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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第二章 サンミュールに集う
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第十九話 新たな物語の始まり

 更新が滞り気味で申し訳ありません。次回は早めに投稿できるかと思います。

 相談というものは苦手だ。苦手というよりも、俺は相談が下手らしい。職業柄最低限は身につけたものの、それは商売相手用…言ってしまえばビジネストークの範疇だ。人生相談なんてものとはてんでわけが違う。相談というからには相手をその悩みから救わなけりゃいけない…俺はそう躍起になってしまう。その結果、相手の感情を踏みにじってしまうらしかった。


 つまるところ、あんなやつに魔法で負けるなんて…とつぶやきながら目を真っ赤にして、俺の言葉もろくに聞かずベッドに潜り込んだ少女を、一体どのようにして元気づけるか全くわからなかったのだ。十年以上もの月日をともにしているというのに。ただ言い訳をするなら、熟年離婚が蔓延る昨今の前世では、俺は珍しい部類ではなかった筈だ。わかってる。ただの力不足だ。


 だからこそ陽気な「エレナさーん」という掛け声をドア越しに聞いた時は心底救われるような気持ちだったのである。


「なるほど…そういう訳でしたか」


 アリアことアーデリア・ドットワリは、お茶支度をすすめながら、じっくりとエレナの話を聞いて着席した。少々田舎者っぽい気質だと思っていたが、あれはあくまでも本人の明るすぎる性格によるものなんだろう。今行われた一連の流れはとても優雅だった。


「魔法で…しかもあんなやつに負けるだなんて…」


 エレナはまくらを抱えて、ベッドの上でぐずぐずと呟く。エレナは一度感情が膨れ上がると、なかなか抑えるのが難しい性格だ。といっても十三の子どもなんてそんなもんかもしれない。


 アリアはそれに眉をひそめることもなく、窓枠の夕日を眺めると、漸くその口火を切った。


「わたくしにも覚えがあります…」


「相手は、酷い男でした。形容しがたいほどの…でもわたくしはあの男に逆らえませんでした…」


 エレナはじっとアリアの話を聞く。逆らえない男とは随分ときな臭い。エレナはきっと自分の弟のことを想像しただろう。ある意味ではエレナもやつには逆らえないし、憎しと思っているに違いない。


「どうしようもない身分の差というものが、ベランツェリにはあるのです。その結果この学園に来ることができたのですから、それだけはあの男に感謝しないといけませんけれど」


 アリアの言葉はとても十三才の少女のものとは思えなかった。もしかしたらアリアもエレナと同じようにベランツェリでは立場がなかったのかもしれない。底抜けに明るいと思えたのも、開放された喜びや空回りだったのかもな。


 エレナはまくらを脇に置き、ずりずりとアリアのそばによった。


「悔しく…ないの?」


「勿論悔しく思いますわ。ですからわたくしは日々あの男を打倒するために戦っているのです。そして、いつか見返してやりますわ。エレナさんも、見返すのでしょう?そのスナレビーさんを」


 まるで明日ディズニーランドに行くかのように、アリアは楽しそうにウィンクをした。いい人生観だ。スナレビーに敗北してぐずる今のエレナにはおあつらえむきってくらいだ。


「絶対、絶対。あの傲慢なスナレビーの鼻を明かしてやるんだから…」


 ところで、一つ合点がいった。どうしてエレナがスナレビーを嫌っているかだ。別にウマが合わないわけじゃない。授業中でも魔法に関してはお互い会話が進んでいたし、相性も悪くないんじゃないかと思う。ただスナレビーの横暴な態度が、あのロシューダ・ロレンシアを彷彿させるわけだ。


「さぁエレナさん。準備ができました」


「…これは?」


 色はそこまで濃くはない。一般的な紅茶だ。ただし香りは相当のもの。ドクダミのような独特の匂いだ。はっきり言って様々な茶葉に飲み慣れてない前世ならきついと感じるくらいにはある。飲み慣れたというよりは、エレナが飲んで俺は強制的に味わわれるわけだが。


「ランギルという茶葉で、独特の香りと甘みが特徴ですの」


 一口つけてわかるほど、甘い。なるほど、この匂いも甘みと合わされば悪くないのかもしれない。エレナの味覚にもあったのか、ほうと息を吐き、茶の水面を見つめる。


「おいしい…」


「一見普通に見えて、もう少し近づくと我が強くて、でも味わってみると心優しい。そんなわたくし自慢の茶葉ですわ」


 そんなふうに語られると、より美味しく感じてしまうから不思議だ。つくづく味覚が共有できてよかった。味覚がなけりゃエレナの体重が不安になる日々が続いたことだろう。


「ありがとう。ちょっと落ち着いたわ」


「わたくしは魔法が…その、上手ではありません。でもエレナさんをこうやってちょっと助けることならできると思います。ですから、いつだって頼って下さい。同じ目標を志す…言ってみれば同士ですわ」


「…アリアも困ったら、わたしに頼ってよね」


「ふふっ、そうさせていただきますわ」


 アリアはあれこれどうしたほうがいいとか、どういう方法が効果的だとか現実的な話は全くしなかった。それでもエレナは吹っ切れたようだ。俺が相談するとしても、恐らく具体的な魔法の会得方法を一緒に考えるとかしかできなかっただろう。アリアは聞き上手で、今のエレナにはそれが必要だったってことだ。


