも。
そう思って立ち並ぶ露店をキョロキョロと眺める。
ナイスガイなおっちゃんが串焼き屋をやっていた。
……というかあの人見たことあるような。
「世にも珍しいコカトリスの串焼きだぞー! どうだい一本っ!」
あの珍妙な食材のチョイスはもしや……
ケイ君に視線で「行くぞ」って訴えるとコクリと頷いてくれた。
近くによって見ると、なんか灰色の肉を串焼きで焼いていた。色はなんかあれだが、ジューシーな音と炭の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「お、嬢ちゃんもどうだい一本!」
近くでまじまじとその人を見つめると予想は確信に変わった。
この人、一年前に隣町シュテロンで串焼き屋やってたおっちゃんだ!
前はロック鳥の串焼きを買って、なんかおまけしてもらったんだっけ。その後冒険者ギルドについて教えてくれたんだった。あの時はびっくりしたなぁ。
というかコカトリスて。
冒険者宿で働いているから魔物に関する情報なら結構知ってる。
その怪鳥は石化の魔力を持つ嘴を持ち、怪鳥と言いながらあまり飛行は得意とはしていないものの、鳥類というよりはトカゲみたいな強靭な脚と尻尾を持ち、そのバイタリティは計り知れないとされ、その石化の嘴により体を砕かれた犠牲者は後を絶たない。
ゴブリンとかの雑魚とは明らかに格の違う凶悪なモンスターだ。
そんなの食べれるんですかい……?
なんて思いながら、自分は荷物の引っかかった大鎌を地面に下ろして、おっちゃんに話かけた。
「おっちゃんお久しぶり。覚えてます? 一年くらい前にシュテロンの街でロック鳥の串焼きを買ったんですけど」
「ん? あぁ! あのときのお嬢ちゃんか! そっちの坊主も! こりゃ奇遇なモンだな! どうだ一本?」
ガハハと剛気におっちゃんは笑う。
うーん串焼きは朝には重いか? でもこれから激しい運動する予定だしガッツリ食べといた方がいいかな?
「これコカトリスの肉って言ってましたけど……食べて大丈夫なんですか?」
「あぁ。心配いらねぇ! あいつの石化の力は嘴にしかねぇからよ。バジリスクと違って毒を持ってるってわけじゃねぇし、ちっと固えが味は保証するぜ? どうだ?」
「へぇー、じゃあとりあえず一本」
お金を払って串を受け取る。うーんやっぱり灰色でなんとなく食欲が減退させられる。
でももう買っちゃったし、ということでエイっとかぶりついた。
ぎゅむっとした歯ごたえを噛みちぎって、噛む噛む。
最初は何か炭というか石というかなんかそういう無機物の味がしたけどそれもつかの間、噛めば噛むほど芳醇な味わいが溢れてくる。
いいねこれ。
すかさずもう一本分のお金を払ってケイ君の分も買ってあげる。
ケイ君はすかさずそれにむしゃぶりついた。一瞬苦々しい顔をしたけど後は自分と同じようなもんだ。
「おー気に入ってくれたか。ならもう一本だ! ほれほれ」
おっちゃんはさも当然といったふうにおまけをくれる。
でも流石にちょっと悪いかなって気がしたので、手を胸の前に突き出すようなジェスチャーで遠慮する。
「いいですよそんな。悪いですって。」
「んなこと言うなよ~ ほら、持ってけ」
あれよあれよという間に二本目の串を貰ってしまった。
こうなるともう返しづらいので大人しく串を頬張る。
あぁ美味しいなぁ。
◆
それから何事もなく『夜明けのオーロラ亭』に帰ってこれた。
この地域は盗賊が居るし、冒険者ギルドは追い出されたといっても、交通の要衝ではあるから表通りはさして危なくはないのだ。
ただ少し裏通りに入ると何かあっても保証しかねるが。
買ってきた食材やらなんやらを厨房まで運びこむ。
それも終わると時刻は9時ってとこだった。
さてもうちょっと時間はあるし、ちょっとアップでもしとこうかな。
自分が受付から外に出ようとすると、ガシッと自分の手が掴まれた。振り返るとにっこりした笑顔のケイ君。
「……えーと何かなケイ君?」
「見ましたよ部屋」
あ゛
そういえばそうだったね。
「あ、明日片付けるから」
「って明日もまた言うんですね知ってますよ」
ジトーと額に汗が伝うとを感じる。
い、いいじゃん別に自分は困ってないし。
そんなことを思ったら、その瞬間にすっごく自然な流れで掴まれた手の指を外側に押し込まれた。
痛い痛い! マジのスカウトなケイ君がやると洒落にならないからそれ!
「僕も手伝いますからちょっとでも片付けましょう。いいですか」
「……はい」
ケイ君の叱咤激励のもと自室を駆けずり回ったので、それはもういいアップになりました。はい。
次の話でやっと本格的な戦闘回になります。
大鎌も振り回しますよー