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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第二章 サンミュールに集う
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第十七話 算学授業

 作戦会議だ。エレナーダ・ロレンシアの状況を確認しよう。まず基本的にゴースト関係の噂は既に払拭しようのないところまで拡がっているようだ。ゴーストなんて所詮噂なんだと声高に主張するのが全くもって無意味なのは間違いない。まず道化にしか見えないだろう。


 そしてあの喧騒、初日に起きた面倒事が拍車をかける。あれで魔導クラスの連中は少なからずエレナに悪感情を抱いた筈だ。もしかすると数人ぐらいは噂なんぞに振り回されず、エレナを気にかけてくれようとしているのかもしれない。例えばジャンはそんな雰囲気ではあった。が、集団というのは面倒で、少なくとも現状そういう極少数もエレナと話す姿をクラスメイトに見られるのはちょっとまずい。


 思えば前世における小学校でも似たような経験をした。もう三十年以上にもなる小学生の頃の記憶なんてのはあやふやだが、解決策として母から伝えられた言葉はよく覚えている。友だちができないなら友だちを探しに行くのだ。というのが前日の夜、俺とエレナによって計画された新たな友だちを作ろうプランである。




 授業まで後十分というところで小規模な教室へとたどり着く。引き戸ではなく普通の扉を開けて中を覗けば、もうすぐ授業だというのに学生の姿はまばらにしかいなかった。


『というわけでこの算学の授業はでかいチャンスだ』


 環境がまずいのならば環境を変えればいい。幸いこの算学は受講者がかなり少ないのだ。具体的に言えばたった二十人程度。魔導クラスの連中も数人見受けられるものの、明らかに通常クラスの学生が多い。これならばまだチャンスはある。そしてありがたいことに算学なんてものを勉強する輩は噂だとかそういうものに興味がない…と思いたい。


 よれた襟元を気にしながら、エレナはこっそりと最後尾の席につく。俺の当面の目標は勿論エレナの噂を解消し、更には学生生活を充実させることだが、エレナはどちらかと言えば孤独を好む。だから無理に友だちを作らせようという気は無い。まずは観察だ。誰がどんな奴なのか表面上だけでもまず見る必要がある。エレナが乗り気じゃない以上、細心の注意を払わないとな…全くもって苦手分野だ。それでエレナと気の合いそうな奴がいれば万々歳、エレナも少し外に目を向けてくれるだろう。そうなることを切に祈る。エレナが男ならばまだ男の道を行け!ともいえるが、男女による性差がまだ強く残るこの世界では難しいものである。


「あらっ!エレナーダさん!奇遇ですわ!」


 日陰者生活まっさかりなエレナの元に少しばかりうるさい声が届く。エレナが顔を上げると、何故か視界は橙で染まっていた。


「えっ?あっ、えっと…」


「アーデリアですわ!どうぞアリアとお呼びくださいまし。それにしてもエレナーダさんも算学をとっていらしたなんて安心しましたわ。わたくし昨日は知り合いもまだおりませんから少し心細くて…」


 エレナの視界を染めたそれは髪…寮の隣部屋に住むあのやたらでかい女だった。胸を張り、堂々たる姿で、早口で何やらまくし立て、テンションもやたら高い。ついでに顔が近い。アーデリア・ドットワリだった。


 それにしてもどうしたんだこいつは。まだこの娘とエレナの接点はお隣さんというだけ…もしかしてまだ話し相手がいないのか?十分有り得る。なにせアリア嬢は留学生なのだから、孤立無援だってのは無い話じゃないだろう。飛びついた先は相当な毒だけどな…。


「あ…アーデリア。一つ教えておくわ。私は…」


 エレナもそれに気付いたのか。警告を発しようと口を開く。近寄らないで、馴れ馴れしい、とかそんな言葉だろう。何も知らない奴がエレナと仲良くなるってのは、悲しいことだがあまりよくない。悪意を込めてエレナを見る連中によって面倒に巻き込まれ、最悪エレナとの仲は他人から険悪まで急成長しちまうだろう。が、ちょっとまてい。


『エレナ、たんまだ。ゴースト云々だとかは話すんじゃないぞ。いいかよく聞け、心苦しいのはわかるがこいつはチャンスだ!』


 いや…いいのか俺…もしかすればこんな天然っぽい子を不幸に…しかし俺にとっちゃエレナが大事だ!すまねぇ嬢ちゃん諦めてくれ!


