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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
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第三話 足跡を辿る

 カレンにとって、彼女に対する第一印象は、つららのような少女というものだった。まさに雪国という装いに加え、前世のロシアを彷彿させる白銀の肌、そして銀とも灰ともいい難い退廃的な色彩の髪が、どことなく鋭く尖った氷のように思えたのだ。


 こういう人間はめんどくさい。それはカレンが前世で獲得した経験であった。所謂イジメめられる側の人間だ。クラスから爪弾きにされたカレンが、同じように孤立していた生徒と仲良くなろうとしたことを思い出す。イジメられる生徒は、やっぱりどこか普通じゃない。それはなんとなくわかっていたけれど、自分が普通じゃないなんて思いたくなかったカレンは、同じ境遇の生徒と触れ合うことで、ようやくその現実を認識したのだった。もしかしたらそれは、イジメられることによって後天的に生まれた異常かもしれない。そもそも、普通じゃないことがいけないことだなんて思わないけど。


 とにかく、カレンはマニーと名乗る少女が、いじめられているのではないかと思えた。だからこそ、カイムよりも先にその手を差し伸べたのである。前世では上手くできなかったそれも、今ならば、カイムと一緒ならできるという根拠の無い自信もあった。


 「僕たち、さっきヒューについたんだ」


 「うんうん。綺麗な街でびっくり!きてよかったよね」


 「そう…。それで、何が知りたいの?」


 マニーと名乗った少女は、あくまでもぶっきらぼうに、それでも少しうれしそうな笑みをかすかに浮かべて答えた。険しいと思えた吊り目も、可愛らしいチャームポイントかもしれない。どことなく、乙女ゲームの悪役令嬢がいるならこんな子かもしれないとカレンは思った。


 「だったら、さしずめ私はヒロインポジ…かな?」


 「どうしたの?カレン」


 「なんでもない!とりあえずはお母様の用が終わるまで時間があるから…何か美味しいものがたべたい!」


 旅行といえば、料理である。その土地の名産、文化、環境が作り出した郷土料理はまさしく観光の意義である。と、カレンの父は語っていた。それに加えて、この世界ではやはり運送技術の問題と文化交流の少なさから、カレンの前世のように各地の郷土料理を味わうことがほぼ不可能なのだ。まさに、訪れたものだけが味わえる贅沢といえよう。


 「美味しいもの…わかったわ。口にあうかはわからないけど…」


 マニーは二人の全身を流し見る。おそらくこの貴族がそこらの平民と同じものを食べて問題ないか心配しての台詞だった。


 「大丈夫だよ。なにせカレンは豪勢な料理程美味しくないっていう味音痴なん

…いてっ!」


 「ちょっとカイム。庶民的って言ってよね。私は傲慢な貴族とは違うっていう証拠よ!」


 カイムが、彼にしては少し大げさに笑い、カレンがそれを小突く。そんな、あまりにも普通な様子に、マニーは可愛らいしい小さな口元を凍らせて、呆然と見ていた。


 「ああ、ごめん。混乱させちゃったかな。カレンはその…貴族っぽくない貴族なんだ。あんまり畏まることもないよ。僕も含めてね」


 「ちょっとカイム。今日はやけにぺらぺら喋るじゃない。もしかしてマニーの気を引こうとして…」


 カイムのいうことを確かな真実。カレンは前世の影響もあって、未だに貴族としての振る舞いにはなれないし、身分の差というのははっきり自覚できているわけではない。しかし、それはさておきとして、カレンの目からも、今のカイムはやけに饒舌だ。カイムがこんになにも積極的に喋る相手というのは、今のところカレン本人くらいだ。


 カレンはここに来て、若干の危機感を抱く。まだカレン自身子どもということもあって、特別カイムに対して恋慕を思い描いたこともないが、独占欲にも似た感情が浮き上がる。なによりカレンにとってカイムはやはり特別だった。


