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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第二章 サンミュールに集う
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第十六話 館の女

 正確に言えば、首国サンミュールに首都はない。国全てが大都市なのだ。そこに都市と言った分別がない。それほどまでにサンミュールは栄えた国であり、教養や文化など高い水準を満たしている。その一方で、あまりにも多すぎる大衆が影を作り出しているのも事実であった。


「ペペ!おいペペ!」


 男は焦燥に駆られるように扉を叩く。しかし、いくら叩いても反応がない。男はノブに手をかけようとして一瞬戸惑を見せ、そして勢い良く扉を開けた。


「てめぇ!あんだうっとしいぞ糞早漏野郎!あたしゃお天道様が我物顔してるこの時間帯が嫌いなんだ!」


 薄暗い闇の中から、小汚い言葉と共に人形が投げつけられる。ひどい言葉だ。この国でそんな言葉を使えば白い目で見られるのは間違いない。それはつまりこの言葉の主がまともな市民ではないことを端的に表していた。


「つっても相手はあの人達なんだよ。ペペが出てくれなきゃ話にならないだろう」


「はん。役人様は裏表なくお硬すぎる。仕事を任せるってんならあたしにも相応の身分てやつが欲しいね」


 ペペと呼ばれたのは女だった。それも若々しい傷一つ無い肌に、面妖な肢体の十代ほどの女だった。手入れの行き届いたセミロングの髪は、彼女がただの平民ではないことを端的に示していた。とはいえどこか気品さはあるわけではない。さもすればここは娼館か何かか。しかし部屋は埋め尽くさんばかりの人形に満ちているという尋常ではない有様だった。ペペは気だるげにシワだらけのシーツのベッドから起きる。その体には一糸たりとも纏っていなかった。


「ペペ、あんた社交界に憧れでもしたのかい?」


「あたしが社交界に出てみろ。男は全員骨抜き、女は嫉妬に狂って舌噛みきって死ぬね。大混乱さ」


 男はピタとその動きを止め、眉を潜めた。見知らぬ者が今の言葉を聞けば、なるほど確かにこの女は魅力的であると感心するかもしれない。だが男は知っているのだ。嘗てペペが起こしてきた殺戮の歴史を。記憶を辿れば、似たような事件はぼろぼろと見つかる。


「ブラックジョークが過ぎる」


 この女は、人を魅了し生き血を啜る化物、ヴァンパイアなのだから。





 適当なガウンを羽織り、客間へとペペが赴くと、そこには確かに男が焦る程度にはやんごとない方々が席を連ねていた。その中によく知る人物がいることを確認すると、ペペは口角を上げ、ガウンがはだけるのも構わず軽快にステップを踏みつつ、その白スーツの男にしだれかかった。


「よぉ、二年ぶりだなぁ。これであたしらの付き合いは二十年くらいかぁ?もう家族も同然だね、お父様?」


 旗から見れば羨ましいと男なら誰もが思うその光景を体験したその男は、苦虫を潰したように顔をひしゃげて、埃でも払うようにその手を振り払った。


「辞めたまえ。そして、君の年齢を自覚し給え」


 ペペは気にした様子も見せず、へらへらとその勢いのまま対面の席へと腰を下ろす。


「で、なんだい。あたしの安眠を邪魔したんだ。相応の話なんだろうね」


 白スーツの男は頬の火傷に手を添えながら、ふむと呟いた。珍しい。そう男は思った。このペペという女はよくスーツの男をからかったが、どうにも今日は違うらしい。遂に若造若造と呼ばれた自分にも貫禄とやらが付き始めたのかなどどと思いながら含み笑いをしかけて、コホンと息を正した。


「十五か…十六年か前の仕事を覚えているか」


「あん?また随分と古い話、ヒューでの仕事だろう?なかなか景気の良い仕事だったからな。よく覚えてる。ギーグちゃんは元気かい」


 男は、はて誰だったかと頭をかしげ、そういえば数年目にも聞いた名だったなと思いだした。傭兵長ギーグ。土地勘がほしいために当時雇った傭兵団だった。やたらとペペがからかっていた記憶が男にはあった。相応のトラウマを受けただろう。可哀想に。


「あの時の傭兵長は盗賊に堕ち、今はシバリツェで投獄されている。会いたければ勝手にするといい」


「っかー!あんたらは非情過ぎる!あの夢見るギーグちゃんが投獄されちまったっていうのにそれはないだろぉ?」


 嘘くさい芝居だ。


「ペペ、いい加減仕事の話に入ろう」


「うるせーぞゲイリー!てめぇのそういうとこが駄目なんだ。ちったぁママに女の扱いを教えてもらわなかったのかぁ?」


 ゲイリーと呼ばれた青年は、両手を上げやれやれと呟くと、客間をあとにした。ゲイリーとペペの関係は少し特殊だ。ゲイリーは少なくともペペを必要以上に苛立たせるくらいなら逃げる方を選ぶのだ。


「君を女扱いするような人間には出会いたくないね。さて」


 その発言に「あぁ?」と威圧するペペを無視して男は続ける。並みの胆力ではない。事実、連れの男どもはペペの行動に逐一魅了され、そして恐怖している。


「あの事件で手に入れたザリューの解析が遂に終わったのだよ」


「ザリュー?ああ、あの化物か懐かしい。あん時ぁお前さんびびって小便たれたっけなぁ」


「いいか、次はないぞ。そのふざけた口を閉じないか」


 当時まだ若年であり、現場に全く慣れていなかった男にとって、聖獣ザリューほどの大物を見て恐怖せずにはいられなかったのだ。ヒューに住む大蛇、力のザリュー。今となってはそれも過去形か。


