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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
13/26

幕間 マニーの折り合い

 どれもこれも懐かしい光景だ。あれから四年以上の月日がたった…らしい。らしいなんて表現をするのは、俺が一切そのことを自覚していないからだ。しかし確かに、エレナの肉体はあの頃に比べると随分髪も身長も伸びた。調度品の数々でうめつくされた寂しいこの部屋があの頃からまるで代わり映えがなくとも、時の流れが確かにあったんだろう。


 あれから、エレナが盗賊たちと出くわしてから、俺が目覚めてから一週間がたった。エレナの肉体は重症のように思えたが、せいぜい打撲程度ですんだようだ。出血したのが幸いだったのか。まぁ、問題は傷のほうじゃないんだが…。


それにしても、まさか俺がエレナの肉体を動かせるだなんて思わなかった。多分エレナが完全に意識を失っていたからなんだろう。嘗ては指一つまともに動かせなかった筈だったしなぁ。しかし、今はそんなことどうでもいい。


「マニー…どうして貴方いなくなっちゃったのよ!」


『いや…俺にも色々あったんだよ…』


「マニーがいれば…。もういなくなるのは絶対嫌よ!」


『ああ、ああ。わかった…すまんかった…』


 目下俺が困っている状況はこれだ…。エレナはあれからまぁ当然っちゃ当然だが謹慎処分みたいなものを受けた。ついでにエマの加担もばれちまったらしく、今や完全に孤独の中だ。それにしてもエマが今でもエレナのそばにいたのは驚きだ。あれが忠臣ってやつなのかもしれない。そんで、当然なんで怪我をしたのか問いつめられたわけだが、エレナが街で何をやっていたかなんてのは言えるわけもないし、両親の耳にはあの貴族たちが襲われたことが当然耳に入ったらしい。こいつの両親もエレナを思っての謹慎なんだろうが…エレナの精神状態を考えると悪い方にしか転がっていないみたいだった。


 エレナは、意識を失ってからいつの間にか自分が王城に戻ってきたことが、俺ことマニーによってもたらされたものだと信じているようだった。まず俺は四年も経ったというのに俺のことを覚えていた事実にびっくりしたんだが、そうしてエレナは俺をひたすら呼びつづけ、遂に根負けして俺は存在を明らかにしてしまったのだ…。





 四年前、俺はこの世界から消え………ることは叶わなかった。まぁ精神体でしか無い俺が自殺するなんてこともできず、悩んだ上で取り組んだのは瞑想だった。そう瞑想。よくマンガやアニメ、現実の格闘技でも取り組んだりもする瞑想だ。どちらかと言えば俺はおせっかい焼き。前世の職業も影響しているのかもしれないが、とにかく俺はすぐにエレナに話しかけたくなる。それを完全に打ち破るための瞑想だった。正直あれを瞑想と呼ぶかどうかはわからん。ただひたすら何も考えないようにしていただけだ。


 そら最初から上手くできるはずもなく、一年間は割りと普通にエレナと同じ景色を見ていた。弟の態度に口を出したくなったし、育児方針が妙な父親にそうじゃねぇだろといいたくもなったが、エレナの中からマニーという存在を消すためにも、この子の将来のためにもと歯を食いしばってひたすら耐え続けた。変化があったのは多分二年後くらいか。あの光景を見ることができた。俺が死んでから、新たなに目覚める間にみたあのわからん光景だ。光が差した暗闇。きっとあの光の方に進めば元に、エレナの元に戻るんだとわかった。一つ違うことは、引きずり込もうとした何かがいなかったくらいか。もしかしたら、ここでひたすら自我を失おうとすれば死ねるのかもしれないと、俺はぼんやりと浮かび続けることを選んだわけだが…。




 雷鳴に近いかもしれない。とにかく轟音が鳴り響き、差し込む光は紅色へと染まっていった。初めてこの世界に訪れた変化…それは間違いなくエレナの異常を示していたんだろう。俺は何年もひたすら無にしようと放棄してきた思考を取り戻し、これはまずいと直感した…んだが、俺が戻って良いものか一瞬の戸惑いがやっぱあった。元々俺はいるべき存在じゃあない。今更しゃしゃりでてどうなるのだと。


 だが、声がした。声変わりのまだない女みたいな高い声。それでも、何か感じずに入られない。決意をした、覚悟をした男の声だった。会ってみたい。これこそ俺が現世にも戻った、実に単純でアホらしい理由だった。


 眼前の光景は倒れる身なりの良い子どもたちと下卑た男たち。そして、溢れ出る五感。嘗ては体験したことのなかった凍える風。雪を踏む感触。そして無臭であるはずの空気すらも、さわやかな印象を受けた。こんな状況でなければほうと息を吐いて、小一時間はこの世界を楽しんだろうに。


