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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
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第四話 雪の後味

 重厚な扉がゆっくりと開かれる。霜の降りた城壁は、まるでおとぎ話の氷の城だった。


 「これはこれは、お待ちしておりました。どうぞこちらに」


 現れたのは、老齢な執事、名をダイヤーという。彼はゆったりとした気品ある所作で、室内へと誘う。ダイヤーのそばには、既に何名かの侍女が伴っていた。用意周到だ。ハンナは笑顔で彼女らに挨拶をしながら、カイムはぴっしりと、カレンはきょろきょろとしながら歩みをすすめる。


 「エマ。お願いする」


 ダイヤーが侍女の一人に命令を出すと、心得たとばかりに侍女が応接室へと案内を始めた。ここは、ヒューを収める王家ロレンシア、その象徴とも言える王城・ホルン城である。ただし、裏門ではあったが。




 「ふぇーすっごい」


 カレンにとって、まともな王城に足を踏み入れるのは、これが二度目の経験である。一度目は、当然首国サンミュールの王城であるコルヌ城だ。そのコルヌ城と比べても、このヒューを表すホルン城は威厳ある姿だった。なによりも、天井が高い。いったいこんなに天井を高くして、巨人族でもいるのかと内心カレンは突っ込みたいほどであった。


 「ヒューは元々大きな国だったのよ。王城が立派なのはその名残ね」


 案内についていきながらも天井を見上げ口を開くカレンを見かねて、ハンナは語った。ヒューは国家群オーラに併合されるまでは、最北の国としては異例なほどの国力を持っていた国だった。鉱脈・肥沃な大地・豊かな水源そして、過酷な山脈が国を長年守っていたのである。それも、数百年前までの話であるが。


 「なるほど…確かにオーラでもこれほどの王城は…」


 カイムがそう呟いたところで、エマはある一室の扉を恭しい礼節もって開いた。どうやら目的の場所についたらしい。


 「お気に召しまして?」


 中に入れば、カツン、カツンと強く響く独特なヒールの音と共に、一人の女が歩み寄る。灰の髪に強い目線、そして見事なネイビードレス。氷の女王とも言えるような、そんな女がそこにはいた。


 「私はランターナ・ロレンシア。ようこそヒューへ」


 彼女こそ、ヒュー王女ランターナ。三十路に近いとは思えぬしわひとつない美貌は、母ハンナを最優と見るカレンをも唸らせるほどだった。もちろん、その唸りを内心にとどめながら、カレンはその片割れにいる少年に気がついた。カレンよりも少し年下のその少年の目と、カレンの目が交差する。途端少年は、ハンと鼻をならした。


 「長男のロシューダ・ロレンシアです」


 ランターナを真似て、少年が名乗る。少しちぐはぐな動作だった。カイムはこの段階で、彼への評価を少し下げた。端的に言って、親の威を借る馬鹿に近い空気を鋭敏に感じ取ったのだ。カイムがこの年頃になるときは、最低限挨拶くらいはできていたと自負している。


 「あえて嬉しく思うわ。何年ぶりかしら…」


 なにやら交錯した子どもたちを置いて、ランターナとハンナは歩み寄り、そして抱き合った。生まれてこの方、母であるハンナを見続けてきたカレンもこれには目を丸くした。いつもおちゃらけたようなハンナからは考えられない行動である。ハンナは目尻に涙すらためて、ランターナもそれを優しく受け入れていたのだ。


 ひとしきり抱き合ったあと…といっても数秒ほどだが、ハンナは恥ずかしそうに振り向くと、呆然とするカレンとカイムの方に手を添え、前に出るように促した。


 「二人共畏まらなくてもいいのよ。ランターナは、そういうの少し苦手なのよ」


 かしこまり過ぎて呆然していたわけでは断じて無い。カレンもカイムも、突然のことに動揺していたのだ。まずハンナとランターナが知古であることすら、まともに聞かされいなかったのである。


 「あら?別に苦手ではないけれど…そうね。ハンナの前だと気が進まないわ」


 そんな二人を見てどう思ったのか、ハンナはパタパタと上気した肌を誤魔化しながら、少しそっぽを向いて語った。揺らめく灰の髪と、少し火照った頬が、どこかあの少女…マニーを彷彿させる光景だった。


