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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第二章 サンミュールに集う
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第十二話 魔法試験

 「どうかしら…ちょっと襟が変じゃない?」


 鏡の前で、エレナはうじうじと襟元を正しながら軽く一回転をする。一回転したら俺も鏡を見れないぞとは言わず、まぁいいじゃないかなと適当に相槌を返した。エレナが今着ているのはオーラ国立学園の学生服だ。学生服と言っても前世のそれとは大きく異なる。具体的に言えばドレスワンピースみたいな感じだ。アイドル制服をロングスカートにしたらこうなるかもしれない。とにかく俺の感性からすれば何とも言えない。まぁエレナが着れば何でも似合っているのだ。親ばかみたいなもんかもしれないが。


 『時間に気をつけな』


 「そうね。行きましょ」




 学園とやらは流石に首都にどでんと構えるわけにもいかなかったのか、少し中心である王城から外れた場所にあった。と言ってもエマが同伴し、小さな馬車で五分もかからない距離である。流石に寮には近い。出立する前はまだ魔法で不可視になっていたが、寮から一応学園も見えるのだ。しかし学校に行くのに馬車っていうのは、流石この世界は違う。が、違うのはどうやらそれだけじゃないらしかった。


 『なぁおい。あれがもしかして学園か?いやおい嘘だろ…』


 学園だとか学校だとか、そういう学び舎から一体誰がこんなものを想像するだろうか。まぁ貴族の作るものだし、サンミュールの国家的権威もあるだろうから当然でかくなるだろうし立派になるだろうなとは思ったが…もはやこれは宮殿だ。まず高い。流石にサンミュールの王城よりかは小さいが、形状としては正面から見ると三角形に上が高い城と、長方形に広がる宮殿形式とじゃ存在感が違いすぎる。一体何人就学させるつもりなんだ。


 本日は学園のお披露目とあって、随分と多くの人が学園前にはひしめいていた。見た限り町民ではなく、サンキュールの貴族たちなのだろう。誰も彼もが身綺麗で、そして笑顔で学園を眺め見ていた。生徒達の馬車が近づく度、まるでモーゼのように馬車道だけが開かれる。これは面白い。遊園地のパレード染みた光景に笑みが浮かぶ。対してエレナは手を握りしめ、目を閉じ、小さくため息を付いたのだった。




 最も退屈な時間はと問われて、校長の挨拶と語るものは少なくはないだろう。かくいう俺も、小学から高校まで一貫してまともに覚えてすらいない。聞き耳を立てるどころかまぶたを閉じ、うとうとと舟をこいでいたように思う。記憶すらないくらいだ。


 そんな程度だから、始業式というものに良い印象はまるでない。まぁみっともないだろうから、エレナが寝そうになったら注意するかと考えていた。流石貴族っ子ばかり集めたと思わんばかりの美男美女たちを尻目に、無駄に絢爛なホールで挨拶とやらを待つ。ここに従者は入れない。というより、学園内で従者の同伴すら許さていない。そのためエマとアランは比較的近場にある貴族の土地で寝泊まりをすることになっている。勿論ロレンシア家とゆかりのある貴族である。


 ホールについては詳しくはないが、演劇舞台のような…記憶が正しければオペラ座のようなホールだ。しかし左右の貴賓席はない。どちらかと言えばコンサートホールか?まぁ其の方面に学のない俺からすればなんだって構わない。取り敢えず座り心地が良さそうなのは間違いなかった。そんなホールを埋め尽くしているのは三百人近い学園の生徒。中には派手なピンクみたいな髪色のやつもいやがる。果たしてアレは地毛なんだろうか。と、照明が落ちたな。始まるか。


『ん?あいつは昨日の…』


 壇上に上がったのは、昨日声をかけてきたあの青年だった。もしかして生徒代表とか言う奴かと思えば、周囲の連中もその姿に気づいたのか、一部の連中はハッと息を呑み、口々に…タンジブル様だわ!キューレ王子!などと呟いたのだ。


『なぁおいタンジブルってサンミュールの…つまり国家群オーラで一番えらい王族じゃなかったか?』


 二度の瞬き。エレナの返事はつまり肯定だった。なるほどサンミュール以外じゃまだそんな表に立っていないようだ。俺もエレナもその顔に見覚えはなかったし、もし有名だったら昨日の寮で大騒ぎが起きているはずだ。今現在あれがキューレ・タンジブル王子だと気づいたのは恐らくサンミュールの貴族たちなんだろう。


「皆さん。ご静粛にお願い致します」


 キューレの声がホールに響く。拡声器もマイクもない。恐らく魔術かなんかなんだろう。俺はまったくもって魔術に関して詳しくないのだ。さっぱりわからん。


「まずは、ようこそ我が国初の学園…オーラ国立学園へ。初めてのことばかりで戸惑う方もいるでしょう。ですが安心して下さい。あなた方の生活はすべて我が国が保証します」


 まぁ当然だなと思う俺はやっぱ現代人なんだろう。この世界で現代人なんていうとわけがわからないが、まぁ前世の国家とこの世界の国家じゃ保険だとかそういうものが違いすぎる。こうやって王子が明言することは大事なんだろう。


「この場には、我が国家群オーラから選ばれた若き才能が満ち溢れています。そしてこの場に立つ全ての者が、国を担っていく存在へとなるでしょう。さて、この学園ではオーラを支えるであろうあなた方が、より十全に力を発揮できる基盤たる教育を行います。それは単純な教養や礼儀に留まらず、実社会生活の一貫を学び、更には魔術や算学文学と多岐に渡るものです」