『天使でも舞い落ちたかってくらいの幸運だ。その天使を引きずり下ろしちまうかもしれないが…だがこいつは留学生だ。帰るっつう選択肢だってある。むしろお前が守るくらいの覚悟でいけ!つまりバラさずに仲良くなるんだ!』


 めまぐるしくエレナの視界が明滅し、隠し切れない動揺にエレナは息を飲む。


「どうかいたしましたの?」


「な、なんでもない。私もエレナで、いいわ」


 よし!エレナは覚悟を決めたのか、そう言うとぎこちなく笑った。この判断が吉と出るか凶とでるか。両手を合わせて「まぁ」とアリアが喜んだところで、ぎぃと戸が開かれた。意外とまだ算学を受ける奴がいるのか。音につられてエレナもそちらに目線を向ける。


『げっ』


 教室に入ってきたのはあのカイム・リューベックとカレン・ロン・シーチェ。おいおい本気か。傍から見た感じじゃあ付き合っているようには微妙に見えやしないが、もっと愛の巣とか育みにいきぁいいものを。あいつら勤勉過ぎる。しかし、こいつは一波乱あるかもしれない。この大事なときにややこしくしやがって…。なんでもシーチェ家はこの国じゃ超名門貴族らしいからな。最悪アリアもころって手懐けられるだろう。


 和気藹々と喋る二人だったが、エレナを見つけるやいなや、カレンはあっと声を上げ申し訳無さそうに縮こまる。そしてカイムは昨日の憮然とした態度とは違って、ただじっとこちらを見つめてくるばかり。エレナはなんとなしにアリアの影に移動した。見事な隠行だ。よしよし、取り敢えずこれで危機は去った…かもしれない。最悪すぐに揶揄を飛ばされるかと思ったが、カイム自身これ以上エレナを責めようとする意思は薄いようだ。とにかくこれでいきなりエレナ友だち作ろう計画が頓挫する緊急事態は避けられた!


「ところでエレナさんは魔導クラスなのでしょう!」


「え、ええ。そうよ。もうちょっと声を抑えて…」


 ほっとしたのも束の間、相変わらずでかい声でアリアは捲し立てた。学生の注目が微妙に集まる。この子を選んだのはもしかしたらとんだ失敗だったかもしれない…。留学生なのだから当然目立つ。エレナも俺もよく知らないが、貴族たちには大体ルールというものが存在する。例えば茶会に誘われた時には口紅を何色にしなきゃいけないとかそういう上流階級とそれ以外を区別するルールが得てして存在する。そういうものを彼女は知らない。まさに異文化交流。口で語らずとも嫌でも目立つものなのだ。エレナも同様に。


「どうにも留学生は技術の問題とやらで魔導クラスには入れませんでしたの。一体どのような内容があるのかとても気になりますわ」


 その質問にエレナは固まり、笑顔を貼り付けたまま微動だにしなかった。エレナも俺も、授業の内容なんざまるで覚えていなかった。


『まさか初日から皆で白い目で見られ、周囲の席に誰も座らず、あまりの悲しさと悔しさのあまりエレナはふて寝を決め込んだ…とはいえねぇな』

 

 


 長い講義が終わる。この教室にいる学生は年齢的には中学生だが、授業内容はそれしては難しい。流石貴族の英才教育?である。エレナがノートと教科書を畳み、帰り支度を進める一方、隣の様子をちらと見れば、アリアはうんうんと唸りながら式とにらめっこを続けていた。


「ぁ…どうしたの?」


「いえ、ベランツェリとはやはり同じ問題でも方法が違うのですね…わたくし困惑してしまって」


「…ちょっと見せて」


 そういやこいつはベランツェリ代表を名乗っていた。多分問題が解けないのが恥ずかしいんだろう。少し取り繕いながら、乾いた笑いを見せる彼女のノートをエレナはぎこちなく手にとった。


「ここ、本質的には同じよ。考え方が違うだけ。妙な記号を使うのは一旦やめて見てみましょ」


「あら、もしかしてこういうことですの?」


「そ、なんだわかってるじゃない」


「エレナさん…教えるのお上手ですわね」


 アリアは関心したように神妙な顔つきでレナを褒めた。途端エレナは少し得意気になりながらドギマギと動きを固くする。見えはしないが恐らく顔を朱に染めているんだろう。微笑ましいじゃないか。


 そう。そうだよこういうのだよ。今のエレナはまさに普通の女学生。友だちとしゃべり、友だちと悩み、そして切磋琢磨していく。まさに理想的な学生生活じゃないか。正直アリアという劇薬がエレナにどう反応するか不安でもあったが、今のところなんかいい雰囲気だ。これをきっかけにエレナには外を見て欲しいもんだ。そして最後には男と結ばれて…。