 ひゅうと冷たい風が室内に注ぎ込み、カレンの嫉妬渦巻く邪念は吹き飛ばされ、マニーの眉間の皺も元に戻った。扉が開いたのだ。先ほど厩に赴いたペスがそこには立っていた。年老いたとはいえ少し大柄なペスは、知らない人から見ればまるで傭兵か騎士のようである。


 「ああ、ペス。その子たちをお願い。少し街を歩かせてあげてほしいの」


 「了解しました。して、この少女は?」


 ペスのじろりと観察する視線に、マニーは深くウシャンカを被る。見られるのに慣れてないのだろう。常日頃から大人数に囲まれて過ごすカイムには意図がわからない行為であり、カレンも前世の知識込みでようやく理解できるものだった。はて、とハンナは首をかしげる。先ほどの懐中時計は、そこらの凡百が買えるような代物ではなかったはずである。しかるに彼女はもしや貴族ではと勘ぐったが、この様子は些か納得のできないものだった。


 「カレンとカイムの友だちよ」


 数秒ほど思案して、まぁいいかとハンナは切り捨てた。特に重要なことでもない。カレンとカイムと仲良くできればそれでいいだろう。ハンナは三人をペスに預けると、使用人とともに靴屋から彼女らを見送ったのだった。




 「わわっ!!」


 「気をつけて、滑るよ」


 咄嗟にマニーは身を乗り出し、カレンを受け止めた。雪が引き詰められた道路は思いの外滑る。中途半端に溶けて固まった氷の層が所々に存在するのだ。経験のないカレンは、その氷の層を踏みしめ、つるりと体を空に投げたのである。


 「えへへ、ありがと!」


 マニーは別にとつぶやくと、そっぽを向いた。身を挺して守ってくれたことに驚きつつも、カレンは先程まで自分が考えていた妄想を頭から振り払った。全く、出会ったばかりのこんな少女に嫉妬するなんてどうかしてる。カレンの中で、少女に対する評価が二転三転とし、結局のところ彼女についてもっと知りたいという凡庸なところに落ち着いたのだった。


 「マニーの出身はヒューなの?」


 「そうよ。生まれも育ちも、ずっとこの国」


 なるほど、確かに前世でも北国の女性は美しいなんてよく耳にしたと、根拠の無い確信を得る。カレンは自身の美貌に並々ならぬ自信をもっているが、ヒューに住めばより素晴らしい物になるかもと、そんなくだらないことを考えていた。


 「僕たちはサンミュールから来たんだ。雪を見たのも初めてだ」


 相変わらずカイムは口が軽くなっているけれど、そう目くじらをたてることでもない。カレンは精神的には大人なのだ。これしき認めてしんぜようと、腕を組み、一人でうんうんと頷いていた。


 「そう…。それじゃ口にあうかわからないけど…こっちきて」


 「なにしてるんだいカレン…。置いてくよ」




 マニーが案内したのは街のパン屋だった。激坂の土地性を利用した段々の棚が、香ばしいパンでうめつくされている。カレンはよく知らないが、これはすべて一から手作りなんだろうということは察せた。前世だったら超高級パンだ。並ぶ様々なパンやパイの数々に、だらしなく涎を拭う。


 「あらマニーちゃん。いらっしゃい!あら、あら!今日はどうしたんだい?あんた、貴族様とお知り合いだったのかい?」


 「違うわ。さっき初めてあったの。それで、何か美味しいものが食べたいって言うから…」


 人の良さそうなパン屋の女将は、どうやらマニーと知り合いらしい。四十代くらいだろうか。年にしてはやけに純粋そうな丸い瞳が、くりくりとカレンたちを見つめていた。


 「あんた、ソレでうちを選んだのかい?ほんと、いい子だねぇ。うちの娘にしたいぐらいだよ!」


 「や、やめてよエバ…」


 エバと呼ばれた女将は豪快に笑いながら、そのごわごわとした職人の手でウシャンカ越しにマニーをなでた。なでるというよりも振り回すほうが使いかもとカレンが引くほどの力強さだったが。しかし、マニーもまんざらではなさそうである。


