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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
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第七話 主街道大火災の裏側1

 エレナは、自分自身が好きではなかった。情熱だとか、夢だとか、そもそも日常の中で何かに執着し、高揚するといったことがあまりない。あるのは忘れ形見だけ。自分に世界を教えてくれた存在、彼が残した言葉だけだ。時々想像する。今でもマニーがいてくれたらと。


 人混みをかき分けて、大通りを少女が走る。快晴の元、多くの住民が各々の買い物を楽しむ中、焦燥に駆られて少女は走る。小さな体の、まともに出したことなど無いなけなしの全力。太陽に照らされ、街道の氷は溶け、すべりやすい。途端、少女は躓き倒れこむ。しかし、かけよる住民の手をも振り切って、少女は再びかけ出した。


 嘗てマニーは語った。友人とはどれだけかけがいのない宝物なのだと。それはまともに友だちもいない少女に対して、外に目を向けようという意図があっての言葉だったんだろう。彼は友人関係の難しさだとか、エレナの身分による問題だとかは一切語らず、ただ友人の良さを語った。エレナが怯えないように。友だちに希望が持てるように。




 「ジェゼフ!」


 「…騒がしいな。なんだい」


 けたたましく鳴り響くドアベルに眉を潜めて、ジェゼフは新聞を畳んだ。彼にとって、最も楽しみにしていることが開店三十分前のこの時間帯なのだ。それを邪魔されれば、険しい顔の一つや二つ仕方がない。しかし、訪れたのがエレナ…いやマニーとあれば多少気色が違った。


 「昨日の貴族見なかった!?子供二人連れてた!」


 子どもには似合わない蒼白な顔で、肩で大きく息をしながらマニーは尋ねた。いつもすねたような少女にはらしくない言動だ。そもそもマニーが二日連続で訪れたのは初めてだ。ジェゼフにとってマニーはつかずはなれずといった距離感の知人だった。いつのまにか店の中にいた少女。ジェゼフは何も言わずにそれを受け入れ、彼女は何も言わず居着いた。そんな関係だったからこそ、ここまで取り乱した彼女を見るのは意外だった。


 「見とらんよ。それがどう…」


 ジェゼフが記憶の縁から昨日の貴族たちの姿を救い上げ、なぜと問う前には、既に開け放しの扉があるだけだった。


 「炭の荷馬車に気をつけるんだぞ!なんじゃ全く。扉くらいしめんか…」





 マニーという存在について、エレナはよく考える。誰もがマニーを信じなかった。最初は空想の存在だと言われ、今はゴーストという魔のものだと皆は言う。けれどエレナにとって、マニーは自然だった。太陽が毎日上るように、ものが下に落ちるように。いて当然の存在として三年間ずっといたものだった。


 友について語るマニーに、エレナは言った。なら、マニーは私の友だちねと。エレナにはマニーの顔も、その表情もわからなかった。でも、なんとなく喜んでいるように感じた。だから思うのだ。マニーは確固たるものとして存在したのだと。想像なんかではなく、確かに四年前までは。




 どうして走っているんだろう。大人を頼れないからだ。自分の足でやるしかないから…。エマに言ったらエマが困る。街の人々に言っても、間に合わないかもしれないし、どうしてしっているか答えられる自信がない。

 どうして大人に頼れないんだろう。正体を隠しているからだ。ロレンシア家のものが勝手に外を出歩いているなんて知られたらすべてが終わる。幼いエレナには、それで人生が終わるほどのイメージを抱いていた。だから、マニーなんて偽名を使っているだ。だからアランに助けを呼べと言われても、どうしても呼べなかった。叫び声を上げて、気づいてもらうことだけしかできなかった。

 どうしてマニーなんて名乗っているんだろう。

 なんで、私は走っているんだろう。




 洋裁店で包容力のある暖かいウールのコートを見て、ハンナは舌を巻いた。さすがは北国、ウールの扱いに長けている。これで炭鉱まであるのだから、ヒューが嘗て大国として成り立っていたのも納得だった。きっとオーラに属するまでに紆余曲折あったのだろう。四獣の一頭が崩御したことが原因という話も眉唾ものではないかもしれない。


 「あら、貴方は昨日の…」


 ぜぇぜぇと辛そうな声をあげる少女…マニーがいつの間にか戸口にいた。服も泥だらけだ。雪解けの水たまりにでもはまったのか。街の庶民の子ならいざしらず。彼女は間違いなくそれなりの身分にいる。そんな彼女がこんな状況になっていることに、ハンナは目を細めた。


 「カレンはっ!?」


 「同じ街道沿いにいるはずよ。それがどうしたの?」


 マニーはそれだけ聞くと、十分だとばかりに飛び出した。やはり妙だ。まず開口一番にカレンについて聞くのは奇妙でしかない。つまりは彼女が走り周っているのはカレンに合うため。一体どのような状況になればそうなるのか、ハンナには全く想像できなかった。マニーとカレンが知り合ったのは昨日が初めて。もしかすれば、家絡みかもしれないがそれならばハンナのほうが相応しいはずだ。