 すぐにエレナに異常が起こった原因はわかった。なにせ視界を遮るように血が流れてやがる。よりにもよってこいつらはエレナに暴力を加えやがったのだ。エレナは物心付く前から見守ってきた娘みたいな存在だ。なんてことしてくれやがると憤慨したさ。俺は怒りに震えつつも、あくまで紳士的にこいつらが本当に倒すべきやつかどうか調べた。善と悪、世の中そんな単純じゃあない。しかしながら、話してみればこいつらがどういうやつかはすぐ理解できた。もちろんエレナに傷をつけたこいつらを最初から放置するつもりは毛頭なかったが。


 俺はエレナの肉体であることも忘れて、喧嘩を売った。そしてあいつらは買った。冷静に考えれば、勝てるわけのない勝負だ。しかもこっちは素手。あいつらは凶器。気分が高ぶっていたのは否定できないなぁ。ただあの状況で、まして逃げることなんて不可能だったし、選択の余地はなかったと思う。そうして相手がナイフを振りかざした時、不可思議なことが起こった。簡潔に言えば、達人のあれ、走馬灯を見た時のような、延長された時間間隔というものを俺は味わったのだ。止まった世界なんて誇張する程でもないが、倍程度にはなっていたんだ。




 そこからはトントン拍子、理由はわからない…あの真似事の瞑想か、死の世界のようなあそこにとどまった影響か、とにかく俺はカラテと合気道まがいな探偵護身術的を用いて容易に石壁に叩きつけることに成功した。兎にも角にも無事を喜びたかったが、この状況をどうにかしようもなく、最低限エレナに悪影響が出ないよう城を目指して帰ったわけだ。


 で、帰って一度気を失ってから俺は再び背後霊じみた存在に戻り、エレナは意識を戻すとずっと塞ぎっぱなしになったのだ。俺がいないほうがエレナのためと思っての行動だったが、とにかく彼女はあれから俺のことをひたすら呼んでいたのだ。俺は反応せず放置したわけだが…なんというか限界に近かった。「マニー…いるなら返事してよ…」なんて毎夜言われりゃ心が痛ぇ…。そう叫びたいほどには。責任感というか、結局俺がエレナに影響を与えた事実は逃れられないことなのだ。




 まぁ、この選択が正しかったかどうかなんてのはわからない。間違っていたと非難する人いるだろうし、それがいい選択だったかもしれない。でも俺はエレナと共存する道を選んだのだ。選んじまったら、その道を歩むしか無い。それが、現状というわけだ。相変わらずただっ広い部屋にエレナが独り言を喋っているあれだ。


「それにしても、マニーは私の体を動かせるのね!」


『あ、あぁ。あの時はそうするしかなかったんだ…』


 謝罪の意味を込めて、言い訳をする。あそこで俺が動かなければ…いや、エレナは無事だったかもしれないな…。あの貴族の坊っちゃんが危なかっただけかもしれん。そんな冷や汗を内心流す俺に対して、エレナはなにか思いついたように明るい表情を浮かべた。やっぱ、エレナには笑顔がいい。


「ってことは私とマニーは入れ替われるんじゃないかしら?」


『…なんだって?』


 喜びも束の間、とんでもないことを言い出してくれやがった。俺とエレナが入れ替わる?冗談じゃない!


「私は家族と関わりたくないし引き篭もりたいし、マニーは外を体験できるのよ!一石二鳥じゃない!」


 名案とばかりにニコニコ勧めるエレナだが、これはよくない。教育上よくない!エレナを助けようとしてせっかく戻ってきたというのにエレナを堕落させてどうするってんだ。


『お前は俺を七歳の少女にしたいってか?』


「何よ?私の体に不満なの!?これでも城下の庶民にはある程度人気があるんだから!」


『やめてくれ。俺が可愛い可愛い言われて喜ぶ人間に思えるとは驚きだよ…』


 街角でチヤホヤされるエレナ(俺)を、にこにこと笑ってお菓子をもらい、純粋なありがとうを伝え、勢い良く菓子にかぶりつく光景を想像して…想像しなかったことにした。仮にも前世でダンディを目指した俺が女の子になって可愛がられる姿なんてのは…酷い話だ。エレナの肉体を操るのはエレナのためになる時だけと、強く誓う。


 ひとまずはエレナの、この強気なんだか陰気なんだかわからん性格をなんとかしなくちゃなぁ。強気なのは生来の性格なんだろう。どちらかと言えば問題は陰気なほうか。


「とにかく!それで嫌味なギーグとかおさらばだわ!」


『こりゃゴースト憑きの異名からは逃れられねぇな…。俺の罪は、重い』


 これで第一章は全て終わりです。

実を言えば、この序章を含む第一章は過去編的な立場で、当初は小出しにしようかと思ってましたが、凝った章管理ができるか不安だったので第一章として投稿しました。


 次回からは学園編になります。マニーとエレナのコンビが活躍するタグ通りの展開が書けるように頑張っていきます。

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