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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第二章 サンミュールに集う
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第十五話 初日

「なんとなく見覚えがあるのよねー」


 エレナはぼぅと呆けながらつぶやく。段々と学生が集まってきた朝八時前、その中にカイム・リューベックと、そしてカイムの後ろでそわそわとする女が一人。どうやらカイムはスナレビーと話しているようだ。あの女はだれだっけか。確か試験では盛大に魔法を失敗して爆散させていた気がするんだがあれが合格できたっていうのは…ちょっと違和感があるな。


 今俺達がいる教室は試験に合格した三十二名だけで選抜された魔導クラスである。クラスと言っても授業はまるで大学のように基本的には選択制なのだが、この魔導クラスだけが受けることのできる演習授業が幾つか存在するらしい。因みにエレナはこの魔導クラス専用の演習以外では殆どの授業を蹴っている。唯一とったのは歴史と俺が無理言ってとらせた算学だけである。少ないように思えるが、一コマ二時間近くもあるらしい。俺の時代の学生からしたらとても睡魔の誘惑に耐え切れないだろう。


 教室は形状的には日本のそれとそこまで変わらない。勿論天井は高いし広いが、一般的な長方形状の教室に、段々階層に大層な長机が並んでいる。少し映画館に近いかもしれない。特に席などは決まっていないらしく、エレナは取り敢えず後方の窓近くに座った。


『おいおい、初回の授業だぞ。気を引き締めろ。それに魔法を通じてなら友だちができるかもしれないぞ』


 耳が痛いとばかりにエレナはため息をついて、学生鞄から羊皮紙でできた分厚い写本を取り出した。表紙にはこの国の言語で「魔導の知恵」と墨のようなもので描かれている。まるで禍々しい魔道書のようだが、れっきとした魔法学の教科書である。ぺらと一枚表紙を捲ると、中には人体とマナの流れ、そして中心に魂と描かれた図があった。この世界で一般的なマナ流動図とかいうやつだ。


「こんな基礎から学ぶなんて、随分と敷居が低すぎるんじゃないかしら。あの女すら合格する程度ってことねぇ」


『こらこら、いきなり面倒を起こしそうなことを言うなよ』


 エレナはハッとして口元を抑え、目線を泳がせた。口が少し過ぎるところもエレナの悪い癖だ。弟や環境に対する悪口を常日頃喋っていたためか、油断するとエレナはこういう危険な発言をぽろっと零してしまう。確かにこのマナ流動図にエレナが触れたのは俺が目覚める前、つまりは一桁の幼児だった頃そうだから、こんな愚痴の一つも零してしまうかもしれない。しかし今回は状況が悪かった。


「流石ゴーストエレナ。なかなか言うね」


 いつの間にか男がすぐ右横に立っていた。黒髪で少し肩幅の広い、貴族階級にしては体格の良い男だった。どうやら、今の独り言を聞かれてしまったらしい。男はにやにやと良くない笑みを浮かべている。


「ああごめん。俺はジャン・ヴィ・パラグ。ジャンでいいよ」


「私は、エレナーダ・ロレンシアよ。…それで何か用かしら」


 明らかにエレナは声を震わせ、それでもしっかりと応対した。我が娘の成長に涙しそうだが、このジャンといかいう男の行動によってはエレナには荷が重すぎることになるかもしれない。まぁ身から出た錆っちゃ錆なんだが…。


『ああ、面倒なことになったな…』


「おっと、誤解してほしくないんだけど俺は君に対して敵意みたいのは抱いちゃいないんだ。ちょっと興味があっただけさ」


 ジャンは両手を軽く上げ、よしてくれよと言わんばかりに腰を引いた。どうやら特に言いふらすとか、エレナに対して何かしようとかいう意図はないらしい。信用できるかはわからないが、これなら大事にはならないだろう。


「何かあったのか?ジャン」


 ほっとしたのも束の間、俺達の元に件のカイム・リューベックとあの女がきやがった。どうやら目の前の男とカイム・リューベックは知り合いらしい。雲行きが怪しくなってきたぞ。


「よぉカイム。いやなんでもないよ。可愛い子がいたから話してみたくなっただけさ」


 おおナイスだジャン君!こいつに事を荒立てる気はないらしく、ジャンは朗らかに笑顔で応対した。取り敢えずはこれで助かったな。もしかしたらそれで揺するつもり…なんて可能性もありえるか?最悪そんときは俺がなんとかしよう。


