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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
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第五話 背後の刃

 街から殆どの明かりが消え、一部の松明だけが白銀の世界を揺らす夜。アランは、少々の酒気を帯びながら、今日舞い降りた幸運の種に感謝した。


 「マニーのいうように、運ってのはいつ訪れるかわかんねぇもんだなぁ。そのための努力か…へへっ」


 アランは野心家であった。少なくとも、関所の兵士程度では満足できない程度には。サンミュールで一旗揚げようという気はないが、このヒューで数少ない正規軍に入りたい…つまりは栄華ある騎士になりたいとはつねづね思っていたのだ。しかしながら、事実として国家群オーラの軍事力は首国サンミュールに集中している。そのために、ヒューが持つ正規兵は極めて数が少なく、その門戸は限りなく狭い。過去に入団試験を三回も受けたアランであるが、尽く無能の烙印を押されていたのだ。


 「リューベックに…そしてシーチェ家か…」


 シーチェといえば、知らぬ人などいない国家群オーラの大貴族である。権威だけで言えば、各国の王よりも低いが、サンミュールにおいて政治に関わる力はむしろシーチェのほうが上だろう。コネというのはどんな職業でも重要な事だ。正規軍に入るためにも、このコネクションは有意義なファクター足りえるだろう。


 「明日は非番だし…ホルン城の前で待ち伏せでもしてよっかねぇ」


 彼女らは旅行だと言っていたし、暫くこのヒューに滞在するのだろう。アランはヒューで育ち、そしてヒューの地に骨を埋めることを決意するほど愛国心ある男である。ヒューのことなら誰よりも知っているという自負もあるのだ。ヒュー観光案内なんてのはお手のものなのだ。きっと貴族たちにも満足してもらえるだろう。処世術として、礼節なんかもこの数年でかなり学んできた。


 そのきっかけとなったのは、一人の少女だった。初めて会ったのは二年前ぐらいか…随分ませたガキだなと思ったものである。一言で表せば子どもらしくない子どもだった。子どもっていうのは無駄に元気で、無鉄砲で、無知で、純粋。それをすべて反転させたような少女だった。マニーと名乗ったその少女は、その後すぐに城下町で話題になった。


 彼女の話は、子どもとしての視点と、奇抜といっていいほど予想外なもので展開され、そして誰とでも対等に触れ合おうとした。当然旧貴族なんかは不敬な態度だと罵ったが、アランを含め街の人々は、彼女が相応の身分であることにすぐ気づいた。服装や装飾、見事な所作に礼節。彼女に高い教養があるのは明らかだった。しかし、不思議な事に彼女は決して街の子ども達、そして噂好きな旧貴族と仲良くしようとはしなかった。


当然アランは不思議に思った。この少女は何者なんだろうか。誰もこの子の親だとは名乗り上げ無いし、家がどこにあるかもわからない。だが街の人々は彼女を詮索しようとはしなかった。やんごとなき身分であるのは間違いない。それだけで一般人が関わらないことを決めるに十分な理由になる。城下町はそれほど大きくもない。考えられるに、商家の娘か、旧貴族か、はたまた…。最後の可能性を考えれば、詮索はあまりに危険だったのだ。


 そんな少女との交流は、あまりにも暇すぎて仕事中居眠りをしていた時だった。懐かしい。アランは酔い心地で思い出す。初めて彼女から聞いた言葉は挨拶でも激励でもなく、叱咤だった。


 「生意気なガキだったなぁ」


 こんな暇な関所勤めが俺の仕事さ、騎士になんかなれやしない。そうぼやいたアランに彼女は言ったのだ。座して待つだけじゃ、どうにもならない。私はならなかったわ。どちらかと言えば飄々と生きてきたアランには、重い言葉だった。兄のこと、身分の差、協調性のないという自覚。彼女の言葉は確かに、もろもろを放置して、どうしようもないとしていた自分を見つめなおすきっかけ足り得たのだ。