 「ふふ。ほら、二人共挨拶なさい。今日はこちらでお世話になるのよ?」


 「リューベック家長子、カイム・リューベックです。この度はお招きいただきありがとうございます」


 「か、カレン・ロン・シーチェですっ!」


 ハッとして挨拶を交わすも、カレンは噛むし礼節も忘れるしで最悪だった。カレンにはますます目の前の少年ロシューダがニヤついた気がしてならなかった。悪いのは間違いなく自分だが、どうにもこの少年とは仲良くなれそうにない。


 「貴方に似て可愛らしい子ね…。昔にそっくりだわ」


 「ふふ、私の自慢ですもの」




 実を言えば、ハンナとカレンの仲は、あの事件まではそう良くはなかった。なにせカレンは子守もいらないし、振る舞いも少し異様だったために、より近くにいたハンナからみれば、本当に私の子どもなのかと勘ぐってしまうのも仕方がなかった。そんな経緯からハンナはカレンを避ける傾向にあった。どうせ私がいなくても大丈夫なんでしょ?という自棄にも似た感情がハンナを支配していたのだ。手のかからない子ども、とよく表現されたカレン。しかし、ハンナが求めていたものは、母として自覚するためにも、その逆だったのである。




 「そういえば、貴方の娘はいないのかしら?」


 ハンナのつぶやきに、ランターナは顔を曇らせ、ロシューダは嫌そうな顔を隠そうともせずにムッとした。違和感を覚えざるを得ない。ハンナの記憶が正しければ、エレナーダがこの世に生まれ落ちた際、ランターナから喜びに溢れた手紙が届いたのだ。あの時の文面から、とても今のような状況は考えられない。


 「エレナは…」


 「あんなのロレンシアにふさわしくないよ」


 ランターナの言を遮ったのは、ロシューダだった。まっすぐに母ランターナを見つめ、避難するような視線を見せていたのを、ハンナは見過ごさなかった。まるでエレナーダの話題をすること事態が罪であることかのように。


 「こらロシェ。やめなさい」


 動揺したように、ランターナがぴしゃりと鋭い口調で叱咤する。困惑、悲痛、後悔…そんな悶々とした何かが、渦巻いているようだった。これは益々只事ではない。ハンナも当然ゴースト憑きとエレナーダが揶揄されていることは知っている。しかし、それはあくまでも不名誉な政治的圧力であって、ロレンシア家では仲良くやっているものとばかり思っていたのだ。


 「それは…どういうことかしら?」


 その時、再び扉が開いた。長身で、ヒゲを蓄えた銀髪の男。この場で誰よりも権威ある男だった。


 「お待たせした。私がパーシー。ヒュー国王パーシー・ロレンシアだ」


 「ハンナ・ロン・シーチェです。此度はありがとうございました」


 反射的に、ハンナはエレナーダに関わる物事を忘れ、一礼する。国家群オーラにおいて、地方国家の国王はサンミュール貴族よりも高い。それがいくらサンミュールでも特に優れたシーチェと云えども、国家元首たるパーシーには敬々しくというのが必然というものだった。