 「奥様?」


 「買い物はやめよ。昨日の靴を出してちょうだい。カレン達と合流しましょう」


 想像できない不測に備えるには、離れ離れもよくないだろうと、ハンナは早々に切り上げる。靴を履き替えると、使用人を置いていく勢いでハンナも歩みを進めた。





 カレン御一行は、再び観光を楽しんでいた。ハンナと子どもたちは別行動だ。勿論、安全のためにそこまで離れているわけではない。行動範囲は城下町の主街道と決めている。


 「ねぇみてカイム。これ可愛いと思わない?」


 カレンが手にとったものは、兎ともイタチとも言える四足獣を象ったガラス細工。ここは手工芸店。その一角のガラス細工コーナーだった。


 「綺麗だね…。四獣かな?」


 「四獣?」


 カイムの呟きにカレンはそのまま返した。少なくとも、カレンはそんなものを聞いたことがなかった。


 「ヒューの古き獣。ヒュー建国のため働いた伝承の獣。その一頭ウモだよ」


 ウモ・バグー・ロウ・ザリュー。ヒュー建国の際、幸福を与え、権威を与え、知恵を与え、力を与えた獣達。遥か昔のお伽話だ。今でも生きているのだとか。最近殺されただとか。とにかく今でも話題性に事欠かない存在である。中でもウモは愛らしい見た目で女性に人気の四獣だ。


 「ふーん。ウモねぇ」


 「お嬢様。お気に召しましたか?」


 ガラス細工を持ち上げ、しげしげと眺めたあと、カレンは元気よく頷いた。なるほど確かに愛らしい。兎よりも頭が小さく、イタチよりも胴が長い。まん丸の可愛らしさがある。ちょっとしたマスコットのようだった。


 「これとね、それと。この四獣のも買おっかな!」


 「了解いたしました。カイム様はいかがなさいますか」


 「僕は…じゃあ同じ四獣のものを一つ。ロウのこれをお願い」


 カレンの横にあった羽のない鳥のような彫像。ロウのガラス細工を差した。谷の賢者ロウ。なるほどぴったりだなとカレンはくすりと笑った。


 


 そんな時だった。他の客を押しのけ、カレンの目に現れたのは少しみすぼらしい一人の男だった。額の汗を拭い、しかし目はしっかりと猛禽類のようにカレンを見つめていた。


 「ああ!あんた達!ロレンシア家のもんかい!?」


 男の物言いに、ペスはぐんとカレンの前へ歩み出て、胸を張る。ペスは基本的に朗らかであったが、シーチェ家以外には厳しい男でもあった。つまり身分の差に厳しいのだ。男の物言いにカチンときたのだろう。カレンの記憶にも、こういうペスの姿は何度か見受けられた。しかし、男の態度が確かによくないとはいえ、それで話が停滞するのは避けたい。


 「態度を改めなさい。この方は…」


 「ペス。やめて。それで私に何の用?」


 礼節なんてものは、カレンにとって至極どうでもいいものだ。前世を平凡な一市民として暮らしていた彼女にとっては、面倒以外の何物でもない。


 「ハンナ様が倒れたんだ!今もう大騒ぎになってる!」


 「なに!?」


 大声をあげたのはペスだ。信じられないと言った様子で男を観察する。カレンはうそ…と小さくつぶやくだけで、何をすればいいかわからなかった。ただ会いに行かなければと思った。


 「すぐに行かなきゃ!」


 「急いできてくれ!俺は使いを頼まれたんだ!」


 急ぎ男とカレンが外に出ようとして、ペスが待ったをかけた。


 「まちなさい!何故ロレンシア家のものがこない。ハンナ様には今現在二人お付きが居るはずですぞ」


 ペスは疑っているのだ。この男が虚偽によってカレンを貶めようとしているのではと。何かしらの策謀が働いているのではと。見知らぬ危ない場所に連れて行かれるという可能性も高い。ペスは優れたボディガードでもあったものの、今はカレンに加えカイムもいる。危ない橋だけは渡りたくなかった。本当にハンナに何かあったとしても、カレンを守り切ることが今回の彼の使命なのだ。


 「しらねぇよ!ただ尋常じゃなかったんだ!だから急いでくれ!どうせ大通りなんだ!どこかに連れて行くも何もないだろ!」


 男は焦りながら、そうどついた。確かに、男の言うとおりではあった。大通りを進むだけなら間違いはまず起きない。今日は快晴で、多くの人々が主街道を歩いている。とてもではないが、そんな観衆の中で男が何かできるようには思えなかった。


 「…わかりました。急ぎましょう」


 男の背を追う形でカレン達は店を出る。その男が下劣な笑みを浮かべていることも知らずに。


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