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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第十話「真夜中のオーロラ血盟」




 とまぁあんな感じなのが『夜明けのオーロラ亭』の表の姿、冒険者達で活気溢れる、さしも珍しくない宿屋だ。

 

「オーダー。よろしいですか?」

「はいっ、どうぞー」


 夜も更けてどの酒場のテーブルもほとんどが空きになった辺りで、端の方のテーブルから声がかかった。

 自分は返事をして小急ぎにそのテーブルへ向かう。


 そこに座っていたのは、冒険者とは少し違う身奇麗な格好をした青年だった。服装自体は確かにしっかりしているけれど、商人や役人のようにこれといった特徴があるわけではなく、当人の顔も平々凡々で印象に残らない。一見すると彼がどういう身分なのかを推察するのは困難であった。


「ウエイターさん。アイスヴァインはありますか?」

「アイスヴァインはすみません、この時間では既に売り切れてしまっていて……」


 この人の言うアイスヴァインっていうのは豚のすね肉を香辛料と共に煮込んだ料理だ。うちの人気メニューだし、仕込みに時間がかかるので数量限定、なのでこんな夜分にはとっくに無いのだ。


「では飲む方のアイスヴァインは置いてありますか?」

「……えぇ、今お出ししますね」


 次に注文されたアイスヴァイン、いや、より分かりやすく言うならアイスワインか。それを取り出すためにカウンターへ向かう。

 この2つは発音が似ているために間違われやすいんだ。

 このアイスヴァインというのはワインの一種で寒波により凍った葡萄より作られるのだ。凍った実から絞れる量も少なく、凍っている間に作業を終えねばならない点からも、手間暇がかかり絶対量も少ない。

 そのためアイスワインは高級品だし、こんな冒険者宿には置いていない。事実メニューを見ても、よく似た肉料理の方のアイスヴァインしか載っていないのだ。

 この二つは発音が似ているために間違われやすいんだ。


 じゃあなんで注文を承ったかって?


 それはこのワインを注文することが秘密の符丁だからだ。

 より正確には、肉料理のアイスヴァインの下りから全てが、だ。


 もちろんアイスワインはあくまで口実で、適当なワインを見繕って、グラスに注いで出す。

 そしてテーブルにコトっと置く直前にグラスに魔力を通す。

 件の人の表情が少し驚いたような調子に綻んだのを自分は見逃さない。


 それっきりそのお客さんと自分は過度な接触を避け、酒場に誰もいなくなったところで仕事を切り上げた。




 自分は酒場の裏の従業員用スペース、そこに居たリエーレさんは料理の仕込みをしていた。声をかけてさっきのことを伝えると少しだけ遅れると言われた。

 

 自分は裏方を経由してこじんまりとした自室へ入る。


 自分の部屋は酒場で男衆からの貢物が乱雑に棚やテーブルやベッドの上に散乱してて、花やら宝石やら多種多様だ。

 その中で部屋の隅に立てかけてあった大鎌を取り上げて、肩に担ぐ。

 一年前に最初の街でもらったカバーは今でも使わせてもらってる。


『よォ。今日はどォだったんだァ?』

「いつも通り、騒がしかったよ。あとお客さんだ。血盟の」

『ほォ。ご苦労なこったァ』


 この喋る大鎌バロルとも一年の付き合いになる。こいつは自分の死神の力の大本で死神の成れの果てで、自分のことを視て楽しんでいる節がある。

 自分は死神になったから責務として人を殺めねばならない。そうでなければ消滅してしまうらしい。

 だが自分はこの一年人を殺めてなどいない。


 具体的にどれくらいのスパンが開くとマズいのか、そういうことを質問してもバロルははぐらかしてしまう。

 バロル自身にとってもマズいことだと思うのだけど、彼自身はこのシチュエーションを楽しんでるきらいがある。

 カバーを外して、大鎌の刃を見る。

 刃は最初と比べると錆びついたみたいに茶色になっているし、ところどころが欠けている。

 たぶんこれは血を吸わないと治らないんだろうな。

 

 そしてこの鎌の刃が砕けたときが自分の最期だ。

 逆に体の方は嫌になんともない、それが不気味で、危機感を煽られない原因でもあった。


 まぁ、ここで考えても仕方ない、ほんとにヤバくなったら盗賊一人くらい引っ張ってきて情報吐かせた後にもらえばいい。


 自分はそんな思考に自然とたどり着くということに嫌悪感を覚えながら、大鎌にカバーを被せて、とある部屋に向かった。




 そこは向かい合うように置かれたソファーと、それに挟まれたテーブル、あとは部屋を飾り立てる花などの調度品だけがある部屋だ。窓はなく、魔法のランプが光源になっている。

 位置的には屋根裏部屋にあたる。


 自分が梯子と階段の中間みたいなものを登ってこの部屋に足を踏み入れるのと同時に、部屋に一つだけ備え付けられたドアが開いた。

 