 「気にしなくても良い。そうだな、積もる話もある。ダイヤー!」


 手をパンと大きく叩いて、パーシーは有能な執事の名を呼んだ。パーシーの挙動は一々大柄で、声もでかい。カレンとカイムはその言動に思わず萎縮してしまうほどだった。


 「はっ、こちらに」


 「執務室でいい。誰も近づけさせるな。そして子どもたちに交友の機会を与えてくれ」


 「承知しました。では、マーサを当てようかと」


 こうしてパーシーの登場とともにトントン拍子で話は流れ、大人たちは会談へ、子どもたちはお茶会へと進んでいった。






 「ハンナ、こちらに」


 「さて、改めてはじめましてハンナ。ランターナからかねがね聞いていたが、まずは事務的な話に入ろう。こちらも少し進展があった。消失した村で、これを発見したのだ」


 「こちらは一体…?」


 「微小だが、薬物が含まれている。とてもではないが辺鄙な農村にあるようなシロモノではない」


 「ではやはり」


 「そうだ。間違いないだろう。確証と言ってもいい。だが、これで漸く尾を掴んだ程度だろう。そちらはどうだ」


 「夫から言伝を預かっています…」






 「お前ら、名前はなんだっけ」


 開口一番はロシューダだった。頬杖をつきながら、半目で二人を流し見る。物覚えが悪いのか、それとも覚える気も毛頭なかったのか。放蕩貴族息子という表現がぴったりだとカレンは冷静に思いつつも、こんな美少女の名前も覚えられないとはどういうことよ!と妙な怒りを抱いたのであった。


 「どうどう、カレン落ち着いて。僕はカイム・リューベック。こっちはカレン・ロン・シチェ」


 震えるカレンを置いて、カイムが改めて紹介を進める。ここらの対応が、できた息子と呼ばれる所以かもしれない。


 「リューベック?ライズ・リューベックの?」


 「お父様のこと…?」


 どうやらロシューダが気になったのは、リューベックという名のようだ。どうやら父のことらしいと、カイムにしては珍しく身を乗り出した。


 「去年ぐらいだったかなー。突然うちにきたんだ。そしたら僕のこと無視するしエレナーダに会いたいとかうるさいし、ちょっとやなやつだったなー」


 途端、聞かなきゃ良かったとカイムは心中で両手を上げた。理由はどうあれ、父親をヤな奴と言われてしまえば、冷静で礼儀深いカイムも匙を投げたくなるものである。


 「エレナーダっていうのは…その失礼だけど、ゴースト憑きとか呼ばれている…」


 「そう!そう!そのゴースト憑きだよ!全く母上も父上もわからない。どうしてあんなロレンシアにふさしくないゴースト憑きをかくまっているのか…。エレナーダのせいで僕らはひどいめにあってるんだ」


 どうやら問題は複雑そうだ。家族関係というのは元来難しい、今生では幸福で円満とも言える関係を築いたカレンだが、前世のソレは最悪と言ってもよかった。互いに存在を無視するあの寂しさは、胸が張り裂けそうになるほどなのだから。


 「ゴースト憑きって本当にいるの?」


 「そうだよ。いっつもまともに喋んないし、驚かそうとしたってすました顔なんだ。気持ち悪い。それで、誰も居ないのに一人で喋ってるんだ」


 カレンからすれば、話だけを聞くに、やはり独り言の多いコミュ症にしか思えないようなことだった。ランターナのあの表情を思い出す。なんとなくだが、カレンにはランターナが件のゴースト憑きを毛嫌いしていないように思えた。恐らく、家族関係が悪いとか、そういう前世の私とは違う…そんな確信があった。だが、一つ確かに言えることは、カレンにこれを解決することはとてもできそうにないという現実だけだった。


 「ロシューダ様、お茶の用意ができました」


 「どれもうち自慢のシュフが作ったんだ!サンミュールにも負けないよ!食べて食べて!」


 数人がかりで運ばれてきたものは、豊かにデコレーションされた豪華なケーキやクッキーなどなど、果てには見たことのないカラフルな菓子類までもあるお菓子の楽園であった。子供心に夢想するお菓子の国そのものである。普段のカレンならば、心躍らさせてむしゃぶりついただろう。


 「なるほど、素晴らしいですね」


 カイムの賞賛する言葉に機嫌をよくしたのか、ロシューダは不機嫌な表情を吹き飛ばして、年頃に目を輝かせた。


 「そだ、ゴースト憑きなんてどうでもいいよ。首国サンミュールの話が聞きたいな!」


 カイムとロシューダの会話が進む中、カレンは、この色とりどりな食彩の菓子よりも、美しい積雪…まるでこの国の自然のような姿…マニーを模したような…あのクリーチのほうがおいしかったなと、ひとりごちた。


少しずつですが、ブックマークと評価が増えてきました。

みなさん本当にありがうございます。

こういうものが意欲に直結している作者なので本当に助かります。

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