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ロリータ・ダンディズム  作者: 香茶
第一章 ロレンシア家のゴースト憑き
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第十話 主街道大火災の裏側4

 カイムは、己の弱さを、抗えない絶望というものを初めて知った。倒れこみピクリとも動かないペス、再び盗賊に捕まったカレン、そして積雪を染めるエレナ。一体どうすればこの救えるというのだろうか。カイムは貴族だ。そして、魔法も使える。しかしそれがなんというのか。身分の力も、経済力も、この場ではまるで意味が無い。


 なんて、弱い。エレナは盗賊の一人を無力化することに成功した。カイム自身も同じようになんとか一人でも対処していれば、話は違ったかもしれないというのに。カイムはこの状況、襲いかかった不運、そしてやはり己の弱さ…その悔しさに歯を食いしばった。


「ぜぇ…くそが…ペッシぃ!」


「だめっすよ兄貴。こいつ完全に気を失ってますわ」


 盗賊の片割れが、ペッシと呼ばれた気絶した男をぱしんと叩く。エレナの魔法によって完全にのびてしまっているようだった。ギーグは呆れてやれやれと頭を振り、片や盗賊の男も声を抑えながら笑った。


「まだ気づかれてねぇのが幸いか」


「そりゃあんだけの火災ですから」


 周辺からは音が殆ど消え、わずかに主街道から喧騒が聞こえるだけ。周囲にはあいも変わらず人っ子一人もいないようだった。せめて誰かこの様子をみていあたら…そうカイムは考えずにいられない。しかし、それを含めてこの場に誘導されたのだろう。少なくともギーグという男はこの街を熟知しているようだ。


「おい、おきろペッシ…だめだなこりゃ」


「ヴィー、お前は女を頼む」


「どっちの女で?」


「馬鹿野郎。身なりの良さそうな方だよ。最初にぶっ倒れたほうだ」


 ギーグは己の傷を確認するように体を見回し、ヴィーと呼ばれた男はアクビを一つ入れながら倒れ伏すカレンへと歩み寄った。二人に緊張や焦燥はまるでなく、どちらが勝者で敗者であるかは火を見るより明らかだった。


「や、やめろ…」


 カレンに歩み寄るヴィーの脚を掴み、か細い声でカイムは訴える。せめてカレンだけは救いたい純粋な思いと、このままでは父に会わせる顔がないという矜持。その二つが慢心のカイムを動かしていた。七歳のその小さな体躯では、もはや限界だった。


「おーおー、元気なこった。こいつはどうしますか兄貴―!」


「ああ?どうせ運べねぇし放っとけ。殺したら貴族が出張ってきやがるし面倒だ。それにそいつの母親への伝言がいねぇと金も守らねねぇ」


 簡単にカイムの手は外された。ぞんざいにカレンは襟を捕まれ、持ち上げられる。カイムには沸騰するかと思える光景だった。


「待て…待てよ…」


「ちくしょう。こいつ食い過ぎなんだよ…いくぞ」


 ギーグはペッシを担ぎ上げ、ヴィーは状況証拠を消すように何やら細工をさっと行った。もう彼らにとって、これは終わった仕事なのだ。あまりの余裕に、カイムは己の弱さを再び痛感する。彼に選択の余地はなかった。


「僕を、僕を代わりに連れて行け…」


「ああ?」


「僕だってリューベック家の次期当主だ。お前たちは金がほしいんだろ!うちは財力だってある!」


 覚悟を決めての言葉だった。自己犠牲による救済。カイムの言葉に流石のギーグも振り返った。その顔には多少の驚きと、呆れが浮かんでいた。


「だからなんだってんだ」


「その娘を…カレンを連れてかないで…」


 惨めだ。カイムはこれほど惨めなものがあるのかと拳を握る。しかし方法はこれしかない。自分ではどうしようもないほどの力の差がある。より優れた魔法の担い手であるマニーでもどうしようもなかったのだ。覚えたての魔法で覆せるものじゃない。