 そこから現れたのは先程アイスワインを注文した青年だ。

 彼はおっかなびっくりといった様子で、自分が居ることに気づいた上でキョロキョロと部屋の中を見回している。

 この部屋に入るには自分みたいに従業員用の階段を通るか、もしくは3階の一番端の客室のクローゼットの中に巧妙に埋め込まれた魔法陣に暗号を打ちこむことで開通する隠し階段か、そのどちらかだ。


 先程出したワイングラスには魔力を流すと液体中に文字を浮かび上がらせる仕掛けがしてあった。暗号はそのときに教えたのだ。


「ようこそ。『真夜中のオーロラ血盟』へ。どうぞお掛け下さい。リエーレさんはもうすぐやってきます」


 『真夜中のオーロラ血盟』

 これはこの地域に根を張る盗賊団『大鷲』を撃滅すべく結成された冒険者等による徒党のことだ。

 具体的な活動は、馬車等への護衛任務を受けた冒険者達に情報提供を行ったり、冒険者ギルドの管轄下にないこの地域においての魔物の討伐依頼の斡旋などだ。

 そして特に信頼できる人間をこのように、秘密裏の反抗勢力である『血盟』に迎え入れている。

 今みたいに真夜中に招き入れていたから、宿の名前をもじってこんな名前になった。


 自分はウエイトレスの制服のまま恭しく礼をする。

 青年はそれに応じて、胸に手を当てて足を引いて礼を返した。やけに礼儀正しい返礼は、つまりそれ相応の身分の証だ。

 青年は向かいの席に腰掛けて、自分はそれの後に大鎌をソファーに立て掛け、腰を落とす。

 するとすぐに青年は口を開いた。


「私はシャヴァリー・オランフォード。ヴォロス王国騎士団の末席を汚させていただいている者です」

「なんと。騎士様でしたか。このような安宿で申し訳ありません。自分はエリュー・ニッツァ、この宿で働かせて頂いている女中でございます」


 騎士といえばエリート中のエリートなのだ。そのほとんどが大きな戦闘力を持ち、兵士とは明確に区別される。

 たぶん下限が自分と同じくらいのはず。だから騎士団長とかそういうレベルになると本当に天割り地裂くのを平然とやってのけるチート具合になる、らしい。

 この人も今の自分では全く強さが測れない、上手く隠してるみたいだ。

というかこの人鎧兜どころか帯剣すらしてないんだもん。自分が見抜けなかったのも無理なかったと思う。

 というか自分がソファーに座ったのはマズかったか、とも思ったけれどシャヴァリーさんはおくびにも出さないのであまり気にしないことにした。

 血盟では自分は発起人なんだからなー!


「私は少し前に叔母さん本人からお手紙を頂いてここの存在を知りました。あなたのことも書いてありましたよエリューさん。なんでも伯母さんへ力添えをしてくれたとか」


 待っている間手持ち無沙汰だったのか、突然自分は話しかけられて少しだけギョッとしてしまう。話の流れ的に叔母さんっていうのはリエーレさんのことだろう。なるほどそういう関係だったのか。ということはたぶんこの人はラファロさんの兄の子どもになるのか。とするとソフィーちゃんとシャヴァリーさんは従兄弟の関係になるわけだ。

 年齢的にはたぶん10ほどの開きだし、なるほど確からしい。


「いえ、自分はそのとき路銀がなくてあわよくば雨露をしのげて料理も美味しいここでお金を稼げればいいなぁ、なんて邪念だらけでしたから」


 事実だ。こんな『真夜中のオーロラ血盟』なんてのはリエーレさんが燃え上がったから出来たに過ぎない。


「でも叔母さんはあなたのことをとても良く書いていましたよ。勤勉で、真面目で、思慮深いと、ホールで見たときも評の通りだと思いましたよ。それに加えて美しく腕っ節もある。まさしく強者ですよあなたは」


 えぇ……? うーんそうなのだろうか。そうだとしても必要に迫られたからに過ぎないんだけど……

 確かに自分は強くなったけどね。

 

「あはは、騎士様に褒められるとなんだか気恥ずかしいですね」


 そんな他愛もない話をしている内にリエーレさんが階段を登ってきた。


「リエーレさん」

「お久しぶりです叔母さん」

「えぇ久しぶりねシャヴァリー」


 リエーレさんは優雅な所作でこちらに歩み寄ってきて、自分の隣に腰掛けた。

 彼女は一年前から変わらず、しっとりと垂らした金髪に優しげな笑みを浮かべている。


「それで騎士団の調査を頼んでいたけど……」

「えぇ、騎士団と『大鷲』の関係についてですね」


 なるほどシャヴァリーさんにはそんなことを依頼していたのか。身内だし本物の騎士様だしで、調査にはうってつけだ。

 

