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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
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第六話 第一王女の朝

 今回はエレナの現状紹介。短めです。

 まだ日も登りきらぬ朝霜の時頃、来客もまだ目覚めぬそんなときに、いそいそと離へ向かう侍女がいた。侍女…エマは普段よりも慎重に扉を開けた。本来のそれよりは数刻早い訪問である。


 「起きていらしてたんですね」


 「ええ、おかげさまで元気よ。迷惑かけたわね」


 どうやらエマの気遣いは、奇遇に終わったらしい。ロレンシア家長女エレナーダは、額のタオルをなげやりに掴むと、床に放り投げた。淑女らしくないだらしない行動に、エマは眉を潜めるも、特に何か言うわけでもなかった。来客があるときは大抵こうなのだ。もうエマとしてもとやかく言うのは諦めていた。恐らく、彼女も気丈に振舞ってはいるが、内心疎外されていることに、当たり前だが傷ついているんだろう。もちろんそれを言動では微塵も出さない。エレナはそういう子だった。


 「お嬢様…お加減はいかがでしょうか」


 「大丈夫よ。全く問題無いわ」


 エレナはしっかりとした口調で答えた。これにはエマもほっとする。昨夜は大慌てだった。なにしろ仕事を終えてエレナを待ってみれば、現れたエレナはふらふらと覚束ない足取りだったのだ。ようは風邪。微熱があった。エレナがこうして外を出歩いていることはエマしか知らない…ことになっている。エマ以外はエレナと接触すらしないがためになんとかなっているが、病気となればそうもいかない。今回は事なきを得たが、危ない橋を渡ったのは事実だった。


 エレナが偽名を使い、街へ繰り出したのは二年ほど前になる。当時は本当の脱走だった。エレナはこの離れを抜け出し、城下町へと逃げ出したのだ。もちろんそれは即座に気づいたエマによって解決へと導かれたが、以来彼女には脱走癖がついた。どんな事故があるかもわからない城下町。そんなところに行くのをエマが賛成できるはずもなかったが、とうとう彼女は折れた。無責任だと言われようが、彼女がこれ以上だれとも関わらずに閉じ込めるよりは、と考えたのである。


 「これに懲りて、もうお止めくださるとありがたいのですが」


 「私に会いに来たがる人なんて、四年経ってもエマ一人だわ。いいじゃない」


 「お嬢様が心配なんです…」


 エマは知っている。エレナは決して愛されていないわけではない。両親は今でもエレナの状況をなんとかしようとしている。どちらかと言えば問題は弟ロシューダにあるのだ。問題の根は深く、エレナがどこまで改善できるかはわからないが、ロシューダが少しでもエレナに歩み寄れば、状況が改善されるのは明白だった。


 「どうかしら…私がこの城からいなくなって、ただのエレナになったほうがロシェも…きっとこの国にとっても良いことだわ」


 「お嬢様…」


 こんなやり取りはしょっちゅうだった。エレナは…あの事件から四年以上が経ってもどこか妙な娘だった。独り言は確実に減った。それにあの時のような会話はなくなったし、どちらかと言えば本当に呟きに近い。だがやはりどこか大人びているし、ひねくれているし、まっとうな子どもでないのは確かだった。


 そんなエレナは敵をよく作る。まず先入観がよくない。ゴースト憑きという先入観が人との…特に王城内の人々との不仲を生んだ。特にロシューダは、エレナを敵視していると言っても過言ではない。彼からしてみれば、生まれてからすべて得ていた両親からの愛情を、一時とはいえ奪われた相手だと思っているのかもしれない。エレナからゴーストが消えてから、両親はこれまでを行いを償うようにエレナへ愛情を注いだのだ。そう、数年ほど前までは。ロシューダは幼い怒りを爆発させ、王城内は長男であるロシューダへと上の者から下の者まで支持した。なにより、いまでもヒュー国内に住む多くのものがエレナーダを国の恥と考えているのである。





 「でも、良かったのでしょうか…」


 「何が?」


 「あのリューベック様のご子息も、カレン様も、お嬢様と同じ年令の聡明な子でした。きっと良い関係を築けたと思いますが」


 昨夜訪問した貴族達を思い浮かべ、エマは彼女らならばエレナと仲良くできそうなものをと思って口を開いた。ハンナは人が良さそうで、カレンは貴族らしくない元気な子で、カイムは聡明…それぞれそんな印象だった。エマはエレナがいつかこの状況を打破することを深く望んでいる。打ちひしがれるエレナの姿は…昔を思いださせるのだ。あの時自分が救いの手をさし述べられたように、自分も彼女を助けるのだと。


 きっとあの二人はエレナと仲良くなれただろう。そして彼女らはサンミュールでも有数の大貴族だ。将来エレナにとって重要な後ろ盾となるのは間違いないだろう。エマの発言は、そういった意味での言葉だった。ヒュー国内の旧貴族は軒並みダメだったのだ。しかし首国の貴族ならば、という一縷の望みなのだ。


 「リューベック…カレン…そっか、なるほどね」


 「お嬢様?」


 「別に。折角のお客様なのに、私が出て行ったら気まずいでしょう?ゴースト憑きたる私が」


 エレナは自嘲気味に笑った。ゴーストがいなくなるまでは、随分と明るかったのに。今となっては、ゴーストこそ彼女の潤滑剤だったのかもしれないと、エマは思うことがあった。少なくとも、こんな虚しい表情をするような子ではなかったのだ。


 「ロシュー様も…いつかは理解してくれるはずです。今はまだ無理でも…」


 「そうね。そう願ってるわ」


 エレナはベッドから立ち上がり、エマがそそくさと身支度をする。今日もエレナは街を散策するのだ。この数年で、エレナは少なからず知人を得ることができた。エマにとっても喜ばしい変化である。口ではやめてくださいと懇願しつつも、内心ではこれも良いかと思うほどには。もちろんそれらの人物の素性はできるかぎり調べあげた。そうしてわかったことは、エレナには人を見る目があるということだ。彼女が正式に教養を受ければ、きっと立派な淑女になっただろうに。


 結露した窓から外を覗けば、ヒューにしては珍しく雲一つない天気だった。


 「なんだか、嫌な朝ね…」


 ヒューの陽光は比較的強い。だからこそこの厳しい大地でも穀物が育つ。しかしながら、素性を隠すために深々とウシャンカを被るエレナには、億劫に感じる天気であった。今日はアランが非番である筈。まずは彼にでも会いに行こうかなと、そう思うのだった。


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