いやまて、俺はここで初めて気付いた。エレナはロレンシア家の長女だ。そしてロレンシア家は王族。当然エレナは婚姻しなくてはならない。今は許嫁も何もいないが、ゴーストの噂を払拭すればそれはもう確実と言える。そうした場合だ。当然子どもは生まなきゃあならない。つまり、エレナと見知らぬ誰かさんがすっぽりしなきゃいけないわけだ。


 エレナを誰かのものにされるなんて我慢ならん!とまでは言わない。だが待って欲しい。俺はエレナが目を開いている間は否応なくエレナの視界を共有しちまう。だから…ようは俺はエレナの視界を通じてその行為を見なきゃいけないわけで…これ以上考えるのは、止めよう。だがエレナが独身の道を選ぶなら、俺は全力で支援しよう。




「わ、二人共頭いいね。私ちんぷんかんぷんだったよ」


「僕が教えてあげるから大丈夫だって言っただろう…」


 語らう二人のノートを、さも当然のように突如前から覗き込んできたのは、あのカレンだった。そして当たり前のようにカイムもすぐ横にいた。こいつらもしかしたら許嫁か何かなんだろうか。保護者と子どもにしか見えないが…幼なじみ感はあるな。エレナに許嫁がいなくてよかった。こんな四六時中一緒にいたら俺の肩身が狭すぎてまた消えたくなっちまう。


「あ…昨日はその、ごめんなさい」


  エレナは頭を下げず、少し目をそらして再度謝った。ペコペコするのは癪だ。そう考えるのは俺も、そして外にはあまり出さないが本質的に傲慢なところもあるエレナも同じだ。それでもこうして迫られれば謝らざるをえないのが、今のエレナだった。


「確かに君の発言は褒められたものじゃないが…僕も悪かった。ごめん」


「私もね、ほんとに気にしてないから!」


 そういってカイムは表情を変えず、カレンはハニカんだ。思ったよりも話せる連中なのかもしれない。


「お互いを認め合って友とする…なんだか、まるでナルデの物語の幕開けのようですわね。わたくしアーデリアと申しますわ」


「あーわかる!そういう展開ってぐっとくるよね。私もナルデ好きなの!あっ、私カレン!」


 アリアの俯瞰したつぶやきに、カレンは身を乗り出して同意を示す。前世の女学生らしいテンションに、エレナはたじろぎ、次いでカイムはそこで初めて表情を崩し、呆れたように首をかしげた。なんというか、カレンは貴族らしくない。こんなやつは確かに前世でもよく見た。逆にカイムは姿勢もぴっしりとしていて、どことなく気品があって貴族らしい。妙なコンビだ。


「ごめん…。カレンは物語が好きでね。時々こんなことを言い出すんだよ」


 物語が好きねぇ…前世じゃあ普通だがこの世界となるとかなり珍しい。本が高級品だからだ。まず羊皮紙は高い。今目の前に広がる算学の教科書なんか金貨数枚もする。それがどれくらいの値段かといえば下手な家屋一つ変えてしまうほどなのだ。アリアも読書が趣味なんだろうか。そうだとすれば、かなりの身分である。


「ところで、君と僕は前にあったことがあるかい?」


 唐突にカイムはそんなことを言った。はて、とエレナは首をかしげた。俺にも思い当たり節はない。だいたい俺が出会ったことのある人物なんてサンミュールに来る前は身内を除けば片手で数えられる程度のはずだ。可能性があるとすれば俺が眠っていた間だが、エレナは首をかしげたままだった。どうやら知らないようだ。


「あ、ちょっとちょっとカイム!時間時間!演劇始まっちゃうよ!」


 ガタンと長机が揺れる。ぴょんぴょんとせわしなく跳ねて、カレンは教室の時計を指差した。演劇を見に行くなんて、なんとも貴族らしいじゃないか。こいつ自身は随分と貴族らしくないが。


「大丈夫だよ。十分間に合う。でも、そうだね。そろそろ行こう」


「じゃあね!エレナーダさん!アーデリアさん!」


 嵐のようにカレンとカイムは立ち去った。エレナとアリアは互いに目をぱちくりすると見つめ合い、自然と笑みがこぼれた。一件落着…なんだろうか。だがあの女…ミシンガンサを筆頭に相変わらず邪険にされているのも間違いない。ついでに言えば今のところ例外はたったの四人。アリアとカイムカレンに多分ジャンだ。


 そう、必死に無い頭で安全策を考えるのだ。いまこうして笑えているエレナのためにも、行動できない俺は考えなきゃいけない。一先ずは、明日の授業…あの剣呑とした魔導クラス基礎魔法演習を乗り越えるために。


今回はちょっとした補完回でしたが、非常に難産でした。

読みにくいところも多々あるかもしれません。申し訳ないです。



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