「そいつゴーストエレナよ。カレン様はこのクラスにいる資格が無いんですってー」


 が、世の中すんなりとはいかないようだ。少し横の席に座る女…確か俺達の前に試験官に呼ばれていたやつだ。ミシンガンサだったか?とにかくその高慢そうなクリムゾンカラーツインテール女子は。ジャンのそれが好奇心からのにやにやだったのに対して、悪事をほくそ笑む魔女のような笑いを口元で抑えながら言いやがった。なんか小物っぽい女だ。まるでエレナの言う腰巾着にいそうな感じだ。それにしてもあのカイムの後ろをぴこぴこと歩く女はカレンとかいうらしい。カレン様だなんて呼ばれるということは、結構な身分なんだろう。それにしては気品とかを感じさせない女だが…。むしろいじめられっこ体質はこの女で、エレナこそがいじめっこの立場になりそうなもんだが世の中分からない。


「なに?」


「そっ、そんなこといってないわ!」


 案の定カイムはミシンガンサの言葉に不快感をあらわにし、エレナをギロリと鳴るほど鋭く睨みつけた。エレナは焦って否定するも、逆にその焦りが傍から見れば怪しさを助長させているらしく、周囲の温度が急激に下がり始める。


「これは正式に決まったことだ。君がなんと言おうとカレンにはこのクラスにいる資格がある」


 カイムはエレナにつめより、叱咤した。ああこりゃエレナにはきつい。ただ今回の発端はエレナの軽率な発言だ。これも勉強である。状況が本当にどうしようもなくなった時は俺が出よう。こういう学生間のいざこざは不得意分野だが、最悪エレナの代わりに耐えてやるくらいはできるのだ。


「え、えっと…みんな落ち着いて。私がほら…実力ないのは本当なんだし…」


「大丈夫だよカレン。カレンのマナ総量は僕を超えているんだ。すぐに大魔法くらい使えるようになるさ」


 カレンは苦笑しながら自分の非を認めるような発言をするも、カイムはがしりと両肩に手を置き、励ましているんだか言いくるめているんだかわからないことを言った。段々と人間関係が見えてきた気がする。カイムは超過保護野郎なのだ。今回こいつがでしゃばってきたのもカレンを助けるためなんだろうな。全くこれじゃあの女が自立できなく…何故か胸が痛くなったが気のせいだな。


「なんだって?それは本当かい?」


「スナレビー。今はそんなことどうでもいい。問題は君のほうだ。確かエレナーダ・ロレンシアだったか…ロレンシア?」


 カイムの発言のどこに引かれたのか、スナレビーが途端驚愕を浮かべ詰め寄る。しかし、あっけなくスナレビーは一言で吐き捨てられ、ガーンと聞こえそうな程ショックを受けていた。そういえばあいつカイムには一目置いているようだったし、一方的に好意を抱いているのかもなぁ。哀れスナレビー。


「あー、みんなちょっと落ち着いてくれ」


 耐え切れないとばかりにジャンは声を張った。詰め寄っていたカイムも数歩さがる。このジャンとか言う男は所謂クラスのまとめ役的な奴か。エレナも幾ばくか落ち着ける時間を得ることができたようだ。こういう奴と仲良くなれればエレナに対する噂なんかも止まるかもしれないなぁ。どうやって仲良くなるかは全然わからんが。男女の友情は存在しないなんてのもよく聞く話だが…最悪殴り合えりゃいける。


「今回カレンが合格したことに不満を持つ者は少なく無いだろう。しかし、これは試験官によって正式に決められたものだ。どうやらカレンはここにいるカイムよりもマナ総量があるようだし、そういうとこが鑑みられたのかもしれない。とにかく、カレンの合格を疑うことはオーラを疑うことに他ならないことを忘れないでくれ」


『誤解を解くなら今がチャンスだぞ』


「あの、そういうつもりで言ったわけじゃないの。ごめんなさい」


 エレナは伏し目がちに謝った。失礼な行為かもしれないが、エレナにしては及第点を上げてやってほしいくらいだ。謝り慣れてないんだ。エレナは周囲から邪険にされつつ育ったが、それでもエレナと同じような身分の人間なんて家族以外まともに接したことがないのである。


「いいっていいって。私は気にしてないから」


 カレンがそう言うと、周囲も本人が納得してるならと自然消滅する形で解散した。取り敢えず危機は去った。が、教室内でのエレナの立ち位置はなんとも言えない状況になってしまった。こうなる前に味方の一人でもつけときたかった。あーどうすりゃいいんだ。視界に映る女生徒の何人かなんてまだ白い目を向けてやがる。せめてエレナが男ならまだわかる。だがエレナは女の子。女子のコミュニティなんてものに入るために俺は助力できるだろうか…。


「こういう時は、どうすればよかったのかしら」


『すまねぇ俺もこういうのは苦手なんだ』


 エレナは両腕を抱えて机に突っ伏し、教科書のページがくしゃりと音を立てた。


「役立たず」


 俺とエレナの前途多難な学園生活は、こうして幕を開けた。


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