 「二人ともサンミュールからきたんだって。なにかいいものある?」


 「そうかい南から。でしたら、こちらはいかがでしょうか?」


 エバはトングを取り出すと、奥まった場所にある棚から、円筒のパンが白くデコレーションされた不思議な食べ物をもってきた。そのデコレーションは、降りしきる雪のようで、まるでこのヒューを表しているかのような芸術性もある。なるほど、このエバという女はものを理解しているとカイムは心中で頷いた。


 「うわぁ!おいしそう!」


 「クリーチと呼ばれている菓子になります。どうぞおかけになってお召し上がりください」


 少なからずあるテーブルをエバが示せば、カレンは待ちきれないとばかりに席まで走りだし、カイムも早くとテーブルをバンバンと叩く。そんなカレンの貴族らしからぬ態度にペスとカイムは頭を抱え、エバはあらあらと笑うのであった。


 「まるで、この国のような雪景色…。これは砂糖ですか?」


 「そう、砂糖。この国じゃ珍しくもないわ」


 フォークでつつけば、デコレーションされた砂糖は用意に崩れず固まっていることが分かる。もしかしたら寒冷地ならではなのかもしれないなとカイムは推察した。あくまで寒冷であることが必要なのが製造段階だけならば…輸送さえ安定化すれば、サンミュールで売り出すのも決して夢物語でもないかもしれない。


 「へぇ、僕たちの国じゃ砂糖は茶色なんだけど」


 それに白い砂糖は珍しい、国家群オーラの基本は、キビによって得られる砂糖だ。サンミュールの隣国で多く生産されていることが主な原因だが、雪国にはやはり白砂糖は味わいがある。冬季にだけでもこれを輸送できないだろうかと、年齢にあわないカイムの思考は


 「そんなことでもいい!これほんとおいしい!」


 というお気楽なカレンの歓喜に妨げられた。ほっぺに手を添え、ぷるぷると震えるカレンは、エバが微笑ましく見るほど愛おしいものだったが、もう少しおしとやかになってほしいとカイムは頭を捻らざるを得なかった。




 「お嬢様、そろそろ御時間でございます」


 カレンの想定としては少々ものをつまむ程度のつもりだったが、ちゃっかりとお茶まで頂き、靴屋を出てから既に一時間が経とうとしていた。こんなにも時間が経つのが早いと感じたのは、前世含め初めてかも知れない。カレンは、根拠もなしに旅はいいものだという広告業者にいらつきしか覚えなかった。旅なんてものより引き込まって新作ゲームをやるほうが楽しいと思っていたものだ。しかし、どうだろう。旅はまだ始まったばかりというのに、カレンは既に嘗て無いほどの充足感に満ちていた。


 「ごめん。私は帰るわ」


 だからこそ、マニーが申し訳なさそうにそう言ったことがショックだった。旅は道連れというように、カレン自身マニーともっと旅行してみたいと思ったのだ。もしかすれば、それはマニーでなくても良かったのかもしれない。単純に新しい友達を作りたいだけかもしれない。とはいえ、少なくともカレンはマニーと離れたくないというのは本心だった。


 「ほんとは、今日こんなとこにいちゃいけないの」


 心底申し訳無さそうにそう言うと、マニーは口元をマフラーで隠した。そもそも連れ回したのはこちらだ。マニーを惜しげに見つめるカレンに目線を送り、カイムはそれじゃあしょうがいないねと呟いた。


 「そっかー。私たち、暫くヒューにいるからまた会おうね!今日はアリガト!」


 「うん。また、ね」


 手を振り上げ、別れを告げながら去るカレンに、マニーは小さく手をふって返す。カレンには、降り積もる雪の中にその姿が今すぐにも消えてしまうほどか細く見えた。


 これが、マニーと名乗った少女と、カレン・ロン・シーチェ、カイム・リューベックの初めての邂逅だった。


クリーチは本来復活祭の前後に食するものですが、この作品内では常食されているものとしています。

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