 この地域において公的な立場にある組織や個人は騎士に護衛を任せる。

 だがその騎士団は盗賊から要人を護衛するだけで、決して征伐などをしようとはしないのだ。

 

 単に冒険者ギルドが撤退させられて怖気づいているのか、それとも別の理由があるのか。

 確かに『大鷲』はコストに見合わない相手ではあるが、だからってそんなっ気ない態度を取りつづけるのは不思議に思っていたところ。


 そしてその理由をシャヴァリーさんは持ってきてくれた。


「騎士団は公にはしていませんが、『大鷲』のボスであるアギラ・ダールはどうやら元騎士のようですね。騎士団の中でもとびっきり後ろ暗い部隊『粛清部隊エリミネーター』にいたようです。こんな部隊あったんですね、私も始めて知ったのですが」


 粛清部隊エリミネーター……なんて怖い響きなんだ……。それに騎士団の出身だったらやっぱり関係があるのかな。


「これぐらいまでしか調べられませんでした。今はもう『粛清部隊エリミネーター』は存在していないようで……私の知る限りはですが。それで当時の『粛清部隊エリミネーター』で何があってアギラが騎士団を追われ、盗賊に身をやつしたのかは分かりません。ただ騎士団と『大鷲』は相互に不干渉を貫いているようですね。その証拠に交戦記録が一つも見当たりませんでした。ですから私も表立って『真夜中のオーロラ血盟』の手伝いをすることはできませんね。申し訳ないです……」

「いえ、あなたが謝ることじゃないわ。まぁ宛てにはしていなかったけれどやっぱり騎士団の支援は受けれないようね」


 あーそういうことか、この人が来たのはその報告がメインかぁ。やっぱり自分達だけでなんとかするしかないみたい。


「あ、でも一ついい知らせがありますよ。冒険者の知り合いの中に騎士団出身の方がいます。その人にも『血盟』のことを教えてあります。今の身分は冒険者ですしその人の実力は私が保証しますよ。そう遠くない内にここを訪れる手筈です。私自身は明後日にでもここを立たねばなりませんが、護衛の任務のついでに寄ったので……」


 ほぉ、それは確かにいいことだ。

 こうやって血盟員が増えていくんだなぁ。

 それからシャヴァリーさんとリエーレさんは話し込みだした。


 ちなみに今この『真夜中のオーロラ血盟』の参加者は30名ほどだ。ほとんどはラファロさんの昔なじみだという冒険者さん達で、どの人も実力者だった。

 そして『血盟』に入った入った人はゆるい慣例みたいのがある。

 話しの終わりごろにその話しでもしようかな。


「ふぅ。そういえばエリューさんの武器はその大鎌なのかい? 面白い武器だね」


 そんなことを思っていたら自分に話が飛んできた。

 うん大鎌は確かに奇異の目で見られても仕方ない武器かも。

 でも自分はこの大鎌から一定距離以上は離れられないから、だったら大鎌を極めた方が理にかなってるんだよ。

 考えてみ? 身長よりデカイ大鎌背負ってるくせに懐からナイフ取り出して戦うとかシュール過ぎない? 明らか大鎌は邪魔だし。

 だから自分はこの大鎌を武器にして戦う方ないんだよ。

 でもこんな武器だって一年も使っていると愛着が湧いてくるもんだ。

 むしろ師匠といっしょに顔つき合わせて鎌の運用を考えてたから、大鎌が本来持ちあわせている初見殺し性能と合わせて結構な完成度なんだよ?

 あ、そうだ話しの流れ的にここで慣例について話しちゃおうか。


 

「えぇ、この武器は自分が命を預ける相棒です。どうせなら明日にでも一戦交えてみますか?」


 そうこれが慣例。

 『血盟』に入った冒険者さんに自分が稽古をつけてもらうというものだ。

 言い出したのは私達以外で最初の血盟員である師匠だけど、、そのお陰でいろいろな人の戦いを学んで、結果酒場であんな風に冒険者さんを手玉に取れるようになった。


「はぁ、またエリューちゃんは……」

「えぇいいですけど。またってことはエリューさんいつもこんな感じなんですか?」

「そうよ。強そうな人を見つけては手合わせして……」


 自分だって最初は尻込みしてたしっ! でも師匠がやれって言うから。最初はホントボロッボロにされたし。


「まぁいいじゃないですかー 集客にもなりますし。リエーレさん」

「そうだけれど……」


 心配してくれてるんだろうか。自分はバロル曰く不死だから万が一の可能性は常人より遥かに低いんだけどなぁ。


 それで約束を取り付けてシャヴァリーさんは自室に帰っていった。

 自分は午前は暇なのでそのときにすることになる。

 夜はあんま眠くないんだけど、今日は気合入れて寝とこう。




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