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コインロッカーキミ劇場

作者: 梅雨子

僕の部屋には、とても小さいコインロッカーがある。

見た目は汚く、錆付いている。

僕が幼稚園児だったときにお父さんが何処かのゴミ捨て場で拾ってきたのだ。

僕はソレをひどく気に入り、自分の部屋に置かせてもらいそれ以来ずっとここにいる。

赤い色をしていたらしいソレは、控えめな存在の主張を僕の部屋に言い続ける。

窓とベッドの間に置いてある慎ましい存在のソレだが、時計の短針が10の数字を指す夜中には僕を見守る優しい存在になる。

僕はその時のソレが一等大好きでベッドからひっそり這い出てはソレに寄り添う。

一人っ子で鍵っ子な僕は、色んな話をソレに詰めた。

一日のこと、友達のこと、お父さんお母さんのこと、誰にも言わないことを、ソレに詰めるだけ詰めた。

そして同じ時間、窓がコツコツと音を鳴らし、僕はゆっくりと窓を開ける。

「聞い、て、くれ よ、K。また、苛め、ら、れたん、だ。」

顔を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにして、嘴を細かく震えさせ哀願の目をした彼はやってくる。

とぎれとぎれになるその喋りは僕はこっそり気に入っている。

「・・・・・・そうだね、それはとても酷いね、可哀想に。」

慰めるように、優しい優しい声を出す。

彼はまたポロポロポロポロと涙を零し、「もうやだよぅ、死にたいよぅ。」と呟く。

「そんなこというなよ、寂しいじゃないか。」

僕は寄り添っていたソレの扉を開け、彼をその中へと入れる。

金曜日の夜はこうして更けていくのだ。


***


最初に彼と出会ったのは、夕方の誰もいない公園だった。

やたら「カーカー」ベンチの上で鳴いているカラスが居たので、興味本位で乗っていた自転車から降り近づいた。

すると彼は鳴いていたのではなく、泣いていて、その時も「もうやだよぅ、死にたいよぅ。」と呟いていた。

「どうして、君は、泣いてるの?」

突然話し掛けた僕に驚いたのか、彼は一瞬泣きやみ僕を見据えたのだが、僕の存在が自分と同じ存在のものではないと分かり「君に、は、分から、ない よ。」と言い捨てた。

「それもそうだね、君はカラスで僕は人間だ。」

僕がそう言うと、彼はまたさっき以上に泣き出す。

「そう、だ、君は、にんげ、んで、僕は、カラス、だ!」

夕方の誰もいない公園は、それはとてもとても寂しいものでそれ以上に寂しい彼に僕が可哀想と思う要素は充分あった。

ベンチの上で相変わらず泣き続ける彼は、ただでさえガラガラのカーカー声が一層ガラガラになりみっともない姿になっていく。

黒い羽はボロボロで、辺りには彼の羽根が4枚、5枚、6枚・・・と落ちていた。

「それでもさ、僕は君の事が気になって仕方がないんだよ。これはもはや友情じゃないかなぁ。」

自分でもビックリしてしまったくらいに暢気で優しい声だった。

夕日が沈み、空と海の赤さがひいてゆく。空と海が赤くなるのは夕日に恋をしているから、そんな事を誰かが言っていた。

「・・・・・・そうだ、と、いい、ね・・・」

彼はすこしだけ笑って、沈む夕日をぼんやり眺めていた。


***


「僕は、何でみんなに苛められるんだろう、どうしてだろう」

その日の金曜の夜は、珍しく泣いていない彼が僕の部屋に来た。

「あれだろうね、理由なんかないんだろうな、何となくってやつだろうな。」

彼は妙に自分の言葉に納得しながら、落ち着いた態度でコインロッカーの中へと入っていく。

「どうしたの?今日は珍しいね。」

「うん、Kが貸してくれるこのロッカーに入って悲しさを詰めると落ち着くんだ。」

「それは、良かった。僕も、今だってそうだけど昔からこのロッカーに悲しさを詰めてるんだ。」

「Kが?意外だなぁ。」

その後は、何が面白いのか1人と1羽で笑い転げた。お腹を抱えて、息が出来なくなるくらいに笑った。

互いの顔を見合わせては笑い、止まったと思えばまた笑い、落ち着いた頃にはもう短針が12時を指していた。

「コインロッカーに悲しさを詰めるだなんて、僕達は世界中の誰にも愛されていない、歓迎されていないそんな寂しさだね。」

いつの間にか僕の目からはポロポロと涙が零れてきていた。驚いて慌てて手で拭うのだけど、何度拭ってもそれは追いつかない。

歪む視界で彼もまた泣いていることに気づいた。彼もポロポロポロと涙を零し、カラスだということを忘れさせるような綺麗な涙だった。

そして初めて一緒に泣いた。

泣くことで互いを慰めあっているように思われるかも知れないが、決してそうじゃない。ただ、寂しいだけのだ。僕も、彼も。

ひとりぼっちの寂しさを知っているから、多分、僕らは泣くのだ。


***


それから暫くして、彼は僕の部屋に訪れることは無かった。

最初のうちは、何処か車に轢かれてしまったのだろうかとか鳶に襲われたのだろうかと心配していたのだがそれは杞憂だった。

いつしかの夕方、僕が彼と初めてあった公園で彼は彼の仲間と楽しくやっている姿を僕は見たのだ。

その時の彼は、僕が見たことの無いような笑顔で楽しそうにガラガラのカーカー声を鳴らしてキラキラしていた。

そこには確かに彼の居場所があって、本来の彼の姿があって、彼と居るべき仲間が居た。

彼と初めて会ったときに見た夕日は優しい色をしていたのに、その時は寂しい色だった。

けれど君が、笑顔でいてくれるのならそれいいかなぁと思うんだよ。

きっとこれはまだ、友情だろうね。


***


僕の部屋には、とても小さいコインロッカーがある。

見た目は汚く、錆付いている。

僕を見守る優しい存在のソレは僕の友人と僕の色んなものを大切にもっていてくれる。


「大丈夫、ちゃんと隣にいるよ。だから安心しておやすみ。」


***


コインロッカーキミ劇場


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