「…算学は任せようかしら」


 エレナは算学…所謂数学が弱い。意外にもこの世界は結構数学が進んでいて、特にオーラでは算学を推し進めている節がある。とはいえ現代でしっかりと高校まで教育を終えた俺からしてみれば、エレナが日常で学ぶ数学は簡単なものだ。


『将来自分のお飾り自慢ができなくなっちまうぞ。私の身につけているものは総額云々だってな』


 エレナはそんな趣味はないわ、とでもいいたげにため息を付く。


「そこで我が校では、年齢別に学年を大きく二つに大別し、そして歴史や文学に政治などを中心とする基本的な講義に加え、魔術及び算学などの特別技術コースを設けました。特別技術科コースを受けるにはマナ測定に算学演習による試験を合格してもらいます」


『ほー、思ったよりしっかり学校してるなぁ。ただの貴族様の真似事だと思ってたぜ』


 二度の瞬き。エレナも俺の思想を受けてしまったのか、貴族王族を少し馬鹿にしがちだ。なんとか矯正しようと試みたが、そもそもエレナは王族というものを面倒な足枷くらいにしか思っていないのだ。そりゃあ俺の影響も助長してこうなるのは仕方ない…よな?


『んでどうすんだ。試験受けるのか?』


 エレナの答えを確信しつつも、疑問を投げかける。エレナは広角を上げ、挑戦するようにキューレを睨みつけた。


「当然!」




「では、ベリアル・ミシンガンサ!」


「はい!」


 広いグラウンドで名が次々と読み上げられる。試験を希望したものは総勢二百八十八名の半分以上となる二百人あまりだった。魔法というのは秘匿されているものも多く、また少年少女の心を鷲掴みする浪漫を持っているのだろう。予想よりも、随分と多い結果となった。


 キューレ・タンジブルは表抜きは通常の学生として、そして実所は特別審査官として、屋上から試験の様子を流し見ていた。この中から、百名ほどに絞らなければならない。キューレとしても、優秀な人材を逃さぬよう気を引き締めていた。


「どうだい。キューレ」


 キューレは振り向きもしなかった。いつも突然現れる、そういう印象があったからだ。男の名はジャン・ヴィ・パラグ。シーチェと同格の大貴族であり、タンジブル王族と最も関わり深い家系の長男であった。


「ああ、やっぱりカイム・リューベックが今のところ飛び抜けているね。次点でマレー・スナレビー…この二人がすごいね。マナの残照がはっきりと見えるくらいだった。マナ運用はもう魔道士顔負けだよ」


 運用試験は魔法陣にマナを流し込む量の調整・タイミングを測るマナ運用、そして各々の得意とする魔術の実演である。カイム・リューベックは以前から魔道士としての才能が噂されるほど有名な存在であったが、キューレは先程初めてその運用を見て、なるほど噂など対してあてにはならないなと通関したのだった。なにしろそこらの魔道士程度では済まされない。マレー・スナレビーも年齢から判断すれば相当だが、カイムのそれは熟練に達するのではないだろうかとキューレが思う程だった。


「そらそうだろうなぁ。俺は何度か会ったことがあるんだがありゃあスゴイ。天才で、しかも努力家なんだあいつ」


「できれば魔法研究職員として招待したいね」


 魔法研究は重要な案件である。今は平和なオーラも、そもそも国家群となった理由は戦争を避けるための合併、いつまた隣国との戦争が起こるかはわからない。小さな小競り合いに魔法は不向きだが、大規模戦闘における後方援助において魔法の右に出るものはない。カイムが国家魔道士として魔法研究に携われば、より良い結果がもたらされるだろう。


「いやぁどうだか。あいつ、シーチェの娘にぞっこんなんだ。会う時間が減るとか言って断るに決まってるぜ」


 ジャンはそう言って苦笑した。何か経験があるのだろう。やはり、とキューレはカイムについての人物像を強固にする。しかしその噂が本当であれば、少々まずいのが現実だった。


「そうか…シーチェ家の長女がそもそも試験を受けたことも驚きだが…結果が散々でね…」


「でも合格させないとカイムのやつがこないかもしれないと…」


「そうだ。不正はあまりしたくないんだけどね…」


 この世界において、平等という考えは未だに未成熟、このような選択を不正という人間はごく少数だろう。ジャンはそんなキューレを面倒なやつと思いつつも、嫌いにはなれなかった。むしろこういうやつだからこそ、と思うのだ。


「エレナーダ・ロレンシア!」


 グラウンドから試験官の声が薄っすらと届く。ジャンにはその名に聞き覚えがあった。


「おいエレナーダってあの…」


「そうだ。ゴーストエレナーダのことだよ」


 ゴーストエレナーダ。ゴースト憑き。ヒューの忌み子。色々と噂の絶えない女…それが貴族社会サンミュールにおけるエレナーダ・ロレンシアを評するものである。ジャンもサンミュール貴族の例に漏れず、そう言った噂をよく耳にしていた。


「ほー。よくサンミュールに来たなぁ…なんかきつそうな女だな」


「ジャン。君はもう少し口に気をつけたほうがいいと何度も言っているだろう。君は王族なんだ…背負うものがあることを…」


 突如学園に銀の輝きが満ちた。溢れ出るマナの運用量によって生じるマナの残照。高名な魔道士などが大魔法を行使する際に生じるそれだった。


「おいおい…こいつは予想外だ。カイム・リューベック、マレー・スナレビーに続いてあのゴーストエレナもか。こりゃ一波乱起きるかもしれないな…」


 次いでエレナが魔法を唱える。恐らく、ブラストか。遥かに離れたキューレの元に一陣の風が流れ、キューレの脳裏に父から伺った言葉が浮かび上がった。


「国家間交流魔法演習…か」


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