羨ましい。俺は聞き上手でもないし、そもそもエレナと感覚を共有しているためエレナから聞くということが基本的に出来ない。既に聞いてしまっているからだ。アリアはエレナにとって得難い友だちとなりえるかもしれない。一時は彼女に対して失礼なことを考えた覚えもある。機会があったらいつか謝っておこう。





「というわけで私はひたすらこの魔法の習得に力を注ぐわ!」


『おう、その意気だ。お前なら出来る…俺に手伝えることがあったら何でもやってやる』


 アリアが去ってすぐ、エレナは右手を振り上げ決意を新たに宣言した。なんでもアリアは夜に王都でやるべきことがあるそうだ。わざわざ相談までして引き止めるのも悪いということで、心配する彼女の背中を押し、今しがたなんとか出発させたところである。


「そう…ありがとうマニー!何でもね!」


『あ、ああ。男に二言はない…だが無理なもんはあるぞ』


「大丈夫よ。とても簡単なものだもの」


 エレナは普段見せないほど高揚している。それはとても喜ばしい。先程まで落ち込んでいたのが嘘のようだ。嫌な予感しかしない。はたしてこのエレナが上機嫌になるお願いとやらが俺を喜ばせることなどあるだろうか。


『おう…言ってみろ』


「今から術式を学んで、しっかり原理を理解しても、魔法を魂で理解することは反復とイメージ…つまりは時間が必要になるわね」


『ああ、そうだな』


 エレナは秀才ではあるが、そもそも彼女の魔法が優れているのは、ある意味社交界などに出てない時間を魔法に費やせただけの努力型ニートだったからだ。しかし今は他の学生と同じ、一応授業数は少ないし、実家に戻る機会もあるとはいえ、算学の予習復習だってしなきゃいけないし、出席が強要される授業だってある。つまりエレナには、いつもよりも時間的余裕が無い。


「でも私は前に比べて時間がないわ。明日は算学に加えて歴史もあるし、なによりあんなにたくさんの人がいる教室で集中なんて無理よ。なにより次の魔法学までに完成させたいのよ」


『…要点を言ってみろ』


「明日から、私と入れ替わってほしいの!」


 俺にとって、そいつは死刑宣告と同じだった。




「今日のお嬢様…変だったな」


 アランは手荷物書類を乱雑に机に置いて、光沢のある手入れの行き届いたソファへどさりと腰を下ろした。明かり一つもつけず、月明かりの中でものを漁るエマを見やる。いつものメイド姿も悪くないが、こういうのもいいよなぁとローブ姿の彼女を見てアランはひとりごちた。


「…必要にかられてこの街の地理なんか嫌ってほど覚えたんだ。今度街の案内でもしてみようぜ」


「そうね…。でも危険かもしれない」


 エマはアランの言葉を流して目をくまなく巡らせ、そして幾ばくかしてため息を一つ。どうやら彼女の求めるものは無いらしかった。


「へっ、エマがそれを言うか?」


「あの頃のエレナーダ様にはそれが必要だったからよ」


 エマは散らばった書類を丁寧に揃えると、慎重に元の場所へとそれぞれを戻す。どれも魔法による防御らしき魔法陣が見えるも、エマが人差し指で撫でるように触れると、徐々に消えていった。


「今は違うのか?」


「少なくとも、この街はロレンシア家にとって危険よ。むやみに出歩くのは感心しないわ」


「そう…だな」


「それよりも、今のところサンミュールで見つけた情報はゼロ。早く手がかりを見つけないと」


 書類を片付けて、エマは机に地図を広げた。サンミュールの…それも都市部のみに集中して作られた地図だった。隣国にでも奪われてしまえば確実に悪用されるであろうほど精密なそれは、少なくとも一般人には手の届かないものであることは間違いなかった。


「今日のこれが終わったら次はカガッサ・マニムだな。カガッサは元魔法研究に手を付けていた現大臣だ。金の流れはわからないが…ハンナ様は特に警戒していた。候補としては二番目ってとこだな」


 アランは立ち上がり、地図の右上を指差す。そこには王城にも引けをとらない大きな敷地があった。そして、その上には直轄地と小さく書かれている。


「そうね…今ところリーリー前王妃が関与していたと思われるものもないし、次に期待かしら。まずは昔の研究所を探りましょう」


「ん、そろそろ撤収だ」


 アランは身を翻し、窓枠から周囲を観察すると、黒染めのローブを羽織り、エマを促す。


「アラン…貴方騎士よりもこっちのほうが向いてるんじゃないの?」


 くすりとエマは笑う。アランのローブ姿はなんともお似合いで、少なくともかちかちの騎士甲冑なんかよりも余程彼らしい姿だった。


「血は争えないのかねぇ」


 闇にまぎれて二人は消える。一見完璧に思えたそれ…いや、彼らが完璧だと思っていた隠行を、じっと観察するものがいた。それは、幼い少女であった。低い位置で左右の黒髪をまとめた、琥珀のような瞳の少女。まるでもとからこの場所にいたように、彼女はいつのまにか先ほどまで彼らがいた部屋にいた。


「シーチェの人かな?パラグ家?それともキューレの?ま、いいや。バリー様に言ったら、ほめてもらえるかな。ふふっ」


 そのつぶやきを最後に、館は静寂に包まれた。


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