「へいへい。それでなんざんしょ。その解析がやっと!終わって?あたしに何が関係しましょ」


 男の逆鱗に触れ、ペペは逆ギレするように捲し立てる。飄々としてはいるが、ペペは内心最初から機嫌が悪い。陽気に見えたのは馴染みの顔を見たからだけだ。男も長い付き合いだ。それを察したのか、無駄話はやめた。息を一つ。これを発言することは、いくら男にとっても容易ではない。


「…キューレ王子殺害を頼みたい」


 よどみなく男は言い切った。キューレ・タンジブルの殺害。これは別に特別なことではない。王による独裁政治が多いこの世界では暗殺計画なんぞざらにある。王政があるところには常に革命と、そして日々くだらぬ次代争いが蔓延り続ける。それはオーラも例外ではない。キューレ・タンジブルと、バリー・タンジブル。腹違いの兄弟間の溝というやつだった。


「そらまた…随分とでかい仕事じゃねぇか。弟君が癇癪でも起こしたかい」


「勿論君が直接殺すわけじゃない。具体的には潜入してロックを解除する。それだけだ」


 ペペが食いついたのを良しとして、幾分男にも余裕が戻った。懐から葉巻を取り出し、ぼうと魔法で火をつける。これが男のいつものペースだった。


「どこにだい」


「魔法学園だ。半年もしないうちに、彼の地でシェヴァリスとの国家間交流魔法演習が行われる手はずになっている」


「その時に乗じてってわけか。ああ、わかってきたぜ。あんた念願のキメラを作り出せたわけだ」


 胡座をかいて両ひじをひざに付き、ペペは楽しそうに頬をなでる。この男とペペの間に生じた仕事の殆どはこのためにあったと言っていい。まさしくこの男…カガッサ・マニムにとっては念願。一介の研究者がわざわざ夢を追いかけるために泥にまみれて現場を歩き、時には戦い、そして政治の世界を踏破し今の地位…大臣へと上り詰めた男なのだから。ペペにとってもこの男は数少ない好感のもてる人間だ。仕事の一つでも受けてやろうじゃねぇか。


「ふっ、ご明察だ」


「わかった。やる仕事は超簡単だ。子守でもしながらできる簡単な仕事だ。それに、あんた達のことだ。払いはいいんだろう?どれくらいだ。金は誠意の表れ。なんなら貴重な一品でもいいよ」


 扉を指し示しながら応える。それでも無償というわけにはいかないのがペペだった。ガウンから見える生身に並の男ならもだえ全てを差し出したいとまで昇りつめてしまうそれも、カガッサは平然とはねのける。二十年以上の月日と、彼の実力の賜物だ。因みに子守とはゲイリーのことだろう。彼が本格的にペペと活動し始めたのは最近のことだ。なんでも彼は人形師らしく、ペペに昔拾われ、昔から時々仕事を共同で行っていた…ということだけカガッサは知っていた。ゲイリーは彼とあまり話したがらないのだ。


「勿論だとも、前払いとしてはこいつだ」


 小さな透明な瓶に入った朱色の液体。ペペはそれを手に取ると、魔眼をきらめかせながら、じっくりと眺めた。


「…毒か?」


「流石だ。これはザリューの毒。それも相当な猛毒だ。我らが長年掛けて抽出した特上のな」


 毒と聞いて、にやけるのを止められるペペではない。長きを生きたペペにとって毒とは愉快なおもちゃであり、彼女の趣味でもある。毒とは薬にもなりうる万能物質、ペペはそう考えているのだ。それが伝説の魔物のものともなれば、最高級の報酬であった。


「いいぜ、この仕事乗った!っても随分と先の話じゃねぇか?一ヶ月もありゃ忘れちまうよ」


 パンと手を叩くとペペは背伸びをして、そして一気に脱力した。暗殺にはその準備たる計画が必要にしても半年は長い。それにペペにとっては特段そこまで準備が必要なわけでもない。はっきりいって妙なタイミングだった。


「そのついでと言ってはなんだが、最近ここらでこそこそと嗅ぎまわる二人組がいるようだ」


「なんだ。いつもシーツェとかパラグとかの掃除かい。そんなもんあんたらでなんとかできるだろう」


 シーツェとパラグ家はキューレ派の家系であり、常日頃バリー派の貴族どもを見張るために犬をばらまいているのだから。


「いや、それが違うらしい。それを調べるために少し動いてくれ。過剰な払いはそれ込だ」


「ふん。面倒を押し付けやがって。取り敢えずそういうのゲイリーの仕事だ。あいつにやらせてみるさ。さ、話は終わりか?」


「ああ、また一ヶ月もしないうちに覗きに来る。面倒だけは起こすなよ」


「面倒起こしに来たのはあんたらだろうが。あたしゃ平穏が大好きだ。さぁ帰った帰った!寝足りないんだ。せめて次来るときは贄の一つでも頼むぜ」


 ペペは大きく手を降って、男どもの帰りを促すと、最低限のガウンすら面倒になったのかその場に脱ぎ捨て、機嫌よく寝室へと向かった。魔法学園設立から、僅か三日目の夜の事だった。


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