 それから、密かに努力を重ねてきた。大貴族との邂逅。今日はその実りが見えた日だった。きちんと対応もできた。間違いなく好印象を稼げたという自信もある。自分が街に詳しいということも示せた。ジェゼフ爺ならきっといい仕事をしたに違いない。軽く情報も集めて、あの一行がロレンシア家の世話になっていることもわかっている。


 「大チャンス、これは大チャンスだアラン…」


 いわゆるコネ作りだ。貴族の紹介というものはこの時代最も重要なものだ。それが国家群オーラ設立によって力を失った各国の旧貴族ではなく、サンミュールの貴族となれば最早論じる必要すらない。更にはあの美貌だ。明日は気合を入れなければと、それでも浮かれた顔でアランは自宅の戸を開けた。鍵は、開いていた。





 「よぉアラン」


 酔いは一気に覚めた。自宅に誰かがいる。盗人なら問題ない。これでもアランは騎士になるべく訓練をしているし、帯剣もしている。どんな相手だろうと打倒してみせる。しかし、倒せないと確信できる相手もいる。騎士長ボーガンと、サンミュール騎士団の面々、そして…。


 「兄貴、か?」


 明かりすらついてない家に、まるで当たり前のように居座る人物。アランの兄であり、十年以上前に街を飛び出したギーグその人であった。


 「おうそうだ。大好きな兄貴の顔を忘れちまったのか」


 ギーグの顔を見るのは約三年ぶりである。以前にまして生傷が増え、右目には獣にでも傷つけられたか、大きな眼帯をつけていた。服装もどこかちぐはぐで、まるで誰かから奪ったと言わんばかりだった。


 「どうして帰ってきたんだ…」


 「なぁに、ちょっと実入りが少なくてね。ここらで一仕事しようかと思ってんだ」


 いつの間にか持っていたナイフをいじりながら、ギーグはそんなことを呟いた。アランの心臓がどきりと跳ねる。彼が仕事、というものはつまりそういうことだ。この街で彼は災厄を撒き散らそうとしているのだ。


ギーグは、有り体に言えば山賊だった。うまいこと警備をすり抜け、様々な街で悪事を働く。そんな屑ともいえるような男だった。


 「…やめてくれ兄貴!もうこんなことやめてくれよ!」


 「うるせぇ!門の前で座ってるだけで金が入るお前とは違うんだ!」


 アランの懇願も全てはねのけ、ギーグは豹変したように怒鳴り散らした。机を蹴飛ばし、ナイフをアランの顔横数センチに投げつける。その狂乱とも言える光景は、アランにとっては既に体験したことのあるもの。ギーグはこの街を去ってから、思い出したように帰ってくるのだ。そうしては、今回のように怒鳴り散らし、金を奪っていくのが常だった。


しかし、今回は負けていられなかった。ギーグは、こんなふざけた人生を送っている兄貴が嫌いではなかった。嘗ては騎士になるための訓練をしつつ、若くして両親をなくした俺を養うため傭兵業に精を出していたのだ。故に、アランは信じている。ギーグは嘗てのようにまじめで優しい兄貴に戻ることが出来るのだと。


 「聞いてくれよ…。俺、騎士になれるチャンスを見つけたんだ。兄貴の憧れてた騎士だ!なれそうなんだ!」


 「騎士だぁ?お前はまだそんなものに憧れてるのか?笑っちまうぜ。現実ってのは汚くてそれこそ掃き溜めみてぇなものなんだよ!」


 「どうしちまったんだよ兄貴!昔は違っただろ!」


 アランの言葉に、ギーグは引きつるように笑い、次いで血管を沸騰させた。ギーグは変わった。何が原因だったのか、アランにはわからない。ただ、大きな仕事が入ったと喜ぶ兄が、その仕事から帰ってきてから様子がおかしくなったと記憶している。その時何があったのか。しかしそれだけは絶対に教えてくれなかった。