 ギーグはどさりとペッシを落とすと、面白いものを見つけたとばかりに口角を上げ、ざくざくと雪を踏みしめながらカイムの目の前へで中腰になると、カイムの髪を掴み、その顔をぐっと上に釣り上げた。


「泣かせるじゃねぇか。俺にも弟がいてなぁ。昔崖に落ちた時があったが、俺もお前のように弟を肩車して脱出させたもんよ」


「ギーグさんまたっすか。早くしましょうよ」


 語り始めたギーグに対して、ヴィーはため息を付いた。ギーグはよくこういった行動を取る。何かを諭すような、鬱憤を払うような、そんな様子で。ヴィーを含む盗賊団シュラリンテのメンバーは皆何度も聞かされているのだ。そして、彼らはなんとなくその思いを共有できた。同じように裏切られた身であったからかもしれない。


「待て待て。だが駄目だ。そういう美談なんてまるで意味がねぇ。俺は知ったよ。そういう友情とか愛情、信頼。そういうごちゃごちゃしたもんは、結局無駄なもんなんだってなぁ。わかるか?」


「そんなんじゃない!僕はただカレンに…」


「ああ?」


 カイムにはギーグのいうことはわからない。友情や愛情だとかそういうものがなんであるかもよくわからないし、いくら勉学を積んでも社会というものを理解できたことは一度たりともない。父ライズは、他人の話を聞くことこそが重要だと語った。ギーグの言葉には嘲笑だとかそういう気色はない。きっと彼は己のその言葉を信じているのだろう。だからカイムは彼の発言を否定しようとは思っていない。


 残された力を振り絞り、ギーグを睨みつける。魔法を唱える力はない。もう拳すらまともに握れない。だからこそ、残されたすべてをのせて、カイムは口にした。純粋な思いを、ただ胸に灯った言葉を。


「僕はただ、カレンに…笑顔でいてほしいんだ!!」


 カイムの叫びが、空虚な街並みにこだまする。ギーグも、ヴィーも、ぴくりとも動かない。いや、動けなかった。泣き叫ぶ声は何度も聞いてきた。罪を嘆く馬鹿な叫びは何度も聞いてきた。自らの命を乞うグズ共のうめきは数えるのも億劫なほど聞いてきた。


 初めてだった。これほどの純粋な思いを肌で感じたことは。理屈だとか世間体だとか、損得といった…俗世から乖離した魂の叫びだった。


 「…いっちょ前に、男してるじゃねぇか」


 静寂を破ったのは、女らしくない…しかし声色はどう考えても女らしいそんな声だった。誰だ、と皆が思う前に、ギーグが横に飛ばされ、カイムは再び自由になる。


 カイムの目の前に立っていたのは、先ほど倒れたばかりの少女エレナだった。頭から血を流し、それでもしっかりとした足で雪を踏みしめている。エレナはギーグに体当たりをかましたようだった。


「全く、よくもこの娘にこんなことにしてくれやがったな。おかげで目が覚めちまった。何年ぶりかもわかんねぇな」

 

 エレナは顔の血を拭い、挑発するような目線でギーグとヴィーを睨みつける。雰囲気が、どこか違う。最初に感じていた気品さがまるでない。どちらかと言えば目の前の盗賊たちに近いものがあると、カイムが肌で感じ取れるほどだった。


「てめっ!?生きてやがったのか!」


「餓鬼が、ふざけやがって!」


 ヴィーは驚き、ギーグは雪を払いながら立ち上がると再びナイフを構えた。先ほどエレナを昏倒させたあのナイフだ。しかしエレナは恐怖するどころか、肩の力を抜き、まるで慈悲を与えるかのような優しさを浮かべ、語りかけた。


「なぁ、お前らはどうして盗賊なんてやっているんだ」


「んだとこら」


 訝るギーグの言葉を流し、エレナは続ける。


「家族はどうした。友だちもいただろ。なんで盗賊になったんだ」


「餓鬼にはわかんねぇよ。世の中理不尽な事ばっかりだ!誰もが騙されてやがる。そこに倒れてやがる貴族とかになぁ」


 カイムはそんなことない…とはいえなかった。どこにでも悪徳貴族はいる。それはサンミュールだけの話ではない。地方の旧貴族や、王家が人民を騙し搾取してきた歴史はゴマンとある。ギーグが言うことは、ある意味間違っていないのだから。


 エレナも共感するところがあったのか。なるほどな、とつぶやいた。


「そうかもな…社会ってのは、そんなもんかもな。だが、子どもには関係ないだろ。見過ごしてくれよ。正義感が少しでもあるなら、討つべき悪は別にいるはずだ」


「うるせぇ!金が目の前に転がってやがるんだ!拾わねぇバカがどこにいる!」


「金に見えてんのはお前だけじゃないのか?今は情けないだけだが、こいつはいい男になるぜ。この歳で女を助けるために腹くくれるなんてな」


 エレナは横に倒れるカイムと目を合わせ、楽しそうにくすりと笑った。


「だからなんだってんだ!俺には関係ねぇ!」


 ギーグがナイフを振りかざし、突撃する。ありすぎる身長差。萎縮するだろう光景に、エレナは視線すらそらさず、極めて自然体で佇むだけ。


「そうか、お前には…確固たる矜持がないな」





 カイムが気づいた時には、既にギーグは倒れていた。何が起こったのかわからなかった。ギーグが突撃し、そして瞬きする間に倒れていた。魔法を使ったわけじゃない。詠唱もなかったし、魔力光もない。マナが働いた気配もまるでなかった。


「おい、兄貴…?なにしてんだ?」


 突然の事態にヴィーは狼狽する。ギーグは強い。それが彼の中での認識だった。伊達に盗賊団を率いているわけじゃない。頭もそれなりだったし、腕っ節は確かなものだった。


 そんなギーグが倒れている。しかも動かない。ヴィーは冗談だと信じたかった。数年の付き合いだったし、信頼もしていた。ギーグが負ける…それもこんな少女に。そんなことは微塵も信じられなかった。


「かかってくるか?お前も」


「うぉ、お…おおおお!」


 わけもわからず、ヴィーはがむしゃらに突撃した。そして、いつの間にか壁に叩きつけられていた。カイムはその一瞬、確かにエレナが何かをしていることを目撃した。相手の勢いを利用し、そのまま受け流すように叩きつける。川のように美しい流る動きだった。





「よぉ、お前さん大丈夫か」


「あ、うん…」


 放心していたカイムを呼び起こしたのはエレナだった。エレナは先程までと違い、うんうんと頭を抱え、思いついたように路地を見渡すと、建物の合間からぎりぎり見える城姿を指差した。


「全く、驚いたよ…。なぁ、あれはホルン城でいいのか?」


 このヒューに暮らしておいて、ホルン城を知らないわけがない。少なくとも彼女には土地勘がある筈だと訝りながらも、カイムは素直にうなずいた。


「そうか、ありがとう。こっちの老人は問題ないな。はやくそこの娘を介抱してやりな」


 エレナはそれだけ言い残すと、少しふらふらとした足取りで路地を進みだす。危険な状態だ。


「き、きみはっ!?」


「俺はちょっと事情があってなぁ。ここに留まるのはまずいんだ。だから悪いな。これでさよならだ」


 少女は歩みを止めない。カイムをその場に残し、ゆっくりと遠ざかる。


「まって!きみは…何者なんだ?」


 カイムはなけなしの力で声を張り上げた。お礼をしたかった。正体を知りたかった。あの技は何なのか聞きたかった。そしてどうして急に豹変したのかも聞きたかった。


 少女は歩みをとめ、沈黙が流れる。しかし、結局振り向くことすらせず、少女は右手を軽くふる。


「俺はマニー。巡り合わせがあれば、また会えるだろうよ。じゃあな」


 そしてそう言い残すと、少女はそのまま去っていった。


 暫くして使用人を連れたハンナと騎士によって彼らは保護されることとなる。これが主街道大火災の裏側、カイムが体験したカレン・ロン・シーチェ誘拐未遂の顛末であった。


これで第一章メインストーリーは終わりになります。


ここまでお付き合いありがとうございました。

まだまだ本作は続きますのでこれからも宜しくお願いします。

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