 「昔…ああ違うね。あの頃の俺は何も知らないガキだった。お前もいずれ、わかる」


 「わかんねぇよ!兄貴ならほんとに騎士になれたはずなのに!なんで全部投げ捨てて…」


 ギーグは力量的には騎士に勝るほど優れた男だった。住民民からの評判もよく、あとはその柄の悪さをなんとかしようね、なんてみんなから笑われていたのだ。人気者。そんな言葉が似合う男だった。だというのに、あと一歩だったというのに。





 「兄貴、決闘だ…俺と戦え!」


 思い出す。騎士に憧れた兄弟の決め事は、すべて決闘だった。お遊びの棒で、ルールも見よう見まねだった決闘。勝者は敗者に好きなことを一回だけなら何でもお願いできる。それが取り決めだ。


 「なんだと?」


 「俺が勝ったら、もう罪を重ねるのはやめてくれ!」


 ギーグが前に帰ってきた時は、当時成り上がり始めた商家を襲い、当然のごとくアランも関与を疑われた。実際その情報はアランによって間接的にもたらされたものだっただけに、アランも反論できず、疑いが少なかったとはいえ騎士になる道が少なからず遠のいたのは事実だった。今回また似たようなことが起これば、間違いなくもう騎士になれることはないだろう。それだけはなんとしてでも阻止なければならない。そして、もうギーグに罪を重ねてほしくなかった。


 「そうだな…じゃあ俺が勝ったらお前の持つ情報をすべて教えてもらおうか。特に、関所の通行帳簿とかな」


 「…ああ、いいぜ…それでいい」


 ギーグの一言で確信する。ギーグはまたやるつもりだ。絶対に許しちゃならない。この国を愛するアランだからこそ、それだけは阻止せねばならないことだった。


 「合図は俺がする。いいか、真剣勝負だ。何してもいい。死ぬ覚悟はできたか?」


 ギーグは立ち上がると乱暴に椅子を投げ飛ばし、エストックを構えた。同じように、アランも長剣を正面に構える。この数年は努力をひたすらに続けてきた。いくらギーグが自分よりも強く、そして経験深くとも、それを凌駕するだけのものを積んできたと、アランは確信していた。


 冷や汗が流れる。だが、なんとしても勝たなければならない。アランは亡き両親を、街の人々を、そして嘗ての兄の姿を思い出し、ゆっくりと構え直した。彼らのためにも、守るためにも、そして自分の未来のためにも、絶対に負けらない。ギーグはアランの覚悟も気にせず、何故か腹を数度叩いて、頷いた。


 「いくぜ。三…二…一…」





 奇妙な音と共に、視界が朱に染まった。


アランには、何が起こっているのか、わからなかった。先手をとるためにと足を踏み込もうと思ったが、力が入らない。声が出ない。まるで時が止まったのかのように、体の機能がすべて停止しているようだ。目の前のギーグは、一歩たりともその場から動くこと無く、ただにやにやと笑いこちらを眺めている。


 「な、にが…」


 「俺はこういったろ。何でもありだってよ」


 ギーグが指差した。その先は、アランの腹。その腹からギラリと輝く刃が顔を覗かせていたのだ。ずしゃりとぞんざいに刃が抜かれ、大量の流血とともにアランは崩れ落ちた。


 「これが現実の厳しさだ。アラン。潔白の騎士なんてのも存在しねぇ…」


 アランの後ろには、もう一人男が短剣を握りしめ立っていた。誰がどう見ても、まっとうな人間ではなかった。つまりは、ギーグの商売仲間。最初にアランが家に帰った時点で、ギーグと、そしてお供となる男がいたのだ。




 男はなれた手つきでアランの手荷物をおさると、お目当ての物を見つけ出したのか、口笛を軽く吹いて立ち上がる。それは帳簿だった。


 「ギーグさん。ありましたぜ。しっかりと記載してますわ」


 「おぅ…おいおいおいグットタイミングだぜ。早速明日は仕事だ。いそがねぇと間に合わねぇ」


 「何をするんで?」


 「…誘拐だ。カネになるぜ」


 ギーグが指差し場所には、ハンナ・ロン・シーツェとカレン・ロン・シーチェの名が刻まれ、その年齢と、アラン直筆で貴族様